第25話 ダンジョン街・ファーチェス
魔方陣触れた瞬間、視界が歪み。目を開けるとそこは見知らぬ森の中だった。
遠く離れてはいるが、見える範囲に城壁のようなものが見える。おそらくはあれが≪ダンジョン街・ファーチェス≫だろう。
(近くにモンスターの気配は無いが、索敵をかいくぐって襲ってくる高ランクモンスターがいる可能性がある。さっさと街に向かった方が良いな!)
俺はこの世界について何も知らない。ゲームのように、スタート地点は安全です! と信じる気にはならない。
そう決めて街が見える方角に向かって歩いて行く。念のため、長旅をしてきたように見せかけるために服とブーツを見すぼらしくない程度に汚しておくことにした。
(この世界の水準はどれぐらいか知らんが、馬車が見える位だ。汚れひとつないよりも、小汚いくらいの方が怪しまれないはずだ。あと「田舎から出てきた世間知らず」という設定の方が良いな。馬鹿にされても下手に出て教えを乞うぐらいでいい。名前は・・・・ゲームで使っている『シレン』でいいな。凝った名前だと呼ばれてもすぐに返事が出来なくなりそうだし!)
この世界の文明を地球の中世ヨーロッパほどと想定し、その設定に沿って自分を作り上げていく。
ゲーム内の経験から、余り凝った名は付けない方が良いと判断した。 カッコイイ名前を付けると、被ったとき嫌だし! 凝りすぎた名前は、呼ばれても反応が遅れ怪しまれるかも知れない。
そう決めると歩きながら、ステータスカード欄から。名前やその他を偽装!改竄していく。
改竄の指輪はかなり重宝する。もしかすると異世界転移を想定して用意された物かも知れない!
そうこうしていると。城壁の前まで到着したが、やはりというか衛兵がいた。他に人はいないようなので、こちらに気付くと大声で質問してきた。
「そこで止まれっ! 其処の者。随分とみすぼらしい格好だが、何用でこの街までやって来た? 街に入りたければ、ステータスプレートを提示してもらう!」
「これは規定なので融通は利かんぞ!」と怒鳴るように付け加えられた。
高圧的な態度だが、職務だと思い。気弱な表情を作り、頭を下げつつステータスカードを提示する。
「は、はい。わ、私は田舎から出てきたものです。く、食い扶持に困って何でもいいから。し、仕事が欲しくてやって来ました。こんな大きいま、街なら。し、仕事があるんじゃないかとお、思って」
そう震えながら、如何にも怖がっています。と云った様子で恐る恐る衛兵の前にカードを提示した。
端から見れば、衛兵に問い詰められて。緊張している青年そのものだ。普段のレンジを知るものなら目を疑う光景だろう。
龍太やエリカ辺りなら、呆れたように白けた目を向けるだけだろうが!
別にこれは驚く事でもない。数多のゲームにおいて、性別が逆の幼女から老婆まで様々なロールプレイを熟してきたレンジにとって。この程度の演技は朝飯前である。
そしてレンジは、人を騙すくらいで、心を痛めるような素直な性根はしていない。
その「如何にも田舎から出てきてオドオドしてる兄ちゃん」といった態度に衛兵は納得したのか、さして怪しむそぶりも見せず。次いでステータスカードを確認する。
これも特段怪しまれることも無く、大きく頷くとカードを返してくる。
「ふむ。別に怪しいところは無いようだ。よし、通っていいぞ。ああそうだ、田舎から出て来たばかりなら知らんだろうが。大きな町になると入るにも通行料がいる場合が多い。この街はゴルド様が治めているので、そのようなことは無いが。もし他の街に行く事があったら気を付けるんだな!」
武骨な顔でニカッと笑いながら教えてくれた。先の態度から印象がよろしく無かったが、見知らぬ風体の男がやって来たら。衛兵としては当然の態度かも知れない。
(どうやら悪い人ではなさそうだ。ちょっと探りを入れてみるか?)
