第194話 外界と隔絶された島
ユニークモンスター二体を討伐しスタンピードを収束に導いた。言葉にすれば単純だが、それがどれほどの偉業か実力者ほど理解しやすい傾向にある。
オーレリア大陸に住む人間種にとって魔物とは身近であると同時に生きていく上で避けられない脅威でもある。
その中でもユニークモンスターは別格の怪物として幼少の頃より教わる。日本で言う『悪い事をすると地獄に落ちて閻魔様に歯を抜かれる』とは少々違うが。幼少期から近づくのも憚られる脅威として教わるのが常だ。
そんな強者中の強者であるユニークモンスターを二体討伐し、厄災とも表現される魔物大氾濫を収束に導いた存在の噂が広まらぬはずが無い。
上は都市国家上層部から下は庶民まで新たなる英雄、冒険者シレンの名はオーレリア大陸中を駆け巡っていた。
エルスティア、マギノマキナだけでなく。領土の大半が砂漠に覆われ過酷な環境の中であっても様々な種族が共存している他種族都市国家デザリア。大陸にある領土よりも船上での生活に重きを置く海洋国家オーシャンでもそれは同様であった。
だが、ただ一か所においてはその限りでは無かった。
何故ならばその国にとってはスタンピードなど、どうでもいい事だから。
その国を表す言葉は無数にある。『鬼ヶ島』『極東の無法地帯』『鍛冶大国』『蛮族の聖地』『修羅の島』『蠱毒の壺』など恐ろしい名称の様に物騒な噂に事欠かない。
それが大陸と切り離された島国<天翔>である。
彼等が外界に興味がない理由は、その島は常に内乱が起きているから。正確には島内の有力者が各派閥に分かれて争い、島の覇権を巡った殺し合いが日常的に起きているからである。
地球で言うオーストラリアほどの面積の島国に六つの大名と呼ばれる家があり。その内の四家が覇権を巡り争っている。
簡潔に説明するなら四家の内の誰が頂点に立ち、島を統べるかで千年以上争いが続いている。
何故そのようになったのか? それを説明するには千五百百年以上前まで遡らなければならない。
元々天翔は外界から隔絶され、周囲の海も凶暴な海棲モンスターが生息しているため迂闊に踏み込めぬと地であった。都市国家と言われているが、正確には都市でさえ無い。冒険者ギルドも一応は存在するが、機能していない唯一の場所でもある。
元より争いが絶えぬ土地であったが千五百年ほど前。初めて天翔を統一した武士が現れた。
その武士を御剣剣真といい。今も天翔に伝わる極めれば神さえ切り裂くとされる最強の流派。『神鳴流』を興した開祖にして、その神憑った強さから現在も【刀神】として崇められ祀られている最強の武士。
現在もなお続く内乱はこの剣士が創り出した制度に起因していた。
彼は多数の弟子を持っていたが、晩年に差し掛かった時に流派を受け継がせる総師範を決める時期になった時、候補に挙がったのは六人。青葉・朱門・白滝・黒部・陰能・雷伝という姓を持つ六人の弟子たち。彼等はそれぞれに家を興し、剣真の教えを守り天翔の守護を担っているほどの猛者たちであった。
その実力は伯仲しており誰に継がせるか悩むほどの実力者たち。実力不足で悩むのに比すれば、ある意味では贅沢な悩みといえるだろう。それ故に彼は誰を後継者にするか決めかねていた。
だが最強と呼ばれた男にも人である以上、避けては通れぬものがある。そう寿命が訪れたのだ。
剣真が天寿を全うし、その生を終え後継者問題に頭を悩ませ……る事は無かった。
剣真は自分が死んだ後の事を思案し、この土地にあった解決法を考え出していたからだ。
彼には息子もいたが、彼の弟子たちは全員が強く。自分より弱い者に首を垂れる気性では無かった。
剣の理を知り尽くし、聡明でもあった開祖・剣真はこう考えた。『息子に弟子たち。誰を後継者に指名しても納得はすまい。必ず再び内乱が起こり天翔が乱れるだろう』……と。
例え自分が遺言を残しても、それが自らの意に添わねば血を血で洗う事態になりかねないと危惧した。どれだけ自分を慕っても、『死んだ後にまで影響力があるはず無し』と聡明な彼は理解していたのだ。
だが彼には解決策があった。その解決策とは彼の腰に凪ぐ大太刀。彼の起こした流派の名ともなった剣。その銘は【神鳴剣 風林火山】。
開祖の伝説として最も有名な『神殺し』。誇張ではなく真に神さえも切り裂いた妖刀。
開祖の親友にして天翔の鍛冶の祖。【神匠】桜屋敷正宗が鍛え上げた人工神話級武具である。
ここで少しおさらいをしておこう。
ユニーク武具はユニークモンスターを討伐した際に、最大戦功獲得者に与えられる概念武装。ユニークモンスターを討伐しない限り入手できないか?と問われれば答えは否である。
