第19話 階層主
【階層主について】
チュートリアルダンジョンを除き。通常のダンジョンボスには法則性がないと言われている。
10層ごとにボスが出現するダンジョンや。11層、22層とゾロ目の階層で出現するときもある。
滅多にないことだが、4連続でボスとの戦闘があったダンジョンも過去の記録には残っている。
階層のボスは、倒すと一定の周期において不在となり、その間は次の階層まで素通りとなる。故にリスクを冒したくない場合は、誰かが倒すのを待つのも選択肢に入る。
だが、実力者はそのような考えをしない。何故ならば、ダンジョンのボスを倒す事は、とんでもない旨味があるためだ。
そのため、ボスに挑もうとするものは後を絶たない。
この旨味についてはいずれ、どこかで語るかもしれない。
そして、今まで数多の強者がボスに挑み。戦いの末に、敗北してきた。
栄光を掴むことが出来ず、終わりを迎えた者は。数えるのもバカバカしいほどであろう。
ダンジョン攻略の障害として、挑んだものに最も過酷で明確な試練を課すもの。
それが階層主。又はボスモンスターと呼ばれる存在である。
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そして今、その試練に単身で挑む者がいる。
その男の目に恐怖は無い。実戦において相手に呑まれることは、即死に繋がると知っている、いや、肌で感じ取っているからだ。
「今までMPをケチってきたのは、テメーにたっぷりと使うためだ。ケチケチしてないで全開で行かせてもらうぜ。
まずは景気づけだ。受け取ってくれや!」
事前に詠唱を完了させておいた。黒魔法第二位階:火炎弾。同じく第二位階:水槍を同時発動。
魔力糸をオーガの後方へと、密やかに展開し発射台を作る。
狙いは背後からの奇襲。ランク2の魔物なら確実に仕留められる威力を持った一撃の結果は・・・・・・・・・。
高温の炎と水がぶつかり合い、水蒸気が生まれるが。
オーガの体には多少の傷しか付いていない。だが、無敵でないことは理解した。
(ふんっ。効果がないわけではないが、あの赤色の魔力のようなものが威力を減算(減衰)させているようだな!!)
その時のレンジはまだ知らなかったが、それはランク4以上の魔物が使う闘気術。
人間種の前衛もある程度熟練してくれば扱えるスキルで効力は身体機能の上昇。
単純だが、これこそ前衛の基礎にして奥義と言っていいほどのスキルだ。
未熟な者はただ体に纏わせるのが精々だが。慣れてくると瞬間的に莫大な闘気を纏い、攻防に使用することが出来る。
先ほどオーガは、瞬間的に背後の闘気を集中させ瞬間的に防御力を高めて攻撃を凌いだ。
上級者から見れば粗の多いオーガの闘気術だが、今現在のレンジにどっては充分脅威。・・・・どころでは済まないスキルだ。
「ハッ!こんくらいやってくれなきゃ、ボスとは言えんよなぁ!その赤いオーラで威力を殺したようだが。完全には防げないようだな、オイ!!」
難易度調整をミスったクソゲーに、幾度となく心を折られそうになりながらも。一度足りとて膝を折ったことの無いレンジにとって、この程度の困難は困難にさえ入らない!
心の火にガソリンをぶちまけ。闘志を燃え上がらせるだけだ。
(あのオーラは攻防一体と見るべきだな。俺の耐久力じゃまともに喰らうのは危険だ。だがリスクを取らずに安全圏からちまちま攻撃、なんてやってりゃ。こちらの方が先に息切れする。
あちらは無傷で俺は連戦で消耗している。
モンスター100体以上と戦った奴と、初戦の奴。どっちが先にバテるかなんざ子供でも理解できることだぜ!!)
俺の不利は認めよう。だが、それがどうした?