聞けるなら、この世界の最低限の情報を知りたい。そんな下心から、腰を低くして気分を害さないように探りを入れてみることにした。
「あ、ありがとうございます。り、立派なき、貴族様なんですね? わ、私はあまりお金も無いので、た、助かります」
この衛兵はゴルドとやらを尊敬しているようだ。先ずは、そのゴルドを尊敬したような表情を作って、感謝の言葉を告げた。
「うむ。よくわかっているな。あのお方は本当に立派だ。この街がここまで大きくなったのは。あの方の手腕と言っても過言ではないからな!」
俺の言葉に気を良くしてくれたようだ。破顔するとウンウンと機嫌良さげに頷く。
しめしめ、と自分の思い通りに事が進んで入ることを全く悟らせず。本題を切り出す。
「あ、あの。ま、迷ってしまうといけないので、この街の中がど、どんな風になっているのかお、教えていただけますか? あ、あとじっちゃがも、モンスターの素材を買い取ってくれるところがま、街にはあるって。む、村の友達が、せ、餞別だって。持たせてくれたんで!」
最優先で知りたいのは、この街の構造と施設だ。なので最初に聞いておく。
「ふ~む。まぁ今はほかに待ってる者もいないからな。教えてやろう」
特別だぞ?と言外に匂わせて、ウインクをすると丁寧に教えてくれた。ウインクはいただけないが、教えてくれる辺り。やっぱりいい人なんだろう。
「まず中央にはゴルド様の御屋敷がある。中に入るとすぐ大きい建物が目に入るから、すぐにわかると思う。此処からでも、屋根が見えるだろう? あの赤い屋根のお屋敷がそうだ!」
そう指で指し示す方角を見ると、確かに赤い屋根が見える。
「手前は市民街。この街で働いている、平民などが暮らしている場所だ。ほれ、門の中の左右に立ち並んだ家だ!」
扉越しなので、よく見えないが。確かに家が規則正しく並んでいるようだ。
「左側は歓楽街。一番楽しいが、同時にゴロツキやスラムもある危険地帯だ。死にたくなかったら、あまりウロチョロしないことだな。ああ、飯屋なんかがある辺りは比較的に安全だ。娼館なんかがある通りは、危険が付きまとうから特に注意するんだぞ?」
(スラムに娼館ね! 人が営む以上、必ず出来る場所かも知れんな!)
身も蓋もないが、娼館とスラム、この二つの場所は。ある程度大きな街なら必ず存在したのは紛れもない事実だ。
弱者と性欲は、人から決して切り離せない物かも知れない。
レンジ自身は、そんな事を考えているなど、まるで感じさせない真面目くさった表情を貼り付け。神妙な態度で聞き手に回っているが。
「右側は商業区。お前がさっき言っていた素材を買い取ってくれる冒険者ギルドがある。ただ冒険者には荒くれ者も多いからな? 柄の悪いのに絡まれたりすることもあるから。気を付けた方が良いぞ? あと日用品なんかの食料から雑貨まで、多くの品物を取り扱っている店が並んでいるぞ!」
「無論。荒くれ者ばかりじゃなく、気のいい奴らも多いがな」と付け加えられるが。俺としてはそれどころではない。
「奥が工業区。武器や防具なんかの装備品やマジックアイテムなど。冒険に必要な物は全て揃うと言っていい」
そこまで教えてくれた後に、言葉を切ると。目線が「まだ何か聞きたいことは有るか?」と言っているように見えた。
しかし、俺以外にも中に入りたい人がボチボチ見え始めている。これ以上は迷惑だろう。それに・・・・。
(ぼ、冒険者ギルド。異世界転移や転生モノの定番が、まさか本当に出てくるとは。あ、侮れんぜラノベめ。しかし、ステータスカードはやはりこの世界でも通じたか。半ば確信があったが、通用してよかったぜ。しかし、親切な衛兵だ。丁寧に教えてくれたし、礼を言っとくか)
大好物のラノベのテンプレ的な展開に。テンパる心を必死に静めていた。
「お忙しいところ、ご丁寧にありがとうございました。これで迷わずに済みそうです。宜しければお名前をうかがってもよろしいですか?」
説明等為ずとも、お咎めは受けないだろう。だが時間を割いて丁寧に教えてくれた。その事に深々と頭を下げながら、お礼の言葉を告げた。
「うむ。お前も頑張れよ。ワシはバッシュだ今後もこの街を拠点にするならまた会うこともあろう」
「バッシュさんですね。それでは失礼します。また機会があれば、よろしくお願いします」
気のいいおっさん、バッシュに軽く会釈し。俺は街への門を潜った。
