第65話
「ハァァァッ!!」
裂帛の気合と共に、相手の心臓を目掛けて剣を突き出し勝負を決めようとする。グルデミスもそれは読んでいたようで、残った腕を大きく引き絞ると。カウンターを取るべくレンジの顔面に向けて突き出した。
「ガァアアアア!?」
気迫と共に突き出した邪竜の拳は、レンジの顔面を捉えた。身代わりの指輪が発動し、攻撃を無効化したが、続けざまに放たれた連撃が再度レンジの顔面に突き刺さる。指輪の効力は一度だけ、すでに役目は果たしたといわんばかりに砕け散ってしまった。周囲に、グシャッと肉が潰れるような鈍い音が響き渡った。首から上は衝撃により吹き飛び、地面へと転がり落ち。やがて運動エネルギーが尽きたのか、ピタリと止まる。
レンジの剣は相手の心臓の手前で停止し。首から上を無くした肉体は、剣を持つ力さえ無くしたのか剣を手放す。ガシャンと、剣を落とした音がダンジョンに響き渡った。
首から上を失くしたレンジの体は、糸が切れた様に力なく倒れこみ・・・・・地面に倒れ込んだ。
「グハハハッ! 良き死合だった。我も随分追い詰められた、お前のことは憶えておこうっ! 冒険者シレン!!」
強者と死合えた高揚からか、グルデミスは気分良さげに勝ち鬨を挙げた。
(首が吹き飛んだくらいで勝利を確信しちゃダメでだろ? まだまだこちらのターンだぜ! 時天魔法『無重力空間』・黒魔法『上昇嵐流』)
レンジはまだ死んでいない! 《魔核》の特性が働き、HPが尽きてもその死に体を動かしている。更には新たに得た【特攻隊士】のスキルが発動した。≪執念≫は≪魔核≫と被るため今は効果を発揮しない・・・恐らく魔核が潰れたら発動するのだろう。だが一撃のみ攻撃を倍加させる≪死なば諸共≫は発動している。
(グルデミス────最後の勝負だ! 発動!!!)
魔法を発動した瞬間、透明な空間がグルデミスを包み込み。吹き上げる上昇気流がグルデミスを空間ごとはるか上空へと押し上げる!
(残りのMPを全てくれてやる。これで終わってくれ、『隕石落下』!!)
それは今までの魔法とは一線を画する魔法。レンジが研鑽の果てにたどり着いた広域殲滅魔法。その威力は・・・・直ぐに解る。
天空に巨大な魔法陣が現れ、その中から山と見紛うほどの隕石が顔を出した。流石のグルデミスも恐怖を浮かべていると思ったが・・・・・恐怖など一切無い、狂喜の笑みを浮かべていた。
「ガハハハハハハハハハッッッッ!!!!!!!!!」
呵呵大笑をしながら、拳を大きく引き絞り。更に口はブレスの発射体勢を取る。
(隕石と真っ向からぶつかる気かよ! マジかよっ!)
「ゴアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」
火炎のブレスが隕石に激突するが、その行動は状況を悪化させただけ。衝撃により隕石は無数の破片に砕け、グルデミスの体に容赦なく降りかかった。
「ゴラァァァァア!」
そんな絶望的な状況になってもまるで闘志は衰えない。数えるのも馬鹿らしいほどの石片に対し、片腕だけになった拳を連続してぶつけて相殺しようと足掻いていた。
その間にもレンジの肉体は≪高速再生≫により急速に復元されていく。といってもそれは外見だけだ、脳などの重要臓器の復元は性能が劇的に上がった≪高速再生≫でもそれなりに時間が掛かると目算していた。
≪魔核≫が脳の代わりをしているのか、記憶などはそのままある。だが遂に人間を完全に辞めたような感覚がするが、今はそれどころでは無いし今更だと頭の隅に追いやることにした。現にグルデミスは巨大な隕石を前に今も足掻いている。
(おいおい! バトル漫画じゃねぇんだぞっ! なんつー闘志だよっ! しかも楽しくて仕方ないって顔だし!)
