第215話 生産職の性
レンジを見ながらひそひそと感じ悪く内緒話に耽っていた客たちは、レンジが一睨みするとバツが悪い顔をして帰ってしまう。
さっきまでウルドの店にいたのは大半が冒険者。それも周囲に便乗してレンジの悪評を広めていた者たちだ。月下美刃との揉め事が片付いて以来、そういった輩は激減したが、やはりしこりの様なモノを感じているのだろう。あくまでも彼らがそう感じているだけで、レンジは路傍の石程度にしか思っていないのだが・・・・・・・。
急な訪問にも関わらず、ウルドは奥の工房に通してお茶を振る舞ってくれる。ドワーフは酒精の強い酒を好む。ウルドもその例に漏れないが、客に酒を出すほど非常識ではない。また仕事中は絶対に酒を飲まないのがウルドの信条だ・・・・・。
黒い色の黒龍茶をテーブルに置くと、早速用件を聞いてくる。
「で? わざわざ冷やかしにでも来たのか? 生憎と俺は客の相手に忙しいんでな」
「ちょっと前では考えられないセリフだな? この店の前に客がいるのを見て俺は白昼夢でも見たのかと思ったよ? この店に客をいるのを見て驚愕の余り倒れなかったのは奇跡だな」
ニヤツいた顔で揶揄ってくるウルドにこの店が閑古鳥というのも生温い廃業寸前だった状態をディスって反撃する。分が悪いとみてウルドはバツの悪い顔をして強引に話題を逸らす事にした。
「で? 本当は何の用で来たんだ? お前は用も無いのにわざわざ職人の店に来るようなタイプじゃねぇだろ?」
「何とも連れないな。俺は世間話に来ただけなのにっ・・・・・て言いたいところだが、これからダンジョンに潜る予定でな。メンテを頼んでおいた装備は仕上がっているか?」
レンジがここに来たのは連戦によってボロボロになった武具の修復のため、預けてあった装備を受け取るためだ。
「まったく・・・・・・どうやったら新品で頑丈な装備をあんだけボロボロになるまで酷使できるんだ? 特に鎧と兜は破損の一歩手前だったぞ?」
「ユニークモンスターと連戦すりゃそうなってもおかしかないだろ? ぶっちゃけその装備がなけりゃ死んでもおかしくない激戦だったんだぜ?」
お世辞でもなく本心からそう告げると、ウルドはニヤリと破顔した。自分の子供ともいえる武具を褒められて嬉しくない職人などいないのだ。
実際に高い対物理・対魔法防御を誇っている竜の装備がなければ、死と隣り合わせの激戦だったのは間違いない。褒める事はあっても、職人に対しておべっかを使うような性格のレンジではないのだ。
「おう・・・・・出来てるからちょっと待ってろよ? 俺しか開けられない金庫型のアイテムボックスに仕舞ってあるんだ」
工房の棚を叩くと、壁が一回転して三メートルほどはある重厚な造りの金庫が現れる。
「この金庫は俺の師匠が凄腕の職人から購入したもんでな・・・・・・トップジョブであろうがそう簡単には壊せない。それに一度設置すると所有者以外は動かせない、開けられないって優れモンだ。本当は師匠の物だったんだが、死んだ後の所有権を最初に触れた奴に渡すって設定してあったみたいで、今は俺に所有権が移ってるんだ」
ニヤリと笑いながら重厚そうな金庫を軽く叩き軽く扉に触れると静かに扉が開く。
中を見てみると、三段になっている棚にはレンジが預けてあった装備と素材が規則正しく納められていた。所々破損していた装備だったが、ウルドの手によって完全に蘇りピカピカに磨き上げられている。
棚を見てレンジはポツリと呟いた。
「・・・・・・意外だな」
「何がだ?」
ポツリと呟かれた言葉を聞き、怪訝な顔でレンジに意図を問いかけた。
