第32話 条件
周囲はざわつき戸惑っていた。・・・レンジの余りにも空気を読まない発言に。
その空気を破ったのは、やはりというかギルド長だった。
「今回の件は、こちらの落ち度でもあります。彼の行動は自衛行為と判断し――不問とします」
冒険者は明らかに不満ありげな表情をしている。何人かが異議申し立てをする気配があったが――
「もし彼にペナルティーを与えるなら、貴方たちにも処罰を下さないといけなくなってしまいますが?」
続くギルド長の言葉に、顔を俯け押し黙る。レンジを処罰したいが、自分たちが処罰を受けるのは嫌なのだろう。
「しかし、通常は登録したばかりのルーキーが、ランク4のモンスターを討伐するなどありえないことです。
それを貴方は自分が討伐したとおっしゃいました。周囲の者が疑うのも残念なことですが、無理はないかと思います」
冒険者・受付嬢ともに我が意を得たりと大きく頷く。
「ですから先ほどから申し上げています。疑うなら私に同行して頂けばいいと。此処でいくら言ったところで私の疑いは晴れません。「百聞は一見にしかず」という言葉もあります。それが一番早いし確実だと思いますが?」
ギルド長は頷くと言葉を続ける。
「貴方のおっしゃる通り、それが一番手っ取り早いでしょう。しかし、ギルド職員は多忙でしてね。―――おいそれと動かすわけにはいきません・・・・・」
「そう・・・・・通常ならば・・・・・ね」
やたら勿体ぶるが、騒いでも何の利も無し。と次の言葉を待った。
「幸いと言いますか。私は明日の早朝に首都【セントラル】に向かいます。その途中にバリアン湿地帯という場所があります。
その狩場はランク4は勿論。滅多に出会うことはありませんが、最高でランク8のモンスターが出現します。そこであなたの実力を私が見定めましょう。
もし実力を備えているならばEランク冒険者昇格の上。今後、ギルド内で便宜を図ることを約束しましょう」
「ギルド長あの・・・それはあまりにも・・・」
エリスがたまらず、といった口調で異議を申し立てようとする。それもそのはず。
バリアン湿地帯は最低でもランク4のモンスターが出現する。Bランク冒険者でも下手したら命を落としかねない危険地帯だ。
間違っても、ルーキーの力を見るためだけに向かわせる場所ではないし。ましてや討伐など出来るはずがない。
誰が聞いたとしても、ギルド長は「このルーキーを殺すつもりではないか?」と疑われても仕方がない。
周りにいた冒険者も、この仕打ちにはさすがに言葉を無くして青い顔で黙り込んだ。
「彼の持ち込んだ素材のポイントを見ればDランク冒険者に昇格でもおかしくはありません。
もし実力でそれらの素材を入手したのなら、将来性を見据えてそれぐらいの便宜はなんら不思議ではありませんよ?
冒険者は実力至上主義。子供でも功績を立てれば爵位を与えられて貴族になれますが。うだつの上がらないものは、いつまでも底辺のままです。
私が言っていることは、何か間違っていますか?」
周りの困惑の視線にもギルド長は涼しい顔をしている。「言っていることは正しいが、明らかにやりすぎだ!」そんな空気がギルド内を駆け巡った。
「別にこの話を断っても、貴方にペナルティーを課すつもりはありません」
ギルド長はエリスや周囲の者達の言いたいこと、自分が非難されてることは理解しているようだが。素知らぬ顔で俺から同意を取ろうとする。
「お受けいたしましょう。皆さんの顔色からして、そこはかなりの危険地帯のようですね? 間違ってもルーキーを試すような場所ではなさそうだ」
「そこまでわかってんなら、何で受けるんだよ?」という顔をほぼ全員(ギルド長以外)から向けられた。だが俺は何食わぬ顔で快諾した。
「特別扱いがして欲しいのなら、特別扱いするに足る実力を周囲に示せ。詰まる所。ギルド長のおっしゃりたいことは、そう言うことでしょう?」
ギルド長が深く頷いたのを見て確信する。そして、俺はギルド長の近くへ移動すると。カマかけもかね、小声でもう一歩踏み込んだ発言をした。
「ランク4の素材をルーキーが持ち込むなど、通常あり得ない。偶然拾ったのか、何処かで盗んだモノかも知れない?
