第223話 吸呑咆哮
全てを焼き尽くす漆黒の炎『獄炎』がベルベムランに直撃し爆炎を立ち上げる。着弾による衝撃と熱風が怒涛のようにレンジへと押し寄せるが、意に介さず結界で防ぐ。
獄炎が地面を抉った事で土埃が煙幕の様に立ち昇り完全に視界を隠している。だが≪幽世の真理眼≫によってレンジは情報次元よりベルベムランの生命反応を確認していた。
獄炎は確かにベルベムランに命中した。‥‥…したのだが……。
「何だありゃぁ?」
レンジは先ほどの攻撃で勝負が付く等とは全く思っていない。威力のある魔法ではあるが、所詮は牽制以上の意味は無い。獄炎を放ったのはベルベムランが攻撃に対し、どのように対処するか知りたいがため・・・・敵の手の内を知るために使っただけだ。これまで対峙したユニークモンスターを思い返せば、この程度で如何こうなると最初から思っていない。
だが・・・・・それは意外な結果に終わる・・・・・・レンジの口から素っ頓狂な声が漏れてしまうほどに。
戦闘開始より≪幽世の真理眼≫で観察を続けていたるレンジが視えたのは獄炎が直撃する寸前。ベルベムランの全身の至る所にある口が大きく開き、幾つかの獄炎には吸い込んだ息をジェット噴射の様に当てる事で地面へと逸らし残りの獄炎をジュースでも啜る様に吸い込んだのだ。触れれば即大爆発する炎球をいとも容易く・・・・・だが驚愕している余裕は無かった。
「っ・・・・・クソがッ!!」
レンジの眼には口から吸収した獄炎の膨大な熱量がベルベムランの体内で混ざり合い一つになっていく光景が視えていた。その一つになったエネルギーが全身にある口に再び分散されていく流れも。
訳の分からない悪寒が奔ったのと、上空へと飛び上がったのは同時だった。その直後、ベルベムランの全身にある口から無数の熱線が発射され、極僅かな範囲を除きほぼ全方位を薙ぎ払う。
眼はその熱線の威力が自分が放った獄炎を遥かに超えている事を教えてくれる。直撃は危険だ・・・・・と。レンジはそれを踏まえて冷静に対処を行うべく行動を起こす。
(回避不可・・・・・直撃危険・・・・・反対属性による威力減衰及び結界多重起動)
レンジが魔法を構築すると≪チャージカット≫により分厚い水の壁がベルベムランとレンジの間に幾つも形成された。同時に時天魔法『減速空間』を発動。分子の振動を強制的に減速させる魔法だが、熟練の使い手や魔力が高い者が使えば分子を停止寸前まで原則できる。
熱線は『減速空間』によりその威力を大幅に低下させ、残された威力で水の壁『水壁』を貫くも用心のために張った結界に接触する頃にはか細い糸ほどの大きさしかなかった。当然その程度の威力で結界を貫ける筈もなく、結界に当たると霧散した。
『オガァ、ナゼコッチニ!?』『アワテルナケッカイガアル』『コノケッカイハヤブレン』『アノニンゲンメ、ヒッシニアガイテオルワ』『ミナミナオロカニアガクヒトゾクヲワラオウ』
だがそれはレンジに向かっていた熱線だけ。他に向かって放たれた熱線は、レンジが苛立ち紛れに放った迅雷と同じように透明な壁に阻まれるかと思いきや。直撃しても拮抗していた無色の壁をぶち破り観客席を穿つ。
結界に罅が入った時、余裕をかまして高みの見物を決め込んでいたゾンビ達が驚愕と恐怖に染まるが・・・・・それは一瞬だった。罅割れた結界から漏れ出る膨大な熱量の余波だけで脆弱なゾンビは燃え尽き、運よく生き延びたゾンビも着弾の衝撃によって肉片となった。
熱風と爆音が収まった時。エキサイトしてレンジにバッシングを浴びせていたゾンビたちの肉片や臓器が飛び散り、散乱していた。観客席には熱線の威力を知ら占める破壊力と無残なクレーターが出来上がっていた。
唯一、玉座のある方向に放たれた熱線は、レンジと同じように銀の骸骨魔術師が魔法によって相殺したようで被害は無い。だがレンジは外野の事など如何でもいいので興味もない。レンジの思考はこの戦闘にどうやって勝つか。それに全て注がれている。
これが一般人なら多少の配慮はするかもしれないが、自分を見世物の生贄にして。それを楽し気に見物に来る輩に配慮する必要性を感じていないのだ。
(あの口から吸収した魔法なりエネルギーを体内で融合させて放つスキル・・・・・・いや、あの熱線は俺の獄炎を遥かに上回る熱量だった・・・・・吸い込んだエネルギーを倍加させて放つスキルってとこか?)
ユニークモンスターの持つ強力な固有能力。先ほどの自分の魔法を吸収して撃ち返した能力がそれに該当すると考え、検証を試みる。
(それに触れれば即爆発する獄炎を呑み込んだし・・・・・・属性魔法を吸い込みスキルもあるのか?)
