第227話 ユニーク素材
〇<ウルド武具店>
レンジがダンジョンで過ごしたのは数日だ。しかし、その時間の大半は戦闘がほとんど占めている。必然的に武具の耐久値の消耗も大きい。
———当然ながら買ったばかりの武具でもボロボロになるのも早い。そして武具を粗っぽく使うとお怒りになる人物がいる。
「この・・・・・・バッキャローがッ!!!」
ウルドの雷が落ち怒鳴り声が工房を抜けて店一杯に響き渡る。怒りから木製のテーブルに拳を叩きつけたせいで、真ん中が凹み罅が入ってしまう。
「おっちゃん・・・・・物は大事に扱えよ、ブッ!!」
「テメーが言うなっ!! この大馬鹿野郎がっ!! この武具の消耗を見てみろっ!! 一か月戦い詰めでもここまでボロボロにならねぇぞ? ええおいっ!!」
飛び上がったウルドの鉄拳が見事に突き刺さり、レンジの脳天を揺らす。確かにウルドの意見は正論だ。数日で武具をボロボロにしたレンジに物を大切にする精神を説かれても説得力は皆無。
だがウルドの基準はあくまでも一般的な冒険者を例にして・・・・・だ。
通常の冒険者はダンジョンで戦闘にそこまでの比重は置かない。冒険者にとって魔物と戦うのは討伐系の依頼以外では仕方がない場合が大半だ。魔物との戦闘は命を危険に晒すだけでなく武具を消耗させアイテムを消費する。そうなれば装備の修繕や消耗品の購入で出費が嵩む。
冒険者の稼ぎの大半は、そういった必要経費で消えていくのだ。無駄な消耗を避け経費を節約する傾向が強くなるのも必然と言える。
故にレンジの様にレベリングのためだけにダンジョンに籠るというのは、この大陸の人間にとっては正気を疑われてもおかしくない狂気の沙汰だ。この世界の人間にとってダンジョンは、希少なアイテムや素材の採取・採掘場所という印象なのだ。
そんな認識のこの大陸の常識に当て嵌めれば、ダンジョンにおける活動は拠点の確保をして探索・採取・採掘に休息が全体の七~八割。全体から見れば戦闘は一~二割程でしかない。三割を超えれば充分に戦闘狂扱いだ。それも無駄な消耗を避ける為、出会った魔物全てと戦う訳では無い。
休みも無くぶっ通しで戦闘を行い、遭遇・襲撃を行った魔物全てを殲滅。同時に探索・採取・採掘を行うレンジは狂人を通り越した得体の知れない何かといっても過言ではない。
ゲームでのレンジが正にそのスタイルだが、仮想世界と違い肉体的な疲労がある現実において何故同じ振る舞いが出来るのか? それはレンジの種族が影響している。
異形種になってからのレンジは疲労の回復が早く、悪魔種の特性で夜もほとんど寝なくても済む。≪超速再生≫で並大抵の負傷・重傷は瞬く間に修復され通常のジョブでは得られないパッシブスキル≪HP回復速度上昇≫≪MP回復速度上昇≫の恩恵で継戦能力も高い。
また本来なら斥候系統のジョブ持ちがダンジョン探索には必須だが。進化の過程で選択した『シャドウデーモン』の特性が斥候系統のスキルの代用となったのでその問題もクリアできた。
今の現状はレンジの才能と実力の結果だが、運に恵まれた部分もかなりあるのは確かだろう。
他の冒険者と共に行動すればレンジも自分の異常さを理解したはずだ。だがレンジが冒険を共にしたのはクレアとアイリスだけ。クレアは≪月下美刃≫のメンバーと一緒になった事があるが、レンジを基準にしているため。冒険者にとっての普通を温いと感じるほど感覚がズレてしまっている。
この事は幸か不幸かは誰にも分からないだろう。レンジも自分がズレていると分かっても、迷惑を掛けていない限り行動を改めはしないはずだ。
