第232話 弟分
〇<地球>志波邸
「で? 何で戦術機が分解されているんだ?」
「はい・・・・・各パーツや機関の理解と親和性を確かめるために分解しました」
ニコニコと笑顔で返答するアイリスに、レンジは急激に頭痛を感じ頭を押さえた。地下の大広間にあった三体の戦術機『アルストロメリア』・『幻影銀の巨蟹』・『黄金の磨羯』は辛うじて原型が分かるほどのパーツ状態に分解されてしまった。
(確かに分解の許可は出した。だからって全部を一度に分解しなくてもいいだろ? 急な出撃が掛かったらどうするんだよ?)
『ちったー考えてから行動に移せこのポンコツがっ!!』と罵倒したいが、キチンと注意しておかなかった自分にも非があると考え心を落ちつかせる。
それよりも生産的———どれくらいで元通りになるのかを確認すべきと切り替える。次からアイリスの要請と内容には、ちゃんと注意しようと心に決めておくのも忘れない。
「組み上げるまでにどれぐらいかかる?」
「凡そ二日・・・・・いえ再調整も行うので、三日は見ていただきたいです」
(あっちの時間で十五日・・・・・・俺のプランが狂ってくるな。出来れば今日一日はこちらで過ごして、明日には異世界に向かいクエストに挑む予定だった。おっちゃんは修繕まで五日は見て欲しいと言ってたしな・・・・・)
戦術機無しのアイリスの戦闘力ではクレアの護衛に不安がある。危険のデパートAランクダンジョンにクレアを無防備に連れて行くのはリスクが高い。そのためいつも通りアイリスの搭乗機にクレアを同乗させ安全を確保する予定だったが、完全に予定が狂ってしまう。
(俺だけでクエストに挑むのは厳しい・・・・・)
レンジの当初の予定ではクエストに単身で挑む気は無い。レンジのプランとしては広範囲殲滅スキル≪メテオレイン≫を隙を見て撃ち込み。続いて損傷したドレッドノートに自らの近接戦とクレア・アイリスの遠距離攻撃を集中的に浴びせる作戦だった。
(ソロは不測の事態が起きた際の対処が難しい。タゲを散らす意味でも、複数で挑むのが最善のはず・・・・・もし最悪の場合はクレアの魔物に囮を任せればいいからな)
ある程度のランクの魔物ならユニークモンスターを相手に勝てないまでも足止め程度は出来る。そういった算段であったが、アイリスの戦力が落ちた以上クレアだけでは不安が残る。
(クレアもアイリスも俺の大事な味方だ。Aランクダンジョンで危険を全く冒さない場所など無いが、最低限の安全確保も無しに連れて行くのは無謀過ぎる)
結局はアイリスが戦術機を組み上げるまで待つしかない。そう結論付けた。
「アイリス・・・・・無茶を承知で頼むが、なるべく戦術機の組み立てを急いでくれ。前々から言ってたクエストの攻略の目途が立ったんでな」
「マスターのプランには当機とクレアも含まれている・・・・・という事ですね?」
「そうだ。アイリスの戦術機が無いとクレアを連れていけない分、俺の負担が大きくなる。クレアは強い、それは認めるところだ。だがそれは魔物を含めた戦闘力であってクレアは生産職がメイン。肉体的な数値はAランクダンジョンに連れて行くのはリスクが大きい。アイリスの補佐が必要だ」
「全部の戦術機をバラしたのは当機のミスですね?」
確認の体を取っているが、自分のミスと理解しているのかアイリスの表情は申し訳なさげだ。ここでアイリスを責めるのは簡単だ。「そうだ! キチンと考えろ! 最低でもスクランブル様に一機は残しておくのは戦術の基本だろうがっ!!」と言えばレンジの苛立ちも幾らか紛れるだろう。
だが責める事の無意味さと非生産性をレンジを理解しているので何も言わない。軽く肩を竦めるだけに留める。何も言わずともアイリスが反省し、後悔をしているのは表情を見れば分かるからだ。
——これ以上責めるのは只の憂さ晴らしか八つ当たりでしかない。
「やっちまったことを責めても時間の無駄だ。次からは最低限の戦力を残しておいてくれ。俺が言えるのはそれだけだ・・・・・・今から無理に急がなくてもいい。今度のクエストは二体のユニークモンスターがドンパチやってる鉄火場に飛び込む。僅かなミスが命取りになるからな・・・・・確実に組み上げてくれればいい」
「イエス。マイマスター」
言い訳などせず黙って成果で示すのが信頼の回復第一歩と心得ているアイリスは、主に対し誠意を込めて返答した。
「あの・・・・・マスター・・・・・その、クレアはどうしたんですか?」
