第188話 クレアの価値
〇<巨蟹コックピット>【高位錬金術師】クレア
私のステータスやスキル構成を暫し呆然と眺めていたアイリスは神妙な顔で黙り込んでしまいました。
「クレア・・・・・言っては何ですが、世界征服でもするんですか?」
「な、何でそんな話しになるのよっ?」
復帰した私にアイリスはイキナリ意味が分からない話しを振ってきます。私はレンジ様の隣にいたいだけでそんな大それた野心はありません。
「このスキル構成は軍団を統率する系統のジョブと大差ありません。それこそ司令官系統のトップジョブ【元帥】クラスですよ?」
そこに錬金術・魔物創造能力・従魔系統が加わる。将来的には数多の魔物の軍勢を指揮して国家さえ脅かせる・・・・・・なるほど、世界征服というアイリスの疑問も道理ですね。そんな事をする気は皆無ですが。
(まぁ全てはレンジ様次第でしょう)
レンジ様が望めばどのような願いでも最後まで付き合う覚悟があります。ですがあの方はそういった欲が無いようにも感じられる時があります。変わらない人間などいませんが、あの方が富や名誉をがむしゃらに求める姿はちょっと想像が出来ませんね・・・・・・。
レンジ様もお母様さえ助けられれば無茶な行動は慎まれるでしょう。最低限の鍛錬やダンジョン攻略は続けられるでしょうが、高位ダンジョンやユニークモンスターに喧嘩を吹っ掛けるような真似はされないと思います。
「世界征服なんてする気も無いし、興味もないけどレンジ様の今後の行動次第じゃないかしら?」
「そうですね・・・・・マスターは決して乱を好まれる方じゃありませんけど、もし地球でマスターやクレアの実力がバレたら国家は是が非でも自分たちの管理下に置こうとするでしょうね」
アイリスも同意見の様ね。確かにレンジ様は行動だけ見ればきょうじ・・・・・ちょっと好戦的だけど、それは必要だからであって自ら騒ぎを起こすタイプじゃないでしょうね・・・・・騒ぎに巻き込まれやすいタイプなのは否定できないけどね。
「最悪なのは、レンジ様を管理下に置くために国家がお母様を人質に取るような暴挙に出た場合ね」
その時の状況を想像して私の顔は若干青くなります。不憫すぎますね・・・・・・国家が。
「そうなった場合・・・・・マスターは完全に自重を止めるでしょう。あの方はやられたらやり返すタイプです。自分から大きなモノに喧嘩を吹っ掛ける事はないでしょうが、喧嘩を売られて泣き寝入りをする方ではありません。もし日本がそういった暴挙に出た場合は血の雨が降るでしょう」
もし脅しが有効だと判明されれば相手は何度も同じ手を使ってくるでしょうからね。弱みを握った者の『今回だけ』・・・・・は信用なりません。そもそも脅している訳ですから信用以前の問題でしょうけど。
「アイリス・・・・・単刀直入に聞きますけど、今のレンジ様は極東・・・・日本を相手に戦争して勝てると思いますか?」
「あくまでも現時点では・・・・・・と前置きしますが、マスターの圧勝でしょう」
一切の躊躇さえ無く断言してきましたね。・・・・・その心は?
「マスターのご指示で絶えず地球の・・・・・これもある程度の文化圏内での情報と前置きしますが、どの国家も未だにDランクダンジョンさえ攻略できていません。上級職に就いた者さえも恐らくは皆無に近いでしょう。その程度の戦力では、どれだけ数を揃えてもマスターの相手にさえなりません・・・・・ただ今後孵化する【アバター】の能力次第では分かりませんが」
「レンジ様もソレを警戒してらっしゃる節があるからね」
私の知る限りだと【アバター】はステータスを上昇させたりはしない分、特異性に特化しているように思える。その能力次第では勝敗はひっくり返るかもしれない。
「普通の戦闘でマスターに追いつくには、どれだけ早くとも年単位の時間が必要でしょう。それもカンストしてトップジョブが獲得できれば・・・・・という前提あってこそです。始原文明時代でもトップジョブは才ある者しか獲得できませんでしたからね」
数年? でもレンジ様はこの世界の5倍時間を使ってもまだジョブに触れて1年未満のはず。流石におかしい様な。
「レンジ様の成長は異常だっていう事?」
「成長というよりも行動が異常と言うべきでしょうね」
まぁレンジ様が普通でないのは認めざるをえませんが、その理由が知りたいので目線で続きを促します。
「種族による補正があっても、普通は高ランクの魔物の軍勢に飛び込んだりはしません。ある程度のランク・・・・・ランク7以上は仮にトップジョブを獲得していてもパーティーで挑む物ですから・・・・・それでもマスターはソロで挑みます。成長が速いのも当然ですね」
アイリス曰く、大勢で戦えば安全ではあるが、その分リソース———経験値は分散される。
そして器にある仕様が更に足を引っ張るそうだ。ジョブをカンストし、器を満たす毎に弱い魔物から獲得リソースが低下する。
レベルの上限である500。ジョブをカンストする度にそれは顕著になる。要するに効率よくレベルを上げたければより強い魔物を討伐するしかない。弱い魔物をどれだけ狩ろうが効率が悪く一方なのだ。
ゼロからの状況でカンストまで漕ぎ着けるには早くても年単位、それも無謀に等しい様な凶行を行うから・・・・・安全第一でレベリングすれば、下手をすれば10年以上かかってもおかしくないらしい。
「マスターやクレアは自分たちしか知らないから無理もないかもしれません。本来ならカンストさえ選ばれた者の領域なんですよ? 器の上限———500レベルに達した者なら就いた系統にもよりますが、食うには困らず一生安泰です」