「おめぇの奇行に今更何か言う気はねぇ。だが今回は一体何したんだ? この消耗は尋常じゃねぇ」
ウルドは激竜剣・獄を鞘から抜き放ち、僅かに欠けている刀身を指さしながらレンジに訊ねる。
(<龍機界>で入手した素材で武具を作って貰いたいし、あのダンジョンの素材はこの辺では入手できないから直ぐバレる。口止めをした上である程度は正直に話すのがベストだろう)
レンジは虚実を混ぜて誤魔化すかどうかを素早く計算する。その時間は僅か数秒。結局はある程度の真実を告げることにした。
「おっちゃん・・・・・これは絶対に口外しないで欲しい。約束してくれるんなら話す」
「・・・・・俺は【探偵】じゃねぇし、人の秘密を吹聴する趣味もねぇ。恩のあるオメェが黙っていて欲しいんなら絶対に口外しねぇさ」
ふざけた雰囲気を一切消し低い声で恫喝する様に念押しするレンジにウルドは一瞬ビクッとしたが、レンジの表情が真剣なのを感じ取ったのか神妙な顔で重く頷いた。
「俺は<バリアン湿地帯>の中心部で未発見のダンジョンを見つけた。で、中を探索してみたらヤバい魔物で溢れていた。恐らくはAランクダンジョンだろう」
この世界の住人にステータスウインドウが出せないのは調査済みだ。故に<龍機界>と言わず、Aランクダンジョンとだけ告げた。レンジの口から出た言葉にウルドは驚愕に目を見開く。
「アンデッドや機械系の魔物が多数出現するダンジョンだ。そんでそこに籠って二~三日戦い続きだった所に転移トラップに掛って飛ばされた先で、ユニークモンスターと殺り合って死闘の末に勝った。これが証拠な」
そういって【貪食咆砲 ベルベムラン】を取り出すと、木製のテーブルの上に置く。ウルドは暫し放心していたが、目の前に置かれた【貪食咆砲】に手を伸ばすと「触っていいか?」とばかりに目配せする。レンジが頷いたのを確認し、恐る恐る手に取った。
「師匠の下にユニーク素材が持ち込まれたのを見た事があるが、ソレを見た時と同じ感じだ。それ以前に俺の≪鑑定≫にも≪審美眼≫でも情報が開示されない。確かにコイツはユニーク武具なんだろう」
(ユニーク素材? 聞いた事が無いな)
「ん? ああ、ユニークモンスターは討伐してもユニーク武具しか入手できないってのは知ってるよな?」
「ああ、最初にギルドで受付嬢から聞いたよ」
「そうか・・・・・・お前はコレとスタンピード・・・・・ああ、その前に<竜の巣>もあるか。俺が知る限りこれも含めて四つのユニーク武具を持ってるよな?」
「ああ」
「武具の詳細を聞くつもりはねぇが、どんな武具になるか自分じゃ選べねぇだろ?」
「ああ・・・・・俺が入手したのは強力だが使い勝手が悪いのが多いし、装備の種類もバラバラだ」
ウルドの問いに軽く頷き肯定を示す。
大剣のグラム。外套のエンセリアボルト。試験管のデスウイルス。バズーカ砲のベルベムラン。見事といっていい程に統一性が無い。レンジとしては防具が欲しいと思っているのだが、物欲センサーのせいか手に入るのは癖の強い武器ばかりだ。
「で、物凄く稀な確率だがユニークモンスター討伐の際に武具じゃなくて討伐したユニークモンスターの力を秘めた素材が手に入る事があるみたいなんだ。通常ならどんな武具が入るかは選べないらしいんだが、加工した師匠曰くどんな形状の武具にするか選べるらしいぜ」
「何とも羨ましい話しだな。で? 当然加工は滅茶苦茶難しいとかそんなオチだろ?」
