第184話 不調
「は? もう終わった・・・・・マジで?」
レンジは思わずといった感じで素っ頓狂な声を上げた。
『はい・・・・・・最初は遠隔監視用の魔物で様子も伺っていたのですが、大体の手の内が分かると。錬金で生み出した金属をポイントに変換し、対策した魔物を嗾けて一気に終わらせました』
現在アイリスから受けている報告内容はレンジにとって驚愕を齎した。それも無理はない事だ。クレアとアイリスのコンビは既に北方のユニークモンスターを討伐したと聞かされたのだから。
レンジの脳裏に『クレアさんの三分間、ユニークモンスタークッキング!!!』という長寿料理番組のようなテロップとBGMが流れたような気がした。
力が抜け手に持つ通信機を取り落としそうになるが、落下寸前でキャッチできた。
防衛線の冒険者達に説明を終えた後、一定の距離を取りクレアたちに通信回線を開いたレンジの耳に飛び込んできたのは完全に予想外で想定外の内容だった。悪い内容どころか最高といっていい内容だったのが幸いであるが・・・・・・・。
『ただ防衛線は現在も魔物の大軍の対処に追われています・・・・・突如、統率してたユニークモンスターを失った事で暴走状態になっていますが‥…私も参加した方がよろしいでしょうか?』
「その必要は無い。お前たちの正体がバレる無駄なリスクは犯さなくていい」
アイリスの問いをレンジは一蹴した。ユニークモンスターという最大の脅威を排除した以上。そこまで付き合う必要性は無く、冒険者や都市の力で撃退できると考えたからだ。
乱戦で人目に付く中で、クレアやアイリス、搭乗機の『巨蟹』の姿が目に触れる可能性がある中で参戦許可は出せないが・・・・・。
「了解です」
アイリスもレンジの返答が分かり切っていたのか異論を挟まず了承する。だが、レンジにふと疑問が生じる。
「そうか・・・・・・クレアはどうしたんだ? ケガとかはしてないだろうな?」
改めてメタ対策が張れるクレアの有能さを評価しつつ念のために確認してみる。アイリスが私たちではなく、私といった点が気になったからなのだが・・・・・・。
レンジの言葉にアイリスの顔が曇る。
「あの・・・・・クレアは現在は寝込んでいます」
「はぁ? どっか悪いのか? それとも状態異常でも喰らったのか?」
別れる直前までのクレアを思い返しても体調が悪そうな素振りは無かった。それなのに寝込んでいるとはただ事ではないと、面を喰らったレンジが唾を飛ばしながら食って掛かるが・・・・・・・。
「いえ・・・・・フフッ」
「??・・・・・・何がおかしいんだ?」
機械らしからぬそのリアクションが何故か癪に障ったレンジが剣呑な目で訊ねるが、アイリスはどこ吹く風で・・・・・余裕の表情を崩さない。
「いえ・・・・・マスターでも他人を心配なさるんですね? 他人を自分が利用する駒としか思っていない冷血漢と思っていましたが?」
クスクス笑いながら揶揄うように問いかけるアイリスに、若干面を喰らいながらやや間違った部分があるので訂正する。
「その評価は正しくもあり、同時に間違っている。確かに俺は他人を駒ぐらいにしか思ってないのは認めるが、身内には人並みの優しさは持っている・・・・・・俺の身内といっても母を除けばお前たちと社長一家ぐらいしか存在しないがな」
自らの交友関係の少なさ・・・・・ボッチぶりを自嘲するように皮肉気に笑った。アイリスも自分の主の人間関係に深入りする気は無いのか、お気楽な雰囲気を消し去り軽く頭を下げて謝意を示した。
アイリスは込み入った話を聞く気は無いが、自分の主の性格や言動から相当複雑な人生を歩んできたのは予想が付いていたからだ・・・・・・。
それは正しくレンジにとって身内とは養母———愛子は言うまでもないが、養父母と幼少から付き合いのあり世話になった社長一家とギリギリで友人である龍太。
それがレンジが親しいと評する数少ない人間だ。付き合いこそ短いが、既に幾度となく共に死線を潜ったクレアとアイリスもその中に、身内認定に含まれている。
だが三十年近い生で、その程度しか親しい人間はいないのだ。多いというべきか少ないというべきかは人によって異なるだろう。
———因みに倖月は身内どころか目障りなゴミくらいにしか認識していない。報復は終わってもこれまでの仕打ちを思い起こせば、嫌悪感は無くなっていないからだ。
レンジが気になったのはクレアが倒れた経緯だ。もし病気なら今後の予定を大幅に変更する必要がある。
