第76話 出社
◯城崎商会
「一週間も立っていないのに凄く久方ぶりに来たような感じがするな!」
会社に到着すると日数としてはそこまで期間が空いてなかったが、ちょっと濃すぎる体験をしていたため、一年以上会社に来ていないような不思議な感覚がした。
「って俺以外全員の車があるじゃねぇか!」
見れば社員用の駐車場がもう埋まっている。既に他の社員は出社して、もしかしなくても俺がビリっけつのようだ。
流石に重役や先輩たちを待たせるのは忍びない。駐車場からダッシュで社内に駆け込み。会議室までは早足で向かうことにした。
「すみません。遅くなりました」
会議室の扉を開けると、開口一番で謝罪を口にした・・・・・といっても遅刻じゃない、まだ指定の時間まで5分以上ある。謝る必要は無いが、あくまでも社交辞令だ。皆の視線が入ってきた俺に集まる、やはり他の社員はもう集まっていた。
「志波に連絡を入れたのは一番最後だったし、お前が一番自宅からここまで距離がある。それ以前に遅刻じゃないので謝罪の必要はない。全員揃ったのでこれから会議を始めたいと思う」
先輩の中には俺が最後な件について何か言いたそうな人もいた。だが社長にそう切り出されると、何とも言えない表情で黙り込んでしまった。
筋骨隆々とした長身のゴリ、こほん、巨漢。極道顔負けの厳つい外見を誇る漢。それが白崎商会社長・白崎大河だ。高卒だが優れた行動直と判断力で一代で会社を築いた立派な人だ。その横では社長夫人・白崎早苗がニコニコしている。相変わらず黒髪のセミロングの美魔女っぷりだ。母と同じ年には間違っても見えない。エリカがゴリ、社長じゃなく奥さんに似たのは良かったといえるね。
(このゴリ、巨漢と美女が結婚したのがガキの頃は不思議だったんだよな?)
幼少の思い出が頭を過ぎったが、社長に不埒な考えを見透かされたのか睨みつけられたので、明後日の方向を向き誤魔化すことにした。
「それでは、わが社の今後について話し合いたいと思う」
そう切り出した社長の言葉には途轍もない重みがあった。当たり前だがこの世界の変貌による社会構造の崩壊を感じ取っているのかもしれない。
「差し迫っての脅威はこの『クエスト』なるふざけた存在だ。東京がオークとかいうブタの大群に襲われる。それだけでも大問題だ。だが、現在は東京に入る事は出来ても、一度中に入ると脱出することが出来ないようだ!! 幸いと言っては不謹慎だが、わが社は東京での販売網にそこまで力を入れていない。しかしこのままの状態が続けば、わが社のみならず悪影響が起きることは確実だ!! 正直こんな異常事態に、俺程度の頭じゃ打開策は浮かばん」
そんな情け無いことを断言するが、俺としては感心していた。未だにクエストを、荒唐無稽だの夢だのと連日テレビで騒ぐ有識者気取りが多い中で、しっかりと現実を見据えていたからだ。
でも・・・・・・。
(・・・・社長、そこは威張るとこじゃねーぞ?)
ここにいる社員の大半が感じたであろうことを、心の中だけで反芻する。見れば呆れ顔を浮かべている先輩もいる。心の中だけに留めた俺は人間が出来てると思う。
「ここにいる皆の意見が聞きたい!!! 皆、何か思うことがあったら、何でもいいので言ってくれ」
その言葉に皆がそれぞれ意見を言い出し、喧騒が起きる。
「これを機に東京での販路を見直してはどうでしょうか?」
「いや、被害が出ることによって都市に流通にほころびが生じ。却って東京で需要が生まれる可能性は高い。東京での販売網を強化するべきだろう?」
「それよりも、東京が壊滅したらオーク?どもが近隣に侵攻するのは確実でしょう? 一時的にでもこの場所から離れることを含め、検討するべきではないでしょうか?」
各々が様々な意見を発言している。俺にとってはどうでもいいことなので、意見を求められてもいないのに発言する気はない。表面上は深刻な顔をしつつ、内面はダレきっていた。
「ふむ! どれも一理以上にあるだろう。志波、お前の考えはどうだ? さっきから何も発言していないようだが?」
皆の意見が出きったのを見計らったかのように、社長から意見を求められた。
やれやれと思いつつも、俺は真剣な表情を張り付けて意見を述べた。
「今回のクエストとやらは、全く問題は無いかと思います!!」
「「「「!!!????」」」」
そう断言するレンジに、皆の視線が集中し、息をのむ音が聞こえたような気がした。
「東京は恐らく壊滅するでしょうが、先ほど社長がおっしゃられた通り。当社は東京での販売網にそこまで力を入れておりません。不謹慎を承知で発言しますが、むしろ今回のブタどもの襲来は絶好の好機と言っていいでしょう。既に当社と親しくさせて頂いている企業に対してはアプローチをしてあります。また当社のライバルでもある、厄介な東京の企業の重役クラスは東京にいることが確認で来ています。彼らがブタどもに害されれば、その企業の存続も危ぶまれる事態になる可能性は決して低くない。此度の件をうまく利用することによって、今期の利益は少なくとも3倍は固いと見ています」
余りにも冷徹な言葉に周囲は何も言えないようだ。
「・・・・まるで一般市民の不幸を望み、それに便乗した上で食い物にするような発言だが。・・・それはお前の本心か?」
社長は一切の表情を消し・・・・・感情の籠っていない声で俺に訊ねてくる。
「それは誤解です。俺は一般市民の不幸を望んでなどいません。しかし、ここで無力な者が吼えたところで、俺たちに何が出来るんですか? 俺を非道だ残酷だと言うのなら、今すぐに武器を調達して東京に行けばいい。もっとも魔物と戦った経験を持つものから言わせてもらえば。無策で東京に行ったところで、まず間違いなく死ぬだけだと思いますよ?」