「オウともさ、師匠は全身鎧を作ったんだが、珍しく加工が難しいってぼやいてたな。何でも『少しでもミスると出来上がった際の性能やスキルが劣化する』って言ってたな。そんで、これはトップジョブじゃ無けりゃ完全な加工はキツイ。素材を台無しにして恥を掻きたくなけりゃ間違っても手を出すんじゃねぇぞっ・・・・・て怖い顔で俺たち弟子を集めて教えてくれた」
(ユニーク素材はトップジョブの生産職に知り合いがいると解禁されるのかね? それだと弱いな。一定以上の実力に達した生産職と友誼を結んだ・・・・ってとこか)
失敗のリスクが在れど自分の望む形状の装備を作れるメリットは大きい。だがこれは既にユニーク武具を複数獲得したからこその考えだ。
通常ならユニーク素材獲得以前に、まずユニークモンスターの討伐で最大戦功獲得者に選ばれる事自体が難しい。確実な方法はソロで討伐する事だが、この世界の人間のユニークモンスターに対する方針は基本放置なのだ。討伐隊が編成されるのは危険度の高い一部が大半だ。
普通の冒険者にとってユニーク武具は手に届かない高嶺の花。ユニーク武具は確かな実力を備えた一流以上の実力者が幸運に恵まれて入手できる代物なのである。
それがユニーク武具獲得者が一目置かれる一因になっており。燻っている者達から嫉妬ややっかみの対象にされがちなのだ。
ジークやフギンギルド長のように誰もが納得する実績があればまだしも、レンジのようなポッと出が獲得したことに納得できずに絡む愚か者も存在するのである。
「もしユニーク素材を手に入れたらおっちゃんのとこに持って来るから加工してくれよ?」
「・・・・・おいおい。確かに俺は【鍛冶王】に就いた。だが今の俺の実力はユニーク素材を加工した師匠に劣っている。失敗して貴重な素材を無駄にするかも知れねぇんだぜ?」
「悔しいけどな」と口では言っているが、二ヤけそうになっているのが口元がピクついているので簡単に分かってしまう。
「おっちゃんは今の自分の実力って言ったよな? 今は劣っていてもいつまでも劣ってる気は無い。頑張って師匠を超える気なんだろ? だったらちょうどいい目標が出来たじゃねぇか。俺の勘だがユニーク素材は、獲得者が実力のある生産職と懇意にして無いと顕れないはずだ」
その言葉にウルドは顔を驚愕させ瞳を大きく見開いた。考えたことも無かったといった顔をしている。
「俺が鍛冶を任せるのはおっちゃんしかいないと思ってる。もし俺がユニーク素材を獲得したらおっちゃんの実力が、このセカイに認められたって事になるんじゃないか。おっちゃんの師匠はユニーク素材を扱って見事にユニーク武具を創り上げたんだろ? 少なくとも師匠越えの目標の一つにしたらどうだ?」
ハッとしたような顔をして、少しの間俯き何事か考えている。やがて顔を上げると徐に口を開く。その表情は真剣そのもの、これから決闘に向かう武芸者のような気迫が溢れている。
「・・・・・・さっきも言ったが貴重な素材が駄目になる可能性があるんだぞ?」
「そうなったらそうなったまでの事だ。確かに素材は惜しいが、後生大事に仕舞っておくもんでもないだろ? 失敗したなら俺はその素材と縁が無かっただけさね・・・・・」
貴重な素材をつぎ込んで駄目になったケースなど数えきれないほど経験がある。そういった時は割り切り、サッサと気分を切り替えるのが最善とレンジは学んでいた。
それとウルドから感じる躊躇いのような物の正体。素材を預かって「失敗したら申し訳ない」という心情からのモノである事も理解していた。
こういった場合の焚き付けや挑発じみた煽りもレンジは心得ている。立ち上がりウルドを見下す様な体勢で言葉を続ける。
