第41話 清算
おっちゃんの店に行く道すがら色々なことを話した。
俺は最初はジークハルト氏をジークハルトさんと呼んでいた。
しかし、「長いし面倒だろ? ジークでいい!」と言われたので。ジークさんと呼ぶことにした。
ジークは俺の5歳上の33歳らしい。目上だし、先輩なので敬語を使うのは当然だろう。
経験豊富なだけあってジークの話は身になることばかりだ。
魔物やダンジョンの話、ジョブについてなど本来ならお金を払うべき情報と思うが。気にせずに話してくれる。
流石に自分のジョブは教えてくれなかったが。これぐらいの警戒は当然だろう! それにこの世界では他人のジョブを詮索するのはマナー違反のようだ!(俺は解析で見たので知っている)
話している内に、俺は前からずっと気になっていた。『ウルドのおっちゃんの店がなぜ寂れているのか?』を聞いてみると。
苦々しい顔をしながらも教えてくれた。
要約すると。この街で一番の鍛冶師が昨年亡くなった。その鍛冶師には一人の息子と弟子が何人もいて、おっちゃんはその弟子の内のひとり。
師匠ほどではないが、それ以外の弟子の中では一番の実力者だったようだ。
師匠・ドルトンは死の間際におっちゃんを後継者に指名したそうだが。
元々孤児でドルトンに拾われたおっちゃんが、後継者に指名されたのが息子には我慢できなかったようだ。
後継者に選ばれたのは自分だ、と他の弟子を懐柔し。おっちゃんを鍛冶場から追い出すと。あの路地の目立たない店に押し込めたらしい。
その後も、根も葉もないデタラメを街中に吹き込んで、客足を遠のかせるという徹底ぶり。
更にはおっちゃんの才能を恐れて、貴重な鉱石や素材が持ち込まれないよう定期的に悪評を流したり嫌がらせを行っているらしい。
聞いただけでも胸糞の悪い話である。
だが、それでわかった。
未開放ながら固有スキルに鍛冶の才を持つおっちゃんの店が、まるで流行っていないのか。
誰も助けないのは、ドルトンの店はこの街でも大店らしく。継いだ息子・ボルドンは鍛冶の才能こそ低いが、商売の才はそこそこあるようだ。
その伝手で様々な店にも顔が効くらしい。下手にウルドに肩入れすると物を売ってもらえなくなる可能性があるので。
事情をある程度知っている人も、見て見ぬふりを決め込んでいるようだ。
長いものに巻かれるのが世の常だし、冒険者にとってポーションなどは必需品だ。
下手に楯突いてそれらを売ってもらえないとなれば、死活問題。無関係な他人からすれば無理もないことだと思う。
話しているうちに、おっちゃんの店についた。相変わらず客が全くといっていいほどいない。
この店の経営が心配になってくるぜ・・・・ってか、俺以外の客を見たことがね~。
「おっちゃん、いるか~? 金を払いに来たぞ~」
デカい声で奥の工房に向けて声を張り上げると。奥からドタバタとこちらに向かって駆け寄る音が聞こえてきた。
出てきたおっちゃんに「よっ!」と手を挙げて挨拶するが。まるで幽霊でも視たかのように足元を見たかと思ったら、今度はジロジロと顔を眺めてきた。
「おっちゃん、生憎と俺は生きてるぞ!」
(さっきクソ蜘蛛に追い掛け回されて死にかけていたけどな!?)
