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第233話 急転


 〇<神無川病院付近>【天帝】志波蓮二


「こんな朝っぱらからどうしたんだよ? ゲームのやりすぎで時間感覚が狂ってんのか? いてっ!?」


 舐めた口を叩く弟分の額を軽く(ちゃんと手加減しまくった)デコピンで弾くと頭部を捕まえしっかりロックすると、俺を誤解している認識を訂正する。


「大地、俺は確かにゲームは好きだがゲームにかまけて遅刻したことも会社をサボったことも無い。徹夜は数えきれないくらいしているが、自堕落な生活をしていない。誤解するのは止めて貰おうか?」


 アイアンクローの要領で大地の頭部を掴む指に力を込めていく。


「おおおおおおお、ギブギブッ!! アニキ悪かったってばぁ~」


 ガワこそデカくなったが、中身は最後に会った高校時代と大して変わって無いようだ。相手を見ずに喧嘩を売る点なんか特にな。温厚な俺だからこの程度で済ませてやったがな。


「俺は直ぐソコに入院してる母の見舞いに来ただけだ。朝一で会うつもりだったから、面会時間までぶらついてる所だよ。大地こそ姉弟でデートか?」


 揶揄うような俺の言葉に・・・・・。


「「違うっ!!!(わよっ!!)」


 二人とも真っ赤な顔で否定してくる。


(速攻で否定されたが・・・・・・相変わらず仲のいい姉弟だ。否定の言葉も見事にハモリやがった。これ以上揶揄うとエリカの全身がタコみたいに真っ赤に沸騰しそうだし、この程度にしておいてやろう)


「姉貴が天気が良くて散歩したいからって無理やり付き合わされたんだよっ!! 学校はオンラインだし、課題が馬鹿みたいに出るから片付けたかったのによっ!」


「このバカは男避けよっ!! 顔だけは平均以上だからか弱い乙女に寄ってくる狼避けになるでしょっ?」


「馬鹿とは何だよっ!! 俺は帝大に通ってんだぞ?」


 国内最高学府に現役合格。ソコに通っている自負からか、ムカッとした顔で反論するが・・・・・悪手だ。何故ならば・・・・・。


「うっさい、それなら私はアンタと同じとこを首席で卒業したんだからね。威張るんなら首席で卒業してから威張りなさいっ!!」


「ぐっ!!」


 エリカは帝大経済学部を首席で卒業している。それがどれだけ凄いかは同じ場所に通っている大地なら理解できるはずだ。あの学校のトップ層は勉強に関しちゃ別次元の宇宙人らしいからな。地頭の良さは元より、どれだけ並外れた努力が居るか想像も出来ん。


(少なくとも俺には無理だね!! 興味がある、必要なら頑張るが、俺は経済学に興味が無いからな。教科書の冒頭を見ただけでギブアップする自信があるね)


 俺は興味のない事には労力を割かないし、頑張れない性格なんでな・・・・・・。俺の冷静な自己分析の最中にも姉弟の喧嘩はどんどんとヒートアップしている。


「か弱い乙女? 鏡で自分のツラ見てから言えよっ!!」


 何とか言い返そうとするが・・・・・負け惜しみに過ぎん。ダサいから止めとけっ! さっさと白旗を上げる事を勧めるぞ?


「ふ~ん、じゃあ私が悪漢に襲われてもいい訳ね? 今までだって結構声を掛けられてるけどな~。そういった誘いに乗ってお姉ちゃんが毒牙に掛ってもいい訳ね?」 


 エリカが涙目で訴えかける姿に大地はありえん位に狼狽してオロオロしてるよ。エリカが演技だって気付けよ? あの美魔女である奥さんの娘だぞ? そのか弱い表情の裏に隠された毒蛇の気配が分からんのかね?


