第234話 求めるは救済、賭けるは我が命①
〇<神無川病院>志波愛子病室 【天帝】志波蓮二
詩織からの連絡を受けてからの事をよく思い出せない。身体が無意識のうちに動いているかのような妙な感覚が残っているだけ。意識が戻った時には母が横たわっているベッドの横に立っていた。
「・・・・・・・・・」
俺は・・・・・・一体何をやってるんだ? 母さんだけは何が何でも助けるんじゃなかったのか!? 助けるって誓っておきながら何で母さんは力なく寝転がってんだよっ! 嘘ばっかついてんじゃねぇぞ、大馬鹿野郎がッ!!
死んだように眠り続ける母を見て俺は・・・・・・自分を・・・・・・愚かな自分を罵った。
(あの時・・・・・態勢を整えるなんて悠長に考えるべきじゃなかった。時間に余裕があるなんて甘い考えを持つべきじゃなかったんだよっ)
魔力障害は個人差が激しいんだろ? だったら症例の無い地球の基準で病の進行具合なんざ分かる筈ねぇんだ。詩織も隠しているだけで苦しそうにしているって言ってたじゃねぇかっ!!
(それが危険の前兆だったってなんで気付かねぇんだよっ!! 母さんは人に迷惑を掛けたり弱みを見せたりは絶対にしねぇんだっ! 平然としているからこそ却っておかしいって勘づかなくちゃいけねぇのに・・・・・・この無能野郎がッ! 何が母さんを本当の母親だと思ってる、だよっ!! 息子なら母親の容体くらい察して見せろってんだっ!!)
はぁはぁ、分かってる。ここで自分を罵倒しても自己満足にさえならないってんだ。俺のやるべきはたった一つだけ。今からクエストに挑んでクエストを攻略。報酬であるエリクサーを入手して最短で戻ってくる・・・・・・それしかない。
今は一分一秒を争う。自分を責めるのはそれからでいいんだよっ!!
今の俺は実母が病気で臥せっている姿を快復を願い祈りながら眺めている子供でも、棺に縋りついて泣き喚くだけのガキでもない・・・・・・母を救う手段も力も・・・・・・あるんだ。
だがその前に段取りだけはつけなくちゃならん・・・・・・。俺を横にいる詩織の向き直ると口を開く。
「詩織・・・・・・母さんを自宅に運んでいいかな?」
「な、何言ってるのよ,おばさんは絶対に安静に決まってるでしょっ!? 叔母さんの病気は原因さえ判っていないのよっ! アンタ叔母さんを殺したいのっ!!」
掴み掛らん勢いで食って掛かるが、ハッとしてように俯く。流石に言い過ぎだと思ったんだろう。俺が母を大切にしているのは知ってるしな。
「どうして・・・・・おばさんを自宅に移したいの?」
「俺は他人のステータスを見る≪看破≫ってスキルがあるんだ。・・・・・・母のHP・・・・・この場合は生命力が適切か・・・・・・ゆっくりとだが減少していっている。恐らくは明日の朝まで持たない」
「・・・・・っ!」
俺の沈痛な表情を見て息を飲む。冗談を言っている訳じゃない、俺がこんな下らない嘘を付くはずが無いと判っているからこその反応だった。
「俺が養子だってのは知ってるよな? 希望を捨てた訳じゃないが、せめて思い出のある自宅で身内だけで過ごさせてあげたいんだ・・・・・・・」
「・・・・・分かったわ! 事情を説明して先生に聞いてみる。おばさんには「私がどうなってもレンジの好きなようにさせて欲しい」って事前に説明を受けているから条件付きだろうけどダメとは言われないはずよ」
母の言葉の意味を悟り暫し愕然としてしまうが、気力を振り絞り耐える。ぶっ倒れるのは全て終わってからでいいんだ。
「・・・・・・頼む」
嘘を付いている罪悪感もあり、せめてもの罪滅ぼしのつもりで頭を下げようとするが・・・・・・。
「もう、頭なんて下げないでよっ!」
下げる途中で手で遮られてしまう。
詩織は部屋を出ていくのを確認して母さんの顔を覗き込む。時折苦しそうに咳き込むが、吐血などが無いのは・・・・・せめてもの救いだろう・・・・・。
頬に手を当てるとゆっくりと言葉を紡ぐ。
「馬鹿だなぁ母さん。俺が母さんを見捨てるはずないだろっ? 自分に何かあった時に俺に負担を掛けない様にしたつもりだろうが・・・・・・俺に母さんを見捨てる選択は皆無なんだぜ?」
「私がどうなってもレンジの好きなようにさせて欲しい」ってのはもし自分が俺の負担になったら躊躇いなく切り捨てる様に考えての発言なんだろ? バッカでぇっ! 俺は確かに他人なら平気で切るが、身内は絶対に見捨てねぇんだっ!