ある条件を満たす事で人工的に創り出すことが可能なのだ。
その条件とは生産系トップジョブの奥義と彼らが鍛え戦士が死闘を繰り広げた歴戦の武具。
【鍛冶王】などの鍛冶系統のトップジョブの奥義【真化】は、自身が鍛え上げた武具と武具に蓄積された戦歴を昇華することにより人工的にユニーク武具を創り出すスキル。決して無制限に使える訳では無く、当然だが失敗した場合のリスクもある。
だが昇華した武具は条件次第で【伝説級】に到達する。
人工ユニーク武具は通常のユニーク武具と異なる点が幾つもある。
まず通常のユニーク武具は所有者の死と同時に消失。その武具が宿す概念を消失と同時にセカイへと還す。それに対し人工ユニーク武具は所有者が死んだとしても現世に残り続ける。
エルスティアの聖剣【カリバーン】に【コールドブランド】。マギノマキナの【叡智のモノクル】戦術兵器【ファルコニオン】。デザリアの魔槍【ラ・ギアス】に聖盾【アイギス】。オーシャンの超速船【バミューダ】と占星儀【テンペスト】
現代まで残る遺跡などから発掘・出土した分も含めれば人工ユニーク武具はそれなりに発見されている。
そして通常のユニーク武具ともう一つ異なる点がある。
ユニーク武具は最大戦功獲得者しか装備できないが、人工ユニーク武具は求める条件を満たした者なら誰でも装備可能という点である。
『強い者』・『清らかな者』・『王者の風格を持つもの』・『邪な者』・『勇気のある者』など武具によって求める資質こそ多種多様だが、適合できれば装備が可能な点は大きいといえる。
補足するならエルスティアの【カリバーン】のように何代も資格者が現れているケースもあれば、発見以来‥‥…一度も資格者が現れていない物もある。
適合者が出ない理由は様々な説があるが、武具の求める基準が途轍もなく高いのではないか?という説が有力だ。
そして【風林火山】が求めるのは【絶対的な強者】である。
永く大切に扱われた物には魂が宿る。そのような言い伝えが天翔にある。
剣真は武具と心を通わせる特殊な固有スキル≪人刃一体≫を所持していた。彼は【風林火山】と心を通わせる事で、ある契約を結ばせたのだ。
所有者が死ぬと【風林火山】は周囲から新たな所有者となるべき強者を呼び寄せ。ただ一人になるまで殺し合わせる。
そして最後まで残った一人が神器【風林火山】の主となり、天翔を統べる資格を得る。開祖はそのような法を定めた。
【風林火山】の求める資質は、弱肉強食の天翔においては何よりも尊重されるもの。誰も異論を唱えない完璧なシステムに見えたが……。
ここで一つの問題が浮かび上がった……【風林火山】が強者を呼び殺し合わせ、勝ち残った一人が島を統べる。ここまではいい。他所ならば狂人扱いされるが、天翔においては弱肉強食。弱者は強者に従うべし……は自然な考えでしかない。
ならば何が問題なのか?
強者を集めて殺し合わせる。つまり、この儀式が終わった後に『天翔の戦力が凄まじいほどまで減少する』という点に剣真は頭を悩ませたのだ。
強者を見出すシステムは良い。弱者が上に立てば悲劇が起こるのはこの大陸の歴史が証明している。
しかし、それによって島全体の戦力が目に視えて落ちるのは長として看過できない。
悩みに悩みぬいた末に剣真が目を付けたのが、天翔の神域と呼ばれる土地の特性だった。
天翔は島の中心部に『あの世とこの世の境界』と伝わる<黄泉平坂>なる土地があり。そのさらに中心に<常世櫻>という色とりどりの花を年中咲かせる大樹が聳え立っている。
天翔ではこの中心部を神域と呼び、特別な行事以外での立ち入りを固く禁じていた。
だが一年に一日だけ。この常に咲き乱れる<常世櫻>の花が全て枯れ落ちる日が存在する。天翔ではその日を<輪廻回生>と呼び。古き命を脱し、新たなる命が誕生する慶事とされている。
どういう法則が働いているか不明だが。この日に神域内で死んだ者は、神域の外で傷一つなく目覚める。
—剣真は<輪廻回生>の法則に注目したのだ。
だが【風林火山】がその日、<輪廻回生>の日時に強者を選定するとは限らない。天翔の事情など【風林火山】が関知するはずが無い。普通の者なら考案しただけで終わる机上の空論でしかない。
しかし、剣真にはソレが出来た。武具と対話し心を通わせる固有スキルを保有していた開祖は【風林火山】と契約を交わし<輪廻回生>の日時に選定する様に頼み込んだ。多少の不満こそあったが、自分を長年に渡り愛用してくれた剣真への愛着もあり最終的には【風林火山】も願いを受け入れた。
結果として‥‥…そのシステムは剣真の狙い通りに機能した。
だが現在は内乱が繰り広げられている。
どうしてなのか?
