第197話 現界せし神話たち
東京クエストを皮切りとした世界中の大国で発生した災害クエスト。
【運営】が魔物の脅威を世に知らしめ。地球が既存の常識など役に立たないほど変貌した事実。それに伴う導入・実装されたシステムの理解と成長を促すべく起こすべくして起こされた災害。
それは一定の成果。『魔物は危険である』とは知らしめられた。だが真の脅威とは認識されていなかった。‥‥…特に大国の上層部の上に立ち実戦を知らぬものほどその傾向が強かった。
その理由は?
至極単純にして明快。出現した魔物に対して手も足も出なかったのは『兵器が使えなかったから』。近代兵器である重火器を始めとする戦闘車両、戦車、戦闘機。そして戦術・戦略ミサイルを始めとする兵器群。
地球さえも破壊できる力を人類は所有している。その代名詞たる兵器さえ使用できれば魔物など襲るるに足らん。
‥‥…愚かしくも彼等の大半はそう考えていた。
もちろん全てがそのように楽観視していた訳では無い。魔物の脅威を間近で感じた者や前線のいた兵士たちほど『魔物の脅威に対抗するにはジョブを鍛えるしかない』。その真理を感じ取っていた。
何よりも自分たちを助けてくれたのは謎のヒーロー≪フェイスレス≫。いま世界で最も人気のある彼?がそう言ってたんだから間違いない。そういった想いが大半を占めていた。
何よりも【運営】によって兵器は一切使用できなかった。もう一度同じ事をされたらどうするんだ? それにダンジョンでは電子機器を使った最新武装は機能を停止するらしいじゃないか。近代武装も無しに魔物が闊歩するダンジョンをどうやって探索するんだ?
彼らの理屈は正しい。文句のつけようのない正論。
だが正論でも上が『ハイ、ソウデスネ!』と実行できるかは別問題だろう。
まず兵器はメンテナンスするにも廃棄するにしても膨大な金銭が必要になる。更には軍需産業と国家は密接な繋がりがある。何よりも軍需物資は国家を富ませるためにも切っても切り捨てられない存在。
既存の兵器の生産レーンを変更するだけでもタダでは無い。
根本的な問題として政界・財界・軍隊。それらの全てが膨大な利を産む軍需産業とは密接な繋がりがある。誰もが彼等の機嫌を損ねる真似はしたくないのが嘘偽らざる本音。
究極的な問題として。軍需産業を軽んじ蔑ろにする事は『国家の力を弱め、責められた時に抵抗する力を無くす』……と支配者たちは永きに渡る経験から知っているからに過ぎない。
そんな彼らをして路線を変更せざるを得ない事態が発生する。災害クエスト終了から一か月が経過した頃、それらは現界した。
◆
『What? 軍事衛星からのデータが急に途絶えたぞ? 機器の故障か?』
『ぼさぼさするなバックアッププログラムを起動させろっ!』
「了解‥‥…起動させました」
『駄目ですっ!! 依然として軍事衛星からの応答がありません。【アポロ】【マーズ】【シリウス】‥‥…それ以外も全てのAIにコールしていますがまったく応答がありません』
その言葉に、この場における最高責任者が苛立たし気に机に拳を叩きつける。
『どういうことだっ!! 一基や弐基なら偶然もあり得るが、全てから連絡が途絶えるなど有り得ん』
『他国のサイバーテロでしょうか?』
まだ若い尉官が恐る恐る原因を口にするが……。
『憶測で滅多な事を口にするなっ! 』
怒声と共に一喝されてしまう。司令官の真っ赤な顔を見て若い尉官は震えあがるが、誰からもフォローはない。
彼の予測は充分にあり得るが、迂闊に口に出していい言葉ではない。この国に言霊という概念は無いが、噓から出た実という言葉はある。
もし事実なら仕掛けてきたのは間違いなく大国。大国同士が戦争に発展すれば恐ろしい事態が起こるのは想像に難くない。最悪、WWⅣが起こるかもしれない。