でも、もし実力だったら? 今回の件で、利益を生む者を逃がしてしまうかもしれない。でも実績も無いのに過度な厚遇は周囲との軋轢ができる。
ならば誰もが納得するような実力を示させればいい。力を示せば今後も踏まえ、適当な待遇を用意する。もし駄目なら切り捨てれば問題無い。
口先だけの不正をしたイキッた冒険者が実力を読み違えて死んだことにすれば、誰も文句も言わないだろうし困らない。そんなところですかね?」
ギルド長は一瞬、虚を突かれたような顔をしたが。すぐさま微笑みを浮かべたのはさすがだった。
俺の予想は完全な正解ではないが、完全には間違っていなかったようだ。
俺はギルド長から離れると。何食わぬ顔で質問する。
「インチキや不正を行っていたのなら兎も角。私はちゃんと自分で討伐して、その素材を持ちこみましたので。・・・・それらの素材を手に入れた時と同じようにすれば良いということなら。何ら問題はありません。手に負えぬモンスターが出たなら逃げればいいだけですしね」
俺は高ランクモンスターを命懸けで討伐する気は無いし、ソレが出来ると思うほど自惚れていない。あくまでも狙いはランク四モンスターの討伐だ。
「それと先ほどの行為を不問にするなら、持ち込んだ素材を買い取っていただくことも出来ますよね? 今のボロボロの装備で、そのような危険地帯に行く事は自殺しに行くのと同じです」
いけしゃあしゃあと買い取りの同意を取ろうとする。此処で断ればギルドは冒険者から良い感情は向けられないだろうしな。たとえ此処の冒険者たちが俺を嫌いでも。
「装備を買い替えるにしても、買取をしていただかないと、手持ちがありませんので」と付け加えると。エリスはギルド長の方を見て確認をとり。ギルド長が頷くと査定を開始した。
「それでは明日、出発する時間を教えていただけますか?」
「早朝6の刻に、この街の見張り台から鐘の音が3回鳴ります。その時までに街の入り口に来てください。もし貴方が来なかった場合。私は貴方が逃げ出したと判断させていただきます」
「それでよろしいですか?」と目線で訪ねてくる。即座に頷いておく。
「それでは査定が終わったようですので、これで失礼させていただきます。では明日は宜しくお願いします」
金を受け取り、ギルド長に一礼すると。さっさと立ち去るべく背を向けて出口に向かう。
「どうせ明日までには逃げるに決まってんだ。カッコつけやがって」「逃げ出すに決まってんだ」「ルーキーの無知は怖いね~」「行ったはいいが泣きべそかいて逃げ出すに金貨1枚」「オイオイ。そんなん賭けになんねぇよ~ひゃはは」「俺は今日中に街から逃げ出すに金貨10枚」
俺が背を向けた途端。背後から野次や侮辱が投げかけられる。雑魚の遠吠えに過ぎないが、このまま立ち去るのも癪なので立ち止まり、明らかな作り笑いをした顔を背後に向ける。
「貴方たちもよろしければ明日、一緒に同行しませんか? そんなに人を馬鹿にするなら、貴方たちはさぞかし勇気があるのでしょう? 私にその勇気と実力を見せていただけませんか?」
「・・・・・・・・・・・・」
その言葉を聞いた途端、さっきまでの勢いは何処へやら。冒険者たちは、決まりが悪そうに顔を背けると、俯いてしまう。
その無様な姿を見て、フンッと鼻を鳴らす。
「大勢の尻馬に乗り、自分を棚上げして他者を馬鹿にする。その時は自分は正しいと勘違いしてしまいますが。外から見ると存外見苦しいものですね。そのような不様な人間には、ハッキリ言ってなりたく無いですね」
嘲るでも無く。抑揚のない声でそう言葉を残すと。俺は背を向けてギルドを立ち去った。
・・・・・・・・・・・・・・・
レンジが立ち去った後。ギルドは未だに喧騒に包まれていた。
主に飛び交うのはレンジの余りにも不遜な態度への怒声だ。しかし憤っているのは若手や、見る目のない冒険者だけ。一部の者はレンジの実力を見抜いていた。