確かにシステムは五百年ほどは上手く機能していた。だがある時に唐突に終わりを迎える事になる。
開祖・剣真が没してから五百年ほど経った頃。天翔に開祖の再来と謳われた武士が現れる。
その男の名は御剣宇羅。開祖が没して以降初の【風林火山】が強者を選定する事なく所有者に選んだ剣士。
先代の所有者が他界し、<輪廻回生>日が訪れたが。神域に呼ばれたのは宇羅だけであった。この地の腕自慢がそのような不公平を許すはずが無い。
そのような選定など納得がいかぬとばかりに、我が強く実力を持った者たちが宇羅に決闘を挑む。
‥‥…様な事にはならなかった。
開祖の再来。その言葉に一切の嘘偽りは無く。腕自慢の天翔にあって宇羅の実力は誰もが認めざるを得ないほど突出していたからだ。
島中に祝福される中。宇羅は【神威大将軍】(ジョブではなく天翔を統べる者としての敬称)となり【風林火山】の主となった。
才気溢れる武士が島の頂点に立ち誰もが天翔の更なる飛躍を疑わほど島中が活気づく中、不安の影が差す。
天翔と外界を隔てる海を渡りある怪物が上陸した。
その化け物の名は【八岐邪蛇 ヤズマトウ】。山と見紛う巨躯に八つの蛇頭を持つ、神話級の大蛇である。
海を渡って現れたその怪物は瞬く間に天翔の中心部<黄泉平坂>へと侵攻し、何を思ったのか<常世櫻>の神域に居座ったのだ。
神聖な場所だからこそ神域。天翔の動きは早く直ぐに討伐隊が組まれたが、仮にも相手は神話級の怪物。生半可な者たちを送っても返り討ちに遭うだけ。
この地の武芸者たちは猛者揃いで並のユニークモンスターなら恐れるどころか積極的に討伐に動く強者であったが、神話級となると話が違ってくる。
ーそれほどまでに神話級は別格と恐れられているのだ。
議論の末に御剣・青葉・朱門・白滝・黒部・陰能・雷伝の各家の当主と直属の精鋭による討伐隊が結成され、神域を根城にする【八岐邪蛇 ヤズマトウ】に挑んだ。
大陸の強者をして別格とされる天翔の武士たちは神話級の怪物相手にも一歩も引かなかった。しかし相手も規格外の怪物。
精強な猛者たちも神さえ殺す狂毒の大蛇。その力を前にその一人、また一人と膝をつき倒れていく。
戦闘開始から三日が経過した時点で各家の当主さえも既に事切れ。討伐隊の中で立ち上がっているのは宇羅だけという状況であった。
当然ながら周辺の環境も破壊され。神域内の水は腐り果て、美しく咲き乱れていた草花は見るも無残に枯れ散り。神域の象徴ともされる<常世櫻>さえ神殺しの猛毒に犯され変質しかけていた。
しかし宇羅は決して引かず両者の激戦はそこから更に四日四晩続いたとされている。
勝負は宇羅の振るった【風林火山】が【八岐邪蛇】の八つある首を落とし、隠してあった九つ目の首を落としたことで決着を見る。
戦闘開始から実に七日七晩が経過していた。
神話級を単身で屠った宇羅は新たなる伝説として語り継がれる‥‥…筈だった。
だが宇羅は【八岐邪蛇】を討伐した時点で、肉体はとうに死んでいた。戦いの最中で死に至り、死してなお戦い続けていただけである。
それはよくある創作物や漫画の様に奇跡でも気力でも無く『ジョブの力』。宇羅が就いたトップジョブ【報復王】の奥義≪黄泉返り死は報復≫の効果。
自身の死をトリガーとして発動する。対象を殺すまで決して死ねなくなるスキル。
それだけ聞けば無敵に思える。だがそんな都合のいいスキルは存在しない。死こそしないが痛覚が麻痺する訳では無い。死に至った肉体を強制的に動かしているだけ。
―文字通り死に体の身体は絶えず激痛を訴え、常人では精神を病んでしまう。
それでも宇羅は【八岐邪蛇】に止めを刺すその時まで刃、【風林火山】を振り続けた。並外れた精神力、などという生半可な言葉では説明できぬほどの超人的な覚悟が為した離れ業といえる。
だが……『天翔を護る』その覚悟こそが後の千年以上続く争いを生み出す。
様々な要因が複雑に絡み合い、本来なら起こり得るはずが無い現象が現代まで続く悲劇を引き起こしてしまったのだ。
