第216話 欲望と悪質な罠
〇<虚飾の宝石箱>18層 【天帝】シレン
中立都市センターヒルの周辺には多くのダンジョンがある。
まずはセンターヒルの都市近郊にある凶悪な悪魔や天使が多く出現し、様々な仕掛けや罠が行く手を阻む過去に一度も攻略された事の無い最強のAランクダンジョンと名高き〖天魔の監獄〗。
南にある獣系の魔物が多く現れる広大な大草原が広がるDランクダンジョン『猛獣の縄張り』。
東にある朽ちた古城といった内装と、レイスなどの死霊が浮遊するCランクダンジョン『悪霊の遊技場』。
西にある枯れ果てた樹木と腐った大地から湧き出た水に浸食されたBランクダンジョン『腐蝕の水没林』。
そして今回俺が目指すのは北にあるゴーレムなどの物質系の魔物が出現するBランクダンジョン『虚飾の宝石箱』だ。
おっちゃんの店を出て、俺はそれ以上の寄り道をせず目的地である〖虚飾の宝石箱〗にやってきている。以前ギルドで購入した地図によって始めて訪れるダンジョンであるが、問題も無く目的地がある階層まで降りることが出来た。本来なら13層にいる筈のボスは、他の誰かに討伐されたのか姿が無かったのも大きい。それでも探索も行ったので18層まで降りるのにニ日近くかかったが・・・・・・・。
分かっている・・・・・こんな事せずにさっさと18層まで降りて目的を果たすべきだと。だがトレジャーがあると開けずにいられないのがゲーマーの性だ。低ランクダンジョンなら無視してもいいが、Bランクダンジョンのトレジャーからはトンデモナイ掘り出し物も出ると聞いている。言い訳臭いが、状況を好転させるアイテムが出る可能性がある以上は無視できないのだ。手に入ったのは俺の望む物じゃなかったけどさ・・・・・・。
(ボスのドロップに興味が無い訳じゃないが、今回の目的は効率的なレベリングだ。また機会があったらくればいいさ)
手に入らない物に拘らず、時としてスパッと諦めて見切りを付けるのも重要だ。まさかボスがリポップするまで待っている暇も無いしな。
このシステムの経験値の修得方法は既に把握済みだ。要するに魔物を討伐して際の貢献度によって経験値の量が決まる。そして深手を与えた魔物に逃げられたとしても、死んだ原因が自分の行動にあるなら死んだ時点で経験値を獲得できる(ゴブリンに状態異常を付与してから逃がして検証した結果)。要はその死に関わっているかが重要であって、どれだけ離れていてもその死の結果に関与しているなら距離は関係ないのだ。
≪幽世の真理眼≫はその経験値の流れさえも目視できる事で確信に変わった。それにカオスが孵化してからは、以前は漠然と感じ取れていた他人の力量がここにきてハッキリと解るようになってきた。装飾で隠せるのはステータスまで、そういった・・・・・情報圧とでもいうべき強者のオーラまでは隠蔽できない。
「さてと・・・・・さっさとやる事をやっちゃいますかね」
18層にある<セーフティゾーン>にある石碑に転移石を嵌め込み地点を記録する。ダンジョンの魔物は討伐しても時間の経過によってリポップする。つまりは再利用が可能って事だ。この場所はこれから何度も世話になるので転移石に30個ほど記録させておく。
まず隠しエリアに到着したらそのエリアの魔物を討伐して素材を入手しなければならない。【デスウイルス】のスキル【菌忌演算】はその魔物の素材をフラスコ内に投入することにより、その種族に対して最適な攻撃能力を持った細菌を創りさせるからだ。
討伐した素材をフラスコに投入して隠しエリアに設置したら【菌忌解放】を使用して細菌を散布すればここでのお仕事はお終い。散布し終わったらフラスコは勝手に自壊して手元に戻ってくる。後は再使用可能になったら同様の事を繰り返せばお手軽にレベリングが出来る。
転移石にこの場所を記録し終えると、アイテムボックスに収納。ギルド長から聞いた目的の場所に向かう。
