第231話 スキル付与
〇<ファーチェス>自宅 【天帝】シレン
「それでまたユニークモンスターと戦闘したんですか・・・・・シレン様は戦い過ぎです」
<龍機界>47層から飛ばされた顛末について説明を終えると、クレアは可哀そうな子でも見るような目で俺を見詰め、呆れ果てた様にそう告げた。
・・・・・・解せん。俺だって好き好んでユニークモンスターと戦闘した訳じゃねぇんだよ。文句なら俺じゃなく、悪質なトラップを設置した性格の悪いダンジョンクリエイターにでも言ってくれ。ダンジョンを作ったのが誰かなんて知らんから言い様も無いがな。
「ああ・・・・・そんでレベリングも済んだから、おっちゃんが武具の修繕が済み次第クエストに挑む」
「わかりました・・・・・レンジ様が決定されたなら何か言う気はありません。ですが、勝算はあるのでしょうか?」
心配そうに聞いてくるクレアに下手な嘘を付く気は無いので、正直に答える事にした。
「ああ・・・・勝算はかなり高いとみている」
「どうしてそう思われるのですか?」
「適当に言ってるんじゃないぞ? 二体のユニークモンスターがドンパチやってるのを遠巻きに観察していたんで手の内は分かったのが大きい」
「具体的なプランをお聞きしても?」
何時になくしつこいクレアだが、別に俺のやる事にケチをつけたい訳じゃないのは分かっている。俺の身を心配しての物だと判っているので不快感は無い。
「二体の実力は拮抗していた。まぁかなり長い間決着が着いてないなら当然だな。だが俺の見立てでは骨の龍・・・・・ルデオプルーチが若干優勢のように感じた。連中は大技があるが、使用した後は隙を晒すようでな・・・・・両者が大技を撃ち合って無防備なところを一気に距離を詰め、機械甲虫ドレッドノートに強襲を掛けるつもりだ」
「危険は少ないと理解してよろしいのでしょうか?」
「あくまでも現時点で・・・・・と付くがな。敵さん達に隠してる手札が有れば戦況は簡単に逆転される。そうなったら安全第一で即撤退だ」
そもそも命懸けの鉄火場に飛び込んで絶対安心なんて補償がありゃ苦労はしない。俺としても無駄死にする気は無いんで、ヤバくなったら撤退するしな。たとえ失敗しても命さえ失わなけりゃ再挑戦すればいい。死んだら再挑戦の機会さえ無くなるんでな。ここは一つクレバーに行こうじゃないの。
「仮定の話しをしても意味が無いですが、もし・・・・失敗したら」
恐る恐る訊ねてくるクレアに・・・・・・。
「失敗しても諦める気は無い。ギルドで聞いたが、エリクサーの入手情報は無いらしい。銀骸骨に聞いたが<龍機界>でエリクサーがドロップした例は無いそうだ。難易度が高くとも運に頼るよりはマシだからな」
諦める気は無いと宣言する。ぶっちゃけ物欲センサーが働きまくってる最中だから、母が死にでもしない限りどれだけ探索で頑張っても空振りで終わる気がする。冗談でも母が死ぬなんて縁起でも無いんでこれ以上考えんがな。
「で・・・・・だ。諦める気は無いが、成功するなら一発で成功した方がイイに決まってる。成功確率を少しでも上げるために武具にスキルを付与して欲しい」
俺はこれまで手に入れて死蔵していた完全な球体の魔玉を取り出すと、クレアの前において頭を下げる。
「分かりました・・・・・レンジ様の望みを叶えるため微力ながらお力添えいたします」
俺が翻意する気が無いのはもう悟っているんだろう。何か言いたげだったが、結局何も言わずに了承してくれた。
俺はクレアに付与して欲しいスキルを告げ、今後の行動について擦り合わせを始めた。
これまで一度も装備にスキルを付与したことは無い。何故か? 一つは信用できる【錬金術師】に知り合いがいなかったから。二つは失敗した場合のリスクが厄介だったからだ。
因みに【錬金術】である以上は数式が絡んでくる。エンチャントの数式はこの様になっている。
—――『(DEXの数値を付与するスキルの難易度によって置き換えた数値)?×錬金術のスキルレベル÷100の確率で成功・・・・・・失敗した場合は装備の性能や元々のスキルが劣化・消滅する』
付与できるスキルは選択式で、錬金術師のスキルレベルと魔玉のランクによって選択できるスキルが提示される。当然ながら高ランクの魔玉で開放されるスキルは熟練の錬金術師でも成功率がかなり低いらしい。
