第1話: 始まり
☐2053年07月01日
〇自宅 【会社員】志波蓮二
どうやら俺は、夢を見ているようだ! 夢と言っても楽しい夢じゃない。思い出すのも嫌な幼少の頃の記憶だ! こんな夢は見たくない! だが夢は俺の意志を拒否するかのように、次々と思い出したくない事を映し出していく!
「ん、やめて。おね、お願いします! こんな暗いとこヤです! いい子にしますからっ! お願い、出して。ココから出して!」
幼い声が聞こえる。この声には覚えがある・・・・・そうガキの頃の俺だ! この真っ暗な場所は・・そう倖月家の蔵だ。継母の指示を受け、料理人が作った腐った飯を喰わされて・・・・それを残したからって理由で行いやがった躾と称した虐待。ガキの俺を水さえ与えずに二日間も蔵に閉じ込めやがった時の光景だ。あの時は・・・・・死に掛けた。
・・・・・・時間は更に遡る。
(これは・・・・・火葬場か? 大勢の会葬者と溢れるほどの献花が供えられているな)
「えーん、えーん。お母さん、何で死んじゃったの? 独りぼっちは・・・嫌だよー!」
小さな男の子が棺の前に縋りついて泣き叫んでいる。
これは・・・・・そう! 俺の実母の葬儀の光景だ! 周りの親族連中は、表面上は悲しそうにしてるが。腹の中じゃ母が死んだのを喜んでるのが丸わかりだった。母の棺に縋りつく俺を見る視線は、厄介者をどう処分しようかと企んでるようだ。
場面は更に移り変わる。
「それでは、失礼します。今までありがとうございました」
さっきまで泣いていた男の子が大きなお屋敷の前で頭を下げていた。
これは・・・・俺が六歳の時。叔父夫婦に引き取られる時の光景だ! 親戚連中は元より、使用人さえも見送りに来ず。叔父夫妻に手を引かれて門から出る俺を陰でニヤニヤと蔑み、嘲笑っているのが手に取るようにわかった。
◆
気が付くと大人になった俺は漆黒の空間に佇んでいた。キョロキョロと辺りを窺うが、人っ子一人いない。完全に一人だ。
『思い出したか? 連中にされた仕打ちの数々を! 喜べ! 俺の、俺たちの報復の時は近い!』
背後から掛けられた声に慌てて振り向くと。そこには子供の頃の俺・・・・いや、子供の頃の俺の姿を象った漆黒の影がいた。何が可笑しいのかニヤニヤと俺を見ながら笑っている!
「何だよお前は! いきなり藪から棒に変な事を言いやがって! 俺は報復とかそんな下らんことは忘れたいんだ! なのに・・・・いきなりそんなこと言われても困るぞ!」
影に向かって困惑した様に言葉をぶつけた。
その言葉は嘘でもあるし、本心でもある。だが、倖月に、日本が誇る巨大企業に個人が刃向かったところで勝てるはずがない。そんなことしたら・・・周囲まで巻き込んじまう。だから連中の事なんて忘れて大人しくしている方が利口なんだよ!
『ククク! もっとも今すぐじゃないし、あくまでも可能性が・・・・・限りなくゼロに近い可能性が多少増えるくらいだろうがな! いや・・・そもそも、お前がそこまで行けるのかさえ分からんがな! まぁ時期が来れば嫌でも理解できるさ!』
影は嘲笑っている。誰に・・・・なのかは分からないが、嘲笑の笑みを浮かべている。
『ここでの出来事は現実に戻れば忘れちまうだろう! だが・・・これだけは忘れるな! すべてはお前次第だ。・・・・それを忘れるなよ! お前の選択がどの様なものになろうと・・・・お前が望むなら・・・・・いくらでも力を貸すぜ! じゃあ、また会おうぜっ!』
それだけ言うと、影は背を向けて歩き出した。影の真意は分からない・・・・だが、最後の言葉は含むモノが一切ない! あの影の本心からの言葉のように感じた。
影はバイバイと言わんばかりに、手を振りながら彼方へと去って行く。俺は追いかけようと走り出すが、一向に追いつくことが出来ない!