「いや、そうか。無事だったか。まさか生きて帰ってくると・・・・は?」
「どうしたんだよ?・・・・・・・・・おっちゃん?」
急に口ごもり、プルプル震えだしたので、心配になって声をかけると。
「ば、ば、ば」
「は?・・・ばーばーいってもわからんぞ?」
「バッカやろー! 新調したばかりの装備が原形留めてねぇじゃねーか! 素人でももうちょっと大事に扱うぞ? どんな扱いしたらそうなんだよ? アアッ!」
おっちゃん怒り心頭だぜ、怒声を間近で聞いたため。メッチャ耳が痛くなった。
でも嘘を付く必要はまるでない。正直に話しゃイイんだよ。悪いことしたわけじゃないしな。
「キマイラを始めとしたランク6モンスターに加えてランク7のタイラントスパイダーに絡まれたらこうなった。おっちゃんの武器と防具が無けりゃとっくに魔物の腹に収まってたよ」
「ぼ、ぼぼ。ぼぼ」
「今度はぼーぼー言ってるよ? いったい何が言いたいんだおっちゃん?」
「ボケが! ランク6? それにランク7? 熟練の冒険者が討伐するような魔物だぞ? どこの世界にそんなのと戦う新米冒険者がいるんだよ?」
(そう怒るなよ、おっちゃん! 此処にいるだろ?)
余人が聞いたら呆れ果てる開き直りだが、レンジにも一応の言い分はある・・・・言っても怒るだけだから言わないだけで。
「はぁ~、ここにいるだろ? 確かに危険だったが、それ以上の見返りはあった。ほれ!」
おっちゃんの足元に手に入れた鉱石や素材を積み上げていく。
おっちゃんは怒髪天突く状態だったが。素材が積まれていくたび目を輝かせ始めた。
「こ、こいつはアダマンタイトにオリハルコン? キマイラの皮にスペクターの魂霊石。ライオスアリゲーターの大牙。ど、どれもすげー素材じゃねぇか? こ、これで装備を作ってくれだと?」
「ああ、これがこの前のツケの代金な? 全身装備一式と装飾も作ってくれ。金は前金で半額。出来たらもう半額でい「まて!」い・・・・?」
おっちゃんは急に難しい顔になって。こちらの言葉を遮ると。
「これだけのモンはウチじゃあ使えねぇ~。大通りにある大店の鍛冶屋に持っていけ。
ミスリルまでなら兎も角。アダマンタイトやオリハルコンなんざ、ほんの数回しか扱ったことがねぇ。その数回も失敗したようなもんだ。
癖を掴むまでに素材を無駄にしちまう可能性が高い。そしてこれだけの素材を買い取るだけの金も俺にはねぇ・・・・」
おっちゃんは悔しそうにしていた。本心ではこの素材を扱って武器を作りたいのが丸わかりだ。
下手な鍛冶師なら3流品を渡して利をたっぷりとるんだろう。しかし、こういう馬鹿正直な職人肌のオヤジは嫌いじゃない。だからこそ・・・・・・
「だったら先行投資だ。失敗したって構わないし、その分の金も要らない。
それで今のおっちゃんが作れる最高の装備を作ってくれ。何もわからない俺を騙そうとしたり、3流品を吹っ掛けて売ろうとする奴らに俺の命を預ける装備を作って欲しくない!!」
それは本心だ。この街に来て装備を整えようとしたときに赴いた店では。俺を無知と侮り。粗悪品や相場の倍増しくらい値段を吹っ掛けてきた店ばかりだ(解析のおかげで騙されなかったが)。
騙される方も悪い、常に命の危険があるならが最低限の知識を知っておくべきだろう。
しかし、この世界の田舎から出てきたものでそこまでの知識を蓄えろというのは酷だ。俺が訪れた店はそういった新米もカモにしてるはずだ。
粗悪品を売りつけたせいで、今までにも命を落としたルーキーがいなかったとは思えない。
もしそんな新米冒険者がいたのなら、連中は間接的な加害者だ。
あの手の連中は自分を棚に上げ「無知なのが悪い」「これも社会勉強だ」と悪びれることも無いだろう。
そういう奴らは仕事に誇りを持たずに、平然と手を抜く。そういう輩は信用するに値しない。
信用できない一流よりも。信用できる2流の方が俺個人としては安心だ。信用できる一流ならなお良し。
これは、借りを返すとか恩義だとかの善意だけでなく。当然打算もある。
