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第225話 死者の王


 〇<デスコロッセオ>


 アナウンスが終了すると、レンジの手元には獣の骨を組み上げた重火器のような武具が顕れる。砲口に当たる部分には、牙が幾つも並び獣の口の様に見えなくもない。後はグリップの部分が漆黒の毛皮で覆われているのが特徴と言えば特徴だ。


 レンジは新たに手に入れた【吸呑砲 ベルベムラン】をゆっくりと眺めたいところだが、生憎と鉄火場は終わっていない。レンジの放った魔法の余波だけでゾンビ共は消滅した。だが玉座一帯はアーチワイズマンが張ったと思われる結界により、余波とは云えど破壊の痕跡は一切見当たらない。


 現に玉座よりデスロード・エクリプスは冷然とレンジを見下ろしている。だが死闘開始直後と決定的に違うのは、レンジを見ている眼光だ。


(生贄として見下しきっていた面に感情が乗ってるぜ? 黙って食われる獲物じゃないって理解できたか骸骨の親玉さんよ!?)


 そう・・・・・デスロードはレンジを自らを脅かす敵として定めていた。彼こそがこの<龍機界>最終階層のボス。より正しくは彼ら、であるのだが・・・・・・。


 開始前はダラダラと口上を垂れ流していたのにダンマリを決め込んでいるのが気に喰わなかったので、レンジは挑発を試みた。


「さて、哀れな生贄君が何故か勝っちゃいまちたね~? お次は猿山の大将が玉座から降りて相手してくれんのかい? おっと~、王様は戦う事なんて出来ないか~!! もし俺と戦うのが怖いんならお傍にいる骸骨君と魔術師君と一緒でもいいんでちゅがね~」


 人語を喋っていたからこちらの言葉が通じると考えたが、どうやら間違ってなかったようだ。その証拠に金色骸骨は腰に凪いでいる大剣の柄に手を掛け。銀色骸骨は両手に持っている長杖を構えている。


(ボスが侮辱混じりの挑発をされてお怒りですってか? 連戦はキツイが、俺にはまだ切り札はある。もし戦闘に突入したら初手でぶっ放すまでだ)


 レンジも決して余裕がある訳では無い。分身≪ミラージュファントム≫の効果は間もなく切れる。そうなると、あるデメリットを負うことになる。出来ればさっさと帰りたいのが本音だが、どうやってここから元の場所に戻れるのか分からない。相手が向かってくる以上、戦って血路を切り開くしかないのだ。


 身構えていると、デスロードが玉座から立ち上がった。「やっぱり連戦か?」とレンジは全身に魔力を張り巡らせるが、デスロードの口から発せられた言葉は制止だった。


『マリナス、ウインディ・・・・・止めよ』


『へ、陛下』


『し、しかしアノ下賤な輩の言動は、陛下に対し余りに無礼かつ不遜で・・・・・』


 両者ともに主に異を唱える事が不敬であると理解している。だが、それ以上に不敬な言動をする輩を掣肘せんと言葉を連ねようとするが・・・・・・。


『余に同じ言葉を繰り返させるか?』


 その声は決して大きくないが、他者を圧倒する圧力の様なモノを秘めている。金色骸骨・マリナスと銀色骸骨・ウインディを続く一言で黙らせた。


『『失礼いたしました。お許しください』』


 両者は謝罪を口にすると、両手を後ろで組み玉座の下で直立不動の姿勢で控える。


 

『其処の者よ・・・・・我に対し名乗る事を許す』


「俺の国じゃ人に名乗らせるなら、まず自分の名前から名乗るのが礼儀だっ。名乗って欲しけりゃテメーから名乗りな」


『ぶ、無礼者っ!!』

『陛下の御前の其の暴言。先ほどは抑えたがもう許さぬ』


 レンジの傲岸不遜な物言いに激高してマリナスは剣を抜き放ち、ウインディの全身を闇色のオーラが包み込んだ。それを見てレンジは冷笑を浮かべ更に煽る言葉を口にする。


「はっ!! 臨戦態勢ってか? 断る前にサッサと掛かってこいやっ! 見かけ倒しの骸骨共がっ!! 俺はそこの骸骨の部下でも臣下でもない。それ以前に恩義もねぇんだ。偉そうな態度を取られる覚えもねぇんだよっ!?」