まず一つ目は宇羅が就いていた特攻隊士系統のトップジョブのスキル。【報復王】にはたった二つのスキルしかない。一つは相手と刺し違えるまで決して死なぬスキル≪黄泉返り死は報復≫。
もう一つが≪想いを託す≫……他者に自分の想いを託すスキル。最後に願った想いを果たすまで、半死者としてその場に留まり続けるスキル。
そして二つ目が宇羅が獲得した神話級武具。その銘を【蛇神甲冑 ヤズマトウ】。紫と黒を基調とした和製の全身甲冑。詳細は省くが、装備者の精神を蝕む代償として強大な力を与えるハイリスクハイリターンのスキルを内包した呪われし神器である。
最後の三つ目は宇羅が事切れた場所そのもの。あの世とこの世の境界とされる<黄泉平坂>で最も霊力が集まる中心地。開祖が目を付けた特性が最も色濃く発現する場所。それも激戦により地脈が狂い。神殺しの毒により<常世櫻>さえもその性質を変化させているある種の異界と化した場所。
——現世に強い想いを残した半死者。——精神を蝕む神器。——生と死の境が曖昧な場所。
これらが絡み合った事により最悪の事態を引き起こした。
本来ならば消える筈のユニーク武具は生死の境が曖昧な場所とスキルにより宇羅の肉体に定着する。同じく【神鳴剣 風林火山】も主の死を確認できないため、主の傍から離れなかった。
最高峰たるトップジョブ【修羅王】と【報復王】を宿した状態の半死者。その上で超が付く一級のユニーク武具を纏った存在に彼の者たちが気付かない筈が無い。
その身に秘める圧倒的という言葉さえ生温いリソースから瞬く間にユニークモンスターに認定される運びとなった。
そうして生み出された最強にして最凶のユニークモンスター。
——その名は【神斬羅刹 ウラ】
全てを断ち切る神殺しの大太刀【神鳴剣 風林火山】と、神さえ殺す猛毒の大蛇の力を宿した甲冑【蛇神甲冑 ヤズマトウ】を身に纏う武者。
天翔が今も内乱を続けている理由は、誰一人としてこの武者を倒せないから。武者の持つ天翔の長の証【風林火山】を【神斬羅刹】から奪えないから。
数多の猛者が【神斬羅刹】に挑み、挑んだ者は誰一人として帰ってこなかった。複数で挑んでも結果は同様。
——力及ばぬ以前の問題として【神斬羅刹】を相手に複数で挑んでも意味が無いから。
【風林火山】に認められない。それ即ち天翔の長を決められない……決める事が出来ない。ということ。
唯一の救いは【神斬羅刹】は神域の、<黄泉平坂>の外には出ない。常世櫻の前に陣取り、その暴力を神域外に向けないと判明した点だろうか。
それに天翔の人間が気付いたときに起こったのは、開祖が天翔を統一する前と同じ内乱状態。
誰もが勝てぬ【神斬羅刹】に挑むのを諦め、力による天翔の統一を目指した。
際限なき殺し合いは天翔の武力を弱め外からの侵略を招く。それは各家の当主も考えを一致させていた。故に最低限度のルールを定めた。
千年近い年月が経ち有力とされる家、天翔を統一できる力がある家は四家までに絞られていた。
だが三竦みではないが、四竦み状態となり早数百年。未だに統一の兆しは見えないのが現状である。
開祖・剣真が考案した血を流さない天翔の長を決めるシステム。それが開祖の再来と謳われた子孫が破壊してしまった。
何という運命の皮肉か‥‥…。
血の雨が降らぬ日が無いとまで天翔。その血の雨が止む日が来るのは何時になるだろう。
◆
〇<天翔・常世櫻>
色取り取りの花吹雪が舞う神域において鎮座している鎧武者。その真横には朱色の鞘に収められた大太刀が添えられている。
鎧甲冑【神斬羅刹】に挑む者はもはや天翔には存在しない。
それでも彼は微動だにせず待ち続けている。
呪われし神器により精神を蝕まれてなお伝えたい想いが。開祖から【風林火山】を手にする者に連綿と受け継がれてきたセカイの真実が。
それを伝えるまで、自身を倒す者が現れ真実を伝えるまでは決して朽ち果てる事は無い。
誰にではなく、自分にそう誓ったのだから‥‥…。
『想いを託す』‥‥…と。




