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獣ジャック  作者: 八女 将
1/7

その男は獣を操り、悪業を償わせる

第一部


 特に特徴のない居酒屋の入口に近い席に若い二人の男が座っている。店内には、程好い喧騒が満ちていた。

「なぜ人類が地球を支配できていると思う?」

 友人は僕の問いに、少し間を置いてから答えた。

「知能が高いからだろう?」

 僕は口元に微笑を浮かべた。

「確かに、それも一理ある。でも、僕はこう思うんだ。人類は地球上のどの生物よりも意思を強く持つことができて、その力によって、この地球を支配しているとね」

 友人は頷いた。

「そうだな。知能も、人類が自ら望むことによって獲得したものなのかも知れないな。俺も自分の意思で、なりたい自分に近づいているのかもな」

 友人はビールジョッキを持ち上げて、店員に次の一杯を持ってくるように促した。

 僕は友人の横顔に無言の言葉を送った。

(その意思は本当に自分のものなのか?人に操られてはいないのか?)

 僕はその問いを何度も自分に対して発していたが、その度に強烈な不安を覚えるばかりであった。


 その男はどこにでもいるような、特徴のない男だった。

 長くもなく短くもない髪。メタルフレームの四角い眼鏡。身長は百七十センチほど。太っているわけでも、痩せているわけでもない。年齢は、三十代半ばだろう。

 その男が駅のホームに現れ、ベンチに深く座って目を閉じた。

 空気は湿り気を帯びていた。まだ梅雨入りまで少し間があると思われる時期であるが、二日前の夕方から雨が降り、今日の昼過ぎにようやく雨雲が姿を消した。

 夕方の通勤時間帯であるが、混み合っているというほど人の姿は多くはない。一つの電車の乗車口毎に五、六人が並んでいる程度である。

 通過電車の到着を駅のアナウンスが告げた。

 その男の視線の先に、肩を組んで歩く二人の若い男の姿があった。一人は鼻にピアス、もう一人は下唇にピアスを付けている。二人は周りも気にせず、大声で笑い、下品な言葉を吐いている。

 唐突に一匹の犬がホームと外を隔てる金網の上を飛び越えて、吠え声を発することもなく侵入してきた。

 こげ茶色の手入れのされていない短い毛を持つ大型犬は、迷うことなくピアスを付けた二人の若い男の背後に迫った。

 線路を電車の車輪が叩く音が響いてきた。駅を通過する電車の先頭車両が、ホームの端に届いた。

 こげ茶色の犬は跳ねた。大型の犬と言っても、小柄な女性よりも軽い体重しかないだろう。しかし、その運動能力によって生み出された衝撃力は、二人の若い男を一メートルほど前に押し出し、ホームから転落させるのには十分なものであった。

 二人の男は肩を組んだままホームの下に転がり落ちた。

 湿り気を帯びた破壊音が、電車の走行音に掻き消された。

 人々の悲鳴が上がるまで、それから数秒の時間が必要であった。

 大きな犬の姿は、消えていた。

 ベンチに座っていた特徴のない男は、傾いていた自分の体を戻した。そして目を開くと、周囲を見回してから立ち上がった。男は乱れのない足取りで、改札口に向かって行く。

 改札口を出ると、電話をかけた。

「終った。迎えに来てくれ」

 自動販売機で買った缶コーヒーを飲み終わる頃、駅のロータリーに赤い車が入ってきた。

 男は助手席側のドアを開いた。

 走り出した車内に流れるラジオの音に紛れてしまいそうな声で、男は言う。

「次のターゲットは、決まっているのか?」

 ハザードランプを点滅させて、女は車の速度を落とした。路肩に車を止め、鞄から書類の入った封筒を取り出すと、男に渡す。

「いつもながら、アナログだな。メールで資料を送ってくれればいいだろう?」

 女は苦笑した。

「私もそう思うけど、これが夕菜のやり方なのよ」

 男は封筒の中から取り出した平凡な容姿の女の写真を見た。美人なわけでも、スタイルが良いわけでもない。年齢も四十代前半ぐらいだろうか。

「どこにでもいそうな中年の女だが?」

 運転席の女は苦笑いをした。

「それぐらいの方が、男は安心するのかもね。私のような若くて美人な女だと警戒されてしまうわ。その女は財産のある年配の男と結婚して、半年も経たないうちに夫が死んで遺産を受け取るということを、二回繰り返しているわ」

