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閑話 勘違い野郎


 「クソったれがッ! 全く気に喰わねぇ! あの雑魚野郎の何が凄いってんだよ! あれぐらい俺でも楽勝に出来るっての!」


 ここは深夜の繁華街の路地裏。大柄の男は文句を言った後、それでもなお腹の虫が治まらないのか近くにあったゴミ箱を思いっ切り蹴り飛ばした。


「・・・っいってー!」


 強固な合金のゴミ箱を思いっ切り蹴りつけた反動が返ってきたため。却って蹴りつけた足が痛くなり・・・・更なる苛立ちが募ってくる。


 明らかに自業自得だが、酒に酔っているせいか。そんな事にさえ気づけず、更なる負の感情を吐き出す。


「島崎のクソオヤジも刑部のヒョロガリもあのクソ雑魚にビビりやがって! 何が『あんな恐ろしい男は見たことがありません!』だよ! 定年前にボケが来たんじゃねぇのか? 八ッ! だったらお払い箱だな! いい気味だぜっ!!」


 自分を馬鹿にしたロートルが惨めに去って行く姿を想像して、ささくれ立った気分が少しだけ紛れた。


 この男の名前は小川。レンジの取り調べ————事情聴取の際に、レンジをずっと睨み付けていた警察官だ。


 この男を端的に言い表すなら『自己中心的な妄想野郎』、もしくは『身のほどを弁えない愚か者』だろう。


 年配の刑事・島崎が嗜めていた通り自分の実力を過大評価し、実績も無い分際で上司や年長者を貶す・・・・組織のとって害にしかならない、どうしようもない男だ。


 当然ながら周囲の評価はパッとしないを通り越して最低、いや最悪といっていいだろう! 当人は全く気付いていないのが救えないというべきか、幸いというべきかは分からないが!



「なんで天川花蓮はあんなモブを気に掛けんのかね! 随分心配していたみたいだし、あんな雑魚くたばった方が世のためだっての!」


 警官にあるまじき途轍もない暴言だが、本人は至極当然のように口に出している。


 因みにあの雑魚とはレンジの事だろう。あのナントで起こった事件以降、小川にとって気に入らない事の連続だった! 天川花蓮が署に来たと聞いた際に、『ひょっとしたらお近づきになれるかも』と心を踊らせだが・・・・・自分に声が掛かる事はなかった。


 署内の偉いエロ爺共が対応したせいで、自分に役目が回ってこなかったと思っているが・・・・・・・この馬鹿の日常での態度を知っていたら、間違ってもVIPクラスの対応など任せない、任せられない! 警察の恥を晒すに違いないからだ。


 小川が不機嫌で酒に溺れているのは、ナントが魔物に襲われ検分の際に防犯カメラの映像を分析したが。誰もがレンジを褒め称えていたからだ。曰く『人間技じゃない!』・『相当な実践系の武道を会得した者の動きだ!』と気に障る発言ばかり耳に入ってきた。


「アレぐらい・・・・俺ならもっとスマートに出来るっての! 俺は柔道大学選手権の成績上位者だぞ! あの程度、楽勝だっつーの!」

 自分を持ち上げ、レンジを貶し貶めることで気分を高揚させていく。


 ————何の意味さえもない自己満足に過ぎないのにそれさえ気づけない!


 もしこの発言を大学時代の同期が聞いていたら・・・・失笑する発言だ! 確かに小川は柔道で全国まで行った。だがそれは、県内の有力選手が何人も怪我で出場を辞退したことで勝ち進めただけの勝利にすぎない。運も実力というが、これに関しては胸を張って威張れるような事ではないだろう。実際、小川の優勝は運による物という見方が関係者の間で大半を占めていた。


 全国大会にしても、ベスト16まで残ったのは事実だ・・・・だが全国まで勝ち進んだ者たちを、弱小といっては失礼かもしれない。だが相手が怪我によって万全ではなかったり、前の相手が強敵で小川との対戦時には体力を使い果たしていたりと・・・・・正直、小川の勝利は実力とは関係ない部分が勝利の要因だ。