『し、司令っ!!』
『今度は何だぁっ!!』
『こ、こ、ここ』
『落ち着けいっ!! 深呼吸してから状況を正確かつ簡潔に伝えろっ!!』
取り乱す職員に司令は焦らず、穏やかな声音でそう告げた。
『は、はい! す~っ、は~っ、す~っ、は~!!』
『浮足立つなっ!! まずは全員で深呼吸っ!! クールになれぃ!!』
『『『は、はい! す~っ、は~っ、す~っ、は~!!』』』
こういった事態に声を張り上げたり怒鳴っても委縮させるだけ。この後に的確に行動する為にも自分だけでなく、周囲を落ち着かせる必要がある。逸る気持ちを抑え付け彼は浮足立った周囲を冷静にさせるべく動いた。
そしてその判断は的確で普段ほどではないが、冷静さが戻ってきたようだ。それを感じ取った彼は司令官として命じる。
『状況を伝えろぃっ!!』
『す、ステイツの宇宙ステーションが、何者かにこ、攻撃を受けています』
『『な、何だってぇ~!!!』』
宇宙ステーションとはステイツが宇宙開発のため膨大な国費を掛けて開発。打ち上げたステイツの栄光にして未来への礎。それが攻撃を受けているとなれば国土への侵攻と同義。
ステイツは威信に賭けても防衛しなければならない。
『映像‥‥…出ますっ!!』
ARが空中に画像を映し出す。それを見て‥……。
『『あぁっ!! オーマイガー!』』
司令部にいた全員は悲痛な声を漏らした。ほとんどの者が目から涙が流れ落ちている。彼等の目に映っているのは無惨にも中心に大穴が空いた星形の建造物。辛うじて各部が繋がっているだけのステーション。
怒りのあまり冷静であろうとした司令は机を殴りつけ破壊、更には怒声を張り上げた。
『グヌヌヌヌッ!! どこのどいつだぁっ!! あのステーションは我が国の、ステイツの誇りだぞっ!! 我が国と血みどろの戦争がしたいのかぁっ!!』
彼の言葉はこの場だけでなく、ステイツ国民の総意といっても過言ではない。あのステーションはステイツ国民の血税によって創り上げられた正にステイツそのもの。
星の海を漂うステイツの目に視える輝かしき栄光。そこに攻撃を加えるなどステイツに喧嘩を売っているに等しい。
だが……この悲報はステイツに限った話では無く。ステーションだけではなく、全ての人工衛星が攻撃を受け。抵抗さえ出来ず、無惨な残骸を星の海に漂わせていた。
◆
『‥‥………』
その存在にとってソレは自らの支配領域に無断で入り込んだ不届き者。自分の塒を我が物顔で漂っているだけのゴミに過ぎない。
ゴミはどうする? 全て消し去ってやる。自分の領域に入る者は決して許さない。彼の者は直ぐに行動に起こした。
星の海に流星が無数の光を引き連れ煌めく。巨大な隕石が無数の閃光と共に星空間を飛び回る。
自分の拭らに入り込んだゴミはすぐさま残骸を撒き散らし、星の引力に惹かれたように落下していく。
『‥‥……』
それを愉悦と共に見ながら彼?は無い鼻を鳴らした。
まだ最も大きいゴミが残っている。アレも破壊してやろう。跡形もなく燃やしてやろう。この空間内で自分に勝てる者などいない。誰よりも彼が知っていた。
彼が近くするは宇宙に漂う星型の建造物。誰かにとっては大切かも知れないが、彼にとってはゴミでしかない。
—壊してやる。何だよ、何か文句あるのか? 許さない? 弱いから悪い。文句があるならここまで来てみろよ!!
眼下にある星から向けられる敵意。そんなちっぽけな感情など意にも介さない。介す必要さえ無い。だって弱っちいからっ!!
許せないの? それがどうした? お前らに何が出来る? 弱っちい奴が悪いんだ!!
自分に向けられる負の感情を察知しても嘲笑う。文句があるならここまで来てみろ……そうしたら、潰してやるっ!!