(危険を承知で近接と魔法を織り交ぜて行くしかない。今まで見せずに温存しておいた。あのスキルも解禁だ)
不利だろうが、有利だろうが。打てる手はいくらでもある。
「魅せてやるよ【剣鬼】の羅刹と言われた俺のスタイルをなぁ」
レンジにとって魔法も武術も道具に過ぎない。
使える物は何でも使うだけだ。無節操ともいえるスタイルがレンジの真骨頂。
剣の斬り合いで拳を使い。魔法の打ち合いで罠を使用する。
勝てば官軍の勝利至上主義。
だが、こと殺し合い限っては、それこそが正しいのだ。
死合は試合と違いルールが無い、審判もいない。勝者が正義で敗者は間違っていなくとも正しくない。現在行われている戦闘も、本質は同じだ。
体技・縮地で距離を詰めると。敵さんは、どこからか石の大斧を取り出し目にもとまらぬ速さで振り抜く。・・・・狙いは俺の頭部ですね(だな)!・・・・・・剣技:受け流しで叩きつけを逸らし、同じく剣技:一閃を放ち足を切りつけた。
浅いが、俺の剣はオーガの皮膚を切り裂き。足に出血を伴う傷を負わせた。
一方オーガは、軽くとはいえ。自分の足が斬られたことに驚いているようだ。
(片手間で殺せる小物とでも思ったか? 見下してんじゃねーぞ、コラッ!)
「ただの剣に自分の足が斬られたのが不思議かな~。驚いてくれたんならわざわざ使った甲斐があったよ」
言葉が通じるかは知らんが。煽るように挑発してやった!
この剣は、ダンジョン9層でレベリング中に隠し部屋で見つけたアイテムランク7級の【ソル・ソード】。
効果は魔力を流すことで切れ味を上昇させる。あと一つ効果があるが、それはリスクが高いのでまだ使わない。
「まだまだ。驚くのは早いぞ! 見せたい物はまだあるぜ!」
(ここからが本命だよ。「空力」起動)
まっすぐに突っ込んでいった俺に対し。カウンター気味に放たれた拳を今度は横に躱すのでも、受け流すのでもなくオーガの頭上に飛び上がっての回避。普通に考えて空中回避は悪手だ。空中では身動きが取れないからな。
そして狙い澄ましたように。鬼さんの反対の手から胴体に向けて迫ってくる大斧での斬り上げ。
本来。空中とは一度飛び上がってしまえば。それ以上の動きが取れず。無防備な状態で隙を晒すことから。
後がない最後の回避手段と言われている。だが・・・・・・・今の俺は普通に当て嵌まらんぞ!
「ハッ!甘めーんだよ、デクがっ! 他の人間はどうかは知らんが、俺にとって空中は隙じゃねぇーぞ!」
こちらの罠に掛かったオーガに笑みを堪えながら指摘する。
オーガの放つ斬り上げに対し、空を蹴ることで軌道を強引に変更し。懐に飛び込むと剣技・乱れ突きによる連続刺突で腕や胴を攻撃。離れ際に、体重を乗せた脚撃を放つ「剛脚」を腹部に叩き込み、連続バックステップ。
・・・オーガが体勢を立て直す前に離脱した。
これぞ、俺のセカンドジョブ【飛翔剣士】のスキル「空力」。空中で空間を蹴ることにより、立体的な機動を可能とするスキルだ。種族特性の「浮遊」と合わせることで通常以上の効果を発揮する。
そして、今の「空力」のレベルは3。3回までなら俺は空中で自由自在に軌道を修正できる。
本来は【飛翔剣士】は人間は就けないジョブらしいが。
俺は天魔で翼があるので条件を満たしているようだ。
・・・・・自分が人間辞めたみたいで複雑だが・・・・実際に強力だし良しとしよう。うん、深く考えるダメ!
二刀装備時に補正のかかる【双剣士】にしようか迷ったが、戦術の幅が広がり、機動力が増すので。
結局は【飛翔剣士】を選んだがこの効果をみるに正解だった。
まだ俺の攻撃は終わらない。いったん握った主導権を簡単には渡さん。
(ククク! 剣や体術に、気を取られていると。後ろが疎かになるぞ~!!)
