第214話 ウルドの夢
〇<ファーチェス商業通り>【天帝】シレン
さてさて・・・・・クレアと別れておっちゃんのところに向かっている最中なんだが、さっきから街の住人達からガン見され嫌に注目を集めている。これまで俺に向けられる視線は悪意なり嫌悪感が込められていた。だが今も現在進行形で向けられている視線にそういった負のモノは少ない。
そういった類も全く無い訳じゃないが、以前に比べればずっと少ない。≪悪意感知≫の反応も少ない事からそれは間違いないだろう。
(まぁそうなった理由も大体見当が付くがね)
多分スタンピードで俺の行動が広まったんだろう。スタンピードはこの大陸に住まう者からしてみれば厄災の顕現。冒険者からすれば美味しい所を掻っ攫った奴でも、一般人からすれば自分たちを助けてくれた訳だからな・・・・・。
(ギルドも自分たちの権勢を高めるため、所属している俺が大活躍したとでも吹聴したんだろうさ・・・・・・。ギルドが主だって支持を表明すれば、冒険者も大っぴらに否定はできないだろうからな。まぁ結果的にこの街で暮らしやすくなるのは有難い)
誰だって敵意を向けられて気分が良いわけがない。尊敬しろとまで言う気は更々ないが、一定の敬意を向けられて悪い気はしないのが人間ってもんだ……人間辞めてるけど。
(だが気分が良いかっていわれるとそうじゃないんだよなぁ)
内心で人間の掌返しに嘲笑を浮かべる。外面は平静を装っているが・・・・・・人間の本質ってのはガキの頃に嫌ってほど思い知らされた。母の死によって後妻が家に居座った途端、掌を返してきた親族や使用人がいい証拠だ。
全ての人間がそうだという気は無い。だがそういった人間は少数なのも事実。いちいち周囲を気にしていては何も出来ない。直接的な害意をもって接してこない限り無視するのが一番なんだよな。
遠巻きに俺を見ているだけで何もしてこないんなら、俺からアクションを起こす必要性を認める必要がない。俺はさっさと裏通りに入ると、おっちゃんの店に足早に向かった。
<ウルド武具店>
俺はどうやら怪奇現象の現場に出くわしちまったらしいな・・・・・・・夢でも見ているかと思って何度か瞼をこすってみる・・・・・見える景色は変らない。
それでもまだ違和感が拭えなくて頬をつねってみるがメッチャ痛いから白昼夢でもない。何度見間違いと思っても・・・・・その光景は変らない。繰り返し何度見てもその怪現象が現実だと教えてくれる。
「お、お、お、おっちゃんの店にきゃ、客のぎょ、行列が出来てる」
おっちゃんの店に客がいるってだけで怪現象なのに、人だかりが出来てるなんて明日は槍が降ってもおかしくない・・・・・それぐらいの珍事だ。
・・・・・分かってる。おっちゃんは大品評会で最優秀鍛冶師に選ばれた風雲児(年齢はこの際置いておく)の上に鍛冶師系統のトップジョブを獲得した【鍛冶王】だ。噂を聞き付けた冒険者や猟兵が装備を見繕いに来るのは何ら不思議じゃない。
命懸けの職業をやってる連中にとって武具は命の次に大切な相棒といっていい。少しでも腕のいい鍛冶師が近くにいるならやって来るのは自明の理だ。ゲームでも有名な生産職は引っ張りだこで予定が詰まってるのが常だったからな。それ故に問題が起こり易いし、拗れやすいのも生産関連の宿命だった。
だが店の前にいる連中の事は正直言わなくても好きじゃない。いや・・・・・。
「個人的には気に喰わない・・・・・・」
これもある種の掌返しだ。【鍛冶王】の獲得前でもおっちゃんの腕は一流の水準だった。だが誰も手を差し伸べず、今まで見向きもしなかったのにちょっと有名になったからって群がるのは好みじゃない。
俺としてはおっちゃんの腕が認められて嬉しい気持ちもある。あるのだが、どうも釈然としない気分になる。
まぁ俺にとってはどうでもいい連中だ。おっちゃんに求めるのは俺の装備を作ってくれる事だけだ・・・・・それ以外———客の扱いはおっちゃんが決めるべきなんで干渉しない。俺の装備を優先的に作ってくれるという約束さえ違えなければいいんだ。
その約束を守ってくれる以上。見返りはちゃんと渡すつもりだしな。気を取り直して店に入ろうとすると、喧しい声が聞こえてきやがった。どう見ても平静じゃない・・・・・トラブルか?