 レンジはデスロードに仕えている訳では無い。それ以前に貸しも無ければ借りも無い。命令される覚えも無ければ、偉ぶられる覚えも無いのだ。


 これが地球で相手が権力者であれば見せかけでも礼節を守るだろう。しかし、次の瞬間に殺し合うかもしれない相手に遜る必要性を認めていないのだ。


 レンジの挑発に我慢の限界が来たのか、マリナスは飛び掛かろう脚に力を込める。だが、又もやデスロードから待ったが掛かる。


『もう一度言う、止めよ』


 再びの制止にビクッと身を竦ませ、片や剣を仕舞い。片や魔力のオーラを消し去る。だが不満そうな感情が伝わってくる。王の命令に対してではなく、王の眼前で不遜な態度のレンジを殺せない事に対してだろうが。


 挑発とそんな二人を眺め、クククと愉快そうに笑いながら再度レンジに向き直った。


『それが其の方の国の礼儀ならば余もそれに倣うとしよう。我が名はモルディアス・エルミス・ドミニオン。死を司る『デスロード・エクリプス』・・・・・・アンデッド最上位種にして王である』


 決して大きくは無いが、威厳に満ちた名乗り。


「我が名はシレン。この<龍機界>を探索しに来た人間種の冒険者だ」


 別に相手に名乗られたからと自分が名乗り返さなくてもどうでもいい事だが、先に名乗れといった手前、名乗り返さないのはカッコ悪いと思い名を告げる。種族だけは偽ったが・・・・・。


 デスロードは眼・・・・・髑髏に眼球は無いので、朱く灯った灯をスッと細めた。


「貴様・・・・・人間種に見えるが、人間種では無いな? 我が目は真実を見抜く。貴様からは我らと同じ・・・・・高位の魔物の気配がする」


「俺が何者かなんざどうでもいいだろ? 人間だろうが魔物だろうが、俺はお前の命を脅かすものだ・・・・・・そんで俺が聞きたいのは挨拶でもお前さんの名前でもない。いま此処で俺と殺り合うか殺り合わないのかどっちだって事だけだっ」


 レンジの傲慢ともいえる態度に再度マリナスとウインディから剣呑な雰囲気が漂うが、学習したのか言葉はおろか行動に表すことも無かった。それはレンジの行動を許容したのではなく、デスロードが愉快気に嗤っているからかもしれないが・・・・・。


「なるほどなるほど。確かに貴様が人間だろうが魔物だろうが、生者である以上は不死者である我らとは相容れぬ。どのみち殺し合うなら貴様が何者だろうと、どうでもいい事かも知れんなぁ」


 クックックッと楽し気に嗤うデスロードに対し、レンジは肩を竦める。


「此処で貴様と死合を楽しむのも一興やもしれんが・・・・・・・この場で余は戦闘をする気は皆無だ・・・・・闘技場とは奴隷が足掻く場であり王たる余が戦う場ではない」


「そうかい・・・・・余力があるが、俺が一戦したのは視ての通り事実だ。それなりに消耗もしてるし、俺を殺す絶好の好機だぜ?」


 その言葉に内心でホッと一息つくが、決して油断しないし気を抜かない。人型で人語を操る魔物は罠や策略など搦手も使ってくると入手した情報にあったからだ。今の発言は自分の油断を誘うためのブラフである可能性もある以上、ただでさえ一戦交えて消耗した後。油断など出来ようはずもない。


 それにレンジが逆の立場なら、自分を脅かすだろう存在が弱っている好機が目も前にあるなら即座に仕掛けている。


 ———少しでも勝率を上げ確実に敵を始末できる好機を逃さない。


(もし俺を本気で殺す気なら、ベムベムランとの戦闘の最中に仕掛ける選択も出来たはずだ。だがデスロードたちは仕掛けて来なかった。仕掛けるなら何度も好機があったのに・・・・・・だ)


 それが「この場では戦闘をしない」という証左であるが、あくまでも・・・・・だ。レンジが警戒を解いたと見るや、前言を翻し攻撃してくる可能性は決してゼロにならない。


 レンジはベルベムランだけでなく、デスロードたちの動きにも注意を払っていた。最初はレンジを侮っていたが、戦闘を経るにつれ警戒するような雰囲気に変化したのを敏感に察していたからだ。


 だからこそレンジは広範囲に注意を向けて決してデスロードたちへの警戒を解かなかった。油断大敵という言葉がある様に、意識していない場所からの不意打ちがどれほど恐ろしいかを知っているが故に。


