第47話 混乱する国々
3章の開始です。
〇国防陸軍本部
「それでは現在世界中で出現しています。通称──ダンジョンについての対策と方針を話し合いたいと思います」
進行役の中年の女性がそう告げると。会場は一気に熱を帯びた。
「ふん。陸軍を一個大隊ほど派遣し、調査に当たらせれば良いだろう? 無論、しっかりと装備などを整えた上で・・・・だがな!」
「いや、今はどこに怪物が出現するのかわからない。警察だけでの対処は不可能だろう。国防軍としてもそれらに対処する必要がある。それにダンジョンは逃げはしない。ある程度落ち付いてから調査に乗り出すべきだ」
「同感です。世界各地でダンジョンが現れています。直に各国も調査に乗り出すでしょう。
その情報を入手してからの方がリスクは少ないのではないでしょうか?」
「うむ! 勇敢と蛮勇は違う。我々の装備や育成は国民の血税によって賄われている。 何の情報も無く挑んで全滅などしたら世論の非難を浴びるだろう。ある程度の情報が出揃うまでは慎重に行動するべきだ」
「それは同感だ。しかし、今の世論をご存じか? 『国防軍は魔物たちから国民を守れるのか?』、『魔物に対して対処できない無能集団』などの声が多数上がってきている。
ダンジョンに対しても、魔物の発生源を無策で放置している。中がどんな風になっているのかも臆病風に吹かれて調査しない、とまで言われている。
これはマイノリティーでは無く。大多数の意見だ。このまま放置しておくのは余りにも危険だろう」
この言葉に周囲からは憤慨した気配が立ち上り、剣呑な雰囲気が会議室を満たした。
「まったく。やらなければ、やれ憶病だの無駄飯ぐらいだの吹聴して回り。
それで失敗したら鬼の首でも取ったかのようにマスコミや世論が文句を垂れる。成功しても当たり前。最善など結果からでしかわからんと言うのに困ったものですな!!」
盛大な皮肉を壮年の将官が吐くが。皆、否定する気が無いようだ。この場にいるのは何かあったら責任を取る立場の物ばかりだ。成功して当然と言われ。失敗したらバッシングを浴びるような事態にはなって欲しくないのは当然と言えるだろう。
次は自分にお鉢が回ってくるかもしれないのだ。彼等にとっては決して他人事ではない。
「政府はダンジョンに対して至急、調査団を派遣する方針のようです。国防軍からも護衛も兼ねて部隊の出動を要請されることはほぼ確実でしょう!」
「ふん。一昔前のラノベの話を信じて、ダンジョンに宝でもあると思っているのかな? 物語と現実を混同するのはいかがなものかと思うがね!」
嘲笑の混じった声音での発言に、周囲からも政府を馬鹿にするような侮蔑と嘲笑が巻き起こった。
「しかし、ダンジョンの中はどうなっているのか何も分かっていません。笑い話ですがオーパーツのような代物が見つかり、それを定期的に入手できるなら覇権を握れる、と夢を見たい気持ちは理解できなくもありません。
もしも他国で見つかり、それが現代の科学技術を以てしても再現できない物なら我が国にとって脅威どころではありません」
「無論、可能性の話ですが」と付け加えられた言葉に。今度は嘲笑は起らなかった。
この地球でダンジョンの中が、どのようになっているのかは誰も解っていない。ただ一人を除いて・・・だが。
大国は間違いなく自国に現れたダンジョンを調査するだろう。いや、既に調査を始めている筈だ。もし既存の技術を超える代物が発掘されれば日本は窮地に立たされる。
ソレが理解できないほど、この場の人間は愚鈍ではない。
「笑い話だ。しかし、まったくその可能性が無いとは言い切れないのも事実。友好国ならまだしも仮想敵国で見つかった場合、我が国は脅かされる。
ならば、誰よりも早くダンジョンの実情を掴み。アドバンテージを取る必要性も理解できる。
厄介なことにそう考える国が出てきてもおかしくない。オーパーツは無いにせよ、貴重な資源が発掘できれば小国家でも力を得ることが出来るだろう。
大国にとっても小国家が力を付けるのは面白くないはずだ。自らの覇権が脅かされることになるからな」
その言葉は陸軍最上位の将官ぬ席から放たれたものだった。
「だが逆に我が国にとってもチャンスかもしれない。我が国が一番欲しいのは領土でも金でもなく資源だ。
世界に誇る技術力は持っていても。資源が無いからこそ、我が国は覇権国家足りえなかった。
大国の顔色を窺い、侮られる。保身しか能のない政治家に足を引っ張られる。それが我が国の現状だ」
この言葉は間違っていないが、間違っているとも言える。日本に必要なのは資源。それは正しいが、真に必要なのはカリスマ性と国を発展させる信念を持った強いリーダーだ。
残念ながら近年はそういう存在は現れていない。
政治に必要なのは政策でも公約でもなく───結果だ。
第2次大戦後の焼け野原から国を立ち直らせた政治家【畑中丸英】の最後は汚職が発覚し、汚泥にまみれて表舞台から消えていった。
それでも、今なお彼を称賛する者がいるのは。彼がボロボロだった経済を立ち直らせ、世界に通用する国へと───経済大国に成長する礎を築いたからだ。
『国を発展させる』この言葉に周囲は色めきだった。
この中に入る者は、先ほどの言葉の意味を理解していた。その問題を解決できればこれ以上ない功績になる、と。
もしも、ダンジョンが資源が産出し。それを定期的に入手できれば国の現状は変わる。
もし出ないにしても、ダンジョンの脅威をいち早く取り除けば手柄になる。
誰もやりたがらないからこそ。失敗した際のリスクはあるが、いち早く手を挙げれば今後・・・この場でのアドバンテージになる。
「調査に同行させる部隊は2個大隊。ダンジョンも重要だが、【種族】や【ジョブ】などゲーム紛いのモノのおかげで我らは休む暇もない程だ。
既に犯罪件数の増加は語るに及ばず。これ等への対処も疎かにできない」
国防軍の本分は国家の防衛だ。しかし、国内に現れた危険地帯──ダンジョンも無視できない。
この2個大隊は現在動かせる最大の動員数だろう。それだけ見てもこの男がダンジョンを重く見ているのが分かるだろう!