街に入るとまず目についたのが、大きなお屋敷だ。あれがゴルドの館だろう。街の外からでも見えたが、ほかの建物よりかなり大きい。次に目に映ったのは石やレンガ造りの家が道の左右に並ぶ。まるで中世のヨーロッパのような街並みだ。この街並みを見ていると、まるで外国に来たような気分になってくる。(実際には異世界だが・・・・)
冒険者ギルドのある工商業区に向かいたいところだが、先に装備やアイテムを購入できる店を探すことにした。まだ金が無いので購入は出来ないが、先に場所などを詳しく調べておけば、寄り道せずに済むので。まずは工業区に向かう。
工業区に入ると真っ先に「アグニス商店」なる看板が目に付いた。看板をよく読むと、どうやら冒険者向けの商店のようだ。
武器、防具有ります。と看板に書いてあるので、間違いないだろう。
店の前で店員にカードを提示していたし。解析で調べても、かなりレベルの高そうな冒険者が店内に多くいる。
たぶん客を選ぶ、高級店の類だろう! 駆け出し以下の俺など門前払いがイイとこだ。もし店の中に入れたとしても、まともに相手はしてもらえないだろうしな。
腹立たしいが、店にも客を選ぶ権利はある!
(金の取れる客、取れない客。どちらを優先するか? なんて考えるまでもない。行ったところで時間の無駄だな!)
そう判断すると。店先から、サッサと立ち去ることにした。
ポーション類は<はじまりの迷宮>攻略の時の報酬で十分あるので、欲しいのは装飾と装備だ。
それもその筈、今の装備は市販品よりちょっと頑丈程度だ! 魔物と戦うつもりならもっと強い、悪鬼の狂面と同格の装備が欲しいと思うのは当然だろう。
だが、世の中は世知辛い。それは異世界でも同じだったようだ。
あの後。目に付いた店を何件か回ったが、俺の格好を見てまともに相手をしてもらえないか。粗悪品を売りつけようとしたり、良品でも値段を割り増しで吹っ掛けられた。
まぁ今のレンジは、初心者装備とさえ言えない格好だ。腹立たしいが、そのような対応は無理もないと考えることにした。
そんな輩は、いつか実力で見返してやれば良いだけだ!
それでも横柄な態度やボッタくろうとするなら相応の対応をしてやる!
・・・・・まぁカモれそうな客からカモりたい、という考えも否定しない。ムカつくがな!
地球でも、異世界でも。弱者を見下したり、搾取しようと考えるのは変わらんようだ! と皮肉と侮蔑をブレンドした笑みを浮かべながら、めぼしい店を回る。
だが、そうそう上手くいくはずは無い!
あれから何件も回ったが、なにも収穫が得られず。トボトボと歩いていると、大通りから外れて少し脇道に逸れた場所にその店はあった。見るからに寂れていて、客が入っている様子も全くない。
「【ウルト鍛冶工房】ね。客の入りは悪そうだ。でもどことなく気になるな。この店を最後にしてギルドに行くかね?」
俺は大して期待もせず、店の中に入った瞬間に驚愕した。
そこに並ぶ武器を鑑定した結果。スキル等は付いていなかったが、素人目に見ても品質はかなり高く。実用性も高いデザインだった。
「ウチみたいなボロ屋に何の用だ?」
武器が並べてある陳列棚を、食い入るように見ていたら。横から無愛想な声が掛かった。
声の方向へ目を向けると。そこにはいたのは背の低い髭面のオヤジだった。頭にはトンガリ帽子、手や脚には頑丈そうなレザー装備の如何にも職人といった風情のオヤジだ。
恐らくはドワーフだろう。種族選定の時に候補にあったのでこれまた知識だけは知っていた。
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〇【ドワーフ】
太古に存在していたとされる鍛冶に精通した種族。
男は背が低く髭面で、総じて酒の好きなものが多い。
豪快で細かいことは気にしない性格が多いが、鍛冶に関する事には几帳面。
女性は背は低いが人間と見た目はそう変わらない。
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「失礼しました。素晴らしい武器に思わず見入っていました」
おべっかでも無く、これは事実だ。本当に武器の放つ魅力に目が奪われていた。
「ふん。ウチは鍛冶屋だ。商品を見る位で、謝られるほどのことはねぇやな!」
無愛想にそう言い放つが、武器を褒められたことは満更でもないらしい。
「てか武器が欲しいならわ、大通りの大棚の店に行きゃいいんじゃねぇのか? 何だってわざわざウチに?」
このドワーフの疑問は当然だろう。俺も他の店で買い物が出来ていたら、この店には来なかったはずだしな!
