第46話 貴方と共に
〇自宅 【クレア】
話し終えると、レンジさんは「飯を作る」と言って何処かに歩いて行った。
レンジさんが居なくなると、私は地べたにへたり込んだ。頭を巡っているのは困惑と恐怖。
私の目の前にいるのは一体・・・・ナニ? あんなに恐ろしいモノは見たことが無い。
さっきまでは、どこにでもいるような普通の男だった。
しかし、あれは擬態だった。話が進むにつれて本性を現したのか。まるで死が具現化したような、禍々しいオーラを纏う絶望の化身が目の前にいた。
視られただけで心臓が握りつぶされるような、恐怖が体を蝕んでくる。
今も震えが止まらず、不様にも震えを止めるように体を抱きしめている。
考えがまるでまとまらない。彼の話は本当なのだろう。しかし、余りにも突拍子もない話だ。
信じようにも頭では理解できても、心が理解を示さない。
グチャグチャの絵の具を頭にぶちまけた様に、思考がどうしてもまとまらない。
過去を思い出そうにも。まるで頭の中が真っ白になったように何ひとつ思い出せない。
これからどうしたらいいのか? どうすればいいのか? 何をしたいのかさえもわからない。
そんな自分と彼を比較して酷くみっともない様な惨めなような気持ちに捕らわれる。
記憶が無いから仕方がないというのは見苦しい言い訳だ。
仮に記憶があったとしても、彼の様に目指すもののために命を賭けられるとは、到底思えなかった。
彼のような信念を持って前に進めるとは到底思えなかった。
彼は自分の望みがどれだけ厳しいのか知っていた。どれだけ可能性が低いか知っていた。
願いが叶わなかったら、どれだけ心が傷つくのかも知っていた。
それでも自分の道を貫き進もうとしていた。
『覇王』──彼が本性を現した時は震えが止まらなかった。でも彼の心に触れ、言葉を聞いた今。真っ先に浮かび上がった言葉がソレだった。
過去など何も思い出せないが、何故かこの言葉は頭に引っかかる・・・・ような気がする。
彼は私を必要としていた。記憶が消去されたと言っていた情報が確かなら。今後私の記憶が戻ることは無いかもしれない。
彼の言葉を信じるなら、この世界はこれから激動を迎えるらしい。そして恐らく彼はその中心にいる。
何の根拠もない勘。確信・・・とまで行かないが、予感があった。ならば、彼について行くのもいいかもしれない。
信じられるものが無いなら、この予感に身を委ねるのもいいかもしれない。
これが最善の選択であると、心に信じて。
◆◆
〇自宅 【聖騎士】志波蓮二
クレア嬢には正直に全てを告げた。どう転ぶかは神のみぞ知る、だ。
初クエスト攻略の記念祝いで食卓にはちょっと贅沢な品々が並んでいる。久々に腕を振るったぜ!
飯は既に仕込んでおいたので、後は完成を待つばかり。その間に情報収集と行きますかね。
不在の間にこの世界で起きた出来事を確認すべく。知り合いのハッカーに連絡を取り! 更にローカルな出来事を把握すべくネットを開いた。
◆
それにしても、俺の異世界修行中に世間は随分と動いているな。世界各地で種族選択とジョブによる混乱。謎の門や洞窟の出現───これはダンジョンの事だろうな。
ネットで調べてみると、【種族選択】は一週間の猶予があるようだが、【ジョブ】は適性で勝手に決まるようだ。決まるといっても、恐らくは下級職だろうが。
【種族】も獣人やエルフなどの【亜人】ばかりで【異形種】を選択できたという話は出ていない。
やはり、異形種は希少なのだろう。
(やはり外見はそこまで変わらないようだ。感情が昂ぶるとケモミミや翼が生えたりはするようだがな!)
