第224話 ≪残証之記録≫
〇~アバターについて~
レンジのアバターである【カオス】の能力はどれも強力ではあるが、非常に癖が強く制限も多い。
物理攻撃を無効化する代わりに属性被ダメージを倍加する≪混沌属性生命体≫。副次的な効果として、全ての属性が分かたれる前の根源の属性に全身が置換されたことにより、良くも悪くも事象への感知能力が鋭敏と化している。
対象の細胞を取り込むことで対象に変身できる≪メタモルフォーゼ≫は自分より弱い相手、より正しくはステータスの項目の大部分で相手を明確に上まっていなければ変身した相手のスキルや特性が使えない。
情報次元からセカイを俯瞰的に捉える事により、元来なら視えない・・・・・視えてはいけないモノを視覚に映し出す≪幽世の真理眼≫。その反則的な能力・・・・・生命の限界を超える能力ゆえに≪幽世の真理眼≫は連続使用が六十秒しか出来ず、一日でも最大五百秒という明確な制限がある。この場合は制限ではなく、セーフティー。安全装置と捉えた方が正確だろう。
最後に対象のアクティブスキルをその身に受ける事で自身の根源に記録し、その力を模倣する≪残証之記録≫。この能力も消費する対価——MPなどの消耗が倍になるデメリットが存在する。
だが今回のアバターの進化により≪残証之記録≫にも変化が顕れた。スキルの発動過程を≪幽世の真理眼≫で視認し、術式を記録する事によりパッシブスキルさえ模倣出来るように・・・・・。
アバターの進化は、これまでと異なる全く新しいスキルを覚えるケースと、既存のスキルが強化してより強力になるか制限が緩和される場合。又はその両方が起こる場合もある。
———今回のカオスの進化は後者・・・・・・≪幽世の真理眼≫を獲得し、≪残証之記録≫の『模倣出来るのはアクティブスキルのみ』『肉体にそのスキルを受ける』といった制限が緩和された形だ。
以前にも少し言及したが、アバターの出力は同レベル・同ポテンシャルが原則だ。だがレンジとクレアのアバターの特性が全く違う様に、その能力の法則性は孵化した者によって全く異なる。
レンジの【カオス】の特性は一見すると他者の能力を再現する〖模倣〗と思われがちだが、そうではない。この事はおいおい触れるとしよう。強力ではあるが、常時属性被ダメージ倍加や消耗の倍加といったデメリットも大きい。だが本質は・・・・・全ての行動の結果は自らで賄うべきというレンジの在り方を反映した形。それ故に強力な能力のデメリットや対価は全て自分で負担するような仕様となっている。
では、これがクレアのアバターになるとどうなるか?
クレアの【ガイア】の特性は【魔物製造】。非常に強力な能力である事はこれまでのクレアの成果を見れば語るまでもない。何よりも後出し・・・・・相手を見極め、相手の苦手とする手札を創り出せるという強大なアドバンテージが特徴だ。
だがその能力を発揮するためには外部リソース———魔物の素材を供給しなければならない。外部リソースを供給しなければ【ガイア】はただの置物でしかない。
強力な能力だが、生産職であるクレアには安定して外部リソースを共有するのは厳しいのだ。ならば何故こんな仕様になったのか?
一つは志波蓮二の役に立ちたいから。戦闘においてことレンジは万能と言ってビルドだ。だが諜報や防諜などはマンパワーの不足から手が足りていない。そんなレンジを補佐する能力———支える力をクレアが望んだから。
もう一つは、クレアはレンジの傍にいたいから。それが外部からリソースを供給する仕様になった最大の理由だ。先ほども述べたが、生産職であるクレアには魔物の素材を安定して供給するのは難しい。リソースが不足すればガイアは無用の長物に成り下がる。
——ガイアは外部からのリソース供給に依存する事で強大な能力を発揮するのだから。判り易く言えばガイアは大出力のエンジン。リソースは動かすためのガソリン。燃料が無ければエンジンは動かせないのだ。
だが身近にその難点を解決できる強者がいて、クレアの能力に価値を見出せばどうだろうか?