ランク9で現れる魔玉のスキルは成功率一割以下とおっちゃんが言ってたな。怖い顔で『間違っても俺の武具を博打に使うんじゃねぇぞ?』と脅された。おっちゃんからすれば丹精込めて作った武具が劣化するのが耐えられないんだろう。
捕捉するなら高ランクの魔玉を触媒に低ランクで現れるスキルを付与すると成功率にブーストが掛かる仕様らしい。だがクレアの【数式改竄】を使えば・・・・・。
—――『(DEXの数値を付与するスキルの難易度によって置き換えた数値)10×錬金術のスキルレベル10÷1の確率で成功』
・・・・・成功率は百パーセントになる。
今回俺が選択するスキルは≪HP激増≫≪切れ味激増≫≪敏捷激増≫≪物理・魔法耐性強化≫≪クールタイム激減≫≪魔法剣超強化≫≪筋力激増≫となる。どれも成功率がかなり渋く、通常なら付与するのにリスクしかない。だがクレアの力を借りれば問題無い。
(このスキルが付与された装備はどれもオークションに掛けられてもおかしくないらしいしな。まぁ効果を見れば納得だけどさ・・・・・)
レアスキルが付いた武具はオークションでも目玉にされるのはどの世界も同じらしいな。ゲームだと競り落とした奴を狙ってPKが発生するのがお約束だし、剣鬼はそもそもオークションなんて平和な概念は無い。あそこは欲しけりゃ奪えが原則だからな。
そういや・・・・クレアの装備も新調した方がイイかもな。おっちゃんに相談してみるか。
「このシステムは武具の成長や強化は無いみたいだからな。・・・・・基本的に前の武具は予備武器か売り払うもんらしいし・・・・・聞いときゃよかったなぁ・・・・・ああ、アイリスなら知ってるか。戻ったら聞いてみよう」
「どうされたんですか?」
おっと、どうやら気になったんで口から洩れてたみたいだ。隠す事でも無いからいいけどな。
「なに・・・・・ウルドのおっちゃんが【鍛冶王】になったんで、何が出来るか聞いときゃよかったなって話しさ。与太話ばっかりで肝心な事を聞きそびれたんだから抜けてるよな?」
「フフフ・・・・・レンジ様は色々と考える事が多すぎるんですよ? お母様を助け終わったらゆっくり休んでくださいね」
「オウともさっ! 地球もきな臭くなってくるだろうからゆっくりって訳にゃあいかんだろう。だけど少しはのんびりと過ごすさ。ここまでなりふり構わず突っ走ってきたからな。一度立ち止まってゆっくりするのも悪くない。クレアはどうする?」
「あの・・・・・どうするとは?」
俺の言ってる意味が本当に分からないのかキョトンとしてるな。そんなに変な事でも言ったかね?
「いや・・・・クレアも【錬金王】・・・・トップジョブを得ただろ? 自分の好きなように生きていけるんだ。俺に遠慮なんてせずに好きなように生きていいんだぞっふっ!?」
変な声が漏れたのはクレアが俺の頬を引っ張っているからだ。おかげで変な声が出ちまったよ。つーかクレアさん、何か怒ってないですか? 何時までも頬を引っ張られると話が出来ないんで話して欲しいんですがね?
「私はレンジ様のモノです。私の生はレンジ様と共にあります。もし私がお邪魔の様なら今すぐに自分で首を刎ねます」
その瞳は恐ろしいほどに純粋でありながら、物騒な光を宿していた。地雷を踏んじゃったかね?
(クレアと喧嘩しても百害あって一利なし・・・・・か。俺の発言が無神経だったのが悪いし、サッサと謝ろう)
速攻で逃げを打つのに恥も躊躇いも無し。キレた女は関わらないか謝るに限る。
「・・・・・・・悪かった。俺がクレアを無理に縛り付けてるんじゃないかと思って心配だったんだ。何分他人と関わるのを最小どころか最低にして生きてきたんでな。決して悪気があった訳じゃない」
取り敢えずは謝罪して反応を窺う・・・・・少しは機嫌が直ったか?もう一息ってとこだ。
「もちろんクレアが一緒にいてくれるなら俺も嬉しいからな。クレアさえよければずっと一緒にいてくれ。それと・・・・・・今日は一緒に寝ようか?」
コッソリと後ろに回りクレアの耳元に優しく囁く。
「にふゅっ!!」
愛の告白のような言葉に妙な奇声を上げ、手で顔を覆ってしまうクレアさん。手の隙間から真っ赤になった顔とにやけた表情が丸見えでっせ!?