(これ以上はイケメンが台無しの上に憐れだ。いっちょ助け舟を出してやろうかね)


 端から見てるとコントみたいで面白いが、それは知らぬ他人であった場合だ。ガキの頃から知ってる奴らのガキのような喧嘩なんぞ見ちゃいられねぇしな。


「大地も公衆の面前で見苦しい喧嘩はその辺にしとけ。それとエリカもあんまし弟を揶揄うな」


「わ、わかった」

「フンッ!」


 大地は不満げだが頷き、エリカは拗ねた様にソッポを向く。姉弟揃って実に判りやすい態度である。


「お前ら朝飯は食ったのか? まだだったらモーニング位なら奢るぞ?」


「お、やりぃっ!! 俺も何も食ってないから腹ペコなんだ。奢ってくれるんなら喜んでご馳走になるぜっ!!」


「ちょ、ちょっと、少しは遠慮しなさいよっ! お金を出すのはレンジさんなのよ?」


 俺の言葉に即座に喜び了承する現金な大地と、そんな弟を慌てて窘めるエリカ。




「往来で喧嘩すんな。直ぐソコのファミレスに入るぞ」


 また路上で姉弟喧嘩でも始められたら叶わん。俺は強引に二人を目の前にあるファミレスに連れ込んだ。


 ファミレスに入り簡単なモーニングを済ませる。食後に俺とエリカはブラックコーヒー。大地はカフェオレを頼みほっと息をつく。だが話題は先ほどのモノに戻っちまう。


「でも奢ってくれるって言ったのは兄貴なんだぜ? こういった場合って却って遠慮する方が失礼じゃねぇか?」


「それでも最初は遠慮するのが社会人の常識よ? 来年には社会人でしょ? せめて『でも奢って貰うなんて兄貴に悪いぜ? 会計は割り勘でいいんじゃないか?』くらい言う慎みを身に付けなさいよ。どれだけ勉強できたって一般常識が身に付いてないなら、出世どころか人の上に立つ事はできないわよっ?」


「そりゃそうだけどさ・・・・・俺は親父の会社に就職するつもりだし・・・・・・」


 姉の剣幕にたじろぐように言い訳をするが、その見通しは甘い。以前から社長に相談を受けてるし、ちょっと訂正しておくか。


「大地・・・・・社長は直ぐにお前を会社に入れる気は無いぞ?」


「え? どうして・・・・・姉貴は直ぐにウチに就職しただろ?」


「社長はエリカに会社を継がせる気は無いし、エリカも継ぐつもりは無い。エリカが直ぐに入ったのは業務の拡大で猫の手も借りたいほど人手不足だったからだ。あの頃はエリカともう一人しか求人に募集を掛けて来る奴はいなかったしな。だから会社を回すため仕方なかった部分が大きいんだ」


 「本当なら社長はエリカも受け入れるつもりは無かった」という言葉は大地を驚愕させるには十分だったようだ。


「それに大地が会社を継ぐつもりなら、一度は外を見てからの方がイイと思う。社長にも相談されたが、外の世界で揉まれて世間の厳しさを知った方がイイ。身内が経営する会社だと、どうしても甘えが出るからな・・・・・・」


 親族経営を完全に否定する気は無い。だが会社である以上、ある程度の線引きは必要だ。倖月じゃないが、過度な身内優遇は会社を駄目にする。


「『俺は親父の会社だからって甘えたりなんてしない』とか言うなよ? 自分の先の事なんて誰にも分からないんだからな?」


「・・・・・」


 俺の厳しい言葉に黙り込んでしまう。反論したいが反論できないといった所かね?


「それに他所はどうか知らんが、白崎商会は社長が一代で築き上げた会社だ。社長が一番の功労者かもしれんが、ここまで大きくなったのは他にも専務や役員の協力があってこそだ・・・・・・。社長の息子だからと言って実績の無い者をちやほやするほど甘くないぞ? エリカの時にも『俺の娘だからと言って絶対に特別扱いはするな』って社員全員が厳命されてるからな。エリカも入る前に社長から言われなかったか?」


