第258話 求めるは救済、賭けるは我が命㉒
〇【天帝】シレン
『ユニークモンスター【偽骸神龍 ルデオプルーチ】が討伐されました。最大戦功獲得者の選定を開始します・・・・・志波蓮二が選定されました・・・・・討伐者のログを確認します・・・・・完了。志波蓮二に【神話級】ユニーク武具【偽骸神殻 ルデオプルーチ】を進呈します』
その言葉が聞こえた時、俺は全身から力が抜け落ちていくのを感じ取り。気が付けば更地となった大地に大の字で寝転んでいた。素っ裸なんで羞恥心が込み上げるが、この場には誰もいないんでいいだろう。
討伐と最大戦功獲得者を告げるアナウンスが響くが、心底どうでもいいね。普通なら小躍りするところだが、そんな気力さえ皆無。疲れた体に欲しいのは炭水化物にタンパク質、後はエナドリだ。
アナウンス終了と共に、漆黒ド太い骨で英語の✕を複数組み合わせたような造形に、真紅の鋭角な装甲を張り付けた……SFに出てくる強化支援装甲のような。そういった乗り物のようなユニーク武具が俺の横に現れた。
高さはブースターのような飛行ユニット?を含めて五メートル。砲門の様な腕を左右に広げると、横幅は十メートル近くある。
仮にも【神話級ユニーク武具】。普段なら真っ先に確認するが、帰ってからにしよう。俺は【偽骸神殻 ルデオプルーチ】を無限アイテムボックスに収納した。
ホッと一息つこうとしたが……。
「がはっ!! ゴホッ」
極度の緊張から解き放たれ集中力の糸が切れたのか。溜まっていた息を吐き出すように咳き込んじまう。マジで連戦はキツイ‥…しかも相手は圧倒的格上。
「正直よく勝てたよ。ゲームなら達成感で踊りだすんだろうが、そんな気力もねぇな」
今の寝っ転がっている瞬間にも『ククク、あの程度で我が滅びるとでも? まだ我が真の姿を見せておらんぞ?』とかひょっこり出て来そうでマジで怖えー。ルデオプルーチの威容と強大さを思い出し、ポツリと声が漏れる。
だが寝転んでも居られねぇ。オリジンスキルの効果がもうすぐ切れちまう。そうなったらヤバい、さっさと此処から出ねぇとな。
俺は最後にインベントリにある『エリクサー』のフレーバーテキストを確認する。
〇エリクサー
アイテムランク:一級(消費アイテム)
神の秘薬を模倣して精霊が創り出したと謳われる、あらゆる病を完治させる精霊の秘薬。希少な材料をふんだんに使っているため大量生産は不可能とされている。
遥か太古。人間が膨大な供物を捧げ、精霊王に製薬技術の教えを請うたが精霊王が首を縦に振る事は無かった。
服用すれば肉体を蝕んでいるあらゆる病を完治させ、二度と同じ病にかからない様に抗体が作られる。
あくまでも神の秘薬の模倣品。生命の寿命や魂を癒す奇跡の力までは無かった。
貫禄のフレーバーテキストだ。最後の一文が気になるが、【叡智】君がこれで治るって言ってたし大丈夫のはずだ。
立ち上がろうとした俺にまたしても茶々が入った。
というよりも脚に力が全く入らねぇ、ってか脚の感覚が全くねぇ。≪超速再生≫で連続して復元させた弊害か? 脚が消し飛ばされる先から再生させたからな。
ここまで連続で再生させた経験はないので検証も出来ん。
『クエスト【偽りの骸神】が達成されました。報酬の『アムリタ』を志波蓮二のインベントリに移譲します』
そのアナウンスを聞いて俺は無理にでも立ち上がるのを止めた? しばし思考停止。そのアナウンスを聞き・・・・・・湧き上がった感情は歓喜でなく戸惑い。 クエスト? 俺、受注した覚えがないけど? 受注して無くても達成すれば勝手に受理されるの?
