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第212話 最後の休息


 〇<神無川病院>【殲滅王】志波蓮二


 ウザったい虫の始末が終わってもうひと眠りと思った矢先、夜勤についていた幼馴染の詩織から母さんの容体が悪いと連絡が入り。飯も食わずにクレアと一緒に病院にすっ飛んできたわけなんだが・・・・・。


「で? 体調は大丈夫なのか?」


「ちょっとエライ事もあるけど、概ね大丈夫よ。それよりもアンタのムサイ顔じゃなくてクレアちゃんの顔を見せなさい」


「このアマ、いっぺん張った押すぞ?」


 俺が凄んで手の平を振り上げると・・・・・。


「クレアちゃん警察を呼んで頂戴・・・・・病室に暴漢が出たわっ!!」


 まるで本当に暴漢に遭遇したような迫真の演技でクレアに縋りつく元気一杯な母君がいらっしゃいましたよ。この変わりの無さ・・・・・ホントに容体が悪化してたのか? それよりも、いつの間にクレアにちゃん付けするほど仲良くなったんだ?


「詩織から容体が悪化したって連絡が来て朝っぱらからすっ飛んできたわけなんだが?……」


 どう見ても普段以上にピンピンしてるんですが? ホントに体調が悪かったのかと半眼で詩織に顔を向けるが、その顔は真剣そのものでふざけた様子は無い。


「本当よ? おばさん朝方に凄く苦しそうだったんだから。大体悪ふざけであんたに連絡なんてするわけないでしょ?」


 全くもってその通りです・・・・・詩織はオンオフがしっかりしている。私生活では抜けた一面もあるが、仕事に関して悪ふざけをするような女じゃない。


「疑って悪かった・・・・・母の事なんでついな・・・・・」


「いいのよ・・・・・お母さんの事だもの・・・・・身内を心配するのは当たり前の事でしょ? レンジは昔から身内に関しては怖くなるからね」


 申し訳なさげに謝罪するが、カラカラと笑って許してくれる。俺とタメなのにウインクはどうかと思ったが、指摘すると鉄拳が飛んでくるので口を閉ざすのが吉だ。俺の考えを呼んだのか、ジトッとした目を向けられたが無視しておこう。


「そういや今日は平日だけど、仕事はどうしたのさ?」


「我が社は実質開店休業中だ。政府から補助金が貰えるんで休んだ方がいいらしいんでな」


 社長夫妻には俺が休職を願い出た事について母には伏せて貰うようにお願いしてある。既に大手の企業を通して政府に東京復興で需要があり価格が高騰している食材を、適正価格で売りつけた事で白崎商会は膨大な利益が出ている。世話になった地方の生産者の人たちにお礼も言ったし、俺の仕事は実質無いといっていい。


「世界中がおかしくなって大河(たいが)さんも大変だろうからね。アンタなんかを拾ってくれたんだから精一杯働いて奉公しなさいよ」


「ああ、不義理な真似はしないように気を付けてるさ」


 母の姿は普段と変わりない・・・・・・様に見える。だがさっきから僅かに呼吸が荒い。俺たちが来てるんで心配させないように無理してるんだろう。


(やはり残された時間は決して多くない。明日中に<龍機界>の48層まで進めた方がいいな・・・・・そんで近い場所のセイフティゾーンを転移石に記録。そうしたらユニークモンスターの偵察と対策を立てて一気にクリアする)


 これまで三体のユニークモンスターを撃破してきた経験から、ユニークモンスターの知識って程大層なもんじゃないが、大まかな傾向みたいなもんが分かってきた。


 ユニークモンスターはその能力を最大クラスまで高めた特殊進化個体って感じなんだろう。グラムは〖対龍特化〗・デスウイルスは〖殲滅特化〗。エンセリアボルトは〖雷特化〗。ユニークモンスターってのは、その能力傾向を異常なほど特化させた魔物の強者……だと思う。


 自信が無いのはグラムは竜特化だが、異様に強かったから……。正直いまの俺でも確実に勝てるか?と聞かれても、どっこいどっこいと答える。デスウイルスに割とあっさり勝利できたのは、グラムの性能———竜特化の武具を所有していたからだ・・・・・グラム無しのタイマン勝負だと結果は分からない。エンセリアボルトは≪限定昇華≫が無ければ8割がた負けていた。タイマンで確実に勝てると問われれば、首を横に振る。


 だが逆にいえばメタ対策を取れば【伝説級】までなら勝負・・・・・勝率五割近い確保は出来るって事だ。甘い見通しだとクエストは討伐せよって言ってるだけで『最大戦功獲得者になってユニーク武具を手に入れろ』とは言っていない。弱った方に集中砲火をぶち込んで、討伐すれば漁夫の利を得られる。


