第8話 潜んでいた存在
ハッキリ言うがオークとゴブリンだけなら花蓮を連れて逃げきれていた。そうしなかったのはこいつの存在があったからだ。
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〇ホワイトウルフ
種族ランク:G
ランク2モンスター。攻撃系統スキルの類は持っていないが、素早い動きを得意とする上に鋭い爪牙を持つ。
知能も高く群れで行動することが多い。餌が目的でオークなどの個体と共生することもあるが、従っているわけではない。
群れを率いる上位個体が誕生した場合。格上の魔物も餌食となることがある。
飼いならす事が出来れば、従順で家畜の管理などに利用できる便利な魔物なので人気がある。
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こうなると、朝のうちに種族とジョブを選んでなかったのが悔やまれる。
種族ならステータスカードから選択できるが。ラノベなどにある選択した後に気を失ったり、 動きが鈍ったりしたら。それだけでもうお陀仏だ。
おそらくこいつは天性の狩人だ。隙を見せたらヤバい様な気がする。
危険なんてない、と甘い考えをして。日和った結果が今の状況だ。
今更、あ~だ、こ~だ言っても何も変わらない。自分の甘さ———見通しが甘かっただけの事だ、甘んじて受け入れるしかない。
「 生きて帰れたら、種族とジョブの選択は絶対にやろう」と心に決める。
確かに俺はゲームでは数々の修羅場を潜り抜けてきた。ゲームの初期でもコレより遥かに悪い状況など幾らでも経験がある。
だが現実問題としてゲームの戦闘と実際の戦闘は天と地ほどに違う。
ゲームなら腕を無くそうが、内臓をぶちまけられようが痛みなど無い。故に死なない限りは動く事が出来る。これが現実でおきたなら、まともに動くことさえままならなくなるだろう。
「ブッちゃけ無傷の勝利など不可能だな。最高に運が良くて重軽症。
運が良くて満身創痍ってとこかな?」
それでさえ希望的———幸運に恵まれてようやく手繰り寄せられるくらいの極小の可能性。
「だがゲーマーってのはどんなに無理でもベストスコアを目指したくなるもんだっ」
そんじゃ・・・・・・・スタート。
まずは取り巻きを片付ける。足元にあった保冷用の氷塊をオークに向けて蹴りつける。 そのまま後退するとゴブリン共が追ってくるので近くにあった魚油と魚の内臓を失敬して床にぶちまける。
オークは動きが鈍いし先ほどの牽制が効いているようで出遅れた。
内臓などは弾力がありグニャグニャしている。その上魚油は粘度が高いので内臓と一緒に撒いてやればアメコミのバナナも真っ青な即席トラップが誕生する。
こんな子供だまし、通常なら真っ暗闇でもなけれ幼児でも引っ掛かりもしない。
だが連中は仲間を殺されて頭に血が上っているうえに知能は幼児以下のお馬鹿さんだ。
案の定、バランスを崩して倒れこんだところに頭を狙って2匹同時に包丁を差し込み始末する。
すかさず、まだすっ転んでいる2匹絶命させる。しかし、立て直した2匹から胴体に一撃ずつ喰らってしまい思わず呻いてしまう。
「グッ! 痛っ~~~~ぇ。なにすんだよ~。やめろよー。イタイよぉぉぉぉ」
殴られた個所を押さえる余裕も手当などする余裕もない。痛みが全身に回る前に天に向かって絶叫を上げた。
「イタイよぉぉぉぉ。うぇぇぇぇぇん。なにすんだよ~」
バカ丸出しで声を張り上げて叫ぶが、これはちゃんと意味のある行為だ。端から見れば馬鹿丸出しの狂人に見えるだろうけど科学的な根拠を伴う理由がある。
【ゲート・コントロール理論】簡単に言えば負傷個所を摩ったり圧迫して行う痛みの誤魔化しだ。
摩る余裕も、圧迫する余裕もないので。大声を出して痛覚のゲートを閉じようとしただけ。
何も知らないものが見ればバカ丸出しだが・・・・・・まぁ気休め程度にはなる。
ゴブリン達も突然大声で叫んだ狂人にビックリしたようで硬直していた。
なので、その隙にありがたく急所を穿って絶命させた。この間、約15秒。
厄介な取り巻きを先に始末できたのはデカい。
巨体を揺らして追いついてきたオークはこの部下たちが殺された現状にご立腹の様で真っ赤になって、鉈を振りかぶり俺の頭めがけて叩きつけてくる。
(オークなんて呼び方はめんどうだ、こいつはこれからブタと呼ぼう)
この鉈での攻撃は絶対にもらってはいけない。俺の方が多少素早いようだが、筋力は俺の方がかなり劣っていると思う。【愚者の叡智】め。テキストに敵のステータスも表示しろよ気が利かねぇな。クソがっ!
