第27話 冒険者ギルド
ギルドの建物に入ると、ガヤガヤと喧騒が聞こえてきた。次いで視線が集中したが、見られたのは最初だけで直ぐに興味が無さそうに顔を背けられた。
(ま、当然だろうな。俺の装備は見るからにお上りさんにしか見えないし!)
俺のような、駆け出し以下の者に興味が湧かないのも無理はないだろう。
キョロキョロと店内を見回していると。受付らしいカウンターが見えたので、そちらに足を運ぶ。受付嬢と思われる女性に笑顔を作ると、丁寧な口調で声をかける。
「すみません。冒険者登録を行いたいのですが、此方の窓口でよろしいですか?」
「はい。此方で登録出来ますよ。では、此方の用紙に名前と年齢。出身地を記入して下さい。もし字が書けないようでしたら此方で代筆致しますが?」
受付嬢の丁寧な対応に、こちらも気分が良くなる。おっちゃんから聞いたが、この世界の庶民の識字率は低い様なので、気を利かせてくれたのだろう。この気遣いも高ポイントだな。
(表情を窺ってみても、この女性は相手を馬鹿にしたような気配は感じられない。大したもんだ!)
冒険者は大体10代で登録する人が殆んど。20代で登録するケースはかなり少ないようだ。それも訳アリの者が多いらしい。だが、それはあくまで大半であって、全てがそうじゃない。事前情報で判断せず、それを表情に見せないだけで、かなりのプロ意識といえる。
(白い肌に長い耳と金髪。この人の種族はエルフか? やはりエルフは美形が多いらしいな)
よく見なくても、普通に美人だ。クレア嬢と比較する事は出来ないが、地球に連れていけば。誰が見てもそう評するだろう。なぜクレア嬢と比較出来ないのかと言えば。クレア嬢は綺麗系の美女で、この女性は可愛い系の美女だ。これは完全な好みの問題になるので比較できないだけだ。
そんな不躾な考えを全く表に出さず。にこやかに返答する。
「お気遣いありがとうございます。一応、簡単な読み書きは出来ますので大丈夫ですよ」
「かしこまりました。こちらが用紙になりますので、ご記入をお願い致します」
笑顔で紙を渡してくるので軽く頭を下げて用紙を受け取り記入した。
「はい。確かに受理致しました。これより貴方はGランク冒険者となります。冒険者ランクについてはご存じですか? それと何かお聞きしたいことはございますか?」
受け取って用紙を一瞥し、確認し終えると。俺の表情を窺うように聞いてきた。
ランクのことは先ほど聞いて知っていたので、周辺のダンジョンと知りたかった上級職の条件について聞いてみたところ。
「申し訳ございません。ダンジョン探索は最低Eランクからとなっております。あと上級職への転職条件やダンジョン内部の情報は有料となっておりますが、宜しいでしょうか?」
笑顔だが、暗に「てめぇ金持ってんのか?」と聞かれてしまった。まぁ情報の対価として、金取るのは当然だろうな。
「なるほど。有料とは知りませんでした。こちらに素材が少しありますが、買い取りをしていただけますか?」
この世界の通貨を持っていないのが、ちょっと恥ずかしかったが。一切顔に出さず、鉄壁の愛想笑いでそう告げると。背負ったリュックから魔玉やダンジョンで手に入れた素材を次々とカウンターに並べていく。
手を止めると、カウンターには素材の小さな山が出来ていた。
本当はアイテムボックスにはまだある。加減したのは、この素材は希少ではないが。駆け出しが持てるほど安くはないらしい。
なのでどこで手に入れたのか追及されたり、下手に注目を集めて余計な面倒ごとを起こさないように配慮した。
(俺は所詮は駆け出し以下だ。疑われると面倒だしな!)
俺は素材を捌く手段として冒険者になりたいのであって。騒ぎや面倒ごとに巻き込まれるは御免だった。
受付嬢は素材を見ても平然としていたが、魔玉を見た途端に驚きからか目をカッと見開いた。
「失礼ですがこの魔玉はどのように入手されましたか?」
声を潜めて穏やかに聞いくるが。その目の奥にある光は凄まじく鋭く。冗談でもなく「嘘は許さない」という圧力を感じる。
(まぁ駆け出しが持ってるにゃ過ぎたモンだろうしな。盗んだとでも思ってんだろ? 無理もねーけどさ! まぁ誤魔化すのは問題ない!)
「私は幼い頃に重傷を負った冒険者を助けたことがあります。その時から私は将来、村を出ることが決まっていた。そのことを快復した冒険者の方に話したら「命を救ってくれた礼だ」と、この石をいただきました」
勿論こんな話は嘘八百のデタラメだ。まだ受付嬢の目には疑念が宿っている。もう少し盛るかね!