(ゲームなら人の獲物を横取りする『ダーティーゲーマー(汚い野郎)』としてバッシングを浴びる。俺もゲームだったら絶対にやらない戦法だ・・・・・つまんないからな。だが俺の目的のためならハイエナだろうが腐肉漁りだろうが甘んじて受け入れる・・・・・あと一歩、僅かで手が届くんだ・・・・・)


「どうしたの? 怖い顔して黙り込んじゃって?」


 心配そうに俺を覗き込む母の顔を見て、ハッとする。苦しいがホントの事を云う訳にもいかんので誤魔化すしかない。


「ああ、大丈夫そうならクレアと一緒に三人でランチでも行こうかと思ったんだが・・・・・やっぱ病人だし厳しいよな?」


 詩織にダメ元で訊ねるが、その難しい表情を見るにやっぱダメか・・・・・・。


「そうね・・・・・おばさんの病気は未知の、原因さえよく分かっていない。体調が良いときは普段と変わらないけど、悪いときは凄く苦しそうなのよ。だから外食は控えた方がいいと思うわ。それに今は健康そうだけど、朝方は本当に苦しそうだった・・・・・看護師としての意見は外出も控えた方がいいと思う」


「そう・・・・だよな。病室に籠りっきりじゃ気が滅入ると思ってな。気晴らしに軽いランチでも・・・・と思ったんだが安静にしといた方がいいよな」


 本音半分、誤魔化し半分ってとこだが、久しぶりに親孝行したいってのは紛れもない本心からだ。


「はいはい、詩織ちゃんを困らせないの。それに良くなったら幾らでも外食すればいいだけなんだから……アンタのお金でね!!!」


 残念そうに俯くが、それを叱咤する声を掛けられてしまった。だが最後の台詞で台無しだ。


「いや、そこは私の奢りっていうとこじゃないか?」


「は~、何とも気が利かないけち臭い息子だよ。快気祝いで俺が全部出すっていうのが男気ってもんだろうに・・・・・」


 俺のツッコミに肩を竦めて呆れる様なゼスチャーをしやがった。その物言いは少々聞き捨てならないな。確かに俺は倹約家だが、出すときはパッと出すんだよ。


「俺は男女平等がモットーなんでな。男でも女でも同席するなら基本的に割り勘なのは認めよう。だがクレアの前でけち臭いってのは聞き捨てならん。快気祝いも兼ねて食事代は俺が全部出す。高級店に行って何を食っても飲んでも一切文句は言わん」


「それでこそ私の息子だよ。母ちゃんはいい子を持った」


「今更気付いたか? あ、幾ら暴飲暴食しようが何も言わんが太った場合の責任は一切取らんのでダイエットでもするんだな」


 母がパチパチと拍手するが、ワザとらしい事この上なし。詩織もクスクス笑っているのが目に入る。そういや仕事とはいえ詩織も世話になったよな・・・・・・。


「詩織も我儘な婆さんが世話になったんで快気祝いには同席してくれよ?」


「え?」


 俺の提案に驚いたように声を上げるが、そうでもしなけりゃ返せないだろうが。年頃の女性に物を贈るのもどうかと思うし、高価な物なんてお前は受け取らないだろうしな。飯かなんかで返すのが一番手っ取り早い……ってぇ~。


「レンジ・・・・・我儘な婆さんってのは私の事かい?」


 このアマ・・・・・俺の腹部に裏拳をブッコみやがった。女の筋力じゃ俺のVITを突破できんが、この人はウチの道場に通っていたからな。古流武術の発勁に近い技を(この年で)楽勝に撃てる女怪だ。痛くは無いが、それなりに衝撃はある。


「病気で寝すぎて耳が遠くなったか? 俺は貞淑な美女って言ったはずだっ!!」


「いえ、レンジさんは我儘な婆さんと言われていましたよっ」


「クレアっ!」


 まさかのクレアの裏切りに俺動揺。


「そうね・・・・・・我儘な婆さんって私にもそう聞こえたわ」


「詩織まで・・・・・・」


 コイツらは場を和ませようとした俺のお茶目なジョークを解せんのか。


「お母さん傷付いちゃったな~」


 わざとらしい言葉ですこと。「要求があるなら言ってみな」というジェスチャーを交えて顎でしゃくるとニヤリと子供のように無邪気に嗤う。


「満島屋の世界の厳選スイーツをお腹いっぱい食べたら立ち直れそうなんだけどな~」


 前にクレアの服を買いに行った高級デパート満島屋には世界中から一流以上の有名店がテナントとして立ち並んでいる。地下の食品エリアの一角には・・・・・・確か世界中のスイーツがあるんだったかな?俺はコンビニのスイーツ派なんで名前を知っている位だがな。まぁ高いといってもスイーツだ。高級ブランドを買い漁るよりは安くあがる・・・・・金はそれなりにあるしな。