レンジの見た通り表情も悲壮感はまるで無く、嬉々として自分が死にそうな今の状況が楽しくて仕方がないといった様子だ。
(心底狂ってやがる! 過程が大事で死ぬのは結果に過ぎないってか? 死んだらそれで終わりだろ?! 全くもってバカバカしい!)
言葉ではそのように言っても。絶望的な状況でも一切の諦めを見せることなく、抗っているグルデミスから目が離せずにいた。
「グオオオオオッ! ガッ。ゴハッ!グオッ」
しかし、どれだけ抗おうとしても限界はすぐに訪れた。仮に両腕があっても厳しいのに、現状は満身創痍の上、片腕しかない状態で切り抜けられるほど『隕石落下』は甘い魔法じゃない!
数多の破片がグルデミスの全身を削り取り、巨大だった肉体はドンドン小さくなっていく。
隕石の雨が止んだ時に残っていたのは・・・・・隕石の破片かわ積み重なることで出来た小高い山と、傷だらけになった頭部だけだった。
その頭部も隕石が止み、空中から落ちるとゴロゴロと地面を転がり運動エネルギーが無くなるとピタリと止まった。
(もう流石に死ぬだろうが、念のために確実に止めを刺しておく!)
下手な情けや同情などグルデミスは望まない。そう思って首に近づいてみると、頭部だけになったが眼球はギョロッと俺を見据えていた。
「そんなナリで生きてるとは邪竜のしぶとさには本当に脱帽するぜ!」
流石のレンジもこのしぶとさには声に呆れを滲ませる。
「フ、ン。イキテナドイナイ。サスガニコンナジョウタイデハ、ジキニコノイノチモツキルダロウ」
「そうかい。アンタは強かった! それだけは確かだ」
「ソウ、カ! ソレハナニヨリダッタ! オマエノヨウナキョウシャトタタカエタコトヲ、ホコリニオモウ!」
「ああ、こっちも楽しかったよ! お前のことは忘れない」
「サイゴニキイテオキタイ・・・・・・・オマエハ・・テンマダナ?」
(まぁ首から上が吹っ飛んで生きてる人間はいないよな!)
既に首から上は修復が始まっている。完全な修復にはまだ時間が必要だが、あと1時間も掛からないだろう。そんな人間は(たぶん)存在しない。
(何故そんなことを聞くのか知らんが、最後なら答えてやるべきだろう。情報の対価だと思えば安いもんさ)
「一応・・・な! こう見えても元は人間だ」
「ソウ・・・カ! コレカラサ、キハキヲツケロ! オマ、エハカクジ、ツニネラワレ、ル」
その言葉は途切れ途切れだったが、確信に満ちている。
「狙われる? 誰から・・だ? 少なくともそんな狙われるような事をした記憶は無いが?」
「ソレハ、イエン! ソレヲ、シッテ、イキテ、イケル、ホド、オマ、エハマダ、ツヨクナイ。シレバカクジ、ツニシマツサ、レルカノウセイガタ、カイ!」
(それほどのヤバい連中から目をつけられているってわけか? ひょっとして・・・・・『運営』か?)
