第186話 クレアの進化先
時はクレアが進化の選択をする少し前に遡る。
クレアたちは元よりセンターヒルよりも北よりの西側にいたため、【淫蕩天魔 ルクセリアス】にいち早く接触することが出来た。まだセンターヒルに向かって進撃こそしていなかったが、【淫蕩天魔 ルクセリアス】は途轍もない魔物を従えたユニークモンスターだった。他のスタンピードは強大なユニークモンスターによって追い立てられた魔物がセンターヒルに向かう事で発生したが、北方の<極寒山脈>近辺で発生したスタンピードはユニークモンスターに追い立てられたのではなく、支配された魔物によって引き起こされた物であった。正確にはスタンピード———氾濫となるには他の3方向よりも本来ならばもっと遅くなるはずであった。だが他と個所と同時期に起こりギルドにその存在が確認されたため、クエスト管理AIよりひとつのクエストとして組み込まれた形だ。
【淫蕩天魔 ルクセリアス】の前身である『アークサキュバス・ジーニアス』・・・・・その名から連想できるように、レンジのひとつ前の種族『アークデーモン・ジーニアス』と同格。いや種族ランクはAであるから同格以上の魔物だ。
淫魔系統の特性である≪魅了≫を更に凶悪にしたスキルを持ち、万単位の魔物を隷属・強化して意のままに操る恐るべき怪物であった。
・・・・・・だが【ワイルドセブン】と同じような≪キャスリング≫と≪自爆≫のコンボを連続で叩き込まれた。鉄壁を誇る本陣も中心部、主である【淫蕩天魔 ルクセリアス】は統率者系統の典型というべき脆弱な個体であった。
本陣への特攻により、あっさりと討伐されてしまう。
当然だがユニーク武具はクレアが獲得し、魅了が解けた事により万単位の魔物は解放された。主を失った事で恐慌状態からの暴走状態に移行したが、現在はエルスティアとマギノマキナの合同で討伐が行われているはずだ。
因みにクレアが獲得したユニーク武具の銘は【蠱惑心酔 ルクセリアス】という。使い道は限定されるが、使い方によっては【デスウイルス】以上の悪夢を引き起こす狂気の武具である。
濡れ羽色に輝く和楽器の竜笛のような形状の武具———【ルクセリアス】は使われるのを待ち侘びるかのように怪しく輝いている。
〇<巨蟹内部>
ユニークモンスターを撃破したクレアたちはアイリスの操縦する『巨蟹』でレンジとの合流地点であるセンターヒル東方に向かっている最中だ。手の空いたクレアは錬金に精を出している。
「これで錬金できる下位素材は殆んど使い切ったかしら?」
そう呟くクレアの目の前には大量の希少金属が山となって積まれている。『アミュオン鋼』を始めとする然るべき場所に持ち込めばトンデモナイ高額で取引される。これらの素材が無造作に転がっている光景を見れば、少し物の価値を知るモノが見れば腰を抜かすだろう。
だがお金に興味を抱いていないクレアとしてはどうでもいい事だ。
「アイリス・・・・・・この素材は全部ガイアでポイントに変換しても大丈夫かしら?」
「もう・・・・・先ほどユニークモンスターを討伐したばかりなのに働きすぎですよ?」
アイリスは質問に答えず、ユニークモンスターを討伐後も休まず錬金に精を出していたクレアを窘める。それもそのはず、平静を装って見えるが、誰が見てもクレアの顔色は相当悪いからだ・・・・・。
「戦ったのは私じゃなくてガイアで創り出したモンスターでしょ? 私はここで待機していただけだし、疲れるはずないじゃない。それよりポイントに変換してもイイかしら?」
クレアとしては先ほどの戦闘で配下の魔物をだいぶ失ってしまったので、戦力補充のためにもポイントに変換したいのだろう。勝手に変換しないのは、錬金に使った素材はレンジに融通して貰ったものが大半だから。
錬金自体は許可を得ているが、無断でポイントに変換するのは気が引けるのだろう。
「取り敢えずマスターの許可を得てからの方がいいでしょう。この後はマスターと合流の予定でしたが、私たちはこれ以上の戦闘は厳しい・・・・・マスターに離脱許可を貰いましょう」
現在搭乗している『巨蟹』の戦闘力は皆無。まだ碌に検証をしていない『磨羯』の実戦投入は危険。本来の搭乗機である『アルストロメリア』は半壊で戦闘など不可能。クレアも手持ちの魔物はほぼゼロ・・・・・残っているのは使い捨てには出来ない魔物だけ。アイリスの判断は妥当といえる。
「そんな・・・・・レンジ様を一人で戦わせるというの?」
だがクレアは即座に拒否する。今の自分の調子が良くない事は頭では分かっているが、感情が否定する。
「マスターはよほどでない限りは引き時を間違えません。私は戦闘型ではないので搭乗機がなければ足手まとい。そして純粋な戦闘型のビルドでないクレアも同様です。それ以前に、そんなフラフラな状態で戦闘など却ってマスターの足を引っ張るだけです」
だが今にも自分に掴み掛りそうなクレアを前にしてもアイリスは取り合わない。戦闘におけるレンジの判断を信じている事もあるが、命のやり取りの中で足手まといなど邪魔にしかならないからだ。
「我儘を言って無理に付いて行ったところでマスターを危険に晒すだけです。その程度は私に指摘されずともクレアなら理解しているでしょう?」
真直ぐにクレアを見つめてそう告げるアイリスに、クレアは握っていた拳を力なく下ろし悔しそうにうな垂れてしまう。指摘されなくてもその程度は分かっていた・・・・・だが理性では理解しても、感情が認めない、認めたくなかったのだ。
「マスターへの連絡は私が行っておきます、今はゆっくりと休んでください。体調を戻さないとマスターは今後の同行すら許可してくれませんよ?」