「それぐらいで済むなら安いもんだ。三人前御馳走させて貰うって事で手打ちにしたい」


「りょ~か~い。言ってみるもんだね」


「レンジさま、ん」


「ちょ、ちょっとレンジ、私までご馳走になる訳にはいかないわよっ!!」


 ニンマリと悪戯が成功したように嗤う母。レンジ様と言い掛け、慌てて訂正したせいで妙なアクセントになったクレア。知らん間にご馳走になるのが確定して気が引けたのか遠慮する詩織。と三者三様の反応になったのが面白い。


「飯は大勢で食った方が美味い。詩織には母さんが世話になったんだ食事くらいは奢らせてくれよ?」


「で、でも家族水入らずの方がいいんじゃ……それに私がおばさんを看護するのは仕事なんだし」


「小学校の頃から長い付き合いだろ? 他の連中は俺が怖くてよそよそしく離れて行っても、お前さんだけは態度を変えないのは結構嬉しかったんだぜ? その礼くらいさせてくれ」


 ガキの頃・・・・難癖を付けてきて俺ばかりじゃなく親父や母さんを侮辱した上級生を半殺しにしたこともあり同学年で俺は腫物扱いだった。騒ぐ学校や馬鹿な親に、虐めや嫌がらせの証拠をネタに脅した事もあってか俺は教師からも煙たがられた。そんな中で唯一態度を変えなかったのが詩織だった。俺を助けてくれた訳じゃないが、あの頃の俺にとって普通の態度は有難かったんだ。


(いつか礼をしなくちゃと思いつつ、ずるずると先延ばしにしてきたが、ちょうどいい機会だろう)


「そうよ・・・・・お仕事だって言っても色々と気に掛けてくれておばさんとっても助かったのよ? お礼ぐらいさせてよ・・・・・レンジのお金だけどね」


 最後の台詞で色々台無しだよっ! それにペロリと舌を出すあざとい仕草はガキだから可愛いのであって、初老の婆さんがやるといたいたしぃ・・・・・うん、母はいつも綺麗で美しいなぁ~アハハハハハハハハハ。


(なんつ―勘の良さだっ。妖怪かよこの女は・・・・・)


 不埒な考えを見透かされたのか、鋭角化した視線を向けてきたので慌てて明後日の方向に視線を逸らす。


「分かった・・・・・いえ、レンジ申し訳ないけどご馳走になるわね」


「おう・・・・どうせ俺には他に呼ぶような友人は・・・・いるが、彼女が出来たみたいでな。せっかくイチャイチャしてんのを呼ぶのも忍びない。軽い感じで飯に行くってくらいでいいぞ」


「アンタ・・・・・相変わらず友達がいないのね。ボッチを極めてるんじゃないの」


「ほっとけ。確かにダチと呼べるのは片手で数えられるが、気の良い奴らばっかりだぞ?」


 失礼な物言いには断固抗議しますよ。友達ってのは数じゃない、質だ。百人の信用できん友人より、たった一人でも信用できる友人の方が俺的には好きなんだよ。面倒な付き合いも無いしな。


「まぁ数人でも、隅っこでポツンとッボッチだった頃に比べたら凄い成長かも知れないわね。楽しみにしてるから何処か良い所に連れて行ってよ」


「おう、適当に良い店を探しておく」


 教室の隅で一人でいた頃に比べりゃ確かに成長したかもしれんな。さて・・・・・目標達成と達成後の楽しみが出来たんでもうひと頑張りしますかね。


 ◆


 余り長居するのもどうかと思ったんで一時間ほどでお暇させて貰った。その後、クレアと食事をして色々と見て回る。


 母が大変な時に遊ぶなんてっていう後ろめたさもあったが、焦ってドジを踏んでは全てがおじゃんになると自分に言い聞かせた。ここ最近はハードワークっていうのも生温い強行軍に心身の疲弊を感じていたからだ。


 一日を丸ッと遊び倒すことで心身ともにリフレッシュした俺たちは異世界———オーレリア大陸へと向かう。ここからはノンストップの強行軍で決して止まらない。そう誓いを立てて。

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