第59話 戦略的撤退
「はぁはぁはぁ! ハッ! やってやったぜ!」
肩で息を吐きながらも、レンジは足元に転がっているスクラップを前にそう勝ち誇った!
あれから残った機体をぶち壊し、ドロップと機械なのに何故か出てきた魔玉の欠片を回収した。
その後は安全に気を配りながら周囲を探索を再開したおかげでかなりの収穫があった。
その間にも何回か死にかけたが、テンションが高まっていたおかげか・・・・・機械の他にもエンカした魔物を討伐することができた。
(HPはまだ余裕があるが、MPは空っぽだ。転移で戻ろうにもクールタイムがまだ40時間はある失敗したな!)
転移は移動手段としてよりも、緊急事態に残しておくべきだったと後悔する。だがここから入り口まで戻るのはそこまで難儀じゃない! 次回からの教訓にしよう!
当たり前だがこれで探索は終了だ。 このダンジョンで苦戦したのは舐めていたわけでも油断していたわけでもない・・・・・ただ俺が弱かった。それだけのことだ。 ソロプレイは敵を一人で相手にしなくてはいけない、一体を倒したところで疲弊しているようじゃ、次々と襲ってくる敵に対処できない。
【暗黒騎士】をカンストした今のレンジのステータスは、一般的な冒険者のカンストよりも強い。
(自惚れていたわけではないが、この調子ではAランクダンジョンどころかBランクダンジョン攻略も怪しいところだろう)
そう冷静に現在の実力を判断する。現在のままでは到底Aランクダンジョンに挑むなど、自殺行為だと!
(当面はレベル500のカンストを目指す。あとはスキルの強化と進化で地力を上げる)
それしかないだろう! なんとしてもトップジョブが欲しいが、そう簡単に獲得できるものでは無い。
その考えは正しいトップ————頂の名は伊達じゃない! 早ければ10代で条件を満たし、トップジョブに就くことが出来る者もいる。だが遅いと老境に差し掛かった頃に漸く就けるほどっその難易度は高い(10代で就けるものは真の天才か転職条件を知っている。あるいは、その道の名家の出身が多い。それでも決して簡単な条件ではない!)。
(今日は戻ったらおっちゃんに素材を渡して、後は転職してから休み。明日はクレアとDランクダンジョンの探索をするとしよう!)
残された時間に関しての焦りはある! だからこそ休息は重要だ。一歩一歩、慎重に進んでいく大切さをレンジは心得ていた。
(問題はこれらの素材をどうするか・・・・・何だよな?)
ギルドで採取した素材を換金することも考えたが、バリアン湿地帯で手に入れたもの以外は止めておいた方が良いだろう。 特にダンジョンで入手した物は、しばらくの間は査定にも出さない事にする。出所を探られると面倒なことになるだろうし!
(新調した装備も所々で痛みはきているが、まだ実用に耐えうるな!)
激戦を潜り抜けたが、装備の方はまだ大丈夫のようだ。 おっちゃんの腕はやはり大したものなんだろう。 装備が無事なのに自分だけ疲弊してるのはやはり自分の実力不足が原因だ。
(このダンジョンはAランクダンジョンだろう! この理不尽さは流石といっていいな!)
だが、こういった理不尽やバグを見つけると攻略したくなるのが志波蓮二という存在だ。 新たなるリベンジ対象が出来たことに感謝し、<龍機界>から撤退を行った。 必ず攻略してやると誓って。
(手痛い洗礼だったが、命があるだけでも良しとするべきだ! 寧ろ前もってAランクのヤバさを知ることが出来収穫だった・・・・・・と思っておこう!)
どの道、母を治療するにはAランクダンジョンの攻略は必須。Aランクの深層で戦い続ける力がどうしても自分には必要だ。今回の洗礼に寧ろ感謝するべきだろう(力を付けてリベンジはするがな!)。
Aランクダンジョンの脅威を・・・・・今後、目指すべき場所をいち早く知ることが出来たことを今は喜んでおく・・・・・・しつこいようだがリベンジはする!
(そういや、地球はどうなってんだろう? こっちじゃ携帯も使えんし、転職に就いたら簡単な情報収集くらいはしておくべきか? 外国のダンジョンにも興味があるし・・でも外国じゃ手の出しようが無い・・・・・か・・ら、な?)
・・・・・本当にそうか? このスキルの説明を見るに思い至ったことがある!
————ここで脳内に雷が落ちたかと思うような衝撃が走った。
(俺はガキの頃アメリカや欧州に行ったことがある! ≪転移門≫を使えば行けるんじゃないか? 転移門の制限は異世界転移が出来ない・行ったことのない場所には行けない、であって距離については触れていない)
子供の頃だろうが入った事さえあれば、外国に行ける————≪転移門≫を開ける可能性はある!
(母が亡くなるまではあの家でも普通に扱われていたし、その時に海外に何度も行っていた! 試してみる価値はある! もしも海外へ転移が出来たら俺の選択肢は一気に増える!)
それに海外でもスキルを使用出来れば、見つからずダンジョンの探索は可能なはずだ!
このことに想い至らなかったのは・・・・あの家にいた時のことを思い出したくも無かったからだ。正直母と過ごした時以外で、あの家に安息は無かった。 海外での記憶は楽しい事ばかりだったが、同時に倖月の事も思い出してしまうので。自分の中では思い出さないように心がけていたから、こんなことにさえも思い至らなかったのだろう。
(クールタイムが明けたら早速、検証だ! 面白くなってきたぜ!)
