第243話 求めるは救済、賭けるは我が命⑨
俺が目を向けた先にいたのは、五メートルほどの漆黒の骨で象られた龍。ルデオプルーチよりも体躯こそ小さいが、放っている圧力の次元が違う。何よりも異様なのが機械で出来た鎧を、嘗て相対した『シャドウブレイブ』のような紅い機械鎧を身に纏っている。
俺の眼は力の差を。俺と【偽骸神龍 ルデオプルーチ】の間にある力の差を明確に教えてくれる。コイツは俺よりも遥かに強い……と。
戦っても勝ち目はほぼゼロ。といっても「はい、そうですか」と諦める訳にはいかん。この悪夢のような状況を打開するために頑張りますか……望みは薄そうだけど。
「話が通じるようなんで一応聞くが、見逃してくれる気は無いか? 俺は別にアンタと戦う気は無いしもう戦う必要もない。見逃してくれるって言うんなら、尻尾を巻いて逃げたいんだが?」
初手逃げ撃ち。ここまでやっといてなんだが、恥を晒そうが情けなかろうが、俺の最優先は母さんを助ける、それだけだ。
そのためなら恥でも何でも幾らでも受け入れる。死んだらこれまで頑張ってきたのが全てパーになるんでな。ダメ元でお願いしてみるが‥‥…。
『下らぬ戯言を申すな‥‥…我とあの忌々しき甲虫の戦に、横から割り込み邪魔をしておきながら逃げるなど許されん』
俺の頼みは厳かな口調によって速攻で拒否られた。取り付く島も無いし、この調子ならどれだけ頼んでも同じだろう。
そうですよね~、ええ、ええ、分かっていましたよ。テメーの瞳の奥に宿っている光ってか灯が、俺を逃がす気なんて無いって主張してるんでな。それに雌雄を決する決闘に割り込み、奇襲してるのは事実なんで、ぐうの音も出ねぇな。
(まぁ割り込みかけといて「相手が急に強くなったんで逃がして下さい」ってのはズルい。それなら最初から挑まなきゃいいだけだしなぁ……正論過ぎて反論が思い浮かばねぇや)
相手の言い分は完全に正しいんで論破する気もおきんな。
「じゃあ戦うって事でOK?」
『無論だ・・・・・・どうせ逃げられん故に教えておこう。我が固有スキル≪逃戦墓≫はあの四つの墓標の内側から外部に逃れる行動を阻害する。先ほど貴様は空間移動を行おうとしたな?』
「ああ、アンタと戦っても勝ち目は薄そうだったんでな。逃げを打たせて貰ったんだが……失敗しちまったようだ」
俺の嘆きを楽しそうに見てやがる。って笑いやがったな、やんのかコラッ!
『ククッ! 少し遅かったな。墓標が完成する前なら可能だったろうが、完成した以上は逃走は不可能だ。ああ、先ほどの無駄な行為をする前にもう一つ教えておこう。一度完成した以上、内部の全ての生命が滅びぬ限り我でも解除できん。墓標を一つ、二つ壊した所で、すぐさま修復するのでなぁ』
先ほどの無駄とは〖ノヴァ・スター〗だろう。
(だが四つ同時に破壊すればどうなんだ?)
一つ二つ壊して駄目なら四つ同時ならイケるはず……だがそこまで考えて却下。墓標はそれぞれ距離が離れすぎてる。俺の手持ちの技で同時に四つ壊すのは不可能。何よりも目の前の龍、ルデオプルーチがそんな行為をのんびりと見逃すはずが無い。
(絶対に妨害してくる‥…あの自在に動く骨槍を掻い潜るのはキツイ)
状態異常を喰らったら足が止まる。さっき迄と違い、ルデオプルーチはもう身体を創り出している。……牽制じゃなく本気で殺しに来るはずだ。そうなったら動かない標的など的でしかない。
ルデオプルーチは、俺がダンマリを決め込んだので不思議そうに訊いてきた。
『どうした? 時間稼ぎはもういいのか? 我も久方ぶりに意識を取り戻せた。貴様が死ぬのは確定だが、多少の与太話には付き合ってやろうぞ?』
あらまっ! 時間稼ぎってバレバレだった訳ね。それでも付き合ってくれるなんてお優しいこって。
(コイツにとって、俺は獲物にしか見られてないってか? 舐められてるってか? 調子こいてんじゃねぇぞっ!! 骨の分際でっ!)