この情報は俺を安心させた。人間は外見で決まるわけじゃないが、外見から判断する輩は───残念ながら多い。
下手したら世界中で人種差別ならぬ、種族差別が発生する怖れが在ったからだ。
後は世界中で犯罪件数が増加しているらしい。これも、予想通りだ。抑圧されていた者、虐げられていた者達が急に力を得たら、その力を自分たちを虐げていた者に振るいたいという気持ちは理解できる。(俺も倖月家の連中に、今まで受けた仕打ちの仕返しがしたい気持ちはある)
幸いにも、日本ではそこまでの大ごとになっていないが。まぁ、時間の問題だろう。
問題は国防軍がダンジョンに部隊を派遣する。などとトチ狂ったことを計画している点だけだ。
ハッキリ言うが、自殺しに行くようなもんだ。
俺も≪始まりの迷宮≫以外のダンジョン経験は無いが。
最低のDランクダンジョンでも30階以上の階層があるのだ。
ジーク氏情報で、Dランクダンジョンでもボス戦は数回はあるようだ。
仮に重火器を持ち込んでも、そこまで補給が上手くいくとは到底思えん。全滅しなけりゃ御の字だろうさ。
確かに近代兵器なら低ランクの魔物なら充分に通用するだろう。
しかし、銃器は常に補給をする必要がある。弾の入ってない銃器は質の悪い鈍器程度にしかならないガラクタだ。
この探索部隊は十中八九壊滅する。ソレに併せて、良い事思いついたぞ。とってもお得なWin・Winな関係を作れる策がをな。
ダンジョンは危険だ。しかし、手付かずのダンジョンは宝の山らしい。
そこで俺が先に潜りお宝を根こそぎ頂く。魔物も駆除する。後から入る国防軍は恐らく安全度が高まる。ほら、Win・Win。
まぁ今後を考えるなら、国防軍の探索部隊には全滅してもらう方が都合がいい。全滅すれば隠そうとしてもマスコミ連中が必ず嗅ぎ付ける。そうしたら世間は大騒ぎだろう、ダンジョンの危険も知らしめることが出来る。
そうなれば迂闊にダンジョンに潜ろうなんて馬鹿もいなくなる・・・ことは無いだろうが、相当数は減るはずだ。
まぁ、責任は軍のお偉いさんが負うんだ、あと政治家。俺には全く痛むもんが無い、精々頑張ってくれよって心境だ。
さて、ダンジョンの場所は・・・・・アルプス山脈の山中と富士樹海? 箱根か。
恐らくまだ出現するだろうが、此処からなら箱根だな。入って様子を見て高ランクでヤバそうなら直ぐに引き返しゃイイんだし。あ、やっぱり立ち入り禁止で軍が警戒に当たってるんだ。・・・でも、だから何?って感じだ。
低レベルのジョブで《光学迷彩》に《気配遮断》のコンボが見破れるとは到底思えん。《影潜行》もあるし、問題は無いだろう。
え? 明日は会社じゃないのか?
さっき端末を確認したら、会社から連絡が来てたので読んでみると。政府から流通と生活必需品を扱う業者以外の業種は2週間から一か月の休業を義務付けられたようだ。
会社も海外の混乱の影響で、業務が滞っている為に開店休業状態らしく。休めば助成金と補助金が出るそうなので一か月の休業を決めたようだ。
30年ほど前に、新型インフルエンザの流行でパンデミックが起きた時も同様な処置がとられたそうなので。政府も前例があったためか、対応が迅速だったようだ。
会社専用のコードに休んで居た事の詫びと感謝の言葉を打ち込み。社長夫妻には、直接連絡を入れて、良くお礼を言っておいた。
え?在宅ワークすればいい? 流通も食料品や生活必需品優先で。嗜好品や美術品等のその他は後回しにされているようだ。日にち指定日に届かないと、会社の責任問題になるかもしれないことも休業に踏み切った理由のようだ。
こっちでは30日でも。異世界時間で150日。こちらで2日過ごしていればあっちでは10日過ぎる。そしたらウルドのおっちゃんから装備を受け取る。
そんで異世界でレベリングだ。ああ、此方にいる内に母の見舞いにも行っておかないと。
やることが山積みだが、何もすることが無いよりは健全?だろう。たとえそれが命がけの行為だとしても。
仕掛けたタイマーが鳴ったので飯が出来たんだろう。ずっと寝ていたので腹が減ってるだろうし、クレア嬢を呼びに行くかね。
俺は立ち上がると地下書斎に足を進めた。
大広間に行くとクレア嬢はベッドに座り、何やら考え込んでいる様子だった。
俺が近づいても、来たことにも気づいていない様子だったので、軽く肩に触れて声をかけた。
「御飯の準備ができました。良かったら一緒に食べませんか?」
俺の言葉が意外だったのか、クレア嬢は驚愕の表情を浮かべるとすぐに顔を赤らめ、コクンと小さく頷いた。
さて、今日の飯は白米に煮込みハンバーグ、サラダ、コーンスープ。白米以外は、どれも異世界の食材を使ってある。ハンバーグは虎豚。サラダは百葉のクローバーとミネラルトマト。コーンスープはマシュマロコーン。どれも高級食材だ。
試しにつまみ食いした時は、余りの旨さに言葉を失ったほどだ。
最初は警戒していたが、一口食べると箸が加速した。どうやら気に入ってくれたようである。
