第61話 戦闘開始
「ハハハ!そうなんですか? 凄いですね! その若さでDランク冒険者なんて!! 私などEランクに成れたばかりでして、私よりもお若いのに本当にすごい!!」
「ヒャハハッ! おっさんまだEランクなのかよ? その歳でDランクにも成れてないって才能がないんじゃねぇ? そんなんじゃこれ以上、上に行くのは無理だろうな!」
「やめなさいっ! シレンさんウチのメンバーが失礼しました。決して悪気があるわけではないので、どうか大目に見て下さい」
「いえいえ! いい年してEランクなのは事実ですからね。周りからもよく揶揄われますし、気にしていません」
「それでも言っていい事と悪いことがあります。今の発言は年長のシレンさんに対して余りにも失礼です!」
「いやー。高ランクの方は人間が出来てますね。 ギルドでも若くして成功した方たちからよく陰口を叩かれていまして。 実力が無いのは事実ですし、そういう扱いも仕方がないと諦めていたんですが」
「ヒャハハ!? まっ、俺たちは人間が出来てっからな。感謝しとけよ、おっさん!!」
「貴方のそういう態度が冒険者は野蛮な職業と言われる原因の一つですよ? Bランク冒険者からは貴族と接することも多いのです。最低限の礼節は今のうちに学びなさい!」
「エルンスト、そりゃ~ねぇぜ! 交渉とかはお前らの担当だろ? 俺に戦闘以外を期待すんなや!」
獣人のゼノがそう吼えると。エルフの男性エルンストが大げさな溜息を付き、竜人のガウスがまた始まったよ!とでも言いたげにヤレヤレと云ったポーズを取った。
レンジとクレアは顔を見合わせると、どちらともなく吹き出して笑い声をあげた。
俺たちの笑い声に三人は恥ずかし気に顔を伏せたが、伏せる前に浮かべていた酷薄な薄ら笑いをレンジは見逃さなかった。
(フン。どれだけ隠そうがその染みついた死臭と腐った目は誤魔化せん。それにレベルに対して装備が貧弱すぎる! アクセサリーも隠蔽と致死回避を備えている高級品だ。間違っても一般的なDランクが買えるようなもんじゃない。本気の装備は隠していると見るべきだな!)
レンジたちのステータスは『改竄の指輪』で誤魔化してある。普通に襲えば簡単に殺せると思うはずなのに、わざわざ接触してくるのは、背後から刺して絶望した間抜け顔が見たいってところだろう? ルーキーを殺すのが趣味なだけあって悪趣味なこった!
(俺なら戦えないことは無いが、クレアでは勝負にさえならん)
今のレンジは初心者装備だが『瞬間装備』で直ぐに本気装備に変えられる。問題はクレアの安全をどう確保するかだ。
今のクレアでは、このレベルの戦闘に巻き込まれた余波だけでも危ない。何とかして逃がす必要がある。
(クレアもコイツらの正体を察していたのには驚いたがな!)
クレアは当初こいつらの正体に気付いていないと思ったが、こいつらが顔を伏せた時を見計らったように鋭く目配せをしてきたことから。とっくにコイツらがおかしい事に気付いていたようだ。
(まぁ、ちょっと真面な洞察力があればコイツら程度の擬態は普通は気付くから、気付いてくれたようで何よりだ!!)
この連中の性根はだいたい察することが出来る。十中八九、屑だろう!
(大体こいつらのやりそうなことは、幾つか予想が出来た。もし俺の予想内だったら死んでもらう!)
冷徹な感情がレンジの心を支配していく。
恐ろしい発想かも知れないが、殺す殺されるの世界では当然のことだ。
(覚悟はとっくにしてきた! トラブルからこういった場面に出くわすこともな!)
この世界に来る前に、それを含めて覚悟を済ませている。自分の目的のために人の命を奪う覚悟───腹を括っている。
ギルドでのトラブルの際にガキ共を殺さなかったのは、ガキ共がレンジより遙かに弱かったのと、何よりもギルドの心証を悪くしないために過ぎない。
もしレンジと同程度の実力者に斬り掛かられていたら、容赦なく殺していたはずだ!
◆
「それでは私たちはこれで失礼させていただきます。お互い気を付けて頑張りましょう!」
そう告げてから、クレアに目配せして立ち去ろうとした時・・・それは起こった。
「あ~、ちょっと待って~! これからだよ本番はさ~!?」
閃光が走り、レンジの足が吹き飛ぶと、転んだ拍子に背中を押さえつけられた。
「ガハッ!!!」
倒れたままで首だけ振り返り、見上げた先では、さっきまでにこやかに笑っていたトリオが表情を一変させ。下卑た笑いを浮かべてこちらを見下していた。
「な、何をするんですか? い、一体どうされたんですか?」
訳も分からずパニックになっている・・・・振りをして、そう問いかける。
「ヒャハハ!? 言ったろ? おっさんは才能が無いってよ? なんで上に行けないかわかる? ここで俺たちに玩具にされるからさ!?」
「フフフ! 今話題のルーキー狩りを知っていますか? 私たちがそのルーキー狩りです。貴方の先のない人生を終わらせる救いの使者ですよ」
「な、なぜ殺すのが救いに成るんですか? い、意味が分からない。それにクレアはどうなるんですか? お、お願いです!? く、クレアだけでも助けて下さい、お、お願いします!?」
余りの三流臭いセリフに失笑が漏れそうになるが、我慢して怯えた表情で懇願する。
「ハハハッ! 劣等種はおめでたいですね! 彼女はあなたの目の前で犯し尽くしてから、安らかな死を与えてあげましょう! 何故こんな目に合っているか分かりますか? 君たちが弱いのがいけない! 弱いことは罪だ。貴方が這いつくばって惨めなこの結末を迎える理由はそれだけのことです!?」
(アン? 正しいこと言ってんじゃん! やってることはクソだけど!)
