エピローグ
エピローグ
高速道路上に、陸堂が運転する車の他には前方にも後方にも車両の影は見えなくなっていた。
「私たちは、これからどうするの?」
その問いに答える代わりに、陸堂はハンドルを左に切って、高速道路を降りる方へと車を向けた。
朝日はまだ見えないが、空に微かな明るさが広がってきていた。
料金所を通過して数分が過ぎると、車のタイヤは山道を踏んでいた。道路は対向車とすれ違うのも難しい幅まで狭まってきている。
夕菜がふと視線を左に向けると、眼下に小都市の夜景が広がっていた。
陸堂はアクセルを緩めて、ハンドルをゆっくりと切った。
車数台分ほどのスペースが、道の脇にあった。そこへ陸堂は車を止めて、ドアを開けた。
「少し降りて、これから俺たちが暮らす街を眺めないか?」
夕菜の返事も待たずに、陸堂は車外に出て、ドアを閉めた。
夕菜は小さく伸びをしてから、ドアを開けた。
見下ろした街が造り出す夜景は、豪華とは言い難いものだった。人口三十万人の街であるが、どちらかというと少し離れた大都市圏のベッドタウン的な要素が多い街で、夜中まで灯りが点いている建物は少ない。
「ここが新天地というわけね」
夕菜は陸堂を見た。
夕菜にとって陸堂は、仕事仲間の一人だった。もちろん今でも仕事仲間であるが、今は一人だけの仕事仲間である。
家族や仕事を失った陸堂にとっても、夕菜は唯一の仲間と呼べる存在である。
「住む場所は、二つ用意した。広い方と狭い方のどちらがいい?」
陸堂の質問に、夕菜は即答する。
「もちろん広い方ね。狭苦しいところには、私は住めないわ」
陸堂は頷いた。
「そうか。それなら、夕菜の家はそこだ」
陸堂の人差し指の延長線上には、山の斜面に張り付くように建っているかなり古びた家があった。一般的な住宅の倍近くもあり、造りもしっかりとしているように見える家ではあった。
しかし、荒れていた。月明かりの下でも分かるほど、その家は荒れていた。壁に繁茂したつる性の植物、伸び放題の枝をもつ庭木。人が住まなくなって、かなりの年月が過ぎていることは間違いない。
「…かなり長い間、手入れがされていないようだけど?」
「大丈夫。不動産屋の話では、建物は入居前にある程度の補修はしてくれているようだ」
夕菜は首を小刻みに振った。
「建物もだけれど、少し不便じゃない?」
「大丈夫だよ。バスは一日に六本も走っている」
「一日に?一時間の間違いじゃない?」
引きつったような笑みを浮かべている夕菜を見て、陸堂は笑みをこぼした。
「冗談だ。君のために借りた部屋は駅の近くだ。でも、広い部屋は用意できなかった。狭いところは嫌だとわがままを言うから、少しからかってやろうと思っただけだよ」
夕菜は眉間に皺を浮かべた。
陸堂は笑みを浮かべた。少し皮肉が混じったような笑みだったが。
「陸堂、あんたの笑い顔を久しぶりに見たけど、前より不自然な笑顔になったね」
夕菜が浮かべた笑みは、以前より自然な笑みだった。
陸堂は表情を戻した。
「色々あったのに、自然な笑顔ができるほど俺は強くないということかな」
夕菜が少し驚いたような表情を見せた。
「それじゃ、私が支えてあげようか?」
陸堂は怪訝な表情を自分の顔に張り付けて、夕菜を凝視した。
夕菜は視線を外して、小さく咳をした。
「しばらくは二人でやっていかないといけないから…陸堂には元気でいてもらわないと、私が困るからね」
陸堂は微かに首を傾げただけで、口は開かなかった。
陸堂と夕菜は視線を明るくなり始めた空の下にある街の景色に戻して、しばらく沈黙を保った。
先に口を開いたのは、夕菜だった。
「明日から、第二の天誅団を立ち上げる?それとも、少し休養時間が必要?」
陸堂は山道を登ってくる車に視線を向けながら、首を小さく振った。
「今はゆっくりと過ごす気にはなれないな。次にやるべきことを見つけられなくなるまでは、何かやっておかないと落ち着かない」
「それなら、明日から…今日からにしましょう」
陽光が低い山の峰の間から陸堂たちのところまで届きだした。
陸堂は眠気の充満した頭の中で、未来の自分が微かに見えていた。そして、問いを自分に向かって発した。
(この意思は本当に自分のものなのか?人に操られてはいないのか?)
強烈な不安は湧いてこなかった。何かから開放されたと、感じていた。
久しぶりの投稿です。書き溜めたものは他にもあるので、また投稿しようかと思っています。