(決闘の美意識は理解しているし、ゲームならこういった場合に不意打ちを仕掛けるのは好きじゃない。だが・・・・・・)


 死んだら終わりの弱肉強食の世界。人間ならまだしも、実力が拮抗した魔物相手に手を抜く舐めプじみた真似をするような余裕はレンジには無い。


「もし余と戦いたいのならこのダンジョンの最終階層・・・・・80層に訊ねてくるとよい。もっとも、その程度の実力で辿り着けるかは微妙だがな」


「おいおい・・・・・アンタの目は真実を見抜くんじゃないのか? あの程度の戦闘で俺の実力が分かった気になってるんなら大したことないな。知ったかぶって適当な発言をするとお里が知れるぜ?」


 挑発に挑発で返したことで場の空気が一気に凍り付いたように冷たくなる。マリナスは剣を抜き放たんと柄に手を伸ばすが、レンジの挑発は終わっていない。


「俺はわざわざアンタのとこに行く必要もない。ユニークモンスターに至れない輩なんぞ討伐しても魅力も無いんでな。ダンジョンを制覇した名誉なんてのも俺に取っちゃ無価値だ。アンタのとこまで辿り着いてアンタ・・・・この場合はアンタらか。討伐したとして俺に得でもあんのかい?」


 嘲笑を浮かべながら再度の挑発。暗に「ユニークモンスターに至れない奴なんざその程度だろ? ユニーク武具も手に入らないんじゃ価値ねーじゃん!?」と侮辱している。


 レンジは激竜剣・獄を抜き放つと一閃する。途端に金属を激しくぶつけ合った時のような甲高い音が鳴り響く。音の正体はマリナスが凪ぐ大剣が激竜剣とぶつかり合った音。マリナスが一瞬で距離を詰め、レンジへと斬りかかったのだ。


『先ほどからの度重なる狼藉の数々。これ以上は陛下が許そうが、近衛たる我が許さぬっ!!』


 これまで我慢してきたマリナスだったが、主君を侮辱する数々の言動に頭に血が上っているようだ。マリナスも骸骨なので血など無いため例えであるが・・・・・・。


「フンッ!」


 その的外れな言葉に鼻先で嗤うと、大剣に力を込めていく。すると拮抗して両者の中間で止まっていた大剣は、徐々に押され始める。レンジではなくマリナスの方向に・・・・・・。


『グゥゥゥッ!! に、人間風情がっ!!』


 矮小な人間に力負けしている現実を受け入れられず吼えるが、ただの負け惜しみでしかない。それを聞いたレンジの冷笑がさらに深まる。


「その人間風情に力で押されてるんだぜ? 威勢よく斬りかかってきた割に大した事ないねぇ~」


 マリナスのSTRは決して低くない。だが補正を含めたレンジのSTRには及んでいない。スキルを絡めた剣術ならまだしも、純粋な力比べでレンジに適うはずが無い。


「ホレホレ・・・・・もうちょっと力を入れるからね~」


『グウウウウウウ』


 ≪暴威暴食≫でSTRを加算し、≪魔法剣≫で聖属性を剣に纏わせ更に力を込めていく。マリナスも必死で力を込めているが、刃がドンドンと自分に向かってくるのを見て焦りが込み上げてくる。聖属性はアンデッドの天敵。剣から溢れ出る聖光だけで身を焦がすような痛みが走っている。


 それを見ていたウインディが動く。加勢ではなく、戦闘を止めるために・・・・・。その表情は骸骨故に全く分からないが、その仕草や声音から呆れが見て取れる。


 ——如何にもやれやれといった様相である。


『まったく・・・・・≪トランスポジション≫』


 マリナスの足下に魔法陣が浮かぶと、その姿が消失。代わりに現れたのは観客席にいた無事だったゾンビ。レンジは剣に力を入れていたので、途中で止めるのも面倒と考え入れ替わったゾンビを勢いそのまま切り捨てる。


 ゾンビと入れ替わる形で観客席に転移したマリナス。状況把握のためキョロキョロと視線を動かしていたが、ウインディが介入したことに気付く。狼藉者の排除を邪魔をされ食って掛かる。だがよく見れば、その肩は怒りからか羞恥からか小刻みに震えていた。