「・・・・そう・・・か。志波がそう思う根拠は何だ?」
俺が根拠も無く非情なことを言ってるわけではないと解ったのか。皆々、非難の視線を止めて聞く姿勢を見せている。
「あくまでも魔物と戦った経験から基づく意見ですが・・・。恐らく俺が『ナント』で一戦交えた豚面が今回のクエストで敵対するオークでしょう。そしてここからが根拠ですが、オークはたった一匹でも相当強い。それにエンペラー、皇帝がいるなら将軍や騎士のようなより強い上位種がいると考えられませんか? 確かに種族選択やジョブで力を得た者はいるでしょう。しかし、力があるのと殺し合いに耐えられるのは全く別問題です。いや、それ以前に実戦の経験も碌にない者が、五万もの大軍を相手にしてマトモでいられるとは思えない、間違いなく心が折れると思いますよ?」
剣道や空手、拳闘などの試合で強いのと。殺し合いで強いのとは全く別物だ。仮に頼りになる強者が居ても、その強者が目の前で殺されれば、恐怖は恐慌となって一気に伝染する。その後に待っているのは地獄絵図だ。
(まぁこれは実戦経験者か。それに近い経験をした者だけにわかることだ。常人には理解できないだろうがね)
この中でも一部はそんな事ないと言いたげな視線を俺に向けて来た。・・・理解できない、その方が幸せかもしれないが。
・・・・・・おっと思考が逸れた。
「何よりもクエストの欄に記載されている通りなら。近代兵器が使えないのが決定的でしょう。重火器や戦闘車両などを使用できれば、まだ勝機はあるかもしれませんが・・・・・恐らくは拳銃などの使用も禁止されてると思います。ならば警棒や鉄パイプみたいなもんで戦うしかない。剣や斧などを急に用意するにしても、限りがありますから」
既に剣や斧など骨董品だ。実用に耐える物は急に調達できないだろう、それ以前に東京までは一方通行の道のりだ、誰もそんな役目を負いたいとは思えない。それ以前に、都市部で兵器など使えない。避難できる場所には限りがあるからな。
俺がジョブにも種族選択もせずにあの局面をクリアできたのは。敵が俺を舐めていたのと、連携を取らせ無いように立ち回ったからだ。最初から連携を組んで俺を囲んで居たら、嬲り殺しにされていただろう。
それに比べて今回上位種がいるのは間違いない。ジェネラルなどの上位種は部下を強化するスキルも持っているはずだ。一般市民は元より、多少力のあるものでさえ、通常種とのタイマンさえも勝利は難しいかもしれん。ハッキリ言ってこの世界で俺以上に魔物やジョブに熟知している者はいないはずだ。俺の発言は経験に基づいた根拠がある、夢見がちな有識者気取りとは違ってな。
「それに今回の件は国家が対応するべきことです。無力な俺たちが騒いだところで、何もできないと思いますよ?・・・・そもそも、いえ、何でもありません!!!」
敢えて思わせぶりに発言を遮った。その方が興味をそそられるだろうと判断したからだが。
「そもそも・・・何だ? 続きを話してくれ」
案の定社長が食いついてくれた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
いつまでも話さない俺に焦れたのか、他も目線で話すように促してきた。
「・・・・このクエストは失敗することを前提として・・・・・・人間側が被害を出すように調整されている気がします」
「「「「???!!!!!!」」」」
俺の発言に会議室にいる全員から息をのみ、絶句する気配が伝わってくる。
「な、なんで。そ、そう、お、思うんだよ?」
当然の疑問に俺は苦しげな表情を作り、(別に何とも思ってないが)絞り出すように言葉を告げる。
「・・・・このジョブと種族選定から始まる一連の流れを作った存在を神、は癪なので『運営』と仮称します。その『運営』の目的は不明ですが、魔物と戦わせて人類を強くしたい。という思惑はあるとように思います」
こんなクソみたいなシステムを導入した存在を神呼ばわりするのは虫唾が走る。個人的には【クソ共】で充分だと思うが、それでは呼びづらい。
そこで言葉を切って周囲を見回す。皆が真剣に俺の話を受け止めているように見えた。良い流れだ。
「でもこの現代社会、魔物と戦うにしろ倫理や常識。人の価値観など・・・色々なものが立ち塞がります」
動物愛護団体は魔物であっても殺せば、ヒステリックに講義やデモをするだろうし。未成年は親や学校がそんな危険な行動は許さないだろう。元より、政府や国家は一般市民が過剰な力を持つことを良しとせず。ダンジョンへの立ち入りさえも禁止、もしくは制限するはずだ。
「しかし、今回の件で尋常では済まない程の被害が出れば、人の記憶と心に、新しい価値観を植え付けることが出来ます。『魔物は危険であり、軍や政府が当てにできない以上、自分の身を自分で守るしかない。そのためには魔物を倒すしかない』といった価値観を・・・ね」
この国でも大分改善されつつあるが、未だに国家や政府は、自分たちを無条件で守ってくれると考える者は・・・残念ながらこの国の大多数を占める。
「海外の大都市でも似たようなクエストが起きているのは、魔物の脅威と被害をこの地球上に知らしめるため。・・・・・そのように感じられてならないんです」
少なくともこの災害クエストとやらは被害を出すために発行された様にしか思えない。俺のようなイレギュラーがいなければ敗北するのは確実なのだから。
会議室はシンと静まり返っている。そして俺の言葉を荒唐無稽な戯言として笑い飛ばすような者は・・・・この場にはいなかった。