鍛冶の才能を持つおっちゃんに恩を売っておけば、この義理堅い性格ならば。必ず投資した以上に返してくれるという計算もあってこそだ。
おっちゃんは俺に何か言いたそうな顔だったので、目線で促してみると。
「本当に・・・・いいんだな?」
念を押すように確認してくる。
「男に二言はねぇよ! 失敗してもそれは俺に見る目が無かっただけの事、自分の選択の結果だ。
それを後になってグチグチ言うなんざ男らしくねぇ。思いっ切りやってくれや!」
おっちゃんは真剣な目で睨み付けるように俺を見ていたが。
やがて何も言わずに素材を抱えると店の奥に入っていった。
その目の奥には、職人の意地と誇りが炎のように燃え滾っていた! 俺の勘が告げている。この漢なら期待に応えてくれると。
「装備の受け取りはいつ来ればいい?」
もはや言葉は不要! 客として最低限の確認だけで良いだろう。
「八日、いや10日後に来い。今の俺に作れる最高の装備を渡してやる」
その啖呵は、充分信用できるだけの力強さを秘めている。
俺はおっちゃんが鍛冶場に向かう背中を見て確信を強めた。
「何も言わないんですか? 「ルーキーがカッコつけてんじゃねぇぞ!」とか?」
これまでのやり取りに対して、一言も口を出さずに見ていたジークに俺は問いかけてみるが。
「お前の言った通りだ。テメーの選択、テメーの結果。お前が考えて行ったことなら俺が口出しする筋合いはない。それだけのことだ」
何とも清々しい言葉が返ってくる。事情も知らず、口を出されるより気分がよくなるね!
「もうお分かりと思いますが、あのアダマンタイトとオリハルコンがバリアン湿地帯での最大の収穫物です。
貴重な物なのはわかりますが、どの程度貴重なんでしょうか?」
「そうだな。鉱石系のダンジョン、それもBランク以上の深部で極稀に採掘場所が見つかるくらいには貴重だ。
鉱石系のAランクでも中層以降に行かないと滅多に入手できない。手に入れたとしても配分で揉めることもある、それぐらい貴重だ。
あれよりも上の鉱石なんざヒヒイロカネや皇玉石系やマター系なんかの超希少なモンがあるくらい。だから一般的に流通する中では最高級の代物だ」
最高レベルの鍛冶師があれらで装備を創れば四級。いや、三級は固い。とも教えてくれた。
「もしよろしければ。今度一緒に採掘に行きませんか? いえ、足手まといにならないように。私がもっと力を付けてからですが!!」
紙に大まかな地図と採掘ポイントを記載し、ジークに手渡した。
「先ほど色々と教えていただいたお礼です。どうか受け取ってください」
「欲のない野郎だな? これを売れば一財産にはなるぜ? ホントにいいのか?」
ジークは笑いながら問いかけたが、それは顔だけで目はまるで笑っていない。こちらの真意を探っているような感じだ。
「お礼ですが、私のためでもあります。このことはいつかは周囲に知られます。そうなった時に私から情報を抜き取ろうとするものが出るでしょう?
しかし、地図はジークさんに渡したといえば、全てではなくとも大半は諦めると思います。つまり、これ以上下手にその情報を持っていると私の身に危険が及ぶ・・・かもしれません。つまりは保身のためでもあります」
ジークには直感がある。下手な嘘は見破られる可能性が高い。正直に言えば、そこまで気分を害すことは無いと思う。
それに、ギルド長やジーク、エイダ以外は仮にやり合うことになっても、勝てなくとも、逃げきれる確率が高い。(今まで見て来た冒険者だけなので油断は禁物だが)
ジークは難しい顔をしていたが、フッと笑うと。「じゃ~な」と去っていった。
どうやら、何とか切り抜けたようだ。
さて、当初よりもだいぶ遅れたが、教会に寄付して祝福を受けますかね?
あの蜘蛛のおかげで、レベリングは出来なかったが、【暗黒騎士】はカンスト目前だ。
ラバンの森の奥地で討伐を行えば、今日中にカンストまで行けるはずだ。
そうしたら【聖騎士】でレベルを上げて、クエストに挑もう。