右手から繰り出される大振りの一撃を避けて、ブタの腕にカウンターで包丁を突き刺す。
ブタはたまらず鉈を落としたが、残った左手を振りかぶって拳を俺の顔に叩きつけようとする。その必殺の一撃を俺は敢えて避けずに包丁を手放し跳躍して腹で受ける。
グチャアと拳が肉を捉える音がこだまする。
「BUMOOOOOOOOOOOOO」
直撃を獲物にブチ当てたことでブタは勝利を確信したのか、醜悪に笑いながら天に向かって勝利の雄たけびを放った。
「おいおい。勝利宣言は早すぎるぜブタさんよ~? こちとら最初からパーフェクトなんて狙っちゃいねーんだよ、ボケがっ!!」
確かにブタの拳撃をまともに体で受ければ。今の俺ならよくて重症、下手すりゃ満身創痍だろう。
しかし腕が伸び切る前、踏ん張らずに空中で拳を喰らった事で威力をある程度殺せた。 さらにシャツの下の腹には魚油を絡めた魚の内臓を緩衝材代わりに仕込んでいた。
生臭いし、ネチャネチャして最悪だ。カッコいいとは到底言えない。だがかっこう云々よりも生き残った者が勝ちだ。
それでも腹に拳を喰らったのは事実で威力を分散してもハンマーで殴られたような衝撃があってメッチャいてぇー。胃から込み上げてくるものがあったが、今までは飲み込んできたそれを豚の顔面に吐き掛ける。
勝利を確信した直後、油断していたこともあったのか。ブタはゲロ混じりの胃酸をモロにくらい両手で顔面を覆ってしまう。
(まだ戦闘中だぞバカがっ)
足元にあった出刃包丁2本を両手に持ち、ブタの背後に回り首に包丁を突き入れる・・・・・が巨体だけあってゴブリンのように一撃で即死とはならない。それでも連続して差し込むとようやく絶命した。
「BU・・・・・MO」
力尽きた様に縋るような声で鳴くが、気にする余裕もない。こちとら身体がガッタガタなんでな。それに殺し合いでの出来事だ・・・・・俺を殺すつもりなら、当然自分が殺される覚あったよな?
「まぁお前の敗因は俺の絶命を確認せずに油断したことだ。この国じゃそれを油断大敵ってんだよブタ君。冥途の土産に覚えておいてくれや」
俺は持っていた包丁を地面に落とし。勝ち誇ったように優越感を込めて言い放つ。そして限界に達したのか、力尽きたように地べたにへたり込む。
◇
そう油断大敵。古来より使われる油断や慢心といった心の隙が一番恐ろしい敵だ。という警告であり戒め。
戦闘当初からずっと隙を窺っていた【モノ】にとって獲物が弱り隙を見せた今こそ絶好の好機。
天性の狩人である【ホワイトウルフ】は獲物の喉笛に食らいつくため物陰より音もなく飛び出した。
そして勝利直後で油断している獲物。・・【志波 蓮二】の背後から急所である首筋に襲い掛かる。
自慢の牙が肉を抉り骨まで到達した感触を確認し・・・・・・・・・勝利を確信した。