いつまでたっても追いつけない。やがて力尽きた様に地面に膝を突き、膝から順に崩れ落ちてしまう。
やがて意識が遠のき、こうして俺の悪夢の時間は終了した。
◆
〇自宅 【会社員】志波蓮二
「・・・っ?! ハッッッッッ! ここは・・・・・・夢・・・・か? まだ二時・・か?」
余りの寝苦しさに飛び起き。左右を確認するが・・・・・見慣れた自分の部屋だったことに安堵し、大きく息を吐き出した。
「はぁ~! 最悪の気分だ! ココんとこ、あのころの夢なんざ見なかったってのにどうして今頃になって・・・・・・」
夢の記憶こそ朧気だが、どの様な夢だったかは覚えている。・・・あの忌々しい倖月共に関係した夢なのはハッキリと思い出せる! 気分悪いぜ・・・もう二十年以上前のことだってのに。
寝汗を書いたのか、全身が汗だくだ。まったく・・・・最低の目覚めだぜ! いや、あんな連中のことを思い出すだけ人生の無駄だ。サッサと切り替えよう! 頭部を左右に振って思考を切り替えることにした。
さてと、まだ深夜といってイイ時間帯だ。早朝の鍛錬を始めるにも早すぎるし・・・・もうひと眠りするか! そう決めると再びベットに横になり、瞼を閉じて眠る事にする。時刻はまだ夜だ、直ぐに睡魔が襲ってきて俺は眠りに落ちていく。
◇◆
「んんん~! 」
腕を伸ばしながらベットから起き上がった俺、【志波蓮二】は。顔を叩くと早朝のトレーニングをするべく、ベッドから降りて部屋を出ようとした。
汗をかいたので先に風呂に入るべきだが、どうせトレーニング後にまた入る事になる。だったらトレーニング終了後にしようと思い直したのだ。
部屋に置いてある鏡には。日本人成人男子の平均よりチョイ高い身長と何処にでも居そうな、特徴の無いのが特徴と言える顔が映し出されていた。
4年前に祖母が亡くなり受け継いだこの家は、少し古く一人で住むには広すぎるほどであるが、人が住まなくなった家はあっという間にガタが来る。
祖父母との思い出のある家を取り壊すことも他人に売り渡すのも嫌だった。
会社から近い事もあって、実家を出て4年前からここに移り住んでいる。
体力と筋力を維持する鍛錬と技の型を2時間ほど行っていたら。セットしていたタイマーが鳴ったので、朝食を食べるため鍛錬を切り上げる。
(おっと、その前に風呂に入らないとな! 汗だくのままじゃ飯も不味くなるしな)
自分の姿・・・・・初夏の気温も相まって全身が汗でベタベタだ。飯が不味くなる以前に、流石に不衛生だろう。そう考えるとタオルと着替えを用意して、風呂場へと向かった。
鍛錬後に入る熱い風呂は最高だった。夜見たクソみたいな夢を忘れてしまうほどに。
風呂から上がり、リビングに入り時計を見ると時刻は早朝の6時半。毎朝4時起きして鍛錬とは我ながらどこの修行僧だと思う。
親父が他界した後、鍛錬を続ける必要は無くなったはずだが、幼いころからの習慣は中々抜けない。鍛練自体は体にも良い上、別に誰かに強制されたわけでも無い。やめたくなればやめればいいと考えている・・・・・・・それがいつになるかはわからないが。
昨夜のうちに炊飯予約しておいた御飯とだし巻き、ウインナー。果物とみそ汁という簡単な朝食を用意し。何気なしにテレビをつけると、毎朝おなじみのイケメンアナウンサーが、見たこともない真っ青な顔で捲し立てるように話していた。何事かと思い、よく見てみると。その後ろには驚愕の光景が映し出されていた。
《都内に突如あらわれた怪物が市民を襲う。国防軍が緊急出動し、怪物を制圧するも・・・・死傷者は100人以上か?》
到底現実とは思えないテロップが張られ。今も救急隊員が血まみれの負傷した人達を救急車に運び入れる映像が生中継されていた。端末に目を落とすと、そこにも速報で同様のニュースが挙げられていた。
起床から2時間以上たっているが、あまりにも非現実的な光景が映し出されていたため。力いっぱい頬を引っ張ってみる。
「いって~! 夢じゃないよな?」
ヒリつく頬がやはりまだ夢の中にいるわけでも。寝ぼけているわけでもないことを教えてくれる。確認のためもう一度テレビを凝視するが、いまも事件現場の生々しい光景が、パニックに陥っている光景が映し出されていた。
現実に戻ると先ほどの頬をつねっていた醜態を誤魔化すためか。賢しいことを考え始める。
「早朝とはいえ子供が見る可能性もあるのに、こんな映像を見せるなよ。そもそも怪物って、ラノベで流行りの異世界小説物かよ」
まるで一昔に流行ったラノベ『世界融合』のような話しだ。魔物の存在する異世界と地球が融合して、突如魔物が世界中で現れ大混乱に陥る話しを描いたライトノベルを思い出していた。
「怪物が日本に現れた? そんなことが現実にあってたまるか! 仮にもマスコミがそんな与太話をテレビに流すんじゃねぇ。まったくバカバカしい。冗談も休み休み言えや」
この時の俺は軽口を叩きながらも本当は分かっていた。早朝のニュースにこんな冗談を流すはずがないと。普通ならもっと映像に配慮するはずなのに、それをしなかったのはそんな取り繕う余裕がないほどの悲惨な状況じゃねぇのか?と頭では理解していた。
しかし、同時にこんな風にも思っていた。
(悲惨な光景だし、犠牲となった人たちはかわいそうだ。しかし、俺が魔物に襲われるわけないし・・・別に関係がない。それに怪物が現れたとして・・・・・・たとえ政治家が無能でも。国防軍が制圧したってんならこれからも大丈夫だろ?)
しかし、その思いとは裏腹に。幼い頃から嫌なことが起こる前に、虫の知らせのように感じる悪寒がいつまでも消えなかった。そしてその悪寒を感じるときは、必ず碌でもないことが起きるという経験も忘れていなかった。
この時感じた俺の予感が正しかったと知るのに、それほど時間はかからなかった。
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