「・・・・・・分かったわ・・・・・申し訳ないけどお願いできる?」
自分を無理やり納得させるようにゆっくりと反芻するが、本心から納得していないのは丸わかりだ。だがアイリスも分かっていないなら兎も角、分かっているのに籔を突くような真似はしない。
だがクレアはそれだけでは終わらなかった・・・・・次に口から飛び出したのはトンデモナイ爆弾発言だった。
「さっき進化のリソースが満たされたって通知が来たから進化だけはしておきたいわね」
「進化の条件を達成したんですか? ・・・・・・でも何かあったら困りますし、体調が戻ってからでも遅くはないと思いますよ?」
「そうね・・・・・・・ただ横になって進化の選択肢だけは見ていてもいいかしら? 体調が良くなったら直ぐにでも進化がしたいから」
「本当ならそれも控えた方がいいとは思いますが・・・・・体調が悪くなったら直ぐに中止するなら大丈夫だと思いますよ」
どうせ止めても意固地になり実行するだけ・・・・・そう判断したアイリスは、条件付きで肯定しておく。
「それにしても機体内にベッドまで備えているなんて至れり尽くせりね」
内部に備えられたベッドを指さしながら可笑しそうに笑いかける。気分転換のために無理にでも話題を変えたいのだ。
「この『巨蟹』は敵地で潜入工作を行うことも視野に入れてるそうですから・・・・・・内部での長期潜伏も視野に入れて設計されているのでしょう」
それはアイリスも同じ・・・・・このままでは雰囲気が悪くなるだけなので相槌を打つ。
「それにしても・・・・・・どうして『巨蟹』は戦闘力を持たせなかったのかしら?」
戦闘兵器であるなら兵装の1つでも装備させるべきなのに、『巨蟹』に攻撃オプションは無い。それは不自然だという考えから出た発言だ。
「そういうコンセプトの可能性もありますが、恐らくは技術的限界でしょう。兵器を装備させればステルス性能やその他を犠牲にします。クレアの『無限アイテムボックス』がいい例でしょう。とても有用な装飾ですが、スロットを半永久的に潰し使用者が死亡した場合は収納していた中身が全て消失するデメリットがあります。それらを消して初めて完成品といえるのでしょう」
自身を強化する装飾枠を半永久的に潰すのは中々厳しいデメリットだ。使用者が死亡した場合には収納していた中身が消失する事も同様だ・・・・・収納していた希少な素材が死ねばパーになるという事なのだから、弱い者には使用させられない。
強力なスキルには長いクールタイムやそれに見合った消耗があるように、このシステムは(レンジからすれば)腹立たしい事に何らかの形で釣り合いが取れているのだ。
「恐らくですが、このサイズでどれだけ性能が発揮できるかのテスト的な意味合いがあったかもしれませんね・・・・・・『巨蟹』・『磨羯』は一つの能力に特化した機体がどれだけの成果を出せるかのモデルなのかもしれません」
隠密性特化の『巨蟹』。防性特化の『磨羯』。そしてフレーバーテキストが事実なら、攻性特化の『獅子』。確かにアイリスの意見は辻褄があっている。特定の状況でしか性能を発揮できない。運用の難しい兵器が兵器として適切といえるかを別とすれば・・・・・だが。
ペラペラと淀みなく話していたアイリスだったが、知らぬ間に脱線している事に思い当たる。
「あら? 少しお話しをし過ぎましたね。クレアもいい加減に休んでくださいよ?」
「ふふ・・・・・御免なさいね。じゃあお先に休ませてもらうわね」
話している内にクレアの気は紛れたようだが、これではいつまで経っても終わらないとアイリスは話しを打ち切った。話を振られれば、いつまでも自分が答えられる限りはいつまでも応じてしまう。自分の役割として考察や説明は好むと自覚していたからだ。人に例えるなら、聞かれては応えずにはいられない性格というヤツだ・・・・・好みによるが、無愛想で偏屈よりはマシと大抵の人間は思うだろう。
ベッドに横たわると、クレアは早速ステータスカードを取り出し点滅している種族の欄をタップする。
(現在の私の種族ランクはB-。出来ればA以上の種族が出て欲しい)
選択肢が現れる前、クレアはそう願う。少しでもレンジの力になれる種族が顕れるように・・・・・・と。
クレアも・・・・・それにレンジも知らないが、本来ならば現在の種族と異なる種族はよほどの事が無いと選択肢に出現しない。そして特殊個体への選択肢は、行動だけに留まらずマスクステータスである才能値(自分の運命・器の大きさ)と歴戦値(自分よりも強者・強敵と戦った経験)と外部リソースが大きく影響する。現在のレンジの二つ前の種族『突然変異悪魔』も普通では選択肢に出現しない激レアな種族といっても過言ではない。そしてAランクに到達出来るモノはその中でも更に限られてしまう。
地球でも異形種を選択した者はいるが、大半がC~B+で進化———才能の限界に到達する。
地球で異形種を選択した者でAランクに到達する者は、資質だけをとっても全体の2割程度。そしてその領域に到達する者———進化まで漕ぎ着ける事が出来る者は更に極小となる。
いや・・・・・・そもそも地球人の中で『異形種』を選択できる存在自体が希少なのだ。自分たちしか知らぬが故の無知といえる。
◆
クレアが目を開けた時、そこには4つの選択肢が顕れていた。
○『ロード・オブ・キャッスル』・・・・・種族ランクA+
○『デュナミス』・・・・・・・・・・・・種族ランクA+
○『アークサキュバス・ジーニアス』・・・種族ランクA
○『パンドラボックス』・・・・・・・・・種族ランクA