 そのため小川の成績は、部内ではまったくといえるほど認められていない。これが殊勝な態度を取っていれば、まだよかったかも知れないが。部内で負けたモノや倒した対戦相手を雑魚と罵り、勝利を誇示する姿勢は・・・・同期・後輩関わらず、内心では眉を顰めていたのが実情だ(言葉にして窘めなかったのは行ったところで無駄だと見限られているから)。 それ以前に同大学で優勝した者が男女でいたため、小川の事を褒める(気に掛ける)者など誰もいなかった、が真実だ。


 小川自身も、普段から後輩に稽古と称してリンチ紛いの事をしたり。指導と称し、後輩を集め自慢話や説教を聞かせるなど・・・・・・同期だけでなく、後輩からも蛇蝎の如く嫌われていたのだ。


 その事が小川を軽視———―蔑視する部内の空気に拍車をかけていた。自業自得なので同情する余地は無いし・・・・・・同情する必要さえも無い。


 もっとも、小川自身は馬鹿なので嫌われているんじゃなく、怖れられていると思って威張り散らしているのが馬鹿の馬鹿たる所以だ!


 どこに行っても誰からも嫌われる・・・・ある意味で珍しい男。それが小川である!


 ◆


「まぁ魔物でも出れば俺の実力が認められるだろう! 俺の力を見せつけてやりゃ、あっという間に出世できるさ!」


 上機嫌でそうさえずるこの発言から、如何に考えの足りない愚か者かがよく分かる。一般人であるレンジが魔物を倒したことで、自分なら————柔道の猛者である自分なら楽勝だと思い上がっている・・・・とんだ勘違いだ!


 確かにレンジは単身で魔物を討伐した。だがそれはレンジの実力は基より、幸運が味方したことは否定できない事実だ! 運と実力を兼ね備えていながら、それでも辛勝がやっとだった。正直、スポーツなどのルールがある競技ならまだしも。何でもありの実戦において、小川がレンジに勝てる可能性は一切ない。


 相手を殺す技を修めその心構えが出来たレンジと、相手を倒す技しか修めていない未熟者の小川では、こと実戦において・・・・天と地ほどの開きがある。もっとも、小川はそんな事は分からないし、理解する気さえも無いだろう。


 上機嫌で歩いていた小川の耳に絶叫が飛び込んでくる。


「な、ナンダ? ど、どうした!」


 突然聞こえた悲鳴に驚き、慌てて路地裏から飛び出すと。恐怖の感情に支配されて市民が、恐ろしい存在から追い立てられるように脇目も振らず逃げ出していた。


 市民が逃げてきた方角を見てみると、その奥には2メートルはある豚面の半裸の存在、オークと取り巻きのゴブリン数匹が佇んでいる。既に犠牲になった人間がいたのだろう、オークが手に持つ棍棒は血がべっとりと付着している。ゴブリンたちも、戦利品のつもりなのか女性を数人引き摺っている。足を負傷しているらしく女性たちは必死に命乞いをしているが、ゴブリン共はまったく興味さえ無いようだ。


「ハッ! わざわざ俺が居る場所に攻めてくるとか・・・・馬鹿なんじゃないのかコイツラ! まぁいい機会だ。俺の実力を見せつけてやるかね!」


 上着を脱ぎ棄てると、人の流れに逆らって魔物に向かっていく。


 この時の小川の最良の選択は、避難誘導をしながら警察の救援を待つべきだった。それか脇目も振らずに一目散に逃げだすのが正しい選択だった。それなのに魔物に向かっていったのは、酒が入っているだけじゃなく自分の実力を過大評価していたからに他ならない!