少し歩くと様々な色の岩が幾つも張り付いている赤い壁へと辿り着く。他の壁は緑色なのに、この壁だけが赤いのは違和感でしかない。
「えっと・・・・・赤い壁の横に張り付いている黒い岩、白い岩、青い岩、緑の岩、紫の岩、黄色い岩の順番で押し込んでいくんだっけか? 怪しいのは分かるが、手順を知らなきゃ絶対に解けない類の暗号だよな」
記憶してある手順通りに原色の岩を押していく。軽く押しただけで岩は壁に吸い込まれていく。原色の岩を全て押し込むと、カチりという音が聞こえた。回転扉の要領で壁に身を預けると、くるりと一回転して壁の内側に入り込めた。
今の俺は光学迷彩と気配遮断により、視覚的にも感覚的にも発見し辛いから魔物が襲ってこないだけ。まだ浅いとはいえここはBランクダンジョン・・・・・この階層まで戦闘こそしなかったが魔物も結構厄介なのが多いかった。怪しいと思っても、こんな岩を一々まともに検証なんてしてられない。ギルド長が苦笑していたが、この場所は偶然、本当に運よく発見されたというのも納得だ。
〖虚飾の宝石箱〗はどことなく物質系の魔物がよく出現する。ダンジョン内も表現し辛いが、おもちゃ箱をひっくり返したような感じといえばいいだろうか?所々にファンシーなぬいぐるみやガラクタのような玩具が転がっている妙なダンジョンだ。
だがこの場所は石造りの迷路のような場所だ。ウインドウにも〖隠しエリア・宝飾店の隠し金庫〗とある・・・・・そのまんまだ。アップデートによってどんどんと便利な機能が追加されているのは有難いが、ネーミングセンスがどうかと思うのは気のせいか?まぁネーミングなど割かしどうでもいいから気にしても仕方ない。索敵スキルに・・・・・・反応アリ。
俺の目の前にいたまるで水溜りが床に出来たような流体金属の塊・・・・・随分前に討伐した〖ミスリルスライム〗の上位種〖アダマント・ハイメタルスライム〗・〖エルトライト・ウェポンスライム〗・〖オリハルコ二ウムスライム〗・〖ルリイロカネ・バーストスライム〗なる色とりどりのメタルスライムが、俺に気付いて一目散に逃走しているじゃないですか。
結構ランクの高い魔物なのに、初手から逃げの一手を選択するのはどうかと思う。だがこれには連中なりの理由がある。
この世界では樹木や金属系統の魔物は、大地のリソースを長期に渡り蓄えている。それによって経験値・ドロップが他の魔物と比較してメッチャ美味しいらしい。ただそれは人間にとってだけでなく、魔物からも魅力的な存在という訳だ・・・・・。故に人間だけでなく、魔物からも捕食対象として狙われている哀れな種族なのだ。
生き残るために総じて敏捷や防御力が高く、擬態や逃走能力・・・・この場合は生存能力がとにかく高い・・・・・らしい。俺もそうだが、美味しい魔物に出くわしたら討伐しようとするのは当たり前だ。生存競争に生き残るためにそういった進化を辿るのも無理からぬことだろう。
「逃げるのは卑怯ってのは強者の勝手な理屈であって、勝てない敵から逃げるのは正しい選択だろうな」
脇目も振らずに逃走し、索敵網から離れていく反応にポツリと呟く。だが同情するような余裕など俺には無い。力が無くては生き残れず望みも叶えられないのはどの世界でも同じことだ。それに残されて時間は決して多くないはずだ。
割り切り逃げるメタルスライムを追撃。メタル系に効率よくダメージを与えられる黒魔法『アシッドストリーム』や『サンダープリズン』によって畳みかけ一体を討伐。落ちたドロップアイテムを取り出した【デスウイルス】の管に入れ【菌忌演算】を起動。中に入れた素材は瞬く間に消失した。恐らく最適な攻撃手段を持つ細菌を創り出しているのだ。この武具の良い点は、タイマーが付いている事だ。【菌忌解放】は細菌を散布する時間を設定できるのが利点だ。というよりも、きっと無差別攻撃なので時間設定しなきゃ自分が巻き込まれる。検証しようにも、我が身で試す気にはならないので永遠の謎だ。
一時間後にタイマーを設定。後は一刻も早くこのダンジョン。より正確にはこの階層から離脱しなくてはならない。