レンジがウルドの職人の技量を今更疑う気は無い。現にウルドの装備のおかげで死線を超えることが出来た、レンジはこれまでに何度もウルドの装備によって命を救われている。故に疑問はそこでは無い。
「いや・・・・・おっちゃんの事だからもっと乱雑に放置してあるかと思ったんだよ。なのに装備はともかく、素材までキチンと整理して収納されてるのが意外だったんだ、ブゴッ!!」
失礼な発言をしたレンジの頭頂にウルドの鉄拳が打ち込まれた事でレンジの奇声が工房に響く。鍛冶系統はSTRも上昇するが、レンジのVITの前では痛みなど無い・・・・・だが衝撃はあるのだ。
「あのな・・・・・確かに俺は武具はともかく、素材はわりかし扱いが雑だ・・・・・それは認めてやる。だがそれは比較的に簡単に手に入るモンだけだ。貴重品や保存の難しい素材はちゃんと管理してるんだよっ! この金庫の中にあるお前の持ち込んだ素材が一体どれくらいの値打ちがあるか分かるか? 鍛冶を極めんとするもんなら殺しても奪いたいぐらい垂涎の素材だぞ?」
頭を押さえて蹲るレンジにそう怒鳴りつけた。怒鳴りつけても怒りが収まらないのか、今もプンスカと怒っている。素材の扱いが乱雑に思われるのはウルドの誇り、鍛冶師としてのプライドに関わるらしい。
「悪かった・・・・・悪気があった訳じゃねぇ。許してくれ」
レンジも礼を失していると感じたのですぐに謝罪する。ウルドの機嫌を損ねるのは損しかないという打算もあるが、自分の発言が失礼だった自覚もあるからだ。ウルドも粘着気質ではないので謝罪を受け取ると「わかりゃぁいいんだよ」とばかりに頷く。
「それで・・・・この武具は貰っていってもいいのか?」
「応ともさ・・・・・既に破損個所は完璧に修復してあるからな。どうせまた無茶をやりに行くんだろ?」
「ちょっとBランクダンジョンにな」
無茶ばかりしているように思われるのは心外だったが、実際にその通りなので説得力が無い。それにBランクダンジョンにソロで挑む時点で、世間一般の常識からして十分に無茶といえる。この世界の一般常識でダンジョン探索はごく一部の例外を除きパーティー単位で望むのが普通なのだ。
「おめぇさんはAランクダンジョンもソロで潜ってんのに今更Bランクダンジョンに行くのか?」
「ああ、ちょっと装飾が欲しくてな」
「ひょっとしてお前が向かうのは〖虚飾の宝石箱〗か?」
〖虚飾の宝石箱〗のトレジャーからは装飾系が入手できるのは有名な話しだ。装飾が欲しくてBランクダンジョンに向かうとしたら真っ先に思い浮かべるだろう。ウルドがそう推理するのも無理はないといえる。
「そうだ。・・・・・・・そういやおっちゃんの伝手で腕のいい装飾職人を紹介して貰う事って出来ないか?」
装飾も狙いの中に入っている、だが本命はボーナスモンスターの殲滅による【天帝】のレベリングだ。ギルドが秘匿している情報の上、フギンから極秘に仕入れた情報なので馬鹿正直に言う訳にもいかないため適当にお茶を濁す。
それに装飾は武具と同じく戦闘者にとって生命線といえる程に大きなウエイトを占める。
実際に鍛冶師と同じくらい腕の良い装飾師との繋がりは重要だ。・・・・・今までは武具ばかりに気を取られ、装飾関係を蔑ろにしていたのはゲーマーとしては痛恨のミスといえる。
「おっちゃんは鍛冶師であって装飾の専門家じゃないんだろ?」
「そうだな・・・・・確かに俺でも装飾を作れないことは無い。だが専門家に比べれば劣るのは認めざるを得ない。装飾関係は【細工師】・【彫金師】・【宝飾師】の領分だからな」