あくまで始原文明での話ですが・・・・・・。という前置きがありましたが、確かにこの世界にはカンストに達した者はいますが、地球では(おそらく)レンジ様と私だけ・・・・・・データが少ないので情報収集にも限度がありますからね。私が短期間でカンストまで辿り着けたのは固有スキルの経験値共有と魔物が大量に発生するクエストに上手く便乗したため・・・・・つまりレンジ様のおかげです。とても自分の実力と誇れませんね。
(もしレンジ様の助力がなければカンストまで年単位の時間が必要だったのは間違いないでしょうね)
冷静に自分を分析してもそう結論が出る。自分が努力をしていなかったとは思わない。でも独力で達成したとは誇れないのは確かでしょう。
「ある意味ではマスターよりもクレアの方が身辺には気を付けなくてはなりません。クレアの能力は総合的に見てマスターより上です。その能力を知れば国家は血眼になって獲得しようとしますよ?」
「私が・・・・・・レンジ様よりも?・・・・・流石にそれはあり得ないわよ」
アイリスのその言葉に思考の渦に呑み込まれそうだった私は現実に帰還します。その評価は流石にあり得ないと思うんだけど。
「確かに戦闘力や読みなどはマスターの方が遥かに上です。ですがクレアの強みはそこではありません。ユニーク武具による錬金の効率と、更にはガイアのモンスター生産能力と万能といえるまでの汎用性の高さ・・・・・もしガイアの進化によって魔物の格納数が増加するならクレアは国家とも単身で渡り合えます」
確かに今のガイアにそこまでの力は無い。これが進化によって強化され、強力な魔物を大量に展開出来れば夢物語ではないかもしれない。でも・・・・・欠点がある、主に私の・・・・・・・・・。
「でも私は狙われたら強者には対応できないわよ?」
私は非戦職・・・・・特定のステータス以外は戦闘職よりも遥かに劣っている。ある程度の実力者に至近距離まで接近されれば一瞬で殺されるでしょうね。だからアイリスの操る機体に乗ってるんだけど・・・・・。
「ええ・・・・・非戦職であるクレアのステータス・・・・・特に戦闘に重要な身体ステータスは脆弱です。特にHPの低さは致命的でしょう」
分かっているけど直接言われるとクルものがあるわね。私がジト目を向けてもアイリスは素知らぬ顔で説明を続ける。
「クレアの今後の課題は≪身代わり≫のスキルを持つ魔物を一定数創るのが最優先です。そのスキルを持つ魔物は、大抵がHPオバケなので最高の壁として使えますからね」
「≪身代わり≫? 聞いた事ないけどどういったスキルなの?」
「文字通りスキルの範囲内にいる対象を指定して、その対象がダメージを受けても≪身代わり≫・・・・・自分が代わりにダメージを受け負ってくれるんです」
「それは便利なスキルね・・・・・・でも何らかの条件があるんじゃないの?」
魔物を運用する【従魔師】・【調教師】はHPの上昇は少ない。でもこのスキルがあればその欠点を補える。でもこのシステムがそんな簡単に弱点を消せる道を作るとは思えないわ。
「ええ、対象との間に一定の信頼関係が無いと効果を発揮しない様です。でもクレアのガイアで最初からある程度の忠誠心を持たせれば問題無いはずです」
「それなら何とかなりそうね。その魔物と幾度も死線を潜る、とかだったら厳しいかもしれないけど」
ガイアはポイントを消費して魔物を創るだけじゃなく、創り出す魔物の性格を決める事ができる。当然それにもポイントを消費するが、性格面での消費はそこまで高くない・・・実用可能ね。
「でも気を付けて下さいね。言うまでもないですが、クレアの耐久は低い。≪身代わり≫は対象が受ける状態異常まで肩代わりします。どれだけHPがあろうとも、クレアが急所———頸を飛ばされたり、心臓を破壊されれば請け負う魔物が即死する場合もあり得ます。あくまでも保険程度に考えておいて下さい」
「ええ・・・・・承知しているわ。レンジ様から何度も聞かされたからね」
思わずその時のことを思い出してクスリと笑ってしまう。
『クレア・・・・・強力なスキルはあっても、無敵のスキルは無い。自信は持っても過信だけはしてくれるなよ?・・・・・・ん? どうしたニコニコして? ちゃんと聞いてんのか? 頼むから覚えておいてくれよ?』
普通の人なら鬱陶しく感じるけど、レンジ様に言われると心配してくれるのが伝わってきて嬉しくなるから現金な物ね。
「話しを戻しましょう。ですからご自分の有用性はしっかりと認識しておいてください。下手したらクレアの能力は地球での国家間のバランスを崩してしまいます。もし公になれば、世界中から狙われますよ?」
「もちろん気を付けはするけど・・・・・・」
「マスターの母君の愛子だけじゃなく、クレアもマスターへの人質として機能します。クレアに何かあればマスターが怒り狂うのは目に見えています」
「はぇっ!? で、で、でも私なんかじゃ・・・・・」
真顔で恥ずかしい事を言わないで欲しい。私の顔は今日だけで火照りっぱなしなんですから。手をブンブンさせて抗議しますが、アイリスはニヤニヤと意地悪そうに笑ってます。
『クレアに無理をさせる気は無い。ここでクレアを失うような事態になったら、俺は自分がどうなるかわからん』
レンジ様の声音を真似てのアノ言葉に、私の意識は再びどこかに飛びそうになります。
「クレア・・・・マスターの声で録音してありますから、後で差し上げましょうか?」
その悪魔の誘惑に・・・・・・・私は顔を真っ赤にして頷く事しか出来ませんでした。