言ってる言葉───『弱いのは罪!』には同意するが、弱いからといってこのようなことをするのにはまったく賛同出来ない。
「ど、どうしてこんな事をするんですか? 私が何をしたって言うんですか?」
屑どもの典型的なセリフに内心ウンザリしていたレンジだが、最後にそう聞いてみた。
するとトリオは薄ら笑いを消して真顔になると、底冷えのする声で告げた。
「復讐だっ! 俺たちは人族に家族をっ、故郷を奪い取られた!? 何もしていない穏やかに暮らしていた俺たちの故郷に攻め込み、無抵抗な住民を殺し。女を犯し、奴隷にしていった。何をしたかだと? 貴様らの存在そのものが罪だっ、悪だっ! 俺たちの怒りは、復讐は当然の権利だ!?」
(人族を憎む理由は復讐ね! まぁお怒りはごもっともだ!)
レンジとしては、『だからどーした?』という気分だが。
「犯罪者でも身売りでもなく奴隷にする行為は、法によって禁止されているはずです? そういった行為を行っただけでも重罪のはずです。犯人は分からないのですか? 然るところに訴えれば罪に問えるはずです?」
「訴える? それで俺たちの怒りが収まるかっ! 犯人? とっくに始末したよ。家族ぐるみな! 知ってるか? 犯人は大店の奴隷商だった。 奴の両手足を切り落として目の前で女房とガキを犯してやったら不様に泣き叫んでよ~! そんでその時、ソイツはこう言ったんだ。『私たちがいったい何をしたって言うんですか?』ってよっ!!!!」
その絶叫は心の奥底から出た慟哭だった。三人ともが怒りに震え、肩で息をしている。
ここで一旦言葉を切って、ガウスは俺の顔を覗き込んだ。
「そんでな! そいつの犯されてる家族の前で俺は言ってやった。『お前に殺された家族の恨みを、おまえに奴隷に落とされた仲間の恨みを返してやってるだけですよっ!』てな!?」
ゼノとエルンストは堪え切れなくなっったのか大声で笑いだした。それにつられたように、ガウスもゲラゲラと笑い出す。
「いや~! あの時の奴の家族が向けてくる憎しみの籠った目は最高だったね! それと同じように家族から憎しみと軽蔑の籠った目を向けられたあのブタの絶望した表情! 傑作だったぜ!?? ヒャハハハハッ!!」
(まぁだから何って感じだがね! 俺が連中の立場なら、最低でも両手足は切り落としておく。油断しすぎだ屑共がっ!)
馬鹿トリオが狂ったように笑う光景を、レンジは冷え切った目で見ていた。何よりもその愚かしさに内心で嘲笑を浮かべる。
(なるほど、復讐の正当性を認めるかはともかく。確かにその奴隷商と家族に復讐するまでなら俺は何とも思わん! しかし、ルーキー狩りを行う理由にはなっていない!)
それなのに意味のない殺人を犯すこいつらは、とっくに狂ってしまったんだろう。
(こいつ等は復讐を遂げた時、他者の絶望を自身の快感として捉えてしまった。それが忘れられず、その時の快感を得るため人を殺しまわっているだけの快楽殺人者に過ぎない)
この手の手合いには覚えがあった! そうゲームに稀にいる初心者を専門で狩るPk共と同じだ! ルーキー狩りの表情は、熟練者が初心者を追い回し抵抗するのを嘲笑っている表情とまったく同じだった!
(PKが容認されるゲームでも初心者狩りは忌避されていた。ニュービーを狩る行為は、新規離れを生むからな! それ故に先達者はそういった手合いには討伐隊を組んで強制で排斥していた。それはこいつ等であっても同じだ)
何が言いたいのかといえば。こいつらのような行動をしていれば、最後には必ずギルドが動く。この大陸でもっとも力のある組織が動くのに、こいつらはまったく止める気配じゃない!
(考えられるのは・・・・そんな事にも考えが及ばない馬鹿! もう一つはギルドを敵に回しても怖くない程の強力なバックがいるか・・・・・だ!)
そうだとしたら面倒だ! もう少し情報を手に入れて、油断させるために演技を続行しようかね! 俺は顔を涙でクシャクシャにしてみっともない声を出しながら懇願した。
「お、お願いです。く、クレアは関係ありません。こ、殺すのは私だけにして下さい!」
ルーキー狩りはその不様な姿を、ニヤニヤと、さも可笑しそうに嘲笑を浮かべながら見ていた。やがて飽きたのかクレアに視線を向けた。
「さて、話し過ぎましたね! 早速ですがその女を死ぬまで可愛がってあげますよ。貴方の目の前でね! ああ、お嬢さん逃げてもいいですよ? 絶対に逃がしませんけど・・・ね!」
俺の演技に騙されたのか? はたまた完全に獲物を狩る立場になって気を抜いたのか。俺から視線が逸れた。その瞬間に俺は行動を開始した。
(馬鹿どもが! 教えてやるよ。強者の立場は絶対じゃないってことをな!)
これ以上の情報を得られないと確信したことで、殺意を剥き出しにして容赦という感情を消し去り襲い掛かる。
(お前らは生きていてはいけない存在だ!)
ルーキー狩りが警戒を解いたのは、ほんのわずかな間だった。しかし、それが命取りになった。
一瞬で後衛のエルフ・エルンストは物言わぬ骸になり果てた。