二人とも言葉も交わさず黙々と食べている。
俺はふと懐かしい気持ちになった。この家で誰かと食事するのは本当に久しぶりだったからだ。
「何か聞きたいことでもあるんですか?」
さっきからチラチラと俺の方を窺っては口を閉じてしまうので、言い易いように俺から促してみた。
「何も言わないんですね。俺と契約しろ、俺に協力しろ。とも?」
恐る恐るだが、彼女は口を開いた。随分と俺を誤解しているらしい。
「人に言われて、強制されて決めたことなど何の意味は無い。無理やり言う事を聞かせても常に裏切りの心配が付きまとう」
クレア嬢は何も言わずに俺の言葉をジッと聞いている。
「誓約を結んで欲しいし、協力して貰いたいのは本音だが。
それは君自身が決めることだ。
俺に協力すれば危険が付きまとう。命を落としても何ら不思議はない。
正直言って真面な神経をして、俺と組むのは狂人のすることだ。現時点ではリターンよりもリスクの方がはるかに高いからな。
契約を結ぶにしても、契約内容が分からない上に。その効果は自分が強くなる可能性を提供するだけだ。
君に明確な理由がなければ誓約を結ぶ理由も薄い。とても強制する気にはならん。それだけのことだ」
これは本音だ。無理やり承諾させても、後が怖い。俺にとって誓約を結べばメリットはあるが、クレア嬢には無い。
強制的に冒険に連れ出してもすぐに心が折れるだろう。明確な目的か覚悟がなければ。
「貴方の目的はお母さまを救うことだと聞きました。その先、救った後の目標はありますか?」
クレア嬢は俯き、絞り出すような声で聞いてきた。
「具体的には考えていない。でも、母を助けることが出来たら、いや出来なかったとしても。今勤めている会社に対してケジメを付けたら、異世界を見て回りたいと思っている。
俺はこれまで事情があって自分を抑えて生きてきた。やりたいことがあっても、それは出来なかった。これという目標や目的は無いが。様々なところに行って、様々な景色を見て。色々なものを食べて、沢山の世界を見て回りたい」
倖月家を追い出されてからも、連中は俺に対して嫌がらせをしてきた。武術の大会への出場禁止。母の親戚連中に対する圧力。父の運営する道場への事実無根の誹謗中傷。俺の就職活動の妨害行為など、挙げればキリが無い。
倖月を追放されるときの条件として。
『大学を出るまでの養育費を支払い』、『今後お互いに一切の干渉しない』が含まれていたが。
養育費が振り込まれたのは最初の三ヶ月だけ。俺が今の会社に就職するまで嫌がらせは続いた。
倖月家が圧力を掛けたせいで、親戚との付き合いは一切無くなった。
おかげで、祖父母や父の葬儀の際も親戚連中は誰も来なかった。
『稽古と称して児童虐待をしている』と出鱈目を広められた父の道場は、生徒がいなくなり───潰された。
就職の妨害が判明したのは。知り合いが勤めていたので探りを入れたら。
俺が面接を申し込んだ企業は、俺を採用しないことを条件に八菱から多額の発注を受けていたようだ。八菱は俺を目の敵にしていた後妻の実家だ。
これが、一社か二社なら偶然だろうが。十社近く申し込んでも、面接さえも受けさせて貰えなかったのだ。ほぼ間違いないだろう。
そんな中、拾ってくれた今の会社には(社長夫妻には)感謝しかない。
倖月に関しても、俺が目障りで追放までなら許せた。後継者争いを疎い事前に手を打っただけど考えれば我慢できる! 俺が当主でもそうするからな。
だが、その後のことは断じて許さん。契約を一方的に破り。
何の得にもならない憂さ晴らしをする屑中の屑。
それが俺の中での倖月家に対する評価だ。
俺が今までやりたいことに対して及び腰になっていたのは。挑戦したことで、人に迷惑をかける可能性を考慮したからだ。
だが今の俺ならば、倖月家を潰すことぐらいはできる。企業を潰すのは大変だが、連中が集まっているときを狙って強襲を掛けて皆殺しにしてやればいい。
皆殺しまで行わずとも、中枢のメンバーを殺せば権力争いが起こり、内部崩壊を起こす。
あそこは表面上は仲良くしていても、家中での派閥や序列があり内部はドロドロしていた。20年近く前なので今は分からんが、早々変わるとも思えない。
まぁ自分からは関わり合いになるのも嫌だ。あのゴミ共が仕掛けてきたら、今までの件に利子を付け相応の報いを与えてやればいい。
クレア嬢は呆けたような顔をして聞き入っていたが、取り繕ったように真顔に戻る。
「わかりました。貴方と契約を結びましょう。その代わり幾つかお願いがあります」
俺を真っすぐ見据えてそう告げた。
これが俺の生涯の相棒となるクレアとの始まりだった。
お読みいただきありがとうございます。
第二章はこれで終了です。
第三章は六〇話ほど、明日より連日予約投稿してあります。
引き続きお付き合いいただければ嬉しく思います。
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