「ああ? どういうことだよっ!! 俺の装備を作る事が出来ないだと? 金はちゃんと出すって言ってんだろうが!?」
「店にもちゃんと商品は出してある。それにオーダーメイドは素材を持ち込んで欲しいと言ってるだけだ」
スキンヘッドの青年と、そのパーティーと思われる若い連中がおっちゃんに詰め寄っている。どうやらオーダーメイドの装備が欲しいらしいが、おっちゃんが断っているようだな。
おっちゃんは普通の装備はともかく、顧客のリクエストに沿ったオーダーメイドは素材を持ち込まないと作らない。勘だがその顧客の力量に見合った素材でしか作らない、作りたくないんだろう。
「俺は竜の素材を使った装備が欲しいんだよっ!!」
食い下がるスキンヘッドにおっちゃんも苛立ちを募らせているようだ。
「だったら竜の素材を持って来いってさっきから言ってるじゃねぇか!! 強い装備を身に付けて強くなった気分に浸りたいんなら余所に行けよっ!!」
おっちゃんの意見は一理ある。装備は自分が狩れる魔物か、力量よりちょっと上ぐらいのモンが好ましい。強い———強すぎる装備で強さを過信して調子に乗るのは危険だからな。
「客の言う事が聞けねぇのかよっ! あんま調子こいてっと悪い噂が流れても知らねぇぞ?」
恫喝じみた脅しだが、おっちゃんは余裕の表情を浮かべ鼻で嗤い飛ばしている。
「ハッ! 知るかよ。こちとら客のいないのが当たり前だったんでな。客足が遠のこうが一向に構わんぜっ!!」
おっちゃん・・・・・啖呵をきるのは構わんが、威張れるこっちゃねーぞ?
「あぁっ!! この店が潰れてもいいのかよ?」
「フン、脅しのつもりかよっ! 俺はシレンのために武具を作るって決めてんでな。店が潰れたら潰れたで構わないな。そうすりゃ一層鍛冶を極められるしな」
「はっ!! マグレで活躍したイカサマ冒険者に入れ込むなんざ見る目がねぇなぁ、えぇおいっ!!」
「イカサマ冒険者? イカサマでユニークモンスターを討伐してユニーク武具を獲得できるのか? それだったらテメーらは1つでもユニーク武具を持ってんのか? ユニークモンスターを討伐するのがどんだけ難しいかガキでも知ってるぜっ! 反論があるなら言ってみろよ? えぇおいっ!!」
「グッ!!」
怒鳴りつけるおっちゃんの言葉にスキンヘッド共は言葉に詰まっている。諦め切れないのか口惜し気な顔で周囲の客に助けを求める様に見回すが、誰一人として味方になってくれるどころか軽蔑の目を向けている。
「ほれみろっ!! 反論さえ出来ねぇじゃねぇかっ!! それにシレンを侮辱するのは勝手だが、場所を選んだ方がいいぜっ。ギルドは公式に声明を出してるんだっ! ギルドがシレンの行動を認めている以上は、下手な嘘をぶっこいてるとギルドから睨まれるぜ?」
「あんなぽっと出の冒険者の肩を持つのかよっ?」
満足に言い返せずぼそりと呟くが、おっちゃんは意にも介さない。
「世間がどういった評価だろうが知った事かよっ!! ちょっと有名になったからって擦り寄ってくる奴らより、俺をずっとかってくれてる奴の肩を持つのは当然だっ!」
バカでかい声なんで店の外にいても丸聞こえだ。全く・・・・・恥ずかしいからあんまし持ち上げんじゃねえってぇーの。
(だが不思議と悪い気はしねぇ・・・・・身内以外で初めてじゃねぇか? 大っぴらに俺を肯定してくれるのは?)
俺を肯定してくれたのは身内と白崎商会の社長たちだけだった‥‥…。なんだか嬉しいね。
(形勢は完全に決したようだな)
場の空気は完全におっちゃんの味方だな。他の仲間はいたたまれないのか立ち去りたそうに視線を送っている。それにおっちゃんはスキンヘッドの武具を作らないとは言ってない。作って欲しけりゃ素材を持って来いって正論を言ってるだけだ。
一刻も早くこの場から立ち去りたいのか、スキンヘッドの仲間らしい人物が間に入る。
「ゼム・・・・・いい加減にしとけっ!! ウルドさんはお前に武具を作らないとは言ってない。頑張って素材を取ってこりゃいいんだ。ウルドさん、ちゃんと素材を持ってこりゃ作ってくれるんですよね?」
「最初からそう言ってるだろ? 俺は何度もオーダーメイドは素材を持って来て欲しいって伝えてるはずだ」
呆れた様な顔だがその気持ちは分かる。さっきから何度も説明してるからな・・・・・・。ちゃんと聞いとけよ?という感情が湧き出るのは仕方がないさね。
「で、でもアンタは竜の素材を持ってるんだろ? 金なら用意するから作ってくれよっ!!」
「確かに竜の素材はあるが、アレはシレンが持ち込んだモンだ。許可なく他人のために俺が勝手に使う訳に行かねぇ。もし許可があったとしてもテメーの力で討伐してない素材でオーダーメイドを作るつもりもねぇ。それがオーダーメイドを請け負う際の俺のルールだ」
直ぐにでも竜の素材を使った装備が欲しいのか、しつこく食い下がっているがおっちゃんはソレを一蹴する。ゼム君残念だったな・・・・・職人ってのは一流になればなるほど独自ルールを持ってる癖の強いのが多い。おっちゃんは金より希少な素材や金属を選ぶ生粋の鍛冶馬鹿だぜ?