おずおずと言い難そうにしていたが、意を決したようにレンジの横で真っ赤な顔で放心しているクレアに指を指しながら訊ねてくる。
「サーモで見ても異常に体温が高いですし、顔も真っ赤で・・・・・体調が悪いんでしょうか?」
(すっゲー答えにくいな・・・・・「俺が耳元で愛を語ったらバグりました」なんて正直に告げるのは恥ずかしすぎるしな)
傲岸不遜を地で行くレンジであっても、最低限の羞恥心はあるのだ。自分が身内がらみで揶揄われるのが苦手である事を自覚しているのだ。だからといって下手な誤魔化しもアイリスを不安にさせるだけ。アイリスが記録さえ絡まなければ気遣いや気配りの出来る人(機械)であるとレンジは理解している。
(悪いことした訳じゃないし、ちょっとボカして素直に話すべきだろうさ)
実のところ多少の揶揄いが入っていたが、クレアに告げた「ずっと一緒にいて欲しい」という気持ちはレンジの本心だ。断じて嘘に塗れた虚言や打算的な妄言で言った訳ではない。嘘偽りが無いのなら堂々として入れば良いのだと開き直る。
「何・・・・俺が失言してクレアを怒らせちまってな。俺の気持ちを正直に伝えたらこうなった・・・・・以上だ」
「・・・・・・・なるほど。揶揄い混じりのマスターの本心を聞いたクレアの心が歓喜と羞恥心がごちゃ混ぜになってオーバフローを起こして現在に至る・・・・・という訳ですね?」
「だいたいあってらっしゃる」
(コイツは現場を見てきたように語りやがるな・・・・・流石は始原文明を創り上げた天才の傑作・・・・侮れんぜ)
アイリスの予測能力に舌を巻き、内心では愕然とするレンジであった・・・・・・・。
「クレア、俺はこれから風呂に入るが一緒に入るか?」
このままでは気まずくなるだけと考えたレンジは、クレアに顔を向けると空気を変えるべく強引に話題を切り替える。だがテンパっていたせいか、もっと恥ずかしい誤爆発言をしている事にも気づいていない。返事も待たず地下の出入り口へ歩き出す。
「ひゃぁああい」
それはクレアも同じであった。未だに冷めやらぬ頭で空返事をしつつもレンジの後に追従した。
レンジが自分の恥ずかしい発言に気付き赤面するのはクレアと脱衣所に入り、お互いに生まれたままの姿になってからだった。
◆
〇<神無川病院付近> 【天帝】シレン
時刻は早朝の七時半。俺は現在、母の入院している神無川病院近辺をうろついている。面会は九時からだからちょっとこの辺をふら付いて時間を潰しがてら病室に顔を出す予定だ。俺の・・・・・これまで脇目も振らずに駆け抜けてきた・・・・・蓄えてきた力が試される時は近い。
当然だが不安もある。だがそれ以上に高揚感のような不思議な感覚が全身を駆け巡っている。まるでゲームの大きなイベントや、宿敵との負けられない勝負の前のような感じがする。
「妙な感覚だが、気後れして震えあがってるよりはマシだろうさ・・・・・それにしても・・・・」
思い起こされるのは昨日の晩の出来事だ・・・・・。
昨夜はクレアと一緒に風呂に入る、同じ布団で就寝する。・・・・・・のダブルパンチのせいで煩悩が脳内を駆け巡り、血が頭に上った事で碌に眠れなかった。異形種になったんで眠れないからといって目の下に隈がある訳でも疲労が溜まってる訳でも無いが、妙な気疲れが残っているんだよなぁ・・・・・・。
睡眠を摂らなくても疲労が抜けるのはブラック企業に勤めている社畜なら喜ぶかもしれんが、俺は寝るときはしっかり寝たい派だ・・・・・・。買ったばかりの新作があると二徹くらいは普通にするけどな・・・・・・。白崎商会はホワイト企業なんで滅多に残業も無く、直近のイベントでもない限りは定時で帰れるのもゲーマー的にありがたい点だ。休職中の俺が言うのもなんだけどな。
(やはり母の件が片付いたら社長に頭を下げ正式に退職するべきだろう。社長夫妻には世話になったし、もう幾つかの企画を立ち上げてからだけどな・・・・・いや、そろそろエリカも企画を任せるべきかもしれん。案だけ出して押し付け・・・・・コホン、任せてみようかね。世間もきな臭くなってきたし、数年のうちに世界中にある火種は大火となり本格的な戦乱に包まれる日は近いはずだ)
ライゾウの情報だと『統一中華連合』も『新制ロシア連邦』も国民に強制調査を実地してジョブと種族を把握。徹底的に管理した上で適性のある・・・・・この場合は戦闘系統のジョブと種族を選択した国民を名ばかりの推奨の形をとりつつも、半ば強制的にダンジョンに送り込んでるみたいだからな。補足するなら一応は成人だけどな・・・・・流石に悪名高き両国も、それほど子供を死地へと送り込んで無いようだ。