 男は運転席の女を見た。確かに若くて美人である。しかし、先ほどのような言葉を躊躇することもなく発するとは、性格に小さくない問題を抱えているようである。

「警察は動いていないのか?」

 運転席の女は、ハンドルを左に切った。

「一人目の夫が死んだ時点で、隣の県に引っ越しているのよ。次の夫が死んだ時点では、結婚して名字も変わっているから、全くノーマークね」

「その女が二人の夫を殺したという確証はあるのか?」

「今まで、夕菜の調査に間違いはなかったわ」

 男は童顔の小柄な女の顔を思い出した。

 男は車のドアノブに手をかけた。

「瀬川、決行日が決まったら連絡する」

 瀬川と呼ばれた女は、頷いた。

「陸堂、次はもっと目立たないところでやった方が良くない?」

 陸堂と呼ばれた男は、首を振った。

「目撃者が多い方が、俺たちにとって好都合だ。人は隠されたものを探求するのは好きだが、周知の事実にはすぐに興味を失う」

 陸堂は車外に出て、ドアを閉めた。

 車のエンジン音が遠ざかっていくのを背中で聞いて、男は足を速めた。

十分ほど歩くと、マンションの中へと入っていく。

六階の一室のドアを開ける。

 リビングに足を踏み入れた瞬間、右側から小さな影が迫ってきた。陸堂は避けることもせずに、立っていた。

 小さな影は、陸堂の腰の辺りに飛びついた。

「パパ、お帰りなさい!」

 陸堂は娘の頭を撫でた。

「先に夕飯は済ませたわよ」

 一歳年上の妻は、電子レンジで温め直したおかずをテーブルの上に置いた。

「今度の誕生日のプレゼントを決めたのよ」

 娘は一週間後に、五歳になる。

「何にするの?」

 娘は陸堂に先週に発売されたゲームソフトのタイトルを告げた。

 陸堂は娘に笑みと頷きを見せてから、スーツを着替えるために自分の寝室に入る。

(これで何人目か思い出すこともできないな…)

 先ほどの光景が脳裏に映っていた。

 部屋着に着替えた陸堂は小さな溜息を一つ吐いて、寝室のドアを開け、リビングに向った。


 朝から降っていた雨が、夕方になってようやく止んだ。

 雨と共に吹いていた強い風が、紅く色づいていた樹々の葉を歩道に積もるほど落していた。

 陸堂はカフェの窓際の席に座って、歩道に視線を向けていた。

(そろそろ来てもいい頃だが…)

 今回のターゲットは、森宮梓、三十七歳。結婚は二度していたが、二度とも結婚して一年以内に夫を亡くしている。

一人目の夫は、自身が一人で運転していた車が陸橋上でガードレールを突き破り落下、車は大破して、運転していた夫は死亡した。

 二人目の夫は、入浴中に心臓発作を起こし、救急車で病院に運ばれた時には、死亡していた。

 二人とも、強度のアレルギー体質であった。

一人目の夫はピーナッツアレルギーで、食べると呼吸困難を起こす。

 二人目の夫は、心臓に疾患も抱えていたため、アレルギーの発作を起こすと、死に直結する。

 夕菜の調査によると、二人とも森宮梓が故意にアレルギーの原因物を摂取させることにより殺したということだった。

 夕陽を右頬に受けながら、女が犬を連れてやってきた。

 陸堂が腕時計に視線を向ける。

(資料にあった時間より、十五分ほど遅かったな)

