第64話 邪竜
〇~邪竜について~
【邪竜】とは竜種において特に残虐性と凶暴性の高い種を示す言葉である。
過去に現れた邪竜は得てして生態系に被害を与えるものが多く。その残虐な性格ゆえに出現した時点で早期の討伐対象となってきた。
その理由は高位の邪竜は同じランクの竜種と比べて遥かに強い個体であることが多く。かつて現れた邪竜【アジ・ダカーハ】はあらゆる魔法や禁術を使いこなしたうえ、どれだけ痛め付けたところで平然としているほどのタフネス。肉弾戦でも当時の英雄を数多殺したことから邪竜は悪と言う印象が根強い。
このことはある意味で正しく。ある意味間違っている。
邪竜は残虐かつ凶暴なものも多いが、得てして戦いを好むものが多いのである。それも堂々とした戦い、言わばガチンコ勝負を好むのである。
ただ一部の邪竜の素行が、余りにもアレなことから一括りにされているが、本来(戦いにおいてだけは)高潔と言っていいだろう。
この【グレンデル】も強者との殺し合いを好むが、卑怯な奸計などは使わないガチンコ勝負にしか興味がない。
生態も食事か襲われでもしない限りは、弱いものを虐げるようなことは基本的にしないことが多い(偶にそういった個体が現れることはある)。
全力で戦いその結果骸を晒しても、全力で戦えた過程を大事にして結果には指して興味を示さない。ある意味で頭のネジが外れた大馬鹿と言えるだろう。
ただし、その強さは同ランクの魔物でさえも一蹴するほどであることを忘れてはならないだろう!
◆◆
【特攻隊士】シレン
右手に魔剣、左手は空手。魔法はありったけの付与魔法を掛けておいた。
この手の輩が望むのはガチンコ。有りとあらゆる手を尽くした闘争を好む。ならばこちらもそのように振舞うのみ。
( 準備は出来た! 初手は頂くぜっ!)
暗黒魔法『死血針河』を発動。周囲の怨念がグレンデルにまとわりつき、動きを束縛すると針のように鋭く突き刺さり。強固な鱗を抉り取ると、全身から夥しい血液を吹き出した!
体内が汚染されていくにつれドンドンと血の色がどす黒い色に変色していく。
グレンデルの様子を窺ってみるが・・・・・目を細めて今にも笑いだしそうな顔をしていた。
「クハハ! 初手から敵の命を奪い取りに来るその姿勢、誠にあっぱれだ。近頃は様子見だとか搦手を好む物ばかりでな!」
「・・・・・様子見や牽制程度でどうにかなるほどのタマにはとても見えんかったのでな! 初手ブッパというヤツだ!」
思いもよらぬ賞賛に驚きつつ、何とか返答する。
「フン! ではこちらもお返しだ! カ~ッ。ハァ~ッッッッッッ!!」
大きく息を吸い込んだと思ったら、莫大な魔力と空気が咥内に集まっているのを感じとる。
咄嗟の判断で空中に退避したことが結果的に功を奏した。
上空に退避した直後。先程まで立っていた場所に、灼熱の火球が通り過ぎ、着弾した直後に激しい熱を伴った衝撃波が巻き起こる。
見れば着弾した地面は大きく陥没してクレーターが出来上がっていた。
(あれが『ブレス』か? タメが必要だとしても、とんでもねぇ威力だ! それに種族特性『邪竜』思った以上に厄介そうな能力だぜ!!!!)
〇【邪竜】
この特性を有している魔物はあらゆる痛覚を激減させ、HP低下や部位欠損、状態異常の副作用によるパフォーマンスの低下を最小限に留める。
ただし、この特性を有する魔物は状態異常の耐性スキルの効果を得ることが出来ない。
◆◆
(要は満身創痍でも死なない限りは動き続けることが出来る上に、状態異常の副次作用をほとんど無効化するってわけね! ぶっ壊れスキルじゃねぇかよっ! クソッタレが!?)
自分も理不尽な特性を所有しているが、それを棚上げして苦々しい顔で毒づく。
「つーか! 何であいつらに従ってたんだ? あの屑程度がテイムできるような容易い魔物じゃないだろ? アンタは!」
そんな場合ではないと分かっていたが、どうしても気になったので聞いてみた。このグレンデルは強い! 間違ってもあんな養殖如きに従うような魔物じゃない。それが従っていたからには相応の理由があるはずだった!
「フン! 闘争の最中に暢気なことだ。まぁいい! 確かに我はあのような下種共に好んで従うほど安くはない! 先に我を打ち倒し、縛り付けていた者がいた。それだけのことだ。その後に契約魔法で縛られて封魔石に入れられ奴に譲渡された。その契約が解除される条件はあの屑の死だ! ゆえに今の我は解き放たれている」
思いもよらぬ言葉に驚愕してしまう。
「アンタを打ち倒した? 何モンだい、そいつは?」
「フン! 確証はない上に詳しいことは知らんが、魔人族の女だった。凄まじく強い・・・な!」
(魔人族? 確か魔法と肉体の両方に優れた適性を持った種族だったかな?)