クレアの能力はレンジに不足していたマンパワーを補う事が出来る。レンジも万能型ではあるが、あくまでも個を強化する万能性で対象は基本的に自分のみ。クレアの万能性とは方向性が違うが故に(レンジにとって)価値があるのだ。
クレアの持つ願望。レンジの傍で支えたい、役に立ちたい。同時に記憶が無いことで、自らのアイデンティティが少ないクレアが抱えるレンジに依存している側面も【ガイア】に顕れている。
アバターは自身の根源にして同源。その在り方はユーザーの在り方であり、歩んできた生き様でもある。
余談ではあるが、同レベル・同出力なのはあくまでも原則に過ぎない。レンジの様に常時デメリットや制約を抱える事で限界出力を引き上げたり、クレアのようにエネルギーを外部リソースで賄う仕様で本体の出力を引き上げる例もあるが、この二人はあくまでも例外中の例外だ。
アバターは十人十色。仮に同じ名称の【アバター】が孵化したとして、全く同じ能力になる可能性は小数点の彼方より低い。だがもし、もしレンジやクレアと同能力でデメリットなどが無い場合、使い物にならないほどに条件が厳しくなるか、運用の幅はもっと狭くなるだろう。
話が大分逸れてしまったが、アバターは可能性の塊だ。どのように進化していくかは本人次第。万能になるのか、特化するのか誰にも分からない。だが敢えて大筋の方向性が定まるなら次のステージ。レベルⅣに進んだ時に概ねの方向性が定まるだろう。
このレベルⅣがアバターの最初の壁といえる。アバターはユーザーの心を読み取り感情を吸い上げ進化していくためレベルⅢ。現在のレンジたちのレベルには比較的到達しやすい。孵化に「器を500で満たす」という条件があった様に、レベルⅣ———上級への到達には一定以上の〖心意〗・・・・・感情の強さが求められる。
だが壁がある分、出力の限界値は一気に跳ね上がる。レベルⅠの出力を100とするなら、Ⅱが200。Ⅲが300ならばⅣは400・・・・・・ではない。上級、レベルⅣの出力は最低でも800を超える。
地球ではレンジたちを除きレベル500に到達した者はまだいない。だが将来的には分からない。まだ物語は序盤も序盤・・・・・訂正しよう。【運営】と呼称されている存在にとって、物語の土台作りの段階なのだ。
レンジたちが壁を超えられるか・・・・・・【運営】の課した試練を乗り越えられるか? それさえもわからない。
【運営】の掌で踊っている内は・・・・・それは酷な話かもしれないな。レンジたち、いや地球人類はまだ何も知らない、分かっていない、分かる術さえも用意されていないのだから。
◆
「≪暴威暴食≫≪ミラージュファントム≫」
スキルを唱えるとレンジが分裂するように三人になる。三人となったレンジはそれぞれが意志を持ったようにベルベムランに躍りかかる。
(≪冥導封魔・魔≫)
ベルベムランの目が怪しく光り真紅の閃光———≪カラミティレイ≫がレンジを貫かんと発射し・・・・・。
『グァ? ?????』
・・・・・されない。自分の魔法が発動しない事にベルベムランも困惑しているのか眼球をキョロキョロと動かし瞼を開け閉めしている。この現象を起こしたのは当然レンジだ。≪冥導封魔・魔≫は属性を指定する事で、その属性魔法の発動を短時間だが阻害できる。指定した属性以外の魔法は普通に使用できるので複数の属性を使う物には効果が薄い。だが暗黒魔法しか使えないベルベムランにとっては非常に有効だ。
ベルベムランは未だに魔法が発動しないショックから微動だにしない。それは明らかな隙であり油断だ。その隙を許すほどレンジは甘くない。
ベルベムランの正面より襲い掛かったレンジがまず動いた。
「≪グラビリオス・プレッシャー≫」
『キュアっ!?』
我に返ったベルベムランが頭上を見上げるが、もう遅い。五メートルほどの真っ黒な球体がベルベムランの頭上に浮かび上がると、球体を中心に薄闇の帳が下りてくる。するとベルベムランの全身に途轍もない重圧がのしかかり、最初は足元が。次に巨体が少しずつ陥没していく。
『ゴア!? グギャアッ!!』
この重圧を発生させているのが頭上にある球体であると勘づいたのか、球体をブレスで破壊しようと上を向くが、そんな余裕はない。動きを封じたのを好機とみて左右のレンジが同時に動く。左のレンジの手には黒雷が生み出され、徐々に渦を巻き雷を迸らせる。右のレンジは周囲に赤・青・緑・黄色の光が顕れた。色とりどりの光球はクルクルと回転しながらレンジの周りを遊ぶように不規則に動き回る。豆粒ほどだった光球は綿あめのように光球は少しずつ大きくなり、一メートルほどまで大きくなると混ざる様に溶け一つの球体となる。
「≪ライトニングボルテックス≫」
「≪エレメンタルストリーム≫」
嘗て【雷鳥王】も使った黒雷の渦が、火・水・土・風の奔流が左右からベルベムランに襲い掛かる。だがベルベムランに焦りはない。重圧のせいで今も動きが阻害され身動きが取れないので回避は出来ない。それでも自らの命を刈り取るであろう必殺の一撃。それが二発同時に迫ろうが、決して慌てない。