「・・・・・・後はへっぽこ鍛冶師に任せた俺に見る目が無かっただけさ。少なくとも失敗を恐れて高みがあるのに怖気づく雑魚に任せるべきじゃなかったんだろうよ」
侮蔑の念を込めてそう言い放つ。
仮にも目上でトップジョブに到達した漢に言うべき台詞ではないかもしれない。だが目指すべき高みがあるのに、失敗を恐れて怖気づく情けない漢に、自分の命を預ける武具の作製を任せたくないのがレンジの本心だ。
ウルドがそこらにいる無難な鍛冶師を目標にしているならこんな言葉は言わなかっただろう。だがウルドはレンジの前で最高の鍛冶師を目指すと明言している。
最高の鍛冶師とはそれ即ち鍛冶師の頂点。それを目指す漢がユニーク武具の作製程度で怖気づくなどあってはならないと思ったからこそ辛辣に言い放った。
自分より目下のガキに上から目線で挑発され、それでもまだ尻込みするならユニーク素材を入手しても決して渡さないと決めて・・・・・。
「ふん・・・・・誰がビビってるって? 俺が失敗? するわきゃねぇだろうがっ!! 俺が言いたいのは、オメェが最高の鍛冶師である俺の創った武具に見合うかどうか不安だって事だっ!! 創ってやったはいいが、直ぐに死なれちゃ俺の腕と信用に関わるんだよっ!!」
だがウルドはレンジの期待を裏切らなかった。顔を真っ赤にして大口を開けながら自分が目指す高みを・・・・・・理想を目指すと断言した。
早口だったせいで機関銃のように唾が飛んでレンジの顔に付着するのはご愛敬だろう。
「だったら精々腕を磨いてくれよ? 今回もユニーク素材が出なかったって事は、おっちゃんの腕が基準に達してないって事なんだぜ?」
レンジはニヤりと薄っぺらい笑みを張り付け揶揄う様に煽るが、本心から嬉しいのだ。見込んだ男が自分を曲げなかったのだから・・・・・・。ウルドもそれは同じ。レンジと似たような笑みを張り付けると、高らかに煽り返す。
「抜かせっ!! 俺の腕が基準に届いてねぇんじゃねぇっ! ユニークモンスターのランクが俺の腕に見合ってねぇんだ。俺に創って欲しけりゃ【神話級】でも討伐してくるんだな」
ウルドのセリフをこの大陸に住まう者が聞いたら呆れ果てるだろう。
【神話級】のユニーク武具を神器とも呼称され、所持している者はこの大陸全土を見回しても数人しかいない。より正確には所持しているのを周知され、把握されているのは一人しかいない。その一人こそ冒険者ギルド総長アーク・ギアだ。
その武具の銘は【森羅神弓 ユグドラシアス】。全盛期のアークと数十人の戦闘系トップジョブに加え数百人単位のパーティーの共闘により、ようやく討伐した怪物だった。討伐が終わった時、生き残った者はアークを含めて五十人に満たなかった事もアークが伝説の冒険者と称えられる一因だ。
【神話級】を討伐してこいなど、無理難題を超えた不可能・・・・・いや、禁忌事項といってもいいだろう。
大陸史を紐解けば【神話級】を討伐した例は・・・・・・ある。だがそれは先に挙げた【森羅侵掌 ユグドラシアス】のように人界に害を成さんとしたモノたちだけ。
ダンジョン内ならともかく、人界に害を成す意思のない【神話級】に手を出すのは触らぬ神に祟りなし。下手に怒りを買えばどんな被害が出るか分からないので第一級禁忌事項とされている。
「【神話級】が俺にビビって逃げなけりゃ討伐してきてやるよ」
その時の二人の表情はとても似通っていた。この二人は案外似た者同士かも知れない。
レンジはウルドに武具の修繕を頼むと、消耗品を購入すべく冒険者ギルドに向かった。