連中の遣り口はムカつくが、国としては正しいと感じる。俺が国家元首なら、最低でも国民の種族とジョブを強制的に調査する位は行う。この国は愚かにもそれさえも行っていない。両国はこの変貌した地球でも強国であるための努力をしている。日本はその努力を行っていないなら、差は開く一方だ。
(この国は数年以内に侵略を受けるのは確実だろう・・・・・多くは気付いていても気付かない振りをしている)
この国には鉱物系と植物系のAランクダンジョンがある。それを攻略すれば資源不足の解消さえ可能なのに政府は失敗した場合の批判を恐れて及び腰だ。この国はある意味で資源大国といっても過言じゃない。十分に列強から狙われる要素があるが、政府も国民もそれを理解していない、いや・・・・・理解している者もいるが、目を逸らしている。
(この国が亡びる日も近いかもしれん)
強くなるため努力をした大国と、努力を怠った小国。どっちが勝つかなど子供でも分からぁ。侵略を受けた負けたら敗戦国なんざ戦勝国家のいいなりだ。国民はダンジョンという魔境へと駆り出されるか、搾取され朝貢国に成り下がるのがオチだろう。
(まぁ俺には関係ない事さ。俺を害すれば容赦しないが、俺と身内を害さない限りは勝手にやってればいい)
そうなる前に母を旅行に連れていくなり親孝行をしておきたい。クレアも誘って一緒なら母も喜ぶはずだしな。野郎と二人よりも女性が間にいた方が母も気楽だろう。
因みにクレアはまだ多少バグっているので家で作業をしている。母に今の自分を見せるのが恥ずかしいんだと言ってたな。よお分からんが、クレアの意思を尊重しようかね。
本日は快晴だし、実に過ごしやすい。散歩をしていても実に気分が良くなる。朝の鍛錬は日課だったが、このところは全然やってない・・・・・・代わりに修羅場へ行ってるけどよ。
「ガキの頃は時代錯誤で何の役に立つのか分からなかった鍛錬と技術がこのご時世に役立ち死線を超える助けになった・・・・・・人生ってのはホントに何があるか分からんな」
苦笑交じりの溜息を吐きつつも思い返すのはキツイ修行の数々だ。引き取られてから高校卒業までの十二年間。よく続けてこれたと今更ながらに思っちまう。
志波家家伝の武術は、実戦を想定した暗殺と隠密の複合技術。ガキの頃は親父に児童虐待といわれても可笑しくない程の鍛錬を積まされた。ハッキリ言って時代遅れ。この情報機器が発達した現代社会では無意味と化した技術も多いのが実情だ・・・・・・だがその技術はスキルと組み合わせればとんでもない効果を発揮する。そのおかげでここまで生き残れたのは確かだろう。
この点は親父に感謝しないといけないな・・・・・・酒に酔ってない親父は寡黙だったから、俺が礼を言ったところで「うむ」の一言で終わりだろうけどな。
俺も免許皆伝となり志波家の技術を受け継いだ以上。次世代にこの技術を残すのが役目かもしれんが、肝心の相手がいないからな。基本的な技術はともかく、秘伝とされている技術は志波家の人間以外は秘匿すべしって教わってるからな~。まぁどっかの漫画の修行みたいな荒行を、今どきの子供がやりたがるとは思えんが・・・・・・。
「兄貴っ!!」
道路を隔てた反対側の歩道橋から声が掛けられる。俺を兄貴と呼ぶ人間は一人しかいない。正確には二人いたが、最近その呼び方を卒業したからな。
「おうっ! 久しぶりだな、大地」
車の途切れたのを見計らい、大地は俺の歩道側に走ってくる。姉と同様、国内最高学府・帝都大学に進学し、確か来年には卒業だったはずだ。
(ここ数年は眼っきり会う機会が減ったが相変わらずのイケメンっぷりだ。あのゴリ・・・・無骨な人間からエリカみたいな美女や、コイツのような美男子が生まれてくるってのが未だに信じられんな。奥さんの血が濃いって事で納得しておこうかね)
大地は俺の傍まで来ると、軽く手を上げてニコッと微笑む。背も百八十以上あるし、容姿含めてモデルと言われても納得できる。見ればエリカも一緒だったらしい。大地の様に車道を突っ切るような真似をせず歩道橋を使ってゆっくりとこっちに向かってくるのが確認できる。
俺は久方ぶりにあった弟分を失礼にならない程度に観察する。
コイツの名は大地・・・・・・白崎大地。その名から分かる通り俺が勤めている会社、白崎商会社長・白崎大河の長男でありエリカの実弟だ。