 森宮梓が持つリードの先には、ハスキー犬の力強い姿がある。北の大地で雪の中を、その力強い足で橇を引く姿が容易に想像できる。

 陸堂はハスキー犬に視線を向けた。

 何か大きな音を聞いた時のように、その犬が急に首を立てた。そして、陸堂の方へと耳と目を向けた。

 森宮梓は立ち止まった愛犬に構わずに、歩き続けた。

 すぐ横を車が通る。幹線道路から一本、住宅街の中に入っている道路で、渋滞を回避するためにこの時間は多くの車が抜け道としてこの道を通る。

 犬が唐突に跳ねた。森宮梓の周囲を犬が駆ける。

 握っていたリードが足に絡まった。

「あっ!」

 森宮梓はバランスを失い、道の中央の方に体が傾いた。

 グレーのワンボックスカーが、制限速度を十分に上回る速度を出していた。

 タイヤが舗装道路を激しく噛む音が響き、間髪をおかずに鈍い衝突音が住宅街の壁に反響した。

(運転していた奴には悪いことをしたが、こんなに狭い道であんなに速度を出していなければ、十分に避けられたはずだ)

 陸堂は野次馬に混じって近づき、森宮梓の年齢が二度と増えないことを確認した。

 その現場から離れながら、陸堂は携帯電話を取り出した。

「終った。いつものように報酬は現金で頼む」

 仕事の内容に比べて多くはない報酬だが、依頼主にもリスクを背負ってもらうために依頼料はもらっている。依頼を受けるのは、ターゲットが社会的に間違いなく悪人であると判明した場合に限られる。

 翌日、陸堂は瀬川に呼び出された。会社が終わって、指定された駅のロータリーで待っていると、見慣れた赤い車が目の前を通り過ぎようとしかけて、急ブレーキ気味に止まった。微かに、タイヤが軋み音を上げた。

「急いでいるのか?」

 助手席に乗り込んだ陸堂に、瀬川は小さく首を振った。どこか視線に険しいものが混じっている。

「考え事をしていたのよ。なぜ間違ったのかをね」

 車はゆっくりと加速を始めた。

「何を間違ったと言うんだ?」

 対向車のヘッドライトが眩しくて、陸堂は視線を手で遮った。

「昨日、あなたが処分したのはターゲットじゃなかったわ」

 陸堂は自分の思考が何かに押さえつけられるように感じた。ようやく搾り出した声は、掠れている。

「他人だったと言うのか?」

 瀬川はうな垂れるように頷いた。

「そうよ。皆池京香という近所の主婦よ」

 陸堂は腋下に汗が噴出してくるのを感じていた。

「間違ってはいない。写真の女だった。それに、指示通りの時間に犬を連れて現れた」

 耳の奥で、自分の心音が響いていた。

「しっかりと確認したの?」

 陸堂は記憶を辿る。瀬川から渡されたターゲットの写真はしかりと頭の中に保存し、現れた女と一致したはずであった。

 瀬川から渡された資料はすでに破棄していた。

「確認した。あんたは渡された資料の控えは持っていないのか?」

 瀬川は首を振った。

「持っていないわ」

瀬川自身も、その資料の控えは持っていない。瀬川の仕事は、夕菜から渡された資料を陸堂たちのような実行者に渡し、実行後の確認を行うことであった。

 陸堂は聞きたくないが、聞かなければならないことを口にする。背中を汗の玉が伝わり落ちるのを感じた。

「皆池京香というのは、どんな人だったんだ?調べているのだろう?」

 皆池京香が死に値するようなことをやっていれば、陸堂の罪悪感はかなり薄まるが、もし善良な人物だった場合は…。

 瀬川は視線を前方から、一瞬だけ陸堂に向けた。

「普通の主婦よ。五歳になる息子がいるわ」

 陸堂は自分の中の何かが壊れたのを感じた。陸堂には五歳になる娘がいた。自分が殺したのは、同年代の女性で、五歳になる息子がいた。

 車窓を流れる景色が、現実味を欠いたものへと変貌していた。


 