思い出しそうになった倖月の事を振り払うようにこれからについて思考を巡らせ始める。
先ほど死にかけたことはひとまず棚に上げて、今後の予定を組み直していく。重かった体もテンションが上がってきたためか・・・・・・今は羽のように軽い。
(そうと決まったらサッサと帰りますかね!)
そう決めて入り口に向かって走り出す・・・リベンジを胸に誓って。
次の探索に向けて十分な収穫を得たこともあって、帰りの足取りは非常に軽かった。
その後の道中はトラブルも無く、無事にファーチェスに帰還できた。
◆
〇<ファーチェス>自宅前
途中ギルドに寄って素材を換金しようかと思ったが、今のところ金には困っていないので、またの機会にしておく・・・・は建前で、実際はダンジョンと湿地帯の素材の仕分けがめんどくさいという理由が大半だったが。
(それ以前に俺の目の前には強敵がいる! 恐ろしい敵が!)
テンションが秒単位で低下し、かつてない強敵の相対する事への恐怖が込み上げてくる。
(まったく、どーすんのよこれ! 怒り心頭の女の相手なんぞしたことねーぞ?)
この現実を逃避出来たら一体全体どれだけ幸せなのだろうか? だが逃げても誤魔化しても碌な事にしかならないのは直感で悟った!
そう、帰還中にはなんのトラブルも無かった。トラブルは帰還した後に待ち構えていた。拠点に戻った俺を待ち受けていたのは、玄関の前で腕を組み仁王立ちしていたクレアだった。 顔には笑顔が張り付いているが、それは誰が見てもわかるほど見事な作り笑い。レンジを見ると嬉しそうに目を細めるが、それは喜びからではなく・・・・・獲物を見つけた狩人の眼である。
(しゃーねーな! ここはひとつ穏便に行くかね!)
こういう時は下手な言い訳をせずに、正直に話すのが最善だ。レンジは死刑執行直前の死刑囚のように、クレアに向けて引き摺るような重すぎる足取りで歩いて行った。
◆
事情を説明するとクレアは不満を隠そうとしなかったが、連れて行ってもらえないのは自身の実力不足と理解はしていたようだ。そのためかレンジを攻めるような真似はしなかった。責められても困るし、もし連れて行っても死ぬのがオチだろう!
(まぁちゃっちゃとやる事やりますかね!)
拠点で着替えて一息ついたら『適性ジョブ診断リスト』を取り出し。早速次の転職先を見てみると。
・・・・・そこには【特攻隊士】なるジョブが表示されていた。
(見るからに不吉な名前だが、取り敢えず解析してからだな)
〇【特攻隊士】
死を恐れぬ狂った兵士。かつては囮や捨て駒として、拠点の破壊や要人の暗殺のために奴隷や罪人が強制的に就かされた呪われたジョブ。 HPがゼロになっても、120秒ほどは生存できるスキル【執念】と【執念】発動時に一撃だけ威力が倍加する≪死なば諸共≫を修得する。
ある意味では強力なスキルだが死が前提で、ジョブのステータスの上昇が少ないため全く人気がない
ジョブ。
(喧嘩売ってんのかこのリスト! 死が前提ってどうやって運用すんだよコラッ!)
あんまりな内容にリストを床に叩きつけてしまう。
(つ、使えね~、どこが俺にピッタ・・・リのジョ・・ブ。・・い、いや。ちょっと待てよ? これってあの特性と相性がいいんじゃね?)
進化した時に確認して効果はすごいが、内容が人間辞めていたことを実感してちょっと落ち込んだスキルのことを思い出した。
〇【魔核】
最上級の悪魔などが持っている第2の脳であり心臓。HPがゼロになろうが心臓や頭が吹っ飛ばされようが、この器官が破壊されなければ死ぬことは無い。魔核が破壊される前に重要器官とHPを回復させれば蘇ることが出来る。それゆえ回復手段さえ準備できれば不死身と言っていいほどの効力を持つ。
〇【高速再生】
損傷した肉体を高速で再生する。生命活動が停止しない限りは、脳や心臓などの臓器も時間が必要だが再生させることが出来る。ただし、HPは回復しない。
これとシナジーさせればとんでもない効果になるんじゃね? 具体的には死んでないので【執念】が発動するかわからんが、もし発動すればヤバいほど嵌る。もし発動しなくてもカンストしたらジョブを消去すればいいし。下級職ならレベリングもそこまで大変じゃない。小手先のステータス増加よりもイケるんじゃないか?
それに魔核が先に潰されても執念で生き残れる可能性もある。その間に高速再生とポーションでHPを回復させれば生存能力は相当上がるはずだ。
(これが嵌ればゲームなら速攻で修正が入るレベルだ! 試してみるだけの価値は十分ある!)
ゲームでも偶にある。余りにも反則と言っていい性能を持ち。規制されるまでは猛威を振るう装備やコンボ。俺のゲー歴でも幾度とあった、他者を一方的に蹂躙した時の優越感にも似た高揚。それが今・・・・俺の中に満ちていた。
こうしてレンジの第5のジョブは決定した。残りの枠は下級職なら2枠。上級職なら1枠。
これをカンストしたら、再度リベンジすることを誓い。疲れ切った体を休めるため眠りに落ちた。