 俺の問いに・・・・・・。


「ええ。ぱ、社長から『会社にはいる以上、特別扱いはしない。甘えた態度を見せたら即刻叩きだす』って最初に言われたわ」 


 パパと言いかけたが、肯定の言葉が返ってきた。あの社長なら絶対に伝えてあると思ったよ。


「『俺は帝大卒だぞっ!!』って肩書が通用するのは内定までだ。会社に入れば評価は学歴じゃなくて仕事の実績で評価される。仕事が出来れば高卒でも褒められるし、出来ないならご立派な大学を出ても馬鹿にされる。現にエリカの同期で帝大卒がいたが、全く使えずにクビになったからな」


 黒川がいい例だろう。白崎商会は学閥がある大企業とは違う。評価基準は仕事に取り組む姿勢と実績で判断されるからな。


「エリカだって最初の内は全く使えなかった。当たり前だな、その仕事をやった事が無いんだから。だがエリカはしっかりと仕事を覚えた。名も無い大学出の俺にキツク言われプライドが傷付く事もあっただろうが、ミスを繰り返さない様に努力したんだ。今では役員からも一目置かれる存在だ。それは社長の娘だからじゃない。我が社の経営体制を見直し改善する案を出し、それが目に見える形で現れたからだ。逆に首になった奴はプライドを捨てきれず先輩社員を見下すような態度を取り総スカンを喰らった・・・・・・クビになる時も誰からも庇って貰えなかった。どうしてか分かるか?」


 使えなかったと聞いてエリカがムッとしたような顔になるが、何も言わない所を見ると自覚はあるようだな。大地は顎に手を当てて考える仕草をしている。


「・・・・・人望が無かったから?」


 少し考えて大地が出した答えに俺はゆっくりと首を振る。縦じゃなく横に。


「それもあるが、独断専行で勝手な判断をして会社に被害を与え掛けたからだ。事前に俺が察知して手を打ったから未遂だったが、ソイツの行動は白崎商会の屋台骨を揺るがし潰しかねない物だった。社長も社員たちもそれが分かっているから庇わなかったんだ。会社が潰れるって事は、自分たちの生活も無茶苦茶になるからな。そしてトップであっても同じ。社長が一目置かれているのは誰よりも率先して会社のために働く姿を社員に見せてきたからだ。これが仕事を押し付けて遊んでいるような男なら誰からも尊敬されない・・・・・・・俺が何が言いたいか分かるよな?」


「会社に貢献して無いのに社長の息子だからってちやほやされる訳じゃないし、甘えた態度は許されないって事だろ?」 


「簡単に言えばな・・・・・・」


 本当はちょっと違うが、後は社会に出れば嫌でも分かる事だ。実体験に勝る経験なし。俺はソレ以上は何も言わないようにした。


 暗くなった雰囲気を切り替えるべくちょっと話題を切り替える。


「そういえば東京は滅茶苦茶になったのによく無事だったな」


「俺は東京周辺に出入りが出来なくなる前にこっちに戻ってたんだ。被害を受けた人がいるからあんまし大声で運が良かったとは言えないけどな・・・・・・」


 クエスト一週間前に東京は不可視のバリアで覆われ脱出不能だった。大地がいま生きてるのは幸運が味方した結果だ。俺が介入して被害を押さえたつもりだが、みえない所では人も物も相当な被害が出ていたからな。大地も東京にいたらその不幸な中に入っていたかもしれない。


(俺としてはその他大勢がどうなろうが知らんが、ガキの頃から知ってる奴が死ぬのは気分が良くない)


 内心だけに留めて外に出さない程度の分別はあるがな。無事で良かったってのは俺の本心だ。


「いや・・・・・無事でよかったよ」


 大地に何かあったら奥さんは発狂しちまうだろうし。


「大学は今もオンライン授業か?」


「ああ、復興もありえない程のペースで進んでるけど、まだまだ不便だからな。最悪今年いっぱいはオンライン授業になりそうだ。卒業論文もあるし、まったく大変だよ」


 大地は疲れた様に溜息を吐く。実際に賛否あるが未だにオンラインを毛嫌いする者は多いのだ。


「兄貴は会社は大丈夫なのか? それに・・・・・おばさんも・・・・」


 心配してくれるのは有難い。昔———ガキの頃はよく家族ぐるみで俺に家に来ていたからな。倖月の一件があって親父と母の交友関係はズタズタにされた。唯一縁が切れなかったのが社長一家だと聞いている。親父も口にこそ出さなかったが社長には感謝していたからな。