そのアナウンスを聞き・・・・・・湧き上がった感情は歓喜でなく戸惑い。だが通知はこれで終わりじゃないようだ。
『地球で初めて超高難易度クエストの達成を確認。追加報酬として『暴君の宝冠』を志波蓮二のインベントリに移譲します』
またヤバげな響きしかしないアイテムが俺のインベントリに……。【運営】は俺に世界征服でもさせたいのか? 絶対にやらんぞ? 権力者なんざ面倒でしかない。
「まぁ生存率が上がったから冒険はコッソリ続けるつもりだけどな」
本当ならこれで危なっかしい真似は最後にするつもりだった。だが状況は変わった。
新たに得た特性『超乾眠』は限定的な不死身化だ。ゲーム的な表現だと、デスってもセーブポイントでリスポーンする能力といえる。
面倒なんで地球の表舞台に出る気は無いが、きな臭くなった地球で安全を確保するためにある程度の力が必要なのは間違いない。
これまでの死線を思い返せばパワーインフレが激しすぎだ。ルデオプルーチが言ってた言葉も気になる‥…。
俺がどれだけ平穏を望もうが、セカイは混沌の時代に突入した。
「強くなけりゃ守れるもんも守れねぇ……それはどこに行っても変わらねぇ……か」
淋しいがそれが地球を取り巻く現実だ。
俺は今の地球じゃ最強かもしれん。だが五倍時間込みで換算しても地球の変貌から一年経っていない。努力を怠り怠けていればあっという間に立場が逆転する。
「これまで程の無茶はしなくても、最低限の努力だけはしないといざって時に対応できねぇしな。地球はこれからどうなって行くかなんて本当のところ誰にも分からん。パワーバランスが崩壊して第四次世界大戦の可能性だってある」
バカバカしく思えるが最悪を考えておかないとイカン。弱いよりも強い方が選択肢が増えるのは確かだろう。
これからもほどほどに頑張るとしますかね。
それに進化先の確認やきな臭い【運営】からのメール。戻ってもかなりやる事がある。もっとも一週間は身動きが取れんがな。
考え事してたら時間経過を忘れてた……やべっ!?
寝っ転がったままの俺の身体が疲労とは別に急に重くなる。だがこれは気が抜けたとかそんなんじゃねぇ。払うべき代償に過ぎん。
ステータスウインドウを見るとこのように示されている。
〇名前 :志波 蓮二
〇種族 :『エヴォル・ネオグラトニアス』〔LOCK〕
〇ジョブ:【天帝】合計レベル:〔LOCK〕
〇HP :65
〇MP :0
〇力 :25
〇敏捷 :18
〇体力 :30
〇知力 :48
〇魔力 :1
〇運 :15
〇アクティブスキル:〔LOCK〕
〇パッシブスキル :〔LOCK〕
〇種族特性 :〔LOCK〕
〇固有スキル :〔LOCK〕
〔LOCK〕解除まで〔604798〕
この数値を見れば分かるが、今の俺は人類最弱といっても過言じゃねぇ。
これがオリジンスキル≪我は原初にして混沌也≫の反則的な恩恵の対価として求められる代償。
オリジンスキル≪我は原初にして混沌也≫は発動時間は六分間。使用と同時に発動前の俺に掛かっていたクールタイム・状態異常などがリセットとなる。
だが真価は別にある。発動中は俺が使用するあらゆる消費やスキルのデメリットがゼロになる。
クールタイムが明けて無いのに≪メテオレイン≫の連発。膨大といえる≪混命之揺籠≫の維持コストを賄い。技後硬直がある≪バーストストリーム≫発射のすぐ後に動けていたのはこれの恩恵だ。
珍しい事に、このスキルの代償は発動後に要求される。
その代償とは時間にして〔604800〕秒。日付換算して一週間。全ジョブ・種族のスキル・特性は全て使用禁止となり。経験値の入手さえゼロになる。要するに初期ステータスに戻っちまう。
さっさと此処からトンズラしないとヤバ……。
「ゴホッ、ゴホッ、ゲホァッ!!」
遅かったようだ。このダンジョンの下層は低レベルの者には耐えられない瘴気が漂っている。普段なら問題無いが、弱体化した俺には耐えられん。
さっき迄は『万能薬』の効果で中和していたが効果が切れた。このステータスで毒状態はマズイ。
俺は万能薬を取り出し服用する。多少勿体ないが、こういった時にケチると碌な事にならん。
「けふっ、一息付けたのはいいんだが……」
