第259話 一つの区切り
〇地球自室 【天帝】シレン
「ここは……俺の部屋‥…か?」
意識が戻った時、俺はボーっとする頭で天井を見ていた。ここはどこだ?との疑問は直ぐに解決した。
天井に張り付けてあるタペストリー。俺がOCGの世界大会上位入賞した時の賞品が飾ってあるから俺の自室だろう。
あのタペストリーは世界に二つしか存在しないからな。俺以外に持ってるのは世界チャンピオンだけだし間違いないだろう。
思考に靄が掛かった様に未だに頭がハッキリしない。まずは下に降りてみるか。
「よっ‥‥あれ?」
立ち上がろうと脚に力を込めるが、全く力が入らない。それどころか全身に力が入らない。ならばと腕を支えに上体を起こそうとした。
だが動かせこそするが、腕に力が入らず身体を持ち上げられない。
「クッ‥…むぅっ」
それでも何とか体を起こそうと力を入れるが、何度チャレンジしても全く駄目。俺の身体はどうなっちまったん……だ……。
そこまで考え俺は急速に思考が冴えてきた。
そう、ドレッドノートを倒してクエストをクリア。そんでエリクサーを入手たらランクアップしたルデオプルーチとガチンコ。何度も絶望しながらも這う這うの体の死に体で辛勝した。
「そこまでは思い出せる。そこからの記憶が覚束ない」
自室で寝てるって事はオーレリア大陸から地球に戻っては来たんだろう。じゃあその後は?
机の上に飾ってあるデジタル時計の日付は朝の5時……俺がいつも起きる時間よりちょっと遅い。だが問題は日付だ。
——あの日、母さんが倒れた日から二日以上経過していた。
思考を覆っていた靄が完全に晴れ、正常になった頭はハッキリと経緯を思い出す。そうなると今度は焦燥が込み上げてきた。
「母さんはどうなったんだ? 薬はっ、エリクサーは間に合ったのか?」
身体は動かないので辛うじて動かせる首を振るが、自室の壁と机しか見えない。
病気が悪化してからのタイムリミットは数日。だが症例の少なすぎる病だ。個人差があるに決まってる。
そこまで考えて俺は事情を知っている人物に聞く方が早いと思い至った。考えた所で判るはずが無い。俺はぶっ倒れてたんだからな。
「クレアっ!! アイリスっ!! 誰でもいいっ!! 教えてくれっ!! 母さんはどうなったんだぁっ!!!」
普段は出さぬ大声を必死に張り上げる。階段を凄まじい勢いで上がってくる音が聞こえてくる。クレアにしては乱暴な足音だな‥…と、場違いな事を考えてしまうな。
ノックさえ無しに、自室のドアが乱暴に開け放たれる。ドアが壁にぶつかってうるさいが、今は目を瞑ろう。
「朝っぱらから五月蠅いわねっ!! 何時だと思ってんの? 世間様はまだ寝てる時間よっ!!」
ドアを開けて怒鳴り声と共には言って来たのは長い銀髪を腰まで伸ばした褐色の美女。
‥…ではなく。どこにでもいそうな平凡な顔立ちの中年のおばさんだった。
だが……俺にとって一番大切で守りたい人だ。
「あん? レンジ~、いま不埒な事を考えてなかったぁ~?」
俺の思考を読む謎の技術は健在のようだ。だが、そんな事はどうでもいい。
「か、か、か。生きてたのか? ぶっ!?」
母さんは俺の頭部にゲンコツをくれると、ぷんすかと憤慨し出した。
「勝手に殺すんじゃないわよっ!! 見ての通り目が覚めたら体の調子が良くなっててね。レンジにとっては残念だろうけど、ピンピンしてるわよっ!!」
薬が、エリクサーが間に合ったんだ。よかった、ほ、本当に、よ、よかった。
「それにしても情けない子だよっ!! 私が魘されてるってクレアちゃんに呼ばれた拍子に慌てて二階から転んで頭を打って気絶するなんて」
呆れた様な心底情けないとでも言いたげな母さん。懐かしい‥…。そうかそういう事にしてくれたんだな。
母さんに俺が頑張ったなんて言う必要も伝える必要もない。感謝されるために頑張ってたんじゃねぇんだ。
「この日常を取り戻すために俺は身体を張ってたんだからな……」
「まったく、クレアちゃんにお礼を言っときなさいよ? 気絶したアンタを二階まで誇んでくれたんだからね?」
「ああ、ああ、分かってる。分って……る」
嗚咽が漏れ、涙が溢れてきた。絶対に、絶対にもう泣かないって決めてたのに。
「はぁ~、もう何泣いてんのよ? アンタがお嫁さんを娶るまで私は死なないっての」
「ああ、ああ、分かってる。分って……る」
でも、今くらいは泣いていいよな?
俺は大声を上げて気の済むまで泣き叫んだ。
俺の、志波蓮二の一年にも満たぬ、短くも濃密な冒険はここに一つの区切りを迎えた。
お読みいただきありがとうございました。
作者のアホライズ(作者の造語、コイツおかしいんじゃね?と思われるような奇行)一時間ごとの連続更新はいかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたなら幸いでございます。
七月五日の七時から後日談を投稿致します。