「話しを戻そう・・・・・クレアは何で倒れたんだ? 俺はその場にいなかったからな。現場にいたアイリスの見立てを教えてくれ」
「恐らくは進化が影響していると思います」
進化まで漕ぎ着けたのは驚きだが、同時に疑問も湧き上がってきた。
「そうか・・・・・まぁ結構な激戦を潜ってきたから進化のリソースが溜まってもおかしくないな。だが俺とクレアしか進化の光景を見たことは無いが、これまで気を失ったり体調が悪くなったことは無いんだが」
レンジをこれまでの進化した時のことを目を瞑り思い返していく。だが完了までに多少の時間の差は在れど、肉体に害のあるような事態は心当たりがなかった。
「・・・・・いや、今の種族になった時に訳の分からん通知が来たんだったか?」
『エヴォル・ネオグラトニアス』に進化した時、正体不明の通知によって吐き気を催すほどの頭痛と気怠さに襲われた。
「あの現象は高ランクの種族に進化する際に起きる特有の現象か?」
これまでも何度も進化は行ってきたが、レンジは万が一を考えて進化は自宅や安全地帯で行ってきた。それは何故か? ラノベなどの定番で進化の際に激痛が走ったり、意識を失う可能性を考慮したのだ。もし戦闘中に気を失ったらそれ即ち死に直結する。戦闘中に進化して起死回生の一手とする蛮勇とは無縁なのだ。
思い返しても、それ以外に心当たりはない。ならば偶然か急病か?と思い始めるが、それを察したのかアイリスからクレアが倒れる直前の状況が説明される。
「ステータスウインドウから進化先を選択したら急に倒れました。それまではごくごく普通・・・・・・元気に錬金に精を出していましたので、進化を選択したことが理由である可能性は高いと思います」
その言葉を聞いてレンジには思い当たる節があった。
「連続で魔法を使い続けたり、MPを短期間で急に消費すると身体が怠くなるが、それの原因の可能性はないのか?」
「・・・・・・・・可能性はあります」
半眼で問いかけるレンジに、アイリスも若干目を逸らしつつもひとつの可能性としてを認める。MPは一種の精神エネルギー。それを短期間で大量に消費したり、消耗と回復を繰り返すと肉体に負担がかかり虚脱感が生まれることがある。個人差はあるが、基礎MPが多いほど虚脱感も大きくなる傾向がある。
クレアが倒れたのはユニーク武具と錬金術の連続使用によるMPの大量消費に進化した際の負担のダブルパンチが切っ掛けである可能性が高いと当たりを付ける。
「消耗していたところに進化して気を抜いて疲れが出たかもしれんな」
申し訳なさそうな声音でそう口に出すと、レンジは顔を下に伏せた。その表情は珍しく落ち込んでいるのか覇気が全く感じられない。
クレアが倒れたのは自分の立案した作戦が原因と考え、改めて責任を感じているからだ。
「ここ数日は強行軍って言うのも生温い怒涛の展開だったからな」
「当機は疲れを感じない魔導機械人形『機巧人』ですので、幾ら酷使されても問題ありません。ですがクレアは異形種と言えど元は人間種。その頃の感覚が残っているのではないでしょうか?」
「そうかもしれんな・・・・・今でこそ人外だが、俺たちは元は人間だ。俺も人だった頃の習慣は未だに抜けない・・・無茶をすればその頃の感覚に引っ張られる事もあるかもしれんな」
自分が立案した作戦・・・・・というのも憚られる様な滅茶苦茶な行動を思い返し。レンジはしみじみと呟く。
<竜機界>の攻略に始まり、ユニークモンスターとの戦闘を含む<神代遺跡>の探索及び激戦。その後は休む間もなく魔物の大軍にほぼ単身で飛び込み喧嘩を売る・・・・・・ブラック企業も真っ青な内容となっている。
———どんな悪徳企業であっても、社員を使い潰すためにもう少し体調に配慮するはずだ。
(俺にとって母を助けるのは至上の命題。そのために命を賭けても当然って思ってるが、クレアはそうじゃない。クレアが何も言わない事を良い事に、知らず知らずの内にクレアに甘えちまった)
上昇したステータスや種族の恩恵によって麻痺しているが、レンジ自身も疲労を全く感じない訳ではないのだ。今は気を張っているが、この緊張の糸が切れれば肉体や精神に皺寄せがきても何ら不思議ではない。
地球の変貌からまだ一年も経過していない。愛子の患った病に始まり、まだまだ未解明な事ばかり。それどころか分かっている事の方が遥かに少なく、手探りの暗中模索状態。誰もが突如起きた変化について行くので精一杯。