そこまで発言して最上位に座っていた将官の男──国防陸軍大将、久我大将は言葉を切った。
「話は変わるが、こんな事件を知っているかね?とある学校で【種族選択】後に今まで虐められた者が、復讐のように虐めていた相手を一方的に痛めつけている事件が私の耳に入った。
その子供は今まで虐められていたのが嘘のように。20人以上を相手にして一方的に痛めつけたらしい。親が学校に文句を言ったようで、学校はそのことを厳しく追及するつもりだった。
しかし、その生徒は今までの虐め行為と、学校の黙認行為を世間に訴えると証拠を見せて脅したようだ。
学校側はスキャンダルを恐れ、被害者の親は子供が受験を控えているので下手に騒いで問題にしたくないようで泣き寝入りを決め込んだようだ!」
『学校も親も、皆が保身に走った。無理もない事だろうがね』と最後に付け加えた。
周囲は陸軍大将・久我の突然変わった脈絡の無い話に、周囲は付いて行けずに困惑している。
話しに込めた真意が誰にも伝わっていないのを確認した久我大将は、『わからんか?』と目配せすると仕方が無く説明をした。
「選択した【種族】によっては超常の力を得られる。今まで虐げられていた者達が急にその力を手に入れたら? この学校の事件はこれからの世界で起こることの縮図ではないかな?」
その言葉に周囲の者たちの背筋が凍り付き、額からは冷たい汗が流れ落ちた。
「世界では富裕層より貧困層の方が遥かに多い。特に南米やアフリカ諸国。中東、ユーラシアにもそういったその日の食事に事欠く国の方が多い。
そして力を得た虐げられた者たちが真っ先に憎むのは富裕層ではないかな? 日本はそこまでではないが、大企業や政府・軍もそうだが。上の都合で切り捨てられた者は相当数いる」
世界の貧富の差は、この時代になっても無くなるどころか広がっている。
日本はそれ程でもないが、世界を観れば今日の食事に事欠く者などいくらでもいる。
そして国家の思惑で、切り捨てられた者や犠牲になった者がいない国家など存在しない!
久我大将の話しは決して笑い話でも与太話でもない。
「そういった者たちが今まで大人しくしていたのは、国家に楯突いたところで無駄だからだ───無駄だと理解していたからだ!」
理解していなかった者たち───国家に喧嘩を売った者たちは、とうに粛正されている!
「もし、そのような人間が圧倒的な力を得たら? その抑えていた感情を制御できるだろうか?