放った獄炎を全て反射して撃ち返してもあれだけの威力にならない。明かに増幅なりして打ち返しているのは明白だ。属性魔法を吸い込むスキルと吸い込んだモノを従来より増幅、強化して吐き出すスキルと当たりを付ける。
そしてこの予測は正しい。ベルベムランの基本スキル≪吞飲≫は口の周辺にある生物以外のあらゆる物を体内へと吸い込むスキル。≪吞咆≫は吸収したモノを体内で混ぜ合わせ増幅して吐き出すスキル。最初の檻を壊した咆哮は、周囲の空気を吸い込み圧縮・増幅して吐き出した空気ミサイルというべきもの。
生物は吞み込めないという欠点もあるが、それを差し引いても強力な事に変わりはない。
「それじゃあ・・・・・・これはどうだ?」
言葉と共にベルベムランの周囲の土が盛り上がり、数百の小さな土塊となって襲い掛かる。土塊なれどレンジの魔力を受けて固い石程度の強度はある上に先端は殺傷力を増すため鋭く尖っている凶器が亜音速で全方位から襲い掛かるのだ。これには流石のベルベムランも驚愕し・・・・・・。
・・・・・・・ていない。
『ファ~、フンッ!』
中隊規模の軍隊であっても全滅できる死の嵐を目の前に、呆れた様に息を吐き出している。八つある眼球は迫りくる石礫の嵐を見据えると、眼球が凄まじい勢いで上下左右に動き出す。まるで全ての方位を見据える様に、更には黒く淀んだ瞳が真紅に染まり光り出した。
『ゴアアアアアアアアッ!!』
咆哮と同時に眼球より真紅の光条が奔り、前方より迫る石礫を薙ぎ払う。後方と左右より迫る石礫は直撃を覚悟したのかアクションを起こす気配がない。
だが直撃する寸前———石礫とベルベムランの毛皮が接触する瞬間。ベルベムランが全身を薄闇色のオーラが纏った。
「!?」
石礫は薄闇色のオーラに触れると、瞬く間に輪郭がぼやけ崩れ落ち風化してしまう。その術式———オーラを纏う前に使った真紅の光線を含む二つの術式をレンジは眼で確認していたが、珍しく驚きの感情を浮かべている。
「真紅の光線は【暗黒騎士】に就いたと同時に習得できる【暗黒魔法】の『ダークレイ』。【暗黒騎士】のレベル70で習得できる暗黒魔法『ダークアーマー』に似ているが、アレは威力を減衰するのであって消滅させる力は無い。【暗黒騎士】より上位の魔法か?」
自身も使えるが『ダークレイ』は漆黒の光線を撃ち出し相手にダメージと状態異常を低確率で付与する暗黒魔法の基礎魔法。当然だが先ほどベルベムランが使用した真紅の光線ほどの威力は無い。
『ダークアーマー』は闇のオーラを鎧状に形成し、接触した物理・魔法を防御する魔法だ。それほど耐久が高くない上に、一定の威力の攻撃を受ければ直ぐにオーラが霧散してしまうためレンジは好んで使っていない。こちらも触れた物を消滅させる力など無い・・・・・だが術式が非常に似かよっている。
一瞬スキルかと思ったが、眼で見る限り今の術式は魔法だった・・・・・それも『ダークレイ』『ダークメイル』より遥かに複雑で高度な。『ダークアーマー』を使えるレンジは自分でも使えないかと思い視た術式を真似て発動を試みたが、発動しなかった。
それもそのはずベルベムランが使用した魔法は、暗黒魔法『カラミティレイ』『ダークネスメイル』。暗黒魔法に特化したトップジョブ【暗黒大僧正】や【暗黒大神官】が使用する高位暗黒魔法だ。怨念や負のエネルギーを使用するため、エネルギー発生に特化した魔法系統のトップジョブ【天帝】の魔法権限では使用が不可能だ。
その魔法を修得していない場合。例え術式が完璧であっても、権限が足りない場合は使用どころか発動さえ出来ない。もしレンジが【大賢者】に就いていたら使用が可能だったが・・・・・・。現状ではどう足掻こうが発動は不可能なのだ。
それは全てのジョブに共通する仕様。剣技や魔法などに始まり、アクティブスキルは例え習得していなくとも術理さえ理解していれば権限さえあれば発動する事が出来る。
これはまだジョブが存在しない時代。始原文明よりも遥か太古。ジョブのプロトタイプの名残。現在のジョブは、その仕様を簡略化され誰にでも扱い易く〔削除済み〕。
戦闘は振り出しに戻った。いや・・・・・無傷のベルベムランに対し高い集中力が必要な上、使用に時間制限のある眼を使い続けているレンジの方が不利と言える。
「属性を吸い込み倍にして返す能力に高位暗黒魔法か・・・・・・・。だったら近接戦でケリをつけようじゃねぇか」
レンジは不敵に嗤う。この程度はレンジにとって不利でも何でもない。魔法だけがレンジの手札では無いからだ・・・・・・これまであらゆる敵に対応するために獲得してきた万能性。隠してきた手札を幾つか晒す時が来た・・・・・。