「母さんが助かるなら俺の身体くらいなら幾らでも張ってやる。ちょっと待ってな、直ぐに助けるらよ」
母を自宅に移すのは諦めたからじゃねぇ。確かにHPが減っているのは事実だが、それは回復魔法で半分を切ったら即座に回復させればいい。ポーションじゃないのはあれも魔素を含んだ薬草を主原料に作られた物だから。魔力障害は魔素によって引き起こるなら止めた方が無難のはず。
そもそも病室に置いておいたら魔法や魔法薬での治療も出来ねぇからな。出所を探られてそれにエリクサーを持って来ても服用させるのに手間が掛かる。なら自宅に居て貰った方が効率がいい。
俺はまったく諦めちゃいねぇっ! 最速でクエストを攻略して戻ってくる。何が何でも・・・・・だ。
俺がそう決意すると詩織が母さんの担当医である初老の医師、日下部先生を連れて入室してくる。先生は俺の前まで来ると、厳しい顔で真直ぐ俺を見据えた。
「まず医師として母君の容体に対して何の手の打ちようもなく、ここまで悪化させた件をお詫びします」
そう言って腰を深く下り頭を下げてきた。だが俺に思う所は無い。症例さえ無い未知の病気。それもそのはず魔素なんて地球に存在しない者が原因の病気だ。治療するにも限界があるのは当然。故に俺は先生をを責める意思は全くない。
(開き直って『自分は悪くない』なんて宣いやがったら拳の一つでもくれてやるがな・・・・・≪悪意感知≫や≪偽証感知≫にも反応が無いんだ・・・・・少なくとも本心からそう思ってるんならいいさ)
「日下部先生、頭を上げて下さい。全く思う事が無いとはいえませんが、未知の病気なら手探りでしか方法が無いのは素人の俺でも理解できます。ただ・・・・・・母のような症例は世界中でも珍しいのでしょうか?」
アイリスにも聞いたが、始原時代には『魔力適応障害』なんて病気は無かったらしい。多分だが、始原時代の人間は魔素に対して抵抗があったんだろう。そしてギルド長にも聞いたが、オーレリア大陸でも魔力障害なんて病気はないそうだ。
だが≪叡智≫は母さんの病気の症例を知っていた。ならば始原や神代以前か以降かは知らんが、魔素に対する抵抗力の無い場所で発症者がいたって事だろう。なら母さん以外、ダンジョン出現まで(多分)魔素が存在しなかった地球で発症する人がいてもおかしくないはずなんだが。
「いえ、お母上が倒れられたのとほぼ同時期に似たような症例の報告が世界各国から寄せられています。共通しているのが普段は何とも無いのに急に体調が悪くなったり、まともに動けなくなってしまう点です・・・・・・余りお伝えしたくありませんが、既に死亡した患者さんもいらっしゃいます・・・・・・お母上と同じように前日までは元気だったのに、急に意識を失いそのまま・・・・・」
流石に不謹慎だと感じたのか先生はそれ以上の言葉は口にしなかった。つまり病気の進行が早ければ、この状態になった時点で詰みらしいな。
「・・・・・・つまり母の病気は地球のおかしくなったのが原因である可能性が高い、・・・・・・という事ですね?」
「医学会でもそう考えています・・・・・・現在この症例が確認されている患者さんは世界中で万を超えます。それもあの変革の日を境に発症された方ばかり・・・・・・数例ならまだしも、そう考えないと辻褄が合いません」
先生は俺の言葉に大きく頷く。因みに変革の日とは種族とジョブが強制的に決められた日。誰かがネットでそう読んだら瞬く間に広まり一般にも定着した。