「ああ、会社は辞めるつもりだったが社長が気を遣ってくれたんで今は休職扱いだ。母は入院してるが今は落ち着いてる。直に退院できるはずさ」


「そっか・・・・・母さんも心配していたからな。早く元気になって欲しいな」


 俺の報告に大地もホッとしたような顔になる。母に結構なついてたからな、心配だったんだろう。


「そういやさ・・・・・兄貴に聞きたかったんだけど・・・・・いいかな?」


「何を聞きたいんだ? 言っとくが俺よりもエリカに聞いた方がイイと思うぞ?」


 これは謙遜でも何でもない。俺は名も無い大学の出身で、エリカは帝大主席卒業の超エリート。積み上げ蓄えてきた知識が違うので、物を良く知っている点では勝負にさえならない。


「いや・・・・・・この国はこれからどうなるのかと思ってさ」


 恥ずかしそう聞いてくる事からエリカにはとっくに聞いてるんだろう。この姉弟は人前だとじゃれ合うが、二人っきりだと仲がいいのを俺は知っている。


 まぁ知りたいのなら俺の考えを話すのもやぶさかじゃない。


「聞きたいか?」


 顔を歪め低い声とちょっと≪暴圧≫を発動して訊ねる。脅すようになったのは、これからする話は決して気分のいい話しじゃないからだ。


 圧を受け怯えた様に俺を見たが、覚悟を決めた様にゆっくりと頷いた。エリカはカップを持つ手が小刻みに震えているが席を立つ気は無いようだ。


「まず・・・・・・この国は数年以内に滅びる可能性がある」


「「え?」」


 声を上げかけた二人の前に手を差し出し「落ち着け」のジェスチャーを取る。


 二人とも何か言いたそうだったが、話の腰を折る気は無いのか開けかけた口を閉じると座り直した。


「そう思う根拠はある。現在の地球で大きな力を持つ国家は『ステイツ』『新ロシア』『統中』の三ヶ国。他にも『中東連合』や『東西EU』もあるが、さっきの話に関係ないから割愛するぞ? この国は大国の二つの射程圏内にあり狙われる要素が幾つもある。どの国家も喉から手が出るほど求めているモノがな」


 それが何か分かるか?と目線で訊ねると、自信なさげにおずおずと考えを口に出す。


「えっと・・・・・軍事技術とかか?」


 その答えに俺は首を横に振る。


「違うな・・・・・確かに全く魅力が無い訳じゃないだろうが、もっと根本的なモノだ」


「・・・・・・資源ね」


「正解だ。確かにこの国は大国が欲するような資源は無い。今まではな・・・・・・」


「あ! だ、ダンジョン!!!」


「そうだ。現在の日本には鉱石系と植物系の高ランクダンジョンがあるらしい。知り合いから聞いた話しで眉唾もんだがダンジョンの資源は時間さえ置けば復活する・・・・・らしい。それがどれだけ有用なのかお前らなら分かるだろ?」


 俺の問いかけに二人は神妙な顔で頷いた。


「「ダンジョンから資源を持ち帰る実力者を育成できれば、実質的に無限の資源を手にする事が出来る」」


「そういう事だ。この地球の資源は枯渇し始めている。大国にとって自国民の生活を守るためにも是が非でも欲しい。・・・・・・そして厭らしい事に大国にはそういったダンジョンの数が少ないって噂だ・・・・・・ならどうする?」


「・・・・・・近場の国を侵略してダンジョンを奪い取る」


 大地は少し躊躇ったが、きっぱりと告げる。俺も下手な誤魔化しもせずに自論を告げることにした。


「俺が大国の指導者層ならそう決断を下すな。誰だって自分の立場を守るために自国民を優先するに決まってる。『新ロ』も『統中』も拉致のような形で立場の弱い国民をダンジョンに放り込んでるらしい。魔物を倒せばレベルが上がり強くなるってのは知ってるな? 大国の動きを見るに、これは侵略の前兆だと俺は考えている」