クレアとてその一人。それを完全に失念していた事に今更ながら思い至った。
(俺が母さんのために体を張るのも命を賭けるのも当然だ。だが‥…クレアは違う。忘れているがクレアは異世界人。地球での生活だって手探り状態だ……そんなクレアに押し付けすぎてたんだ)
だがレンジはそれが当然と思っている。自分の思考や行動が異常だとは思っても、それは目的達成のため必要だからリスクとして許容しているだけ。必要がなければここまで無茶な行動はしないという自覚もある。
もし自分にとって最善と思える行動をせずに、母を失ってしまったら自分が壊れるという予感が漠然とだがある故に。しかし、クレアはそうではない・・・・・レンジの願い、我儘に付き合ってくれているだけなのだ。
(明確な目的がある俺が疲れてるんだから、あくまで協力してくれているクレアの疲労はそれ以上って当たり前の事も思い至らなかった・・・・・いや、東京から始まり世界中を飛び回ったクエストもそうだよな・・・・・・あの後もクレアは相当消耗してた。日に日に悪化する母さんを見て、切羽詰まった挙句、クレアに配慮する余裕を無くしていた)
そこまで考えて、レンジはゆっくりと首を横に振る。
自分の言葉が単なる言い訳・・・・・都合よく曲解し、嘘があると気付いたからだ。
「違うな。気付いていたが、クレアが何も言わないのを良い事に見て見ぬふりを決め込んだだけだ」
アイリスにも聞かれない様に口の中でゆっくりと呟いた。レンジの心はクレアに対する申し訳なさで一杯になっていた。
クレアに甘え切って、体調を考えもせずに無茶をさせ過ぎた。
——全てはこれに尽きるだろう。
(反省、いや猛省しないとな・・・・・)
レンジはクレアとの関係は対等だ。少なくともそう思っていたつもりだった。だがつもりに過ぎなかったと気付かされた。
もしレンジがクレアに対し、無茶に付き合わせただけの対価を提示していればここまで悩むことも無かった。クレアがレンジに何らかの要求をしていれば違っただろう。だが先のクエストから今現在までそれに釣り合うだけの対価———利を提供したとはとても思えない。故に猛省している・・・・・しなくてはならない。
(クレアは俺の奴隷でも部下でもない。俺の命令に一方的に従わせる気も無いし、そんな事をするつもりも無いし、したくもない)
クレアが自分に抱いている好意を利用する事や、自分の都合で相手を振り回す行為は、レンジがもっとも嫌悪している倖月家と同じ。そうならないよう生きてきた。
だが今の自分の所業は倖月家と何ら変わらないと気付いた・・・・・気付いてしまった。
「クレアが起きたらキチンと謝って、好きな事に付き合うとするか・・・・・・」
現在の自分は最早止まれない。母の体調を考えれば僅かな時間さえも惜しいが、それが今の自分がクレアに出来るせめてもの償いだった。
「アイリス、予定変更だ・・・・・・お前たちは進路を変更してファーチェスに向かい近隣で待機。俺は後1体ユニークモンスターを片付けてから合流する。クレアが起きたら安静にしているように伝えて絶対に何もさせるな」
適当な場所で合流する予定だったが、自分といればクレアはまた無茶をすると考えた。更にクレアの性格上、目覚めたら進化した種族の検証をしたり、錬金を再開する可能性がある。それを考えて前もってストッパーであるアイリスに釘を刺しておく。
「よろしいんですか? 予定と違ってしまいますが?」
本来は合流してからユニークモンスターに当たる計画を立てていたのだが・・・・・・。ソロ討伐は流石に厳しいと判断したアイリスが伺いを立てるが・・・・・。
「クレアに無理をさせる気は無い。ここでクレアを失うような事態になったら、俺は自分がどうなるかわからん」
少しも迷わずに即答した。
「了解です・・・・・・クレアに何かあった場合に限り当機からご連絡します」
「了解だ・・・・・クレアを頼むぞ」
それだけ言い残して通信を切りアイテムボックスにしまい込むと、遅れを取り戻すかのように加速した。
◆
<巨蟹内部>
「だそうですよ? 良かったですねクレア」
「・・・・・・・・」
操縦中のためクレアの側からはアイリスの表情は見えないが、その声は楽しげなのが伝わってくる。
クレアはその声に応えず横になったまま両手で顔を覆っていたが、その顔は熟れたトマトのように真っ赤であった。