 もしこれがレンジだったら、一目散に逃げだしていただろう。この連中を助ける為に危険を冒す義理も責任も無いし、何よりもこの連中がどうなろうが知ったこっちゃないからだ。 


 ナントでレンジが残ったのは花蓮がいたから・・・・・というよりも、防犯カメラに自分と花蓮が話す光景がバッチリと映っていたからだ。もし花蓮が自分に気付かずに、買い物の最中に話しかけてこなかったら切り捨てて逃げ出していたはずだ。


 ————志波蓮二はヒーローごっこに興味などないのだから当然だ。


 それが小川の判断を狂わせた。小川の目には、レンジの行為が女を助ける為にカッコを付けるスカシ野郎としか映らなかった。雑魚の分際でまぐれで魔物を倒して結果、運よく持て囃されているだけの弱者。それが小川という男が志波蓮二に下した評価だ。


 自分の主観に囚われ客観視されていない評価など、第三者からすれば鼻から笑える評価なのだが・・・・そんな事さえ気づいていない(それ以前に、他人に偉そうに評価を下せるほど立派でも無いが)。魔物を倒せば自分も持て囃されると思い込んでいる・・・・思いたいだけなのかもしれない。


 拳を握りしめて、取り巻きのゴブリンを無視してオークに殴りかかる。全くの悪手だ、レンジが見ていたら呆れ果てるだろう。その理由も直ぐに判る・・・・・・。


「ハッハー! どうだ! 俺の拳は!」


 小川の拳がオークに直撃したが、オークは涼しい顔だ。それをやせ我慢と勘違いした小川は柔道の要領で、一本背負いに移行するが・・・・・オークは全く微動だにしない。


「へ? 何で? オラッ! コラっ!」


 思わず素っ頓狂な声が口から漏れ出る。腰で巨体を跳ね上げようとするが、まったく動かない。


 それも当然だろう。 オークの身長は2メートル以上ある。その体は肥満体に見えるが、その肉のほとんどが筋肉によって構成されている。体重は300㎏を優に超えている。


 ボクシングにしろ柔道にしろ階級が設けられているのは、こと格闘技において体重が及ぼす影響が途轍もなく大きいからに他ならない! 80㎏の小川と300㎏のオークとでは大人と赤子ほどの差がある。レベルが上げっていない小川の打撃などまともに通る筈が無いし、ましてや投げ飛ばそうなど不可能だ!


 これがステータス・スキルの恐ろしいところだ。もしも戦闘系の職業に就き、レベルを10程上げれば変貌前の地球でなら最強格のステータスを得てしまう! もはやこの地球において、過去の強さなど一切の参考にさえならない! 現在の地球では、鍛えれば子供でさえ獅子を殺すことが出来る。


「な、何でだ? 何でだよ~!!! ふぎょっ! いた、ゴッ!!」


 投げ飛ばせないと悟るや否や、錯乱して喚き散らしながらオークに殴りかかるが・・・・・取り巻きのゴブリンがいつまでも傍観している筈がない。 隙だらけの小川の背後から、手に持つこん棒によって襲撃を掛けられたのだ。 


 頭部を思いっ切り殴られ、背中を打たれて倒れ伏した後に・・・・・顔面を思いっ切り踏みつけられて悶絶している。




 これが先ほど述べた悪手の理由だ! そしてレンジがオークとの戦う前—――真っ先に取り巻きのゴブリンを始末した理由でもある。


 格上の相手と戦う際に横やりが入る事は、集中を疎かにし自身に致命的な隙を生み出すとレンジは知っていたからに他ならない! ただの力任せが通用するほど殺し合いとは甘いモノでは無い!


「ちょ、まっ! やめ、ぎゃっ、は、離れろっ! きゃ、ひゃ~!!!!」


 手足を無茶苦茶に振り回し、ゴブリン共を追い払うと・・・・・・拘束されている女性を見捨てて一目散に逃げだした。


「お、お願い! た、助けてー!」

 その切実な声にも耳を貸さず、無視するように逃走している。足を止めるどころか、逃げ足はむしろ加速している。


「や、やってられっかよ! な、何で俺が死ななきゃなんねぇんだ!! は、早く救援を呼んで来いよ! グズグズしやがって!!」


 自分が勝手に殴り掛かっておきながらこの言い草。怒りを通り越して呆れ果てるほどに不様だ。 


 その声が聞こえている女性たちは憎悪の————自分たちを見捨てて逃げ出した(小川)に、憎しみの籠った視線を向けている。視線だけでも殺せそうなほど込められた力は強い!