隕石が割れ……中から心臓の様に脈を打つ真紅の核のようなものが露出した。次の瞬間‥‥…彼の周囲を漂っていた全ての者は跡形もなく消滅した。
『‥‥……………』
発声器官を持たぬ彼に言葉は喋れない。だが感情はある。いま彼を支配する感情は歓喜。
彼の周囲には目障りなゴミは何一つ残っていない。
こうして地球の国家は眼を失う。宇宙開発、人類が宇宙に進出した証である人工の星は……
一つも残らず、跡形もなく消滅した。
空の更に上。星の不可侵領域を支配する絶対者。かつて一つのセカイを焼き尽くし回収された超危険物。
彼こそは神話級ユニークモンスター【覇群衝星 スターキャスター】
◆
神が支配するは宇宙だけではない。地上にも神が降臨していた。
〇<エリア??>
ステイツの最新鋭戦闘機F47が目標を補足する。モニターには青、というより蒼く輝いた小山ほどある狼が寝そべっている姿が映しだされている。
「おい、マジででっかい犬ッコロがいるぞ? あん? 俺たちを見ても生意気に欠伸をしてやがる。人間様の力をチイッとばかり教えてやらなくちゃならんなぁ」
誇りあるステイツ空軍に所属する航空部隊のエース。マシュー大尉は鼻息荒く捲し立てる。彼は先日のクエストで魔物相手に不様に敗北した陸軍を嫌悪していた。
もっとも彼がいた所でクエスト発生エリアに侵入した全ての兵器が沈黙する。彼がいても弾除けにしかならなかっただろう。
それでも彼には根拠皆無の絶対的な自信があった。『俺さえいればステイツの国民に傷など負わせなかった。あの怪しい似非ヒーローにデカい顔などさせなかった』そう信じているのだ。
ヒーロー願望のある彼はとにかくフェイスレスが気に食わない。ステイツの誰もが彼を褒め称えている現状がこの上なく不満だった。
だがフェイスレスを非難しても彼に向けられるのは侮蔑。フェイスレスが讃えられるのはその強さもそうだが、何一つ彼が求めない点。無償でヒーロー活動を行っている点にステイツ国民の多くが感銘を受けたのだ。フェイスレスは彼らの英雄像。前世紀のアメコミに登場するヒーローそのものなのだ。
何の実績も無い者が避難しても不快に思うだけ。自分たちのヒーローを穢されたように感じるのも無理はない。
自分に侮蔑の目を向けさせるフェイスレスは、マシュー大尉にとっていけ好かないクソ野郎でしかなかった。
『司令部より許可が出た。これより目標に一斉攻撃を仕掛ける』
『『『イエス、サー』』』
(犬ッコロが、見てやがれっ!! 人間様の力を思い知らせてやる。これは俺のあるべき姿。英雄への輝かしき第一歩。その礎になれるのを感謝しやがれっ!)
『『『『ファイヤーッ!!!』』』』
F47から一斉に放たれる戦術級ミサイル。当たれば木っ端微塵に吹き飛び威力を秘めた人の持つ叡智の結晶。
誰もが……ミサイルを放った彼らだけでなく、この作戦を立案した司令部も勝利を確信した。超音速で飛来し、命中するまで目標を追尾する最新鋭のミサイル。
対処するなら発射前に機体ごと破壊する位しかない。
ターゲットをロックして発射された以上。勝利は確定している。もし効果が無くともニ十キロほど離れた場所に待機している機甲師団が一斉砲撃する手はずになっている。
正に完璧な作戦といえる。
そう‥‥…今までの常識に照らし合わせれば。
迫りくるミサイルを前に巨大な狼、巨狼は億劫そうにノソリと立ち上がると右前脚を大きく振り上げる。何をしようというのか? 観察していた全ての者は、パンチでもして迎撃する気か?と巨狼の行為を馬鹿にするように嘲笑う。
『‥……』
巨狼は振り上げた前脚を‥‥…一気に振り下ろす。
何も起こらない‥‥…誰もがそう思った。だが……変化は直ぐに現れた。観察していた全ての者たちが目を疑うような非現実的な形で。
巨狼に向け発射されたミサイルが……鋭利な刃物で切り裂かれた様に……スッパリと切り裂かれ亀裂が生じ‥‥…粉微塵になった。それも一つ二つではない。全てが‥‥…だ。
誰もが目を疑い、口を半開きにする。有り得ない。彼等の胸中を表すにこれほど相応しい言葉は無いだろう。
だが……まだ終わっていない。巨狼は自らの縄張りに無節操に入り込む者を許すほど寛容ではない。
前脚を振り上げ一度、二度、三度と振り下ろす。先ほどの理解不明の現象に我を失っていたマシュー大尉はハッとする。
巨狼の行動を見て航空部隊の撤退を考えるが……遅すぎた。
『エアー小隊……離脱を開始するぅぅぅぅぅぅ!?』
