第10話 舞台裏
これはもう一つの舞台、時はレンジが花蓮を先に逃がした頃まで遡る。
〇神無川警察署 【女優】天川花蓮
「と、【問屋スーパー ナント】に、け、今朝ニュースで報道されていた怪物が現れて人を襲っています。もう死傷者が出ています」
私は息を切らせながら警察署に飛び込むと、受付に詰め寄り途切れ途切れになりながらそう言い放った。
受付の婦警は私の言葉を聞いても胡散臭そうな目を向けてきた。真面目に聞く気が無いのがそれだけでも分かってしまう。腹が立つが、私も彼女の立場なら似たような態度を取ったはずだから責めるに責められない。
私がこの婦警の立場でいきなりこんな話を聞いたとしたら、確かに質の悪い悪戯か頭のおかしな女が来たと思うだろう。・・・・・・普段ならそこまで考えて粘り強く説明する、だが今は一刻を争う。
(110番通報した時に、もう少しまともに取り合ってくれていたら、わざわざ警察署まで来る必要はなかったのに・・・・このことは今度出るバラエティー番組ではっきりと発言してやろう)
こんな時でも腹黒い考えを抱く自分に嫌悪感が湧く。でも緊急時の説明を碌に聞かずに悪戯と決めつける警察側の落ち度なのは間違いない。
—――仮に警察が否定しても、ちゃんと履歴と音声は保存してあるから言い逃れは不可能だ。
「怪物に襲われたので逃げ出した。私を庇って逃げ遅れた人がいたので安全なところまで逃げたらすぐに警察に通報したけど。まともに取り合ってくれなかった」
—―大筋としてはこんなとこかな?
(涙を浮かべながら現場の惨状を怖がった表情で語れば男共はころッと騙されてくれる)
芸能界に生きていくには強かさが必要だと身に染みてわかった時、私は常に他人を疑うようになってしまう。誰もかれも爽やかな笑顔の裏で、厭らしい下心が明け透けて見えるようになった。
(男なんてどいつもこいつも、体目当てで言い寄って来やがって。一流とか人格者なんて言っても男は大体、まず私の胸元やお尻を厭らしい目で見てくるし!)
憤慨したついでのように、最近の不愉快な記憶を思い出してしまった。
(この前パリで一緒に食事したあの馬鹿ボンボン然り・・・あいつだけ・・・じゃないか。 金持ちの奴らは、カネと権力をひけらかせば女は簡単に股を開くと思っている節がある)
・・・・まぁ全員じゃないけどね。得てして美女を侍らせるのをステータスとして、女を飾りのように思ってるのは間違いない
(レンジ君くらいかな? 私がどんな立場になっても態度を変えないのは・・・彼は否定するだろうけど)
彼なら「俺は別にお前と利害関係があるわけじゃない。・・・有名モデルだからってペコペコとへりくだる気も無い。チヤホヤして欲しいんなら他を当たるんだな」とか言いそうだ・・・・・・・ってか絶対言うわね、あの朴念仁は。
彼とは昔はよく連絡を取ったり、遊んだりしていた。でも私が売れ出してファッション雑誌なんかに載りはじめた頃から全く連絡をくれなくなった。私のメールも既読だけして完全に無視。
———当時は急に冷たくなった彼に憤ったものだ。
でも、逆に今まで碌に交流もなかった人からは、頻繁に連絡が来るようになったことから思い至ったことがある。
思い返せば・・・・・彼は私が成功するため努力を知っていた。
だから自分に会うことで些細なことからどんな噂が発生し邪推を呼び、 スキャンダルに発展しないように気遣ってくれたんだと思う。
芸能界は外から見るには華やかな世界だが裏では熾烈な蹴落とし合いがある。
自分といるときは笑顔で笑っていても、私がいない所では。デタラメな作り話や噓八百を周囲に吹き込んでいるような事は日常茶飯事だ。
まぁそれは芸能界に限ったことじゃない、ある程度競争の世界なら普通に起こっているから・・・・・。
(どんな業界でも上に行くには才能は勿論、幸運と並外れた努力が必要になってくる)
当時は憤慨したけど、今は一言も言い訳も説明をせずに私を気遣ってくれた彼の不器用な優しさに感謝している・・・・・・絶対本人には言わないけどね・・・・・恥ずかしいからっ!)