「ダンジョンを探索してアイテムを集める一方で、国民に魔物を討伐させて強者を生み出す。生み出された強者を先兵に他国を侵略する・・・・・・か」


「戦闘系のジョブに恵まれレベルを三十ほど上げる。そうすれば変貌する前に限定・・・・・と付くが、世界最強クラスの身体能力を持つ兵士が手に入る。そうなればレベリングをしてない兵士など白兵戦で軽く捻れる。鍛えても無い一般人なら尚更だろう」


 戦闘技術が同程度なら勝敗を決するのは身体ステータスだ。そこに魔法やスキルの要素が加わり更に複雑になる。恐らくは今はデータ取りをしている段階だろうな。日本もやってるだろうが、軍属限定だろう。データ取りは数の力が大きくモノを言う。その点を見ても日本は既に劣勢に立たされてる。


「でも侵略なんてしたら世界中から非難を浴びないか?」


「勝っちまえば理由なんてどうにでもなる。『日本は我が国を滅ぼす兵器を開発していた。その完成前に攻め込んだのだ』で済む話だ。敗戦国なんざ戦勝国の言うがまま、成されるがままだぜ?歴史で勉強しただろ? 戦争は負けた方が悪い事にされる。大航海時代の白人の侵略や第一次世界大戦がいい例だろ?」


「「・・・・・・・」」


 二人とも黙ってしまう。納得いかなくとも、歴史が証明しているのを知っているからだろう。


「誰だって自分の国が一番大事だ。『国民を守る』って大義名分さえあれば侵略も辞さないだろうな。この地球の歴史は戦争の歴史。平和だったことの方が少ないくらいだぞ?」


「でもステイツが同盟国にある。ステイツとしても日本が侵略されるのは困るんじゃないか?」


「ああ援軍を出す可能性が高いな」


「だったら大丈夫なんじゃないのか?」


 普通はそう考えるよな。日本の背後にはステイツが居て守ってくれる。そういった考えが戦争を直接経験していない俺たちの世代の常識だろう。だが俺の考えは違う。


「俺だったらギリギリまで援軍を遅らせる。日本単独じゃ両国に勝利できる可能性は低いが遅延戦闘は出来る。そんで両軍が争って疲弊したところで介入するだろうな」


「な、何で最初から助けてくれないんだよ?」


 俺に食って掛かるが、怒るなよ・・・・・俺は持論を言ってるだけだぜ?


「その方がステイツにとって旨味が大きいからよ・・・・・・そうでしょ?」


 大地の疑問に答えたのは冷たい表情のエリカだった。彼女は聡明だ・・・・・・俺の意見が荒唐無稽ではなく、あるべき可能性の一つとして捉えているんだろう。


「そうだ。人間ってのは勝手なもんで当たり前の事に感謝しないんだ。普通にステイツが援軍に来て勝利しても感謝はしても小さい。WWⅢの直前、過去にこの国を見捨てて逃げ出した恨みもあるしな。だが劣勢か敗戦濃厚だった時に助けてくれたら? 過去の恨みを忘れるぐらい感謝するだろうし、この後の要求・・・・・お願いも断りにくくなる」


「・・・・・・兄貴はステイツが何を要求すると思うんだ?」


「そりゃダンジョンを米国にも使用させろってのは確実に要求するだろうさ。下手すりゃ共同調査や共同管理って名目で支配するかもしれんな。後は米軍基地の維持費の負担や規模の拡大もありえるな」


「・・・・・・どっちに転んでも日本は滅びるか、大国に支配される・・・・・・か」


「今のままならその可能性は高いだろうさ。民間に力を持たせるのが嫌だからってダンジョンは軍属か登録した民間冒険者しか入れないんだ。この時点で既に差が付いてるからな。時間経過とともに差が縮まるどころか開く一方だろうよ」