『ウインディ、なぜ勝手な事をした?』


『あのまま続けて貴方が勝っていたとでも?』


 返ってきた冷たい視線と言葉にマリナスはウっと言葉に詰まる。あのまま力比べを続けていても負けていた自覚はあるのだ。


『本気を出せば負けぬっ!!』


 だが負けていたのは力比べ。剣術の技量となれば勝てる自信がある。まして何でもありの実戦なら圧倒的に勝てるという確信も・・・・・。


『ならば最初から何故本気でやらないのです? 相手を舐めていた!などは殺し合いでは言い訳でしかありませんよ? それ以前にユニークモンスターを単身で倒す者を舐めるなど良く出来ると呆れを通り越して感心します』


 だがマリナスの言い分は、ウインディには言い訳にしか聞こえないのだ。レンジの戦闘を見ていないなら言い訳程度にはなったかもしれない。だがレンジは自分たちの目の前でユニークモンスターを打ち倒している。それ以前に王の眼前でありながら話を遮ったばかりか、許可も得ずに勝手に斬りかかり醜態を晒すなど恥晒しでしかない。




『貴方が下手を打ち醜態を晒すのは勝手ですが、あのものを排除するよう陛下の命は下っていません。あの者の態度を陛下がお許しになっている以上。王の会話を勝手に遮るのは不敬でしょう?』


『グッ!!』


『何がグッ・・・・ですか? 陛下はこの場では戦わぬと明言されています。これ以上の失態は陛下の名を貶め顔に泥を塗ることになりますよ?』


 剣を収め俯いた事でこれ以上の反論は無いとしてマリナスから視線を外す。王に目配せをして頷いたのを確認したのちにウインディはレンジへと向き直る。


『シレン殿・・・・・でしたな? 私の相方が失礼をした。陛下も私達もこの場で戦う意思はありません。陛下の名に誓って明言しましょう』


 (その誓いにどれほどの信憑性と価値がある)と言い返したかったが、レンジは肩を竦め頷くだけに留めた。この場で戦闘をしないならそれに越した事はないのだ。


『それと先ほど陛下が告げられたように、このダンジョンは80階層が最終階層となります。そして階層主は陛下であり、臣下として我ら眷属も防衛に当たります』


「そうかい・・・・・このダンジョンは未踏なんだろ? どれくらい昔からお前らがいるのか知らねぇが、攻めて来る奴なんていないんじゃないのか?」


 このダンジョンが出来たのは少なくとも数百年以上前。ギルドでもこのダンジョンの情報が一切ない事から未踏なのは確実だ。レンジの発言はソレを踏まえての物だったが、ウインディは軽く首を振る。


『階層主だからといって決して安泰という訳ではありませんよ? 身の程を弁えない愚者——この場合は力を付けた魔物ですが、時折階層主の座を奪うべく攻め入って来ますからね。陛下が前の階層主を殺し新たな階層主となり早五百年ほど経ちますが退屈などはしませんよ・・・・・・まぁ攻めてきた愚かな輩は全員が破れアンデッドになり陛下か私に使役される運命を辿りましたが』


 楽し気な口調だが、脅すようなニュアンスが含まれている。だが今更その程度で恐怖を感じるはずが無い。


「楽しそうで何よりだ。生殺与奪の権利が勝者の物なのはお約束だからな。俺の流儀じゃ負けちまった方が悪い。で? わざわざ三流以下の脅しでビビらせようってんなら相手を選ぶんだな」


 負けたモノをどう扱おうが勝手だが、必要以上に弄ぶ遣り口は好きになれないので吐き捨てるように告げる。だがウインディは楽し気に嗤うばかりだ。


『失礼・・・・・どうも前置きが長くなるのが私の悪い癖でして・・・・・本題に入りましょう』


「こちとら疲れてるんだ。さっさと此処から出して欲しいね」


 冗談めかしているが、これは紛れもなくレンジの本心だ。


 さきほど制限時間が来たので≪ミラージュファントム≫の効果が切れ分身が消滅した。それによって分身に蓄積された消耗が一気に本体に押し寄せたのだ。正直すぐにへたり込みたいほどだが、決して弱みを見せない。


『ではお疲れの様ですので手早く済ませましょう』


(だから前置きがなげぇんだよ)