現在もギルド長の執務室で話している3人の存在もその一部に含まれている。
その3人は何れも二つ名持ち。
ギルド長『振天動地』フギン
副ギルド長『鮮血姫』エイダ
ギルドでの役職こそ無いが『双極剣』ジークハルト
冒険者に限らず。二つ名が与えられるのは、尊敬か皮肉(侮蔑)。どちらかのケースが多いが、この3人の二つ名は尊称だった。
「ジーク・・彼は明日、時間までに来ると思いますか?」
「ああ? 来るに決まってんだろ? 逆に聞くが、なんでアイツが逃げると思うんだ?」
フギンの質問を逆に聞き返す。ジークからすれば、今の質問はそれ程バカバカしい質問だ。
「いえ、一応の確認です。私も彼が逃げるような性格には見えません。エイダ・・・・彼からどのような印象を受けましたか?」
「そうですね。見た目こそ冴えない男にしか見えませんが。中身は狡猾な猛獣かと。もしくは、とびきり強力な毒を持った毒蛇のようにも見えますね」
エイダの即答に、ギルド長は頷くと。「私も似た印象です」と付け加えた。
「ああ、俺と会った時はオドオドしていたが、ありゃ擬態だな。もし敵対するなら一番タチのわりぃタイプだ。勝てないと判断したなら逃げて、隙を見せたら喉笛に噛みつく。自分を過信せずに実力を身に着け、相手が弱るのを待つ。・・・・いやだ、いやだ。俺が一番苦手な手合いだ」
本当に嫌そうな顔で、ジークが補足する。
「騒ぎの大元はウチの受付嬢ですが、騒ぎを利用されたような。そんな気持ち悪さがありますね。
最初からそのようなことを考えていた、とは思えませんが。自分が最大の利を得られるように周囲を焚きつけ、うまく立ち回ったのでしょう!」
フギンは喉の奥に物が引っ掛かって取れないような。気持ちの悪さを感じていた。戦えば自分が圧倒出来るだろうが、彼を観ていると背筋が寒くなる。
それに勝てるといっても今は・・・だ。そう遠くない将来、自分を脅かす力を手に入れる。そんな予感がする。
レンジの動きを見た結果、現状でどれだけ低く見積もってもCランク冒険者の上位クラスの実力は持っている。
フギンは渋い表情で、レンジの実力を予測すると。エイダもそれに同意した。この場の空気は重くなる一方だ。
この3人はいずれもA級冒険者。ギルド長フギンと副ギルド長エイダは頭に元が付くが。現役時代は雷名を轟かせて、いや今でさえも影響力は残っている。そして実力は現役時と比べても、まるで落ちていない。
「ガキどもをぶちのめした時の動きからだが。我流じゃねぇのは確かだ。誰かに指導を受けていたのは確実だろうな。余所からの間諜の可能性はねぇだろうけど」
(あんな目立つ言動をする奴を、単身で送り込むほど何処の上層部でも頭カラッポじゃ無いだろうしな)
ジークの心の声はこの場の者に伝わっていた。皆が同じ結論だったからだ。
「ええ。彼が何の目的でここに来たかはわかりません。しかし、この街に悪意があるようには思えませんでした。なので彼を見定める意味合いもあり、あのような挑発を行ったのですが・・・・逆にうまく利用されたような感じがありますね」
フギンは珍しく溜息を漏らすが、仕方ないことだろう。騒ぎの大元はギルド側にあるのだから。
「自分の非を認めつつも、キチンとこちらの落ち度を挙げて周囲を上手く巻き込んでいます。
あのまま彼だけを罰してこちらはお咎め無しだと。最悪、こちらの公正さが疑われます」
それにエイダが付け加えるように言葉を挟んだ。その表情が暗いのも当然かもしれない。ギルドの理念は中立公正だ。それをギルドの職員が破るなど・・・・あってはならないからだ。
「まぁ俺の勘だが悪いようにはならん気がする。大丈夫だろ?・・・たぶん」
ジークの言葉は、何の根拠も無い気安めでしかない。だが、そのおかげで場の雰囲気が少し軽くなる。
「ジークの勘はよく当たりますからね。その通りになることを祈っていますよ」
3人は顔を見合わせると、大きくため息をついた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