内心で嫌らしい笑みを浮かべつつ。更に追い込むべく、策を練る。
再度、魔力操作で創った魔力糸を、オーガに籠を被せるようなイメージで、魔力糸を編み込むように操作する。
敵がまだ立ち直れていない隙に更に形勢をを有利にするべく。俺は切り札を切った。その効果は・・・・・
オーガの背後で爆発が起こる。最初にようにオーラを集中させて防ごうとする。しかし、前後左右の・・・・いや、地中からも含めて、360度。・・・・・全方位からの魔法奇襲。
見えづらいほどに細い魔力糸を対象を包囲するように展開し、魔法の発射台とする。オールレンジアタックだ。
これぞ今の俺が、最も火力を出せる魔法戦術だ。その名も『鳥籠』。
(流石のボスでも対応しきれていないようだ。ここはMPを使い切るつもりで、連続して魔法を使用する。今はまだ大丈夫だが、連戦でこちらの疲労も溜まってきている。チンタラ長引かせているほど余裕はない!)
この考えは・・・・・・・正しい。
これがゲームなら、レンジは夜通しでも続けられるだろう。事実として彼はソロで過疎ゲーの難易度調整のミスったレイドボスを倒したこともある。(勝利の後、流石に寝込んだが)
しかし、これはゲームではなく命がけの戦闘。死んでもステ減やアイテムドロップのペナルティーで済む遊戯ではなく。
・・・死んだらおしまいの現実だ。
モンスターも倒されること、攻略されることが前提ではなく。敵を殺すべく、死に物狂いで向かってくる。
レンジが圧倒しているように見えるが。均衡が崩れれば形勢は、一気に逆転するだろう。
なので勝負を仕掛ける。長引けば長引くほど自分が追い込まれ、不利になっていくと、わかっているからだ。
勝負を決めようとした時に、それは起こった。
オーガが咆哮を上げたと同時に、筋肉が肥大化。眼も真っ赤に染まり、纏っていたオーラも力強さが増した。鳥籠を破り、こちらとの距離を一気に詰めると。体に拳を振り降ろしてきた。
(スピードも格段に増した? ヤバい! 避け・・・・無理。直撃・・・・死ぬ。だったら・・・)
敵の速度は此方の想定を遙かに超えていた。油断していたわけじゃ無いが、敵の底力を見て身体が硬直してしまう。
この行動は、咄嗟の物だった。死に直面し、ソレに抗う本能が取らせた咄嗟の動き。
手は無意識に動いていた。アイテムボックスに入れておいた鉄の盾を『瞬間装備』し攻撃を防御、することは出来なかった。
「グッ。・・・・ゲホッ。ゴホッ」
盾でガードしたが、圧倒的な力に吹き飛ばされ。壁に激しく体を打ち付けることになった。
全身に痛みが走り、内臓を傷つけたのか。咳には血も混じっているようだ。
(スピードだけじゃなく力まで上がっている。だが動きは速いが、技術が無い。まるで獣だ! おそらく追い込まれた時に発動する類いの代物。理性や知能を代償に、スピードと力を上昇させるスキルか?)
身体が痛みでギシギシと悲鳴を上げてるが、敵さんの状態を冷静に推測する。
こっちも厳しいが、アチラさんも体中から血が噴き出しているし、かなりボロボロだ。右手も指が無くなってしまっている。もう斧も持てないだろう。
鳥籠による魔法攻撃は無駄ではなかった。相手も満身創痍だ。
そう思い心を奮い立たせる。
身体よりも先に心が折れたら、とてもじゃないが勝負を仕掛ける事さえ出来ない。もうボロボロなのだから。
まぁこちらも盾で防御したが、左手は動かない。折れてるかこりゃ? 内臓は・・・・軽く傷ついたくらいかな?
・・・とはいえ、もう長期戦は出来ん。勿体ないがアレを使い潰す。
ここに来て勿体ないとか惜しむ余裕はない。道具はまた買えばいいが、命はいくら積もうが買えない。
こんな時でも湧き上がる貧乏性をソレで納得させる!