・・・・・・閑話休題
直接会うのは6年振りくらいだけど・・・・彼は変わっていなかった。だから・・。
「私の言葉を信じてもらえないのであれば結構です。近くの他の警察署に行って同じことを話すだけです。でも私は既に110番通報をしていますが、その時もまともに取り合ってもらえませんでした。
もしも、この件が世間に知れ渡れば流石に不味い事になると思いますよ? もし部隊や人員を動かして、この事が嘘ならば私を拘束なり事情聴取なりすればいいだけですっ!!」
捲し立てるようにそういい放ったら、婦警は急に怯えたような顔になった。もし万が一魔物が現れて事件に発展していたら自分の責任問題になりかねないと思い至ったのだろう。
(市民の味方とか言っても所詮は自己保身第一ね)
内心でそう吐き捨てていると。ここで(私にとって)話の分かる人物が現れる。
「こんばんは、勇ましいお嬢さん。何やらただ故ではない様子ですね? 宜しければ、私にどのような話か聞かせていただけますか?」
私の背後から声を掛けてきたのは170センチほどの身長のガッチリした体格をした初老の男性だった。私を見ても侮るような感じはしない穏やかな瞳をしている。
人のよさそうな笑みを浮かべそう言った人を目に入れた瞬間、婦警の顔が驚愕に染まる。
「しょ、署長」
「はい。今、説明にあったように私が【神無川警察署】の【署長】を務めています大杉と申します」
穏やかな声で自己紹介をした大杉さんは、表情を真剣なものに一変させ事情を聞いてくる。
「私の役職などは今はどうでもいいことです。お話を聞かせていただけますか?」
少なくとも目の前の婦警より話が通じると考え、私は順を追って説明した。
「スーパーで買い物をしていたら魔物が現れた」
「咆哮の様な声が聞こえたと思ったら、ガラスが割れるような音が聞こえ、大きな魔物と小さな魔物が複数現れた」
「入り口を見たらドアに血糊と横たわった人が見えた」
「今朝のニュースの報道があったので。ドッキリの類じゃないと考えて裏口から逃げた」
出口まであと少しのところで魔物に追いつかれたが、足止めをしてくれた人がいたので、無事に脱出できて助かった」
「残った人か無事かわからない。・・・でも魔物がまだ生きている可能性は高い」
レンジ君が何匹も魔物を倒したことを知らせるとマズイ気がしたので、簡潔に要点を絞って説明する
署長は私の話を聞いて大きく頷くと電話を取り指示を伝え始める。
「機動隊を至急、現場に派遣して下さい。あと本庁に通達し、特殊部隊の出動要請を・・・・」
先ほどまでの穏やかな雰囲気を感じさせない厳しい表情で、矢継ぎ早に的確な指示を出していく。
「しょ、署長。真偽が判っていない状況で本庁まで通達するのは・・・・少なくとも本庁への通達は状況を把握してからでも遅くはないかと」
傍にいた瘦せた狐のような男が慌てたような顔でそう進言しているが、大杉さんはそれを一蹴してしまう。
「君が私の立場を考えて進言してくれたのは分かっています。確かにキチンと情報を精査もせずに部隊を動かして何もなかったではお咎め無しとはいきませんからね。しかし彼女はこんな冗談を話しに警察に来るほど暇ではないですし、そんな事をしていい立場でもありません」
怒るでもなく穏やかにそう言い切った署長さんに、周囲は首を傾げていたが・・・・・・・私は背筋に冷たいものが流れた様な気がした。
(この人・・・・私の変装に気が付いてるの?)
私の変装に気づいた人は今まで殆んどいない。例外はレンジ君含めて勘の鋭い知り合い5人ぐらいだ。
私の困惑を・・・表情から読み取ったのか、署長さんは微笑みを浮かべ穏やかな声音で話す。
「冴えない中年が貴女の正体を見破ったのが意外ですか?・・・・・私はキャリアでもない現場からの叩き上げです。・・・・エリートと呼ばれる方たちと違って学はありません。
その代わりに様々な境遇の人たちと関わってきました。・・・・なので人を見る目は少しだけ自信があるんですよ」
その言葉に思わず気圧されてしまう。威も覇もまるで感じられないが、そこには自分のような小娘には出せない深みと重みがあった。
(穏やかでも揺るぎない言葉と自信。この人、只モノじゃないわね・・・・・)
周囲の警察官たちがこの人に向ける目を見れば、この人が敬意を持たれている事が判る。
(私がここに来て話した時は胡散臭そうな目で小馬鹿にした様な雰囲気が漂っていたけど、この人が来てからはそれが感じられない。少なくともこの場はこの人に任せておいた方が良いわね)
ここからは私の出る幕など無い。後は成り行きに任せるしかないと邪魔にならない様に隅に移動してジッと待つことに決めた。
そこから先は迅速だった。機動隊とパトカーが慌ただしくサイレンを鳴らし、飛び出していく様子を私は祈るような気持ちで見送った。
(お願い。レンジ君、無事でいて。 勝手に私を逃がしておいて、お礼も言わせずに死んじゃうなんて許さないんだからね・・・・・・)
・・・・・
それから30分もしない内に連絡がきた。
部外者である私に詳細までは教えてもらえなかった。でも意識を失って腕に怪我をした二十代後半の男性を病院に搬送したが命には別状なし、という連絡を受けた時。
—――私は安堵し、涙を流しながら床にへたり込んだ。
余談だが、残された血糊や死傷者。防犯カメラから魔物がいたことは証明されたが、魔物の遺骸が残っておらず、肝心の当事者が意識不明のため。・・・・・後日、現場検証に付き合う羽目になった。
(私のオフを台無しにした埋め合わせは絶対にしてもらうからね・・・・・・)
次の日、神妙な顔で現場検証に付き合いながらも、心の中でレンジ君に文句を言った。