屈伸や手を開け閉めして身体に問題無いか確かめるが‥‥…。
「この状態じゃ二層も上に戻るなんて不可能だ」
此処は48層。転移石が使える石板は46層だ。今の俺ではAランクダンジョンの魔物の相手なぞ不可能だ。ランク2の魔物でも厳しい。どれだけ気を付けてもワンパンでぶっ飛ばされお終いだ。
1・この場所でクールタイムが切れるまで待つ? 不可能。今は全面戦争の煽りを受けて一匹も魔物がいないだけ。残り一週間の間に絶対リスポーンする。そうなったらアウト。
2・運だよりで2層上まで慎重に進んで転移石で脱出。 不可能。地形は把握しているし、階段の場所も知ってる。だが奇跡が連発でもしない限り到達するのは無理。つーかルデオプルーチを倒せたのだって奇跡といって過言じゃねぇ。そう何度も起こってたまるか。
「プラン2が成功しても、外は凶暴な魔物がうようよしてるバリアン湿地帯。数十キロも魔物とエンカしないでファーチェスまで、つーよ湿地帯の外周まで辿り着けるはずが無いしな」
カエルやらキマイラに追いかけ回されて腹に収まる未来しか想像できねぇな。
うん、これだけ見てもステータス・スキルの重要性が分かってくるな。弱者の気持ちがよーくわかる。
「弱者じゃこれからのセカイで生きていけない。戦闘職を取らないなら、それ以外で利を生む存在にならねぇといけねぇんだろうな」
それが嫌だったら奴隷か働きアリみたいに強者の言いなりになるしかねぇ。‥…そういう事なんだろう。
……思考が余所に逸れちまった。軌道修正しよう。今は母さんを助けるのが先決だ。
「絶体絶命のピンチだが、これも天啓かもしれんな」
俺はアイテムボックスから虹色に輝く拳大の球体を取り出した。ステータス初期値以前に疲労か反動か知らんが碌に動けん積んだ状況だが、俺には打開策がある。
それこそがこの珠だ。
〇『時空神の涙宝珠』
アイテムランク:特級(消耗品)
時と空間を司る神の力が秘められた宝珠。如何なる場所からでも登録した地点に転移する事が出来る。転移を阻害する結界や空間内での使用は、不発に終わる可能性があるので注意が必要となる。
「この宝珠にはファーチェスの自宅が登録してある。そこから地球に帰ればいい。特級なんてランクは見た事も聞いた事も無い超貴重な消耗品だろうが、背に腹は代えられん」
以前にこのダンジョンのコロッセオのトレジャーから入手したアイテムがこれだ。ルデオプルーチの時に使わなかったのはフレーバーテキストの後半にもある様に、転移阻害の結果以内だと不発の可能性があったから。
地球の自宅を登録しなかったのは、転移でも異世界転移は出来ないって記載してあったからな。万が一不発だった場合は泣くに泣けんので念のために、というヤツだ。
これ以上チンタラして魔物がリポップしたらかなわん。さっさと帰りますかね。
宝珠を握り締めると、俺は淡い光に包まれる。光が収まり気が付けば、俺はファーチェスの自室にいた。寝転んだままなのはご愛敬といった所だろう。
緊張の糸が切れかかっているのか、瞼がイヤに重くなってきた。身体にも力が入らない。どうやら限界なんざとっくに超えていたらしいな。
「だが後ちょっとだ。気張れよっ、俺」
寝転がったままの体勢で、震える指を無理やり動かしステータスウインドウを開き『ログアウト』のボタンをタップする。
独特の浮遊感を感じると共に、視界がグルグルと廻っている。三徹した時のようなぶっ倒れる寸前の感覚だ。
「マジでヤベェな。意識が遠く、え、えりく、エリクサーだ、だけはい、インベントリからだ、出しとかねぇ‥…と」
俺は薄れゆく意識の中。インベントリからエリクサーを取り出し、優しく包み込むように抱きしめる。
ウインドウの操作は本人しか出来ない。地球に帰っても、気絶してたら意味がねぇ。俺じゃなきゃインベントリに入ったままのエリクサーを取り出せない。エリクサーが無きゃ母さんを助けられねぇんだ。
薄れ、かすみ、定まらぬ視界に大広間と駆け寄ってくるクレアの姿を認め。クレアも俺に気付いたのか慌てて駆け寄ってくる。
「レンジ様っ!!」
「こ、これを、か、かあさ、んに」
大切に握り締めたエリクサーをクレアに渡すのを確認し、それを最後に俺の意識はぷっつりと途切れた。