(鳥籠の魔法連打に耐えたことから。痛覚なんかもぶっ壊れているとみていいかね? だが反面、防御力なんかは明らかに下がっている。オーガにとってもリスクがあるスキルだと思う! ならば勝機はある!)
その予想は正解である。
今のオーガの使用スキルは『狂化』。人間種のジョブでは『狂戦士』が使用する基本スキルだ。
その効果は理性と知能を代償に筋力・敏捷を2倍。更に痛覚を麻痺させるが、被ダメージも2倍になる。頭のおかしいスキルだ。そして解除方法は指定された対象の死亡のみ。
要するに敵対者からすれば。このスキルを使用した時点で、逃走に徹すれば敵が勝手に死に、経験値を獲得する事ができる。
ある意味においては、オイシイスキルだろう。(敏捷が倍になった同格以上から逃げられれば、だが・・・・!)
しかし、ここはダンジョンのボスフロア。逃げるにしても来た入り口は閉ざされ。脱出方法はボスを倒すのみ。
仮に逃げ道があったとしても、ボロボロの体で逃げることは不可能だ。
生きてこの場所を出たければ。ボスを倒すしかない。そのことをレンジは本能で理解していた。
普通ならば恐怖で足が竦み、まともに動けずに殺されるだろう。その前に全身の痛みで心がへし折れるだろう!
だが、レンジは覚悟を以ってここまで来ていた。リスクとリターンを天秤にかけた上でダンジョンに潜り。
過酷な・・・いや、死さえ覚悟したレベリングを実行する事で力を付けてからボスに挑んでいる。
その覚悟は他者からすれば自分勝手なものだ。ダンジョンの存在を自分の都合で、祖父母との思い出の詰まった家を、取り上げられたくないという理由で隠蔽し。
変わった後の世界を予想し。その中で上手く立ち回るためのアドバンテージを獲得するため、ここまで来ただけなのだから。
人に知られれば、非難の嵐。死んでも誰からも理解されず、自業自得と切り捨てられるだろう。
レンジもその程度のことはとっくに理解して。それでもこのダンジョンに挑んだ。
変革した後の世界を見据え。そこで生き抜くための力を得るために。
幼少期の経験からレンジが心から信じているのは4人だけ。3人は既に亡くなっているので実質は1人だ。
その人たちに裏切られたのなら仕方が無い、と思えるほどには信じている。
レンジは幼少期の経験から知っている。人の良いところや、綺麗な面だけじゃなく。醜く悍ましい面も。
家族だろうが、親族だろうが。人は自分の都合や立場で簡単に手のひらを返す。 あの虐待まがいの行動でソレを思い知った。
世界は決して平等ではなく。弱いものにはとことん厳しいということも。平等とは弱者を騙す、納得させるための戯言だ、それは世界を知れば知るほどそう思える。
そして変化する世界においても、それは恐らく変わらない。
何故ならばそれは真理。弱者の犠牲によって発展してきたのが現在の世界だから。
だからこそ、ここまで来た。変化した世界を生き抜く力を得るために。自分が得た情報から真剣に考え、そのためにはダンジョンを攻略するのが最も効率がいいと信じて。
覚悟を決め、信念を持つ者は折れない。
どれだけ打ちのめされても、何度倒されようとも。最後は必ず立ち上がる。
「さてさて、オーガ君。お互い満身創痍のようだな! 次の攻防がおそらく最後だろう? 悔いのないように、お互い全力を振り絞ろうじゃないか! だが俺はこんな所で死ぬ気はサラサラない。勝つのは・・・・・・俺だっ!」
満身創痍の身体でも、死が間近に迫っていても。その眼光には勝利への渇望と生への執着が宿っている。
不屈の闘志を纏い、猛り吼える漢に一度決めたことを放り出す選択も諦める選択も無い。
(これで最後だ! 今ある全てで勝利を掴んでやるっ!)
己の勝利を信じ。俺はオーガとの決着をつけるべく、最後の勝負に出た。