「見ての通り駆け出し以下ですから。大棚の店に行ってもまともに相手にしてもらえないか。カモろうと吹っ掛けられるんですよ。まぁ儲けられるときに儲けるという考えは否定できません」
自嘲気味にありのままそう答えた。
「ふん。確かにああいった店は、それなりに慣らした客が多い。雑魚くせーお前の相手なんざしてられんのは分かるな!」
俺を見て、馬鹿にしたように鼻で笑うドワーフ。
腹は立つが、平然とした顔で軽く頷いておく。
「そうですね。私が店員でも同じ対応をすると思いますよ」
これは嘘だ。俺が店員なら、そんな客を逃がす対応は絶対に取らない、取らせない!
人を馬鹿にしたような発言に、何らかの反応を示すと思っていたのか、普通に言葉を返されて拍子抜けしたような感じだ。
「にしても、それは客に対して取る態度じゃねぇ。腹は立たないのか?」
「立ちますが、それは当然でしょう? 私は冒険者登録すらしていない駆け出し以下で、何の実績もありません。実力のない者より有る者を。金のない客より金の持ってる客を優先するのは当然ではありませんか?」
俺が何の実績が無いのは紛れもない事実。実力と実績が有るならばともかく。実力も実績も無い俺の言葉には何の力も無い。
悔しければ、いつか必ず見返してやる気概を持てば良いだけの話しだ!
「ふ。ガハハハハハハハ!」
何かツボにはまったのか豪快に笑いだすドワーフ。デカい声が狭い店に響いて煩い。
「若いのに達観してやがる。普通はもっと怒るか、嘆くかして感情を表に出すもんだが・・・・・変わった奴だ」
くくく。と笑いながら棚にあった大剣を渡してくる。
「コイツを振ってみな。この程度のモンがまともに振れないようじゃ、冒険者になったところで死ぬのが落ちだ!」
目で「やってみろ!」と促してくる。どうやら俺を試しているようだ。断る理由もないので、剣を受け取り。
「ふっっ!」
一呼吸して、剣を目にも止まらぬ速度で振りぬいた。遅れて剣風が壁を叩く。
ドワーフのおっさんは、呆けたような表情をしていたが。一泊遅れた我に返った。
「ふん。見込みが無いわけじゃなさそうだ。俺はウルトだ。お前は何て名前だ?」
そういや名乗ってなかったよな! と今更のように気づいた。
「私はシレンと申します。まだ田舎から今日この街に来たばかりです。閉鎖された村にいたものですから、世情に疎いものでして。もし宜しければ、色々と教えていただけないでしょうか?」
ちょうど良いと厚かましくお願いしてみる。
「ガハハハッ。厚かましい奴だ。だが、気に入ったぜ。答えられることなら答えてやるよ。あと何か買っていけよ?」
豪快に笑いながらも、ちゃっかりと買い物を促すこのドワーフ。ウルトのことを気に入った俺は、冒険者登録と買い取りを済ませたら。改めてここで買い物をすることを約束し、色々なことを訪ねたのであった。
おかげで多少なりとも世情を知ることが出来た。この借りはきちんと返さにゃならんだろう。