(指摘したら我が家が倒壊するかもしれんので断じてツッコまないがな…‥怒りからではなく恥ずかしくて魔物を暴走させる可能性を考えないといけないなんてギャグみたいだな話しだけどさ)
放心して意識が何処かに行ったクレアは放置の一択だ。下手に突いて何かあると困るしな。
クレアの魔物軍団が全力を出したらファーチェスでも落とせそうなんで、クレアの扱いは要注意が必要ですわ。今も部屋の隅で糸の玉をペシペシと引っ搔いてる子猫——我が家の愛猫ミケがいい例だろう。
(さっきから気になってるのはミケの事だ。明かに纏うオーラが違うし・・・・ガイアの新スキルで進化させたのかな?)
子猫の外見は変っていないが、三毛猫の毛並みに蒼色が混じったような独特の色合いに変わっている。尻尾も猫又のような二股から普通の猫の尻尾に変わっている。
『みぃっ!!』
俺の視線に気づいたのか前脚を上げてアピールしてくる・・・・・愛いヤツよのぉ。ホレっ! ナマリブシでも食うか?
『うみゃみゃぁ!!』
俺の投げたナマリ節に飛びつかんばかりの勢いで齧り付いている。魔物でもネコ科なんだろうかね?
(≪看破≫でステータスを確認してみよう・・・・・・・『蒼光舞小猫』・・・・・ね。ランク5の魔物で・・・・・ステータスにばらつきがあるな。魔法タイプか?)
地球におけるクレアの護衛にはちょうどいいかもしれんな。街中で戦術機に乗る訳にもいかんしな。体毛の色を除けば子猫にしか見えんのもプラスだ。
アイリスを護衛に付ける選択肢はもっと無い。アイツは戦闘とモノづくりに関して暴走癖こそあれ超一流なのは認める・・・・・・だがアイリスの存在は戦術機以上のイレギュラーだ。
「始原の知識と今回の盗掘で神代の技術の一端を記録した・・・・・その価値は計り知れん」
もし地球の権力者がその価値を知れば、何としてでも欲する。俺の平和のためにも絶対に知られる訳にはいかん。それ以前に俺の手に入れた物を奪うって行為が気に喰わんしな。
(アイリスにも護衛・・・・は目立つし、直ぐに展開できる戦力なり武装を用意しておくべきかもしれんな)
アイリス個人の戦闘力は決して高くない。膨大な記録や戦術AIによって戦闘技術は高いが、肉体・・・・・っていうか機械だが、性能はDEXなどの生産職寄りで身体ステータスは低い部類だ。重火器で撃たれれば大破するほどに・・・・・。これまでの戦果はあくまでも戦術機に搭乗している状態だしな。
「アイリスにも戦術機以外で俺が不在の場合の自衛手段を持たせておくべきかもしれんな。素材を提供するんで自分用の武装を用意して貰おう」
「ミケ、地球でのクレアの護衛は任せるぞっ!」
「みゃっ!! ミャ~あっ!!」
猫語は知らんが『任せろ』と了承したと見てイイだろう。勇ましく鳴いたつもりだろうが、ナマリ節の食べかすが頬に付いてるから愛らしさしかないのが微笑ましいが・・・・・。
(それと我が家の防衛も考えないといかんな・・・・・・目立たず強い魔物がいいんだが・・・・・・地球だと猫と双璧を成すペットの犬が良いかもしれん)
俺は猫も好きだが犬も好きだ。『ヘルハウンド』や『グレイシャー・ウルフ』辺りを近隣に放すのも有りだな。
そうと決まれば善は急げ・・・・・・こっちにいて余計なトラブルは御免だし、武具の修繕が済むまではクエストに挑めん。地球で時間を潰そう。冒険に行くとまたトラブルに巻き込まれる哀しい予感がするしな。
「クレア、何時まで呆けてるんだ? 一旦地球に帰るぞ?」
「ひゃ、ひゃい。分りますた」
未だに真っ赤な顔をしてフラフラ立ち上がったクレアさんを見ると、からかい過ぎたと反省しましたよ。