沸々と怒りが込み上げてくるが、時間を稼ぎは望むところ。付き合ってやろうじゃねぇか。
そんな内心をおくびにも出さず、努めて笑顔で対応する。怒りを鎮めつつ、気になる単語が出たので聞いてみよう。
「久方ぶりに意識を取り戻せたってのは?」
『ふむ、今でこそこのような姿だが、元々の我は七大竜王の一角である【冥龍王】様の配下だったのだ……元の名を【骸龍王 ルデオプルーチ】と呼ばれていた』
明らかにヤバげだが、七大竜王って何? そう訊いた俺に呆れた様な視線を向けやがった。
『そんな常識も知らんのか? 七大竜王とは【天龍王】、【地龍王】、【海龍王】、【冥龍王】の天地海冥の最高位の龍王様方に、【古龍王】、【真龍王】、【邪龍王】のお三方を加えた竜種の王だ』
誇らしげなのが何かムカつくが、んな常識なんぞ知らんわっ! そう怒鳴り付けたいが、機嫌を損ねたくない。大人の対応で「へぇー、凄いですねぇ」といった面を張り付ける。
全く昨今の若い者は……とぶつぶつ言っていたが、スルー。話が進まないので先を促すため切っ掛けを作るべく口を開く。
「それがどうして死皇帝の手先なんかに?」
『手先という物言いは気に喰わんが、まぁいいだろう。我はあの忌々しき死皇帝に討伐された……そして腹立たしい事に、ユニーク素材、死霊魔法の触媒として再構築された。それを基として創り出されたのが【死山骨龍 ルデオプルーチ】だ。我の意識は死霊術によって封じ込められ、あの忌々しき男の野望の道具と成り果てた』
「意識があったって認識でいいのか?」
ドレッドノートとバチバチやってる最中の言語が、GYAAAAAとかGOOOOOとか怪獣みたいだったから、理性や知性なんぞ微塵も感じられなかったんだが?
『朧気ではあるがな。不愉快な話しだが、彼奴にとっては我の意識を完全に封じるより一定の意識を残しておいた方が使い易かったのだろう』
話を聞くに、【死霊術死】がアンデットを使役する方法は大きく分けて二通りあるらしい。
一つは死者の魂を縛り付けず友誼を結ぶ。これの利点は安定性。アンデット事態が負の産物故に暴走の危険を孕むが、この方法だとそのリスクを最小に抑えられるそうだ。
もう一つが魂を完全に縛り付ける。術者への害意を禁じた上で衝動のままに暴れさせる。利点は術者への負担を抑えられる。デメリットは常に暴走の危険性がある点。
始皇帝が取ったのは後者。完全では無いが、自我を奪い取り。友軍への攻撃を禁じた上で半暴走状態で使役していたらしい。
『あの大戦の最後。戦場を塗り潰すほどの魔力嵐が発生し、気が付けばこの場所にいた。そして我が身は再度ユニークモンスターとして構築されていた。何故か元の、【骸龍王】から名さえも変わっていたのには心底驚いたがな。その時に、どういう理屈か死皇帝の支配からも解放されていた。だが膨大な怨念を吸収したせいだろう。負の感情に自我は塗り潰され、あの甲虫を憎悪し破壊衝動に縛られてしまっていたのだ』
理性が無い、言語が絶叫だったのはそのせいか。
『ククク、今のこの時間は奇跡のような物よ……さて、貴様は人間種では無いな?』
奇跡って何?と思うが、隠す内容でも無いので時間稼ぎに付き合ってくれてるんで素直に話すか。
「そうだ。俺は『エヴォル・ネオグラトニアス』のシレン。だがどうして分かったんだ?」
『我が眼は真実を視る。貴様は外見こそ人間種だが、肉体は魔物のような違和感を感じるのでな。【冥龍王】様が楽しげに語られていた二号計画、プロジェクトβの生き残りか?』
二号計画? プロジェクトβ? 何じゃそら? 聞きかじった事さえねぇんですけど!?
「悪いが知らん……俺はこの世界の人間じゃないんでな」
隠す必要も無いんで正直に答える。
『そうか‥…』
俺の返答にショックを受けたのか、声は落ち込んだ様に萎んでしまった。申し訳ないような気持ちになるが、下手な嘘は付かん方がいいだろう。
さて、最後のチェックをしますかね。
〇≪能力捕食≫
自分より下位の魔物を喰らった時、低確率でスキルを一つだけ奪い取れる。但し、奪えるスキルを自分で選ぶ事は出来ない。一体の魔物につき、最初の捕食一回のみ発動する。
〇≪超乾眠≫
肉体の一部を分体として切り離し、仮死状態で保存する。もし本体が滅んでも乾眠状態の分体が存在すれば、そちらが本体として再誕が可能。乾眠状態の分体は最大でも一体しか作り出せない。一度再誕すると再度乾眠状態の分体を作り出すのに三十日間のクールタイムが必要となる。
どれもAランク上位の魔物の最大レベルで獲得する特性だけあって強力だ。チート級といっても過言じゃねぇ。
≪能力捕食≫はある意味で予想通りだ。奪えるスキルを選べない、自分より下位の魔物限定って難点もあるが、俺ならAランク以下なら可能って事だろ? ヤバいくらい強力だ。
(Aランクなんざ数えるくらいしかお目に掛った事が無いが、どいつもヤバかった。そのスキルが低確率でも奪えるなら反則級だ)
≪超乾眠≫……実質的な不死身化……チートだ。惜しむならもう少し早く獲得したかった。そうすりゃここで死んでも復活できたのに……間が悪いって言葉がしっくり来るぜ。
次にステータスウインドウから進化先を『さて、そろそろいいだろうか?』え、いや、ちょっと待った。
『もう少し語り合いたいところだが、我もこれ以上の時間の浪費は惜しいのでな。久方ぶりの闘争、楽しませてくれっ!!』
覇気の籠った言霊と同時に紫色のオーラが爆発的に吹き荒れる。
「……ッ上等っ!!」
右手は激竜剣を抜き放ち、左手は『千腕之鬼神』を構える。
勝てる可能性、生存の可能性、どちらも絶望的。だが……諦めるって選択肢は存在しねぇんだよっ!!