「どれだけ攻撃を打ち込もうが、躱され、受け止められ、無効化させられた。まさしく手も足も出ない程にな!」
「アンタが手も足も出ないってマジかよ!? この世界にはそんな奴がゴロゴロいるのか?」
それだったらカオス過ぎだ! 今後のプランを練り直さなければならなくなる。
「フン!そんなわけが無かろう! 我が最強とは言わんが、強者の部類には入る。もし我を容易く討伐できるものが溢れているならこの大陸は人間種が支配している」
(まっ、そりゃそうだわな! 問題はその魔人族がフリーかどこぞの組織に所属しているか? ・・・・なんだよな!)
その言葉を聞き、内心ホッとする。
ルーキー狩りなんて屑どもにこんな魔物をポンと渡すんだ。個人だろうが組織だろうが間違っても素面じゃない。レンジにとって、この世界の事なんざ知ったこっちゃないだろう。だがその連中の行動によっては、自分にまで厄介ごとが波及する。
「アンタを軽くノせる奴が無名なんて信じられんな! 何か心当たりは無いのかい?」
「フン! 確証はないが恐らくは『クリフォト』だろうな!連中の第4高弟が確か【天華無葬】とかいう魔人族だったはずだ。武器を一切持たず、相手を一方的に葬り去ることから付いた異名と聞いた記憶がある! 我と戦った時も武器を出すそぶりは一切なかったゆえに、ほぼ間違いないだろう」
話している間にも身の毛のよだつ攻撃が応酬されている。今も必殺の拳がレンジの横を通り過ぎたところだ!
普段のレンジなら戦闘中に暢気なお喋りなどしない。だがこのグルデミスは情報を持っている。レンジにとって価値のある情報を。情報は時として武力以上の力を振るう事をレンジは理解している。
リスクを承知で駄弁っているのはその為に過ぎない。
「クリフォト? 確か邪神を崇拝している狂信者の集まりと聞いたような気がするが。その認識であってるか?」
前に聞いたクリフォトの話はギルド長の視点からのモノだったので、それ以外の認識も念のために確認しておきたかった。
「フン! 邪神と言うよりも【暗黒の女神】と称されるモノを崇拝している。が真実だな! 目的は不明だが、種族の垣根を超えて相当な実力者が集まって国を跨いで暗躍していると聞く! 少なくとも碌でもないことを考えているのは間違いないだろうな!?」
(目的が分からんなら意味はないな! 下手に関わると碌なことが無さそうだ)
クリフォトなる組織に関わらないことを決定する。
「そうかい。戦いを中断させて悪かったな!仕切り直しと行こうか!?」
「フン! お喋りは本当にこれで最後だ! 次に言葉を上げるとしたら勝利の雄たけびのみだ!!!」
再び至近距離にて拳と剣が交差し、ギリギリの攻防が開始された!
雷が、炎が、氷が天地を震わせ、血と肉片が幾度となく大地に撒かれてどれほどの時が過ぎ去ったのか? 3時間? 4時間? 少なくともそれ以上の時は過ぎ去っているだろう。
グレンデルは全身がドス黒い血に塗れ、片腕は根元から千切れ飛び。体中が抉り取られて穴だらけだ。既に息絶えたとしても不思議ではない状態だが、顔には狂喜の笑みを浮べ、ボロボロの体を比較して眼だけは獲物を鋭く見据え、全くと言っていい程に闘志が衰えていない!?
モンスターと云えども驚異的な生命力と言ってもいいだろう。
それに対してレンジは外見だけならば多少の傷と打撲ていど。グレンデルに比べて見た目だけは幾分かマシだが、闘気の維持と度重なるMPの消費により、疲労が蓄積されているのが見て取れる。
しかし、動きのキレだけは開戦当初と比べてもほとんど落ちていない! こちらも人間離れの集中力と言っても過言ではないだろう。
レンジにとっては徹夜でレイドモンスターをソロ討伐したことや、難易度調整をミスったボスなど長時間の集中力を切らした時点でアウトな経験は吐いて捨てるほどある!(あくまでもゲームなので命まで掛かっていたわけではないが)
だが、限界が近いのは誰が見ても明らかなだ。
(流石にこれ以上は不味い! つーかアイツ間違いなくバグキャラだろ? 普通ならとっくに死んでなきゃおかしいぜ!?)
本来ならばとっくに死んでなければおかしいグルデミスに対して意味の無い悪態を突きつつ。止めを刺すための魔法を組み上げていく。
(俺の全MPを注ぎ込む! 勝負だっ! グルデミス!)
発動待機させてある魔法は『隕石落下』。文字通り隕石を相手にぶつける広範囲殲滅魔法だ。それも魔法を改良し、当たった瞬間に細かく破裂して相手に膨大な数の隕石欠片をブチ当てる狂気の魔法となっている。
(闘気の操作と結界の同時展開はキツイ! これも普通に撃ったんじゃ避けられる可能性がある。イチかバチか、あのスキルを使うしかない!)
勝利までの手順を速攻で組み上げ、最後の攻防を行うべく。俺は魔剣と聖剣を両手に持ち、グルデミスとの距離を一気に詰めた。
両者の決着の時は・・・・・近い!