「「村を出て金に困ったら冒険者ギルドで売るといい」あと「この玉のことは絶対に誰にも話すな、見つからないように埋めるか隠しておけ」とも言われましたので。貰ってからは、布に包んで土に埋めておきました。・・・・あの私は何か悪い事でもしてしまいましたか?」
ここまで話すと、ようやく受付嬢の瞳から疑念が消えた。
(こんなこともあろうかと。予め適当な作り話を考えておいてよかったぜ!!)
ラノベのテンプレ。無知ゆえの行動でトンデモナイ代物を持ち込んだり、ぶっ飛んだ行動でトラブルに発展する展開を予想し。色々なパターンの言い訳を考えておいて正解だったようだ。
これはそのパターンの一つ。「価値もわからない素人が、幸運から譲られた物をギルドの持ち込んで、詰問を受けて何かしてしまったのか? と、怯えるパターン」を実行した。
「とんでもないです。こちらこそ大変失礼いたしました。素材を盗んだり、騙して奪い取るなどといった行為の可能性もありましたので。そ、その貴方がその魔玉を自力で手に入れることが出来るとは思えなかったものでして・・・・・・そ、その申し訳ございませんでした!」
俺の演技をすっかり信じてくれたようで、慌てふためきながら謝罪する受付嬢。騙したことに、若干の申し訳ない気持ちが湧くが。興味は別にあるので気にしないことにする。
「いえ、本当に気になさらないでください。見ての通りおっさん間近でお世辞にも強そうに見えませんからね。そのような反応をされるからには、その玉は貴重なモノなんでしょうか?」
まぁ気にされても困るので、笑いながら論点をずらし。聞きたいことを尋ねてみた。
「そうですね。ランク4の完全な魔玉となると相場で金貨300枚は致します」
(マジかよ? 日本円で千五百万! 大儲けじゃねぇかよ!!!)
今度は本当に驚いてしまった、買い取り金額のあまりのぶっ飛び具合に。驚きの余り、ポーカーフェイスが崩れてしまう。
「そ、そうですか。そこまで高額なものだとは知りませんでした」
動揺を出さないように平静を装うとするが。受付嬢には丸わかりのようだった。
その証拠に、受付嬢はクスリと笑いながら再度訪ねてくる。
「この金額ならジョブや迷宮についての情報もお教えできます。ジョブに対しては金貨10枚。迷宮はに対してはランクによって異なりますが? いかがなされますか?・・」
親切にも金額まで教えてくれた。でもけっこうお高いな! でもしゃーないよな!
俺は、就きたいジョブの転職条件に付いて情報を求めた。結構な出費になるが、それは必要経費だと割り切った。でも、ダンジョンの名前と、所在地だけなら無料らしいのはマジで助かった。
(場所を知ったところで、Eランクに成るまでどうせ入れないけどさ!)
今は下手に焦らずに一歩一歩進むのが大切だ、と自分に言い聞かせる。
「それではご希望のジョブの転職条件は紙に記載して後程お渡しいたします」
「では、このファーチェス近隣のダンジョン名と所在地についてお教えいたします」
俺にとって最重要と言っていい内容だ。思わず背筋を正して聞き入った。情報を整理するとこうなる。
まずはこの街から南にあるDランクダンジョン<猛獣の縄張り>
東にあるCランクダンジョン<悪霊の遊技場>
北のBランクダンジョン<虚飾の宝石箱>
西のBランクダンジョン<腐蝕の水没林>
ファーチェス近隣では、この4つが主なダンジョンらしい。
近隣ではないが、この国の首都? にある、誰も攻略したことが無いAランクダンジョン『天魔の監獄』!!
後、聞いてるうちにおっちゃん言ってた特別な等級について尋ねてみたところ・・・・・・
「特別な等級?・・・ああ。ユニークモンスターですね」
「ユニークモンスター・・・・ですか?」
厨二心満載の単語に思わず聞き返すと。俺の顔が面白かったのか笑いながら教えてくれた。
「はい。ユニークモンスターは、どのモンスターランクにも当てはまらない特別なモンスターです。途轍もないほど強くて通常の名前だけじゃなく二つ名を持っています」
名前?二つ名?知らん単語だ聞いてみるか?
「すみません。私は田舎者でして名前や二つ名についても教えていただけますか?」
受付嬢は軽く頷くと説明を続ける。
「名前とはモンスターの中でも成長して強くなった個体につくモノです。この名前持ちは同じ種でも別物と言っていい程に強いので注意してください。二つ名とはユニークモンスターのみに与えられる異名のことです。世界が認めたモンスターに二つ名が与えられユニークモンスターに至ると考えられています!」
(【歴戦個体】と【異常進化種】といったところかな?)