「既製品なら妥協もするが、オーダーメイドはソイツの相棒だ。自分の力で材料を集めるから出来上がった武具を大切にする心が生まれる。他の店や鍛冶師がどうだか知らんが、俺は金や恫喝で信念を譲る気は無い」
おっちゃんの断言にゼムは言葉を無くしたように俯いてしまった。何があっても自分の信念を曲げない頑固者は好きだね。
「どうしても直ぐに竜の素材の武具が欲しいなら、表通りの大店の商店に行けばいい。値は張るが竜の素材を使った武具も売ってるはずだ。だが俺に作って欲しいなら素材を持って来てくれりゃ作ってやる・・・・・・男に二言は無い」
「ゼム・・・・・俺たちも協力するから頑張ろうぜ。今の俺たちじゃ高位の竜を狩るのは無理でも、もっと努力して機会に恵まれれば入手できるはずだ。それにシレンって冒険者が実力を示したのは事実だろ? 実力を示した奴を貶めるのは俺たちの流儀に反するはずだぜ?」
「ガウル・・・・・・分かった」
ガウルと呼ばれた男がゼムの肩に手を置き諭すように話しかけると、ゼムも冷静になったようだ。
「ウルドさん済まねぇ!! ゼムは竜の武具を身に付けるのがガキの頃からの夢で、大品評会の武具を見て熱くなっちまったんだ」
「ウルドさん済まねぇっ!! ガキの頃に母親が聞かせてくれた英雄譚〖真龍と紅き英雄〗の話に出て来る英雄セツナに憧れて俺は冒険者になったんだ。あの竜の武具を見て、あの武具を作った鍛冶師がこの街にいるって聞いて自分も装備したいと思ってムキになっちまったんだ」
ガウルが平身低頭で謝罪するのにつられゼムも頭を下げ謝罪する。ゼムの顔は赤らんでいたが、それは人前で頭を下げている為ではなく、子供のような理由で冷静さを失いその理由を人前で暴露したせいかもしれない。
現に遠巻きに見ていた客の何人かはクスクス笑っている。
だがそれを許さぬ(いい意味での)馬鹿がいるようだ。
「何が可笑しいんだよ? 別に誰がどんな理由で冒険しようが関係ねぇだろうがっ!!!」
だがおっちゃんはそんな客を一睨みで黙らせると一喝する。おっちゃんの声は決して大きくなかったが、馬鹿にしたような顔をしていた客を黙り込ませる有無を言わせない力がある。
一喝された連中は、何で怒鳴られてんの?とでも言いたげな顔をしている。
「俺だって鍛冶を志したのは食うに困ってだが、ある程度力がついてからは伝説に出て来る英雄が身に付けていたような武具を作りたかったから鍛冶にのめり込み没頭した。ついこないだまで客さえいなかったが、一度も夢を諦めたことは無い。いい年こいて何夢見てやがるって嗤いたきゃ嗤うがいいさ。だが俺やソイツの夢が誰かに迷惑を掛けたか? どんな夢だろうが他人様に迷惑を掛けずに真剣にやってるなら他人に笑われる覚えは無いし、嗤う資格も無い」
誰一人として声を発することも出来ない。それほどの熱量がおっちゃんの言葉にはあった。自分の夢を諦めない、絶対に叶えてやるっていう意気込みが伝わってくるようだ・・・・・・。
「諦めなけりゃどれだけ極小でも夢が叶う可能性は決してゼロにならない。夢ってのは力が無いから叶えられないんじゃない。諦めちまうから叶えられないんだ」
俺は絶対に夢を諦めない。そう断言するおっちゃんは、この場の誰よりも輝いて見えた。
「おっちゃんカッコイイね~」
いつまでもぼうっと突っ立ってるのも何なので拍手をしながら店の中に入り、冷やかすような目をおっちゃんに向ける。まさかの俺の登場におっちゃんはアタフタしているな。
「・・・・し、シレンか・・・・・恥ずかしい事を聞かれちまったみてぇだな!?」
知らぬ間におっちゃんも熱くなっていたんだろう。そのせいか周りが見えていなかったようだ。大勢の前で夢を語った事が恥ずかしくなったのか真っ赤になっている。すっげぇ今更だけどな。
周囲は俺を見てひそひそと話してるのが感じが悪いが、興味さえ無いので放置しておく。害さえ無けりゃどうでもいい存在だしな。
ニヤニヤした表情を真剣なものに変えておっちゃんに向き直り言葉を紡ぐ。
「いや、堂々としてりゃいいじゃんか。誰にも迷惑を掛けていなけりゃ夢を語るのは恥ずかしい事じゃないんだろ? 俺にも叶えたい目標がある・・・・・・いい話しが聞けたよ」
俺が茶化している訳じゃないと察したのかおっちゃんの顔はさらに赤くなる。
おっちゃんの持論を全て肯定する訳じゃない。だが「諦めなければ可能性はゼロじゃ無い」って言葉は感じ入る物がある。装備を受け取りに来ただけだったんだが、良い話が聞けて良かったよ。