 俺は厳しい現実をゆっくりと諭す。あくまでも俺の持論、可能性に過ぎないが、決してゼロではないんだ。


「そもそも人民の分母。その桁が大陸勢とは違う。日本が生き残りたかったら国家総出で死ぬ気になるしかない。嘗てWWⅢに生き残るために小湖首相が『国家総動員法』を発令した時みたいにな」


「『暴君』『憲法の破壊者』『独裁者』の小湖首相の事か?」


 俺が挙げた人物が意外だったのか、キョトンとした顔で確認してくる。まぁ悪名が高いせいでこういった場合の例として相応しくないかもしれん。だが個人的に彼は評価されるべき人物と勝手に思っているがね。


「そうだ」


 小湖首相は当時の悪評から散々な呼び方が多い。祖父世代の人間は彼を散々扱き下ろしている。徴兵制の復活。中央集権。反対派の弾圧や不当逮捕に粛正など分かっているだけでも両手で数えきれない罪がある。


 しかし近年ではその評価は見直され始めている。彼は確かに独裁者だったかもしれない。だがその手腕が戦火に晒された国を護ったのは紛れもない事実だからだ。戦後———事後処理が終わると、自らの罪を公にして服役した事も評価されている理由だ。


「彼は確かに悪かもしれない。法を蔑ろにするどころか犯す真似もしたんだろう。だがこの国を護るために成すべきを為したのは事実だ。少なくとも綺麗ごとばかり言って国民を護れない政治家や軍人よりはマシだと思う」


 政治に携わる者で、結果を出せない善良な人物より結果を出す悪党の方が良いに決まってる。政治家の失策は国民の生活だけでなく生命さえ脅かす。昨今の情勢は特にそうだ。


「そりゃ・・・・・そうかもしれないけどさぁ」


「・・・・・・・・」


 大地は納得いかないって顔だし、エリカは無表情なのが内心を雄弁に語っている証拠だ。


(社長の親父さんは徴兵されて死んだらしいからな。そのせいで社長は大学も行けずに相当苦労したそうだし。直接的な原因じゃないが、徴兵制を定めた小湖首相を憎む気持ちは理解できる)


 酒の席で社長の小湖に対する愚痴や酷評を何度か聞いたしな。祖父が死んだ原因として小湖が関わっていると子供たちに話してもおかしくない。


 場の空気を意図せずに重くしすぎちまったな・・・・・・ちょいと空気を変えるかね?


「まぁ俺の予想に過ぎん・・・・・・話半分に聞い『PiPiPi』・・・?」


 着信を見ると詩織からだった。どれどれ内容は・・・・・・・。軽い気持ちで文面を見た時。俺は知らぬ間に端末を落としていた・・・・・・。端末の液晶にはこう記載してあった。


『おばさんの容体が急に悪化して意識を失ったわ。至急病院まで来てっ!!』


 え?・・・・・・母が倒れた? 全然普通にしてたじゃないか? 冗談だろ? 詩織ちゃんよ~エイプリルフールはとっくに過ぎてるぜ? 


 ふざけていると思いたい。だが詩織はそんな下らん真似をする馬鹿な女じゃないんだ。


(・・・・・・分かってるんだよっ! 詩織はこんな悪質かつ下らない冗談は絶対に吐かない。人を傷つけるような嘘を吐くような女じゃないんだっ!!)


 端末を落としても拾いもしない俺を二人は怪訝そうに見ているが、それに構っている余裕は今の俺には無かった。


「母さんっ!!」


 俺は会計の事さえ忘れ、椅子をはね飛ばすように店を飛び出すと病院へ急行した。


 余裕があるなどと勘違いしていた自分の甘さを呪い、殺意を抱くほどに憎む。同時に自分の命を削ってでも母を助けて欲しい・・・・・と祈った事さえ無い神に縋った。 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 核兵器がある限り戦争は起きないだろ。日本は核兵器を作るための材料が馬鹿みたいにあるしいつでも作れる状態なわけで、実際宣戦布告されたらすぐ作ると思うけど、それでも戦争が起きると?せめて「…
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