 口に出すと面倒なので内心で思うだけにして身振りでサッサと言えとばかりに示す。


『ご存じかは知る由もありませんが、未踏のダンジョンを攻略した暁には通常の報酬以外にも様々な特典が与えられます』


「知ってるよ・・・・・攻略したのはDランクダンジョンだったが、それなりのモンが貰えたよ」


  実際にはそれなりどころかアイリス・・・・・『機巧人』の小型動力炉だった。未踏のダンジョンの最初の攻略に旨味があるのは理解している。


 馬鹿にした様に素っ気なく答えるがウインディは気にしていないようだ。


(コイツは直情馬鹿の金ぴか骸骨と違ってある程度は腹芸が出来るようだな・・・・・めんどくさいね)


 溜息でも吐きたいが、平静を装い続く言葉を待つ・・・・・・。レンジにこのダンジョンを攻略する気は今のところは無い。どれだけ旨味が大きかろうが、リスク・・・・死の危険に陥るリスクが付きまとうからだ。だがそれは高ランクダンジョンであって、地球の低ランクダンジョンはその限りではない。


(母を助けたら危険な事は控える気だが、世界中のD~Cダンジョンはコッソリと攻略していくつもりだからな。今の俺たちなら低ランクダンジョンの攻略は決して難しくない)


 今は余裕が無いので放置しているだけ。初回攻略特典の旨味を知っている以上、この手の利を得るために動かないレンジではない。


(それに手に入れた物によっては争いの火種になるならコッソリ回収しておくのが吉ってもんだ。これは俺のためだが世界のためでもある)


 独善極まりない思考だが、あながち間違っていないのが人間の業の深さだ。データに過ぎないゲームでも初回攻略特典やユニークアイテムの所有権や分配を巡って仲の良かった関係が拗れる例など幾らでもある。


 まして現実でソレが有用なら必ず国家が出張ってくるだろう・・・・・・理由を付けて取り上げるために・・・・・。存在を知られずにコッソリ回収する事で、火種が大火になるのを防ぐという理屈は完全な間違いではない。・・・・・かなり自分勝手な理屈だが。


『ご理解しているなら話が早い。初回攻略特典はダンジョンのランクが上がるほど入手出来る物も素晴らしい場合が多いのです。それ以外にも五百年もの間、我らが陛下に献上する為に収集したダンジョン産の希少な武具。更には入手困難な魔道具に山のような財宝も含まれています』


「俺にとっては何の興味もないな。だが一点だけ聞きたいことがある」


『何でしょう? 私に答えられる事でしたらお答えしましょう』


「その財宝の中に『エリクサー』はあるか?」


 希少な魔道具や武具の類に興味が無くは無い。だがレンジの興味はこれ一点に尽きる。レンジのこれまでの全ての行動は『エリクサー』を手に入れるためだ。


 Aランクダンジョンの深部で五百年以上の時を過ごして財宝を収集していたのなら、その財宝の中に『エリクサー』が含まれていてもおかしくないと思って聞いてみたのだが・・・・・。


『残念ながら陛下の財宝の中に『エリクサー』は含まれていません。あの秘薬は植物系や森林系の高ランクダンジョンの深層なら極稀に発見されます。ですがこのダンジョンで発見された事は私が知る限りは無い筈です・・・・・・このダンジョンは怨念系と機械系の混じり合った複合ダンジョンです。エリクサーが入手できる可能性は限りなくゼロに近いでしょう』


「・・・・・そうかい・・・・まぁそんな上手い話しがある訳ないか」


 平静を装っていても、全く期待していなかったといえば嘘になる。多少の落胆は仕方がないだろう。


『貴方は『エリクサー』を求めているのですか? だったら最下層を目指すべきですよ』


「人の話しを理解する能力が無いのか? 俺は『エリクサー』を手に入れるために体を張ってきたんだ・・・・・・無駄な時間を過ごす余裕は無いんでな。暇になったら考えてやるよ」


 人の話を聞いてないウインディにイラっとして低い声で返答する。だが続く言葉はレンジの興味を引くことが出来た。


『確かに『エリクサー』はありませんが、財宝の中に『禁薬・秘薬極意書』という書物が有ります。その書物の中には、これまでの歴史で厄災や奇跡を起こしたあらゆる薬の製法が記載されています。貴方が求めるエリクサーの製法についても記載されていたはずですよ?』


 その言葉はこれ以上の寄り道をしないと決めていたレンジの覚悟を揺らがせる威力と魅力を含んでいた。

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