「そしてこの新たな病気に我々医者は全くの無力です・・・・・・・体が変質しているならともかく、最新機器を使っても肉体に異常さえ見つかっていません。何が原因か、どうしてこうなるのか? それさえも判明していないのです・・・・・・・・」
碌な研究も検証する人数さえ限られる中じゃ無理もないさ。世界中が未だに魔物やスキルを使用した犯罪の対応に追われている最中だし・・・・・・落ち着くまでに相当な時間がいる。ジョブにしろ種族にしろ、国が真っ先に考えるのは軍事利用だろうしな・・・・・・。医療に予算と時間が割かれるのはその後だろう。
(だがそれは医者や政治家が考える案件だ・・・・・・時間がもったいない。さっさと切り出すか)
「先生・・・・・それで母を自宅に移したいんですが・・・・・・よろしいでしょうか?」
「医師としての見解を述べさせて貰うなら絶対に反対です。今は安静にするべきですから」
まぁ正論だな。俺が医者でも同じ意見を言うだろうしな・・・・・・。
「ですが、現在の法では患者の看取り方は患者若しくは親族の意向に沿う事が認められています。そして愛子さんは息子である貴方に決定を委ねています。貴方が望むのなら私からはこれ以上は言えません・・・・・・医師として失格かも知れませんが、最後をどのように過ごすかは本人か家族に決める権利があるのですから」
同感だね・・・・・・。治る見込みも無いのにベッドに括り付けられて永く過ごすのか、自分の好きなようにやって短く生きるか・・・・・。選ぶのは当人であるべきだ。自分の人生なんだから・・・・・。
それに現在の法は安楽死を認めているしな・・・・・・。一昔前だったらバッシングを浴びるだろうが、改正か改悪か知らんが認められてるんでな。
まぁ許可が下りたのは有難い。最悪はごういんにつれださなきゃならんとこだったしな。俺の好きにさせて貰うさ・・・・・・。
「では自宅まで連れて行きます。搬送方法はどうすればいいでしょうか?」
「当院の医療車を手配しますので、それを使ってください。自宅までお送りします」
「ありがとうございます」
下手に素人が動かすよりもプロに任せた方が良い。そう判断し、無理を言っている自覚もあるのでそれを含め頭を下げ感謝を示す。
先生は沈痛な顔をしいる・・・・・・言うべきか言わないかを迷っているような複雑な顔だったが、意を決したように口を開く。
「志波さん、あくまでも症例が少ないため確実な事を言えません。ただこの状態になった患者さんは数日中に息を引き取ったそうです・・・・・・ですが、あくまでもこれまでの前例です。奇跡を期待するなど医師失格ですが、希望を捨てないで下さい」
気休めかも知れない。最悪の事態を想定して覚悟を決めておけって言葉かもしれないが、その言葉に力強く頷く。奇跡? んな曖昧であやふやなモンに縋るかよっ! 母さんは俺が絶対に助ける・・・・・その覚悟で頷いたんだ。
それからの動きは早かった・・・・・・・・母さんを医療車に乗せるタイミングで血相を変えたエリカと大地が俺の端末を持って駆けつけてくれた。二人は心配そうで俺の家までついてきたそうだったが、丁重に断った・・・・・二人がいたらこれからの行動がし難くなるんでな。
母を俺の部屋のベッドに寝かせると、早速行動を開始する。
タイムアタック・・・・・・達成条件はユニークモンスター討伐。失敗条件は俺の死亡か母の命の灯が尽きるまで・・・・・・ミッション開始。