俺はフラスコを置くと脱兎のごとく一目散に退散。転移石を利用してダンジョンからエスケープした。
◆
何故俺が離脱を選択したのか?それはこのダンジョン、隠しエリアの仕様に関わっている。
(このダンジョン———隠しエリアはレベリングに最適だが、ちょっと他とは仕様が違うのだ。ぶっちゃけると、めっちゃ性格の悪い悪辣な仕掛けが施されている)
この場所を知っているのはギルドでもほんの一握り、というよりもフギンギルド長とエイダ嬢しか知らない。こんなレベリングに最適といえる場所なのにそれは何故か? この場所を公表するかどうかについて当初でも相当揉めたらしい。だが色々あってこの場所は極秘とされたのだ。
このエリアを発見したのは若かりし頃のフギンギルド長たちのパーティーだった。この階層を探索している最中に本当に偶々、偶然発見したらしい。何でも「おふざけ好きな仲間が変った色の岩を適当に押していたら発見して、中の光景に皆が驚愕していた」と苦笑して話してくれた。そしてこのダンジョンに出現する系統外の魔物が無数にいることに最初は驚き、次に驚喜した。その魔物とは冒険者が十年に一度発見できれば幸運とされているボーナスモンスターだったからだ。
当初は仲間内でも、この場所を「自分たちだけの秘密にしよう」という話が持ち上がった。だがフギンが猛烈に反対した。「どれだけ希少な物を手に入れても売却できなければ意味が無い。これだけの希少素材を売却すれば何処で入手したか勘繰られるし、ギルドを通さずに販売してバレた時にギルドに睨まれる方が怖い」・・・・・と目先の利に囚われた仲間たちを諭したらしい。エイダ嬢もその理由に納得してフギン側に付いた。だが欲に目のくらんだ仲間を説得する事が出来なかった。
最後は散々揉めたが結局「もう少し俺たちで独占して利益を得てから公表しよう」という結論に落ち着いた。
だが・・・・・この場所はちょっと特殊だった。
ダンジョン内の普通の魔物は一度倒すと一週間前後で再出現するが、この場所の魔物は最低でも一か月以上経過しないとリポップしない。そして隠しエリアの魔物を全て討伐すると、悪辣なトラップが動き出す。その間は普段は真っ白な壁が漆黒に染まり、途轍もなく強い魔物がこの階層限定で徘徊するのだ。異変を察知したフギンたちは転移石で脱出する事ができ、事なきを得た。
・・・・・・様に見えたが、悲劇は一週間後に起こった。
欲をかいたフギンの仲間たちが通常の法則———1週間でリポップすると勘違いし、賛同した数人の仲間と挑み帰らぬ人となったのだ。
このダンジョンは、元々挑む者が少ない所謂「過疎ダンジョン」だ。仲間を失った二人はあのエリアの事を完全に秘密にした。挑戦者の少ないダンジョンなら被害は出ないし、下手に話して外部に漏れれば欲望に駆られた者により再度似たような悲劇が起こると考えたから。
あのエリアの危険性を訴えた所で、欲に囚われたモノを説得するのは困難だと二人とも痛感していたからだ・・・・・・。
「じゃあ俺に話すなよって気もするんだが・・・・・・まぁ馬鹿な真似はしない信頼だって思う事にしようかね」
それに冒険者家業は何が起ころうが自己責任。俺にいわせりゃ二人の仲間が馬鹿だったってだけの事だ。仲間が死んだのは気の毒だが、(話しが本当なら)二人は止める側だったって訳だしな・・・・・・何度も欲で死に掛けた俺が言っても説得力皆無だが、目先の欲に駆られて自重をしなかったのが悪い。
物思いに耽っていると、レベルの上昇を告げるアナウンスが聞こえてくる。
「・・・・・・レベルが上がった・・・・・・細菌による蹂躙が始まったようだな」
ドロップアイテムを回収できないのが難点だが、また今度拾いに行けばいいだけの事だ。次の予定を熟すとしましょうかね?
もう用は無いとばかりに≪転移≫によって<龍機界>へと飛んだ。目的を達する日は近い・・・・・そう確信して。