取り敢えずそう解釈しておこう。
「なるほど。そのモンスターを討伐すると何かメリットがあるのですか?」
「名前持ちは通常よりも良い品物がドロップし、魔玉も完全なものか半分以上の大きさのものが手に入ります」
ここで、一拍の間を置いた後に話しを続けた。
「ユニークモンスターはドロップも魔玉も手に入りませんが、倒すとユニーク武具と謳われる特別な報酬が得られます。この武具はユニークモンスターの力を体現した物で、もし壊れたとしても時間の経過で修復いたします」
トンでも装備の話を聞かされて、自分が高揚してきたのが分かる。だってそんな装備があるなら、是非手に入れたいし!
「それはすごいですね。しかし、その武具は一匹の個体から幾つも手に入るのですか? そこまで素晴らしい性能なら下手したら奪い合い、殺し合いに発展しそうですが!!」
ゲームなら確実にそうなる。 戦鬼の凶人ども、あの理性と知性を捨て去り、戦闘力に全振りした連中なら獲得者を嬲り殺しにしてでも奪うからな。俺もそうだから人のこたぁ言えんがね!
「ご懸念はごもっともです。一匹の個体からはひとつの武具しか入手できませんが、争いなどには発展しません。なぜなら奪っても意味が無いからです」
「?????????」
「ユニークモンスターの討伐は戦功評価システム。とでも言うべき法則が働いています。ユニーク武具を受け取れるのはこのシステムが認めた最大功労者だけです。それ以外の方はその武具を扱うことは勿論。装備する事さえ出来ません」
「なるほど。そのモンスター討伐に当たって、最も貢献した者に報酬が与えられるのですね!」
「その通りです。ですから最後にとどめだけ刺して、漁夫の利を狙うなども不可能です。また、百人で攻撃して倒した者達よりも、戦列を支えた支援職が評価されてユニーク武具を獲得する場合もあります」
「なるほど。では、特別な等級とはもしかして・・・・・・」
「ご推察の通りです。ユニークモンスターのみの特別な等級。下から【幻想級】・【英傑級】・【伝説級】・【神話級】・【超越級】・【世界級】がそのまま武具の等級になります」
「【世界級】のユニークモンスターは現在確認されていませんが。神代の遺跡から発掘された記録には【世界級】の存在と名前が記されています。【楽園墜放 エデン】の名が!」
「話を戻しましょう。一流と呼ばれる方々でも、ユニーク武具を所持されている方は多くありません。ひとつでも持っていれば実力の証明になりますよ」
からかう様に「貴方も獲得を目指したらどうですか?」と言われたが、それに対して。
「ハハハ。ヒヨッコ以下の私では挑んだところで犬死するのが落ちです。まずは堅実に行きたいと思います」
笑いながらにこやかに否定した。俺の言葉が意外だったのか、目をぱちくりさせると。穏やかにほほ笑んだ。
「それは冒険者に一番大切なことです。若い方には実力を過信し、引き際を読み違えて無謀な行動を取ってしまう方が多いですから」
そこまで言ってから一呼吸おくと。再度、俺を見据えた。
「ダンジョン内でもユニークモンスターは存在します!」
笑顔から一転して真剣な表情になり言葉を紡ぐ。
「首都のAランクダンジョン『天魔の監獄』が攻略された事が無いのは超越級ユニークモンスター【邪凶天星 エヴォ・レ・ウス】が居座っているからです」
「『虚飾の宝石箱』には英傑級ユニークモンスター【万華潜鉱 セン・チネル】が『腐蝕の水没林』は伝説級ユニークモンスター【腐海兇獣 デルピニオン】の存在が確認されています。
今まで多くの実力者たちが挑むも、討伐できなかった怪物たちです。Dランクダンジョンでもユニークモンスターが出現することも決して珍しくありません。くれぐれも油断だけはなさらないでください」
神妙な顔でそう伝えてきた。余計なお世話ともいえるが、俺を案じてくれたのは分かる。なので・・・・・
「ありがとうございます。しかし、ダンジョンへ行く前にまず冒険者ランクを上げなければいけません。焦らずに堅実に行こうと思っていますので大丈夫ですよ。無茶できるほど若くもないですから!!」
きちんと礼を伝え、茶目っ気を交えてそう答えておいた。あ、そういえば・・・・・
「今更大変失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?ご存じでしょうが私はシレンと申します」
この女性の名前を知らないことに、今更ながら気づいたので聞いておいた。それに対して受付嬢は「ああ!」みたいな顔をしてから微笑み。
「そう言えばお名前を伝えていませんでしたね。私はエリスと申します。見ての通りエルフですわ」
「エリスさんですね。厚かましいながら、私のような駆け出しでもできる依頼はありますか?」
「それでは。こちらの薬草採取はいかがでしょうか?」
これが今後長い付き合いとなるエリスとの最初の出会い。そして、冒険者として俺が受けた最初に依頼は『薬草採取』だった。
お読みいただきありがとうございます。