自惚れてはいないが、自分を容易く葬れる存在はそれくらいしか思い浮かばない。
「ツヨ・・クナレ、シレンヨ! イタダキ、ヲコエ、テン、ニイタレ!! ト、ン・ダ・・・・ヘト」
声がどんどんと弱弱しく、途切れ途切れになっていく。もう残りの命もわずかだろうに、それでもレンジに断片的だが情報を伝えてくる。止めようかと思ったが、それは何故か出来なかった。
「つよ、くな、り、きょく・・ほく・・さん、みゃ・・くに行け。あそこには、ひとび、とのねがい・・・が・・ある。きっ、と・・おまえ、のちか・・らになって・・・・・・・・」
途切れ途切れの言葉は徐々に力を無くし、最後まで告げることは出来なかった。
───だが断片だけでも解ったことがある。
「キョクホクサンミャク・・・・極北山脈だな? わかった! 力を付けたら必ず行く事にする」
物言わぬ骸と成り果てた頭部に向け、力強く頷く。
(グルデミスは死の間際にハッタリや出まかせを言うタイプじゃないはずだ。そこまで言及するからには、極北山脈には何かあると見るべきだろう。当面は行く気も無いし、Aランクダンジョンにさえ通用しなかった俺が、今行ったところで死ぬのが落ちだ)
内心でそう思いつつも、その場所へ思いを巡らせる。
極北山脈。マギノマキナを超えた先にある、未踏破区域。別名を『禁足地』。強大な魔物と理解不能な環境が独自の生態系を生み出す。この世界であってこの世界ではない場所。
(だったかな? この世界では東西南北の境界線を越えた先は完全な魔境となっている。曰く、この世の楽園だの。終わりの始まりだの地。だの信憑性皆無の与太話のような言い伝えがあるのみ)
何故信憑性が皆無かって? 現在その『禁足地』に足を踏み入れて戻ってきた人も記録が無いからだ! 神代の遺跡から彼の地の記録が発見されたが、恐ろしい地獄のような場所と記されている。
(ジーク氏にチラッと聞いて、ギルドでも情報を聞いてみたが碌な情報を得られなかったしな・・・・・)
解ったのはその地の名前だけ。東の『揺り籠の大樹海』南の『獄炎砂瀑』西の『星震の湿原』北の『極北山脈』。これがこの世界の4大禁足地と呼ばれる魔境である。
かつてはこの魔境を征服しようと試みた者もいた。国総出で探検隊や調査隊を大規模編成したが、良くて全滅。下手をこいて未知の疫病やウイルスを持ち込んだ結果。それによりパンデミックが起こったこともあるそうだ。
また、生き残った者の証言から情報の一切無い未知の魔物も数えきれないほど存在していたようだ(神代文明時代の遺跡から資料が見つかり各都市で共有された)。
ゆえに禁足地とされ、かの地に足を踏み入れることは一種のタブー化している。国としても下手に籔をつついて大蛇が飛び出てきたら嫌なのだろう!
各都市国家も禁足地の関しての研究や調査に関しては、一切の援助は出さないと明言している。
(俺としても好き好んでそんな魔境に行きたくはない。だが俺は恐らく『運営』に目を付けられているような気がする。自宅のダンジョンや魔物の襲撃は偶然だろうが、それ以降はまるで俺を強くしたり、この異世界に向かわせるような出来事が続きすぎだ)
その言葉の通り、偶然で片付けられない状況がレンジの周囲で連続して起きている。疑心暗鬼では片付けられない程に。
(ひょっとしたら母の事だって一枚噛んでいるかもしれない。 考えすぎや思い込みかもしれないが、可能性のひとつとして頭の隅に入れておくべきだろう)
超常現象を容易く起こす【運営】に楯突いても、勝負さえ出来ないだろう。だが、最低限の警戒はしておくべきだ!
(ま、母の件が片付いてからの事だ。情報が無い今の状況で考えすぎても無意味だろうさ!)
考えすぎは却って思考を硬直させる。重く受け止め、軽く考えるだけにしておく・・・・少なくとも今は!
(思わぬ激戦だったが、利と見返りは十分すぎるほど得た!)
今回の件は実質はルーキー狩りに襲われただけだが、収穫はデカい。まずはルーキー狩りの装備やアクセが手に入ったこと。連中の装備は貧弱だったが、本気の装備がアイテムボックスにあるはずだ。
もう一つは・・・・・魔物を殺すよりも、人間を殺した方がレベルが上がるという事。雑魚刈りで半分以上過ぎていたこともあるが、屑ども3人とグルデミスの獲得経験値で【特攻隊士】はカンストしている。
(俺は自分に害をなそうとした奴しか殺す気はない。だが地球でこのことが知れたらレベル上げのために殺人を行うものもいるかもしれない!)
その考えが脳内に過ぎった時。思わず背筋が寒くなったが、頭を振ってその考えを追い払う。
しかし、いつまでも嫌な感覚が消えることは無かった。
『この事が知れ渡ったときに悲劇は必ず起こる』そんな予感───確信があった。