自分がその道の専門家に比べて劣っている事を素直に認め頷く。これが鍛冶であれば例え相手が熟練の鍛冶師であっても負けたくないプライドがある。しかし装飾はウルドにとって専門外だ。アマチュアがプロに劣っていても恥じる事ではない。
「これまで装飾にはそこまで力を入れて無かった。出来れば腕にいい職人の伝手があったら紹介して欲しいんだ」
装飾は戦闘だけでなく、探索や日常においても非常に有用だ。状態異常対策にステータスの向上など上げればキリがない。だが今のレンジが特に重視しているのは状態異常対策だ。
これまでは異形種の持つ状態異常耐性で凌いできたが、より安定した対策手段として最も手っ取り早いのが装飾により耐性の獲得だからだ。
低レベルの耐性なら比較的入手し易いが、無効など完全な耐性を与えてくれる装飾はとんでもない値が付く上に、材料からして希少だ。・・・・・・当然そのレベルを作製できる職人もオーレリア大陸全土を見回しても両手で数えられる程に少ない。
「ぽっと出の俺が紹介も無しに訊ねた所で門前払いを喰うのが目に視えてるからな・・・・・腕の良い職人なら引っ張りだこだろうし。ちょっと前ならまだしも、今のおっちゃんに初対面の俺が訪ねてもオーダーメイドなんて作ってくれないだろ?」
「・・・・・確かにそうだな」
レンジの言葉をウルドは否定しなかった。
前にウルドがレンジ———初対面に近い得体の知れない新米冒険者のオーダーメイドを請け負ってくれたのは・・・・・ボルドンの妨害のせいで、客がほとんどいない状態で暇だったからなのが大きい。ある程度の腕を持った職人は引く手数多で、初対面の冒険者のために時間を割くほど暇ではないのだ。アポイントも無しにいきなり高レベルの職人を訊ねても歓迎されないというレンジの考えは正しい。
「他ならぬシレンの頼みなんで聞いてやりたいのはやまやまだ」
申し訳ない顔をしながら「だが・・・・・」と続く言葉に、レンジは答えを予想してしまう。
「前にも言ったかもしれんが、俺は鍛冶ばっかりやってたからそういった知り合いは殆んどいないんだ。鍛冶ギルドに登録だけはしてあるが、会合にさえ参加してないし呼ばれた事さえ無い。師匠はそういった職人たちと交流があって、小人族の【装飾王】・【彫金王】・【細工王】・【匣王】と知り合いだったらしいんだが、俺は会った事さえ無い。何処にいるかは知ってるが、仮に手紙を書いても師匠の弟子っていう肩書だけじゃ面会に漕ぎつけるのも難しいだろうな。連中は超一流どころが顧客にいる大物だ・・・・・トップジョブを獲得したといえど、まだ無名に近い俺とじゃ格が違うんだ・・・・・・済まねぇ」
ウルドはレンジの無茶ぶりともいえるお願いに、自分の知る情報を開示し真摯に頭を下げる。
「いや・・・・俺こそ急に無理を言って済まなかった」
ウルドが真摯に応えてくれたのを理解したレンジもそれ以上の無理は言わない。だが・・・・・kになった事を聞いてみる。
「もし・・・・・もし彼らが俺の依頼を受けてくれるとしたら、どういった状況だ?」
「そうだな・・・・・・生産職でトップジョブを獲得するような連中はどこまで行っても職人だ。一度も見た事の無い素材を提供すれば依頼を受けてくれるかもしれん。だが連中は超一流の冒険者が顧客にいるから、扱った事がない素材を探す方が難しいかもしれん」
そう言ってガハハハッ、と笑うウルドにつられてレンジも笑い工房内に笑い声が木霊した。
多くのゲーム世界を渡り歩いてきたレンジにとって生産を極めんとする狂った狂人共が脳裏に浮かび上がり連中の狂気を思い返しその笑みが若干引き攣っていたのをウルドが気付くことは無かった。