『『『りょ、えっ!?』』』
次の瞬間‥……巨狼を中心とする半径三十キロ圏内に存在した……全て、あらゆる有機物・無機物問わず切り裂かれ、原形を留めないミンチに変わる。
航空機も、機甲師団も、無人偵察機も‥‥…残されているのは豆粒ほど微塵にされた兵器の残骸と肉片‥‥…後は人の地の染み込んだ大地だけ。
唯一の救いは痛みも無く一瞬で事切れたくらいだろう。
ステイツの軍部はたった一匹の魔物に大敗を喫した。
その後も面子と威信をかけて何度も討伐を試みるも結果は同じ。巨狼のテリトリーに侵入した全ては跡形もなく微塵にされるだけだった。
だが悔やむ事なかれ、恥じ入る必要さえも無し。その巨狼こそセカイの頂点に君臨せし最強の魔獣。領域を侵せし者に救い無き絶望を与える大地と天空を支配せし最強の狼。
その蒼き巨狼の名は神話級ユニークモンスター【天狼王 シリウス】。
程度の差こそあれど神話級ユニークモンスターの脅威は同時刻、世界中にて確認された。
南米大陸では六対十二枚。白と黒の翼を持つ美しき堕天使【審託天死 ジャンヌ】により人は狂い、阿鼻叫喚の地獄と化した。
統一中華連合・旧モンゴル自治区では万を超える騎馬隊を統率する武神【統逸煌帝 テムジン】により蹂躙され。
新制ロシア連邦では絢爛豪華にして巨大な玉座に座る皇帝【怒涛烈風 アレクサンドロス】の繰り出す疾風怒濤の猛攻を前に成す術もなく殲滅され。
東西EUでは姿なき悪魔【神算鬼謀 カエサル】の謀略により幾つもの国家に亀裂が走る無法地帯と化し大量の流民が発生。欧州全土を巻き込んだ大混乱が起こる。
アフリカ大陸では不気味に輝く墳墓のような外観の超巨大な立方体【厄災封匣 パンジャ】により生態系は乱れ大地は腐り真の弱肉強食の地となり夥しい死者が出る。
日本はそんな世界情勢を不憫に思いつつも安堵していた。日本には目に視える形での脅威は見受けられなかったから。
『今回俺たちの国は面倒ごとに巻き込まれずに済んだ、ラッキーっ!!』と口にこそ出さないが、国民の誰もが似たような感情を抱いていた。
政府や軍隊も外面は同情しつつ内心では『これで立て直しの時間が稼げるわい』とほくそ笑んでいた。
だが‥‥…そんな安心は早い。少し思考を加速させてみよう。これまでセカイを巻き込んだクエストは日本が含まれていた。現在でも日本のようなちっぽけな島国にAランクダンジョンが二つある点から見てもおかしくないだろうか?
『【運営】はこの島国を特別視している』そう受け取れないだろうか?
日本の上層部が行うべきは被害を受けなかった事に安堵するのではなくおかしいと感じ、如何なる犠牲を払っても全土をくまなく探索するべきだった。
かつて東海地区と呼ばれた日本の中心部。その山間部に三メートルほどある巨躯の存在が巨岩の上に居座っている。金と白の髪を振り乱し、その頭部には三本の鋭い角が天を突かんばかりに主張している……漆黒の肌を持つ大鬼。腰には液体の入った瓢箪がぶら下がり。地面には山をも砕かんばかりの威圧感を放つゴツイ金砕棒が無造作に置かれている。
『焦るな~焦るな~!! 時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりとやろうじゃねぇかぁ』
そう言うや腰にあった瓢箪の液体を口に含むと一気に飲み干す。口からは酒精と共に血生臭い息が周囲に漂っていく。
『まずは眷属……手下を増やささねぇとなぁ~。クハハハっ!! 楽しくなってきやがった』
目覚めたばかり。まずは手順を踏まないといけない。己の領域≪鬼哭結界≫をゆっくり広げるのが先決。
彼の大鬼こそ数多の妖怪を統率する最強の鬼にして妖怪の王【百鬼大将 ゲドウマル】。
セカイの誰も気付いていない。その大鬼によって大事件という言葉さえ温い悲哀と絶望が引き起こされるなど‥‥…。
この島国に住む人々の尊厳を奪い取り、政府と軍の信用を回復不可能にまで貶めた極東史上最悪の悲劇。後世に崩壊の契機とされ『鬼哭事件』と呼ばれる地獄が生み出されるなど……。
漆黒の大鬼は大人しく力を蓄える。その地獄が顕現するのは一年ほど後……この地に住む人は後悔する。
セカイの混乱を尻目に偽りの平和に安堵し、享受していたツケが何十倍になって返ってくるなど思いもよらぬ。
今は偽りの平和と安堵に酔いしれるがいいさぁ……因果応報って言葉を骨の髄まで知る事になるのだから。
お読みいただきありがとうございます。
予約時間をミスってました(汗)