「はっはっ! ふべっ、ぷぎゃっ! な、何が?・・・・・」


 突然背中に衝撃が走り、不様にも倒れ伏してしまう。その背中に更に圧力が圧し掛かった。慌てて首を向けると、大きな犬が背中を押さえつけている。それだけでは無い、口から生える牙は腕に喰らい付き腕を噛み砕こうと徐々に力を込めている。


「ぎゃ、いてっ! やめ、やめろっ! や、やめてくれー!!!」


 それに気づき、必死で命乞いをするが・・・・・魔物が人語を理解するはずが無い。仮に理解できてもやめる気は無いだろう!


「ぎゃああああああああああああっ!!!!」


 腕を噛み千切られた痛みで絶叫するが・・・・・そんな事を叫ぶ暇はない事さえ気づかない! もはや自分の命が・・・・・風船の灯だと。


 小川が逃げるには、ゴブリンとオークが追いつく前に犬————白狼をどうにか振り切るしか方法はなかった。だがもはやゴブリンだけでなく、オークまで追いついてきてしまった。もはや・・・・小川の運命は決まった、決まってしまった!!


 オークは醜悪な顔を更に歪めると、小川の足を掴み・・・・・ずるずると引き摺って行く。ゴブリン共もギャギャギャと笑いながら涙と鼻水を垂れ流して命乞いする女性を引き摺り、楽しそうにオークの後に続いて行く。白狼は千切れた小川の腕を齧るのに夢中になっていて、周囲の事などまったく興味がなさそうだ。


「おねが、やめて、助けて・・・・・おねがいだから~!!!!」

「お願い・・・・何でもするから許して!!」


 ・・・・・・・どれだけ懇願しようが絶望の運命が変わる事はない!


 ◆


 一時間後、駆けつけた警察により、魔物は駆除された。しかし、女性たちは幸運にも助かったが。小川は全身をズタズタに切り裂かれたうえで、ボロボロの死体となって惨たらしい最期を遂げていた。 


 ここまでであれば悲劇で済む・・・・・だが、事の顛末はそうはならなかった!


 本来であれば同情されてしかるべき光景であるが、女性を見捨てて逃げようとした場面がしっかり防犯カメラに記録されていた事と、拷問を受けている際に自分の代わりに女性を先に拷問するように懇願して居た事が被害者の女性を聴取していた際に発覚した。


 警察官の失態にして醜態。そのような美味しいネタをメディアが放っておくはずがない。マスコミもその事を連日連夜こぞって報道したため、警察の威信は地に落ちてしまう。


 小川を庇うものは・・・・・・警察関係者・友人・知人・親族の中で・・・・誰もいなかった。


 この非常事態に警察の権威を失墜させた愚か者。それが警察内で小川に下された評価だ。


 その一件が無くても、基から周囲の評価・評判が最悪だった小川は、警察内でも白眼視され。葬儀の際も本来は出すべきである献花や弔辞、果ては弔問客まで警察関係者からは誰一人として参列は無かった。


 家族は連日こぞって叩かれたことで、住んでいた家を引き払い。見知らぬ土地に移り住むが、全国ネットで身内の醜態を拡散されたため・・・・安住の地さえも失ってしまった。


 自分の醜態で、無関係な身内まで巻き込んだ存在として、最後は家族からさえも疎まれ・憎まれ、いない存在として・・・・・・・まともに弔われる事さえ無く葬り去られた。

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[良い点] 何回か繰り返して読ませていただいている良作 [気になる点] 風船の灯だと(原文)これに今回気づいたので修正お願いします。
[気になる点] 最新話より前に新しく閑話を差し込まれましたが 更新通知で気づけなかったので どこかでお知らせしたほうがいいと思います [一言] まさかカマセにもならず死ぬとは思わなかった
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