己のスキルの力———ユニークモンスターに至った事で得た固有スキルを信じているからだ。
ベルベムランの策は、黒雷を≪吞飲≫で吸い込み、体内で増幅。増幅した≪ライトニングボルテックス≫のエネルギーを≪呑砲≫で倍にして撃ち出し≪エレメンタルストリーム≫だけでなく、左右正面の敵を薙ぎ払う算段だ。仮に威力が足りず、≪エレメンタルストリーム≫に押し負けても、減衰した威力なら膨大なHPと耐久によって乗り切れると予想した。
ベルベムランの本音としては迫りくる両方の魔法を吸引したいところだが、——両方の魔法を吸引するのは不可能なのだ。
ベルベムランの≪吞飲≫は強力だが、一度に吸い込める属性は一種類のみという制限がある。そして一度に吸収するエネルギー量に制限は無いが、そのエネルギーを長時間溜め込んでおくのは出来ないし、小出しにして撃ち出すことも出来ない。
故に一種類の属性に特化しているなら人間・魔物問わず滅法強い。だが逆に複数の属性を高レベルで使用できるタイプとはどうしても相性が悪いのだ。これが【英傑級】か【伝説級】にでもなれば制限も無くなるか緩和されるだろう。
———だが今は【幻想級】のベルベムランはこれが・・・・・・限界なのだ(単一属性なら威力関係なく吸飲して倍にして返せるだけで十分強いが・・・・・)。
『バファーッ!!!』
全身にある口を大きく限界まで開き、必殺の一撃を吸い込まんと身構える・・・・・・だが、その行動こそがレンジの狙い通りなのだ。
『ゴグギャッ!????』
地中より伸ばしていた不可視の魔力糸がベルベムランの身体に巻き付くと、レ魔力は繋がっている魔力糸にMPを流し込む。・・・・・・・巨体に巻き付き絡め捕っている糸から悍ましい黒い光が発されベルベムランを侵す。・・・・・呪詛に犯されても巨体は健在だが、平衡感覚と方向感覚が定まらないのか六本の脚でも立つ事も儘ならず地面へと突っ伏してしまった。
降り注ぐ重力、定まらない感覚に平静を失ったベルベムランに黒雷と4属性の力を秘めた球体が押し寄せ・・・・・・その身を蹂躙する。
動けぬ、躱せぬ・・・・・ならば耐えるにのみ。と全身を丸めるように・・・・・・重力のせいで動きも儘ならぬが、急所への直撃だけは防ぐように庇う。
『グウウウウウウウウウウウウッ!!!!!』
断末魔のような唸り声をあげ、飛びそうになる意識を必死で繋ぎ止める。奔流が収まった時、ベルベムランの巨体を載せていた地面以外は十メートル以上陥没し、すり鉢状になっていた。
当然それだけの破壊の中心に身を置いていたベルベムランも例外ではない。
分厚い毛皮を貫通して肉体の至る所に穴が開き、緑色の血がとめどなく溢れている。六本あった脚の内の半数は見るも無残に千切れ残りの脚もズタズタになり辛うじて薄皮一枚でくっ付いている程度。だが・・・・・・ベルベムランは耐えきった。その命を繋いでいる。
———だが・・・・・それは魔法に耐えきっただけ・・・・・・命を刈り取る死の断頭台から逃れられてはいない。
「「「≪デモンズ・チェーン≫」」」
三人のレンジが同時に同じ魔法を唱える。闇色の・・・・全体に鋭い棘が付いた鎖がレンジの肉体から撃ち出された。
『グ、ガァッ!!』
死に体のベルベムランの巨体に鎖が巻き付きその身を拘束する。残された力を振り絞り、必死で抜け出そうと藻掻いても・・・・・鎖はビクともしない。三人のレンジとベルベムランに絡みついた闇色の鎖は中間ほどの地点から徐々に緑と赤に染まっていく。鎖から赤と緑の雫が滴り落ちる。
ベルベムランとレンジの顔に苦悶の表情が浮かぶ。当然だ、滴り落ちているのは水などではなく、両者の血なのだから。
暗黒魔法『デモンズチェーン』。対象を指定し、対象を術者諸共に鎖で拘束する魔法だ。鎖で繋がった両者は〖拘束〗・〖出血〗・〖酩酊〗の状態異常に陥りる。何よりも恐ろしいのが一度拘束されてしまうと、どちらかが死ぬか神聖魔法か『高位聖水』などの解呪を用いなければ解除できない。
両者ともに拘束の状態異常のため身動きさえ取れず、勝負は持久戦に持ち込まれたかに見えたが、レンジがそのような運任せの戦術に頼るはずが無い。
命を刈り取る死神は今まさに降り立とうとしているのだから。
「聖剣技・・・・・・≪聖光断滅斬≫」
四人目のレンジが聖なる光を纏った激竜剣・獄を腰だめに構え、遥か上空よりベルベムラン目掛けて舞い降りる。長剣を振りかぶると一閃させベルベムランの頸と胴体を断ち切った。
巨大な頭部が宙を舞い、首と胴より緑色の鮮血が激しく飛び散る・・・・・。力を失った胴体が、次いで頭部が光の粒子となり・・・・・。
『【兇呑吐獣 ベルベムラン】が討伐されました・・・・・最大戦功獲得者の選出を開始・・・・・終了。志波蓮二が選定されました。志波蓮二に【吸呑砲 ベルベムラン】を進呈します』
勝者のアナウンスが響き渡り、アクシデントから始まった死闘はここに決着した。