そんなある意味で、危険人物扱いされている男。レンジは現在。
「このバッカモーン!」
おっちゃんに叱られて小さくなっていた。
「だがなおっちゃん。あのまま黙ってたら俺は詰んでいたんだ。しゃあねぇーだろ?」
「だからって限度があるわ。しかも向かうのはバリアン湿地帯だと? ふざけんな! あそこは下手したらBランク冒険者でも死ぬこともあるんだぞ。間違ってもルーキーを試すような場所じゃねぇっ!」
俺の反論を一蹴して、可哀想な子でも見るような目を向け。再度、怒鳴り付ける
このままだと話が進まないと考えて、俺は切り替えるべく強引に話を変えた。
「それで? 装備は売ってくれるのか? 流石にこの装備で向かってお陀仏は御免だ」
現在の俺の装備はボロボロだ。周りの目を気にしないように振る舞っているが、俺でも羞恥心は持ち合わせている。
「そう思うのなら行くなっ。あそこはそんな甘い場所じゃねぇっ!!」
「行かなきゃ俺はこの街どころか。どこに行っても冒険者としては終わりだろうな? 装備が売ってもらえんなら、このままの格好で行くしかない。それだけのことだ」
おっちゃんは再度怒鳴りつけようとするが、俺の雰囲気が変わったのを見て口を噤んだ
「俺は半端な覚悟で言ってるんじゃない。そうするのが今後を見据えても最善だと判断したからギルド長の案に乗っただけだ。リスクはあるが大勢の前で約束した以上。実力を示せばそれを破る事はしないだろうさ」
今回の件はどう取り繕ってもギルド側に過失がある。俺がキチンと成果さえ出せば、優遇は無理でも。普通の扱いは勝ち取れる。
「お前は本当に自分の実力でランク4のモンスターを討伐したんだな?」
黙って聞いていたおっちゃんが、念を押すように言葉を絞り出した。
「本当だ。俺が討伐して実力で手に入れた」
問いかけに短く肯定を返す。
嘘は騙せているうちはいいが。バレた時に今まで築き上げたものをすべて失う。俺は自分が清廉潔白な人間とは言わないが、すぐにバレる嘘をつくほど馬鹿じゃない!
おっちゃんは黙っていたが「少し待ってろ」とだけ告げると奥に引っ込んでしまった。
5分ほど待っていると、奥の工房から装備を一式持って俺の前に置いた。
「こいつを持っていけ。バリアン湿地帯は水系やアンデッドモンスターの巣窟だ。気休め程度だがこれを身に着けていけば多少は違うはずだ」
机に置かれたその装備に慌てて解析を使用すると。
◆◇
【スピリットソード】(五級)・『アンデッド・霊体系モンスターにダメージ』
【ダマスカスの軽鎧】(五級)・『物理ダメージ軽減』
【水蜘蛛のブーツ】(五級)・『水上歩行』
【水除のお守り】(五級)・『水ダメージ軽減』
【アラーム・ピアス】(五級)『危険感知』
◆◇
素人目にも、かなりの一品なのがわかる。とてもじゃないが俺の手持ちで払える金額じゃないはずだ。
「おっちゃん、嬉しいけど手持ちの金が足りない。これで買える物だけにしてくれ」
聖水と宿代を抜き。残った金を全部おっちゃんに渡す。
「足りん分はツケにしといてやる。ぜってー払いに来いよ。来なかったら地獄の底まで取り立てに行くからな」
俺は言葉が出ずに立ち尽くしていると。
「ほらほら。俺は忙しいんだ。サッサと行った、行った!」
めんどくさそうにしっしっ。と手を払いながら俺を追い出してしまう。
「俺以外の客がいないのに何が忙しいんだよ? 下手糞な芝居しやがって」
一人店の前で立ち尽くす俺はそう呟くと。おっちゃんの店に向かって深々と頭を下げた。
いつ死ぬか判らない冒険者相手に、ツケなどする筈が無い。普通なら裏があるのを疑うが、おっちゃんは人を嵌めるタイプじゃない。これは、おっちゃんの不器用な優しさだろう。
俺はもう一度、店に向かって頭を下げた。この借りは必ず返しに来ると。心に決めて・・・・・
お読みいただきありがとうございます。