もしも制御できなかった場合。権力者たちは、今まで自分たちが踏みつけていた者達───後のない者達の怖さを・・・・世界は知ることになるかもしれないな」
近藤大将の漏らした不吉な言葉。これを与太話と笑い飛ばせる者たちはこの場にはいなかった。
そして全員が確信にも近い予感を得ていた。近い将来、世界中で途轍もない混乱───いや暴動が起きることを。
そして、その火種は日本にもあり、火種が業火となる日はそう遠くない。
その消火に自分たちが駆り出されるであろうことも同時に予感していた。
余談になるが。この会議場の話と同じような内容の会議を。
時間こそ違うが、世界中の国々がほぼ同日に行っていたことを知るものは誰もいない。
地球の混乱はまだ始まったばかり。
そして後の歴史に、悪名を刻む者達も産声を上げ始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
下記はこの小説の世界観となります。
〇1990年代に地球の急速な寒冷化が始まる。地球温暖化を見越して行動していた各国は、急速な事態の変化に対応が出来ず。食糧不足などの深刻な被害が発生する。
〇中国の食糧不足は特に深刻であり。食い扶持を減らせると考えた中国政府も半ば黙認したため。国境を超えてロシアに亡命する国民が急増する。ロシアは不法入国者を厳しく取り締まるが、中国政府はロシア政府の非人道的な振る舞いを激しく非難する。
しかし、ロシア政府は不法入国者に対して適切な行動をしただけに過ぎないと反論。逆に国際法を平然と破り、半ばその行為を黙認した中国政府を国際会議の場で激しく非難したことで両国の関係は著しく悪化する。
〇両国の関係が冷え込んだのを皮切りに、他国でも領国に与する国家間の関係が悪化。中東では内戦が勃発し、欧州でも両国への対応の違いを巡り同盟間の関係が悪化する。
〇2000年に中国・ロシア間で戦争が発生。それを機に世界各国で局地戦が発生する。その火種は世界中に飛び火して、巻き込まれない国、無関係でいられる国が無いほどの戦争へと発展する。
大戦こそは5年ほどで終了したが、その後も偶発的な戦闘が途切れることなく発生。落ち着いたのは5年後と軍事関係者が判断したことから大戦は十年続いたという認識が一般的である(後に第3次世界大戦。またの呼び名を世界十年戦争)。
これほどの大戦でありながら核戦争に発展しなかったのは。日本の物理学者で核研究の世界的権威でもある。御子柴博士が中性子の自由運動を阻害する事で、核分裂を抑制する核無効装置を開発した功績が大きい。この装置の悪用を恐れた御子柴博士は、全ての研究データを破棄して自害した。
装置の基幹部分は現在の技術でも解析・再現は疎か、原料さえも判っていない事から。御子柴博士にまつわるオカルト説は科学者のみならず、一般でも有名である。
御子柴博士を技術の進歩を隠蔽した愚か者と断ずる者もいるが、世界を核戦争の脅威から守った科学者の鑑と称える声が圧倒的に大きい。
〇2020年代。アメリカはカナダとメキシコを併合。<北アメリカ大合衆国>を樹立する(USNA)。
それに続くように、ロシアはウクライナ・ベラルーシを併合。神聖ロシア連邦を樹立する。しかし、内部より無理やり他国を併合した国家に神聖という名を付けることに対して、不満の声が続出したことから<新ソビエト連邦>と改めた。
中国は朝鮮半島、ベトナムを併合して大人民中華連邦を形成するが、中国が主体になっている国名に対しての反発を抑える為(最終的にはアジア全てを併合する野心を込めて)<大亜細亜連合>を樹立するに至る。
欧州も大国が形成される脅威に抗うため、過去の遺恨を抑え込み。戦前は東EUと西EUに分裂していたのを再統合して<東西EU>を形成。
その他にも大国の脅威に抗うために、同盟を樹立させた国は多数に上る。
南米は大戦の主戦場となる場合が多かったために、国としての体裁を保てなくなる。事実上、地方レベルでの小国が乱立している。そのため武装ゲリラや反政府主義者が暗躍する危険地帯となり果てている。
アフリカの国家は大戦の猛威に晒された結果。事実上消滅。地方政府レベルの自治区を形成して辛うじて無事だった都市周辺の治安を維持しているとされているが、内部の情報を遮断しているために、詳細は不明。
日本は大戦前にアメリカ軍が総撤退したため、自衛隊しか戦力を保持していなかった日本は国家総動員法を発令。強制徴兵を行うことで自衛隊を母体とした【国防軍】を形成。経済力を低下させてまで兵器を開発、量産し、何とか大戦を生き残る。
属国の誹りを受け、他国から嘲笑されても忠実なパートナーであろうとした日本を自国の都合で見捨てた事で。戦後は反米感情は最悪と言っていい状態だった。現在では表面上は落ち着いているが、大戦経験者は未だにアメリカを毛嫌いする者が多いのが実情である。
2030年代。日本の領海内の対馬に謎の武装勢力が強襲を仕掛けた。住民は全員殺害される戦後最悪の大惨事となった。撃退に動いた国防軍も、将官と幕僚を殺されたことで敗走するに至った。しかし、国防軍の今井少尉が生き残った兵力を集め、機知に富んだ作戦でによって武装勢力を殲滅。
武装勢力の練度と保有していた装備から武装勢力の正体は<新ソビエト連邦>との見方は日本人の常識。だが<新ソビエト連邦>は日本の非難に対して、事実無根の言い掛かりとして一蹴している。
国際情勢の悪化を恐れた日本は無念の涙をのんだが、翌年に<新ソビエト連邦>内で新型インフルエンザが大流行。対応に失敗したことで、世界中に広がりパンデミックとなる。それに伴い各国は新ソを非難したことにより、日本の溜飲が多少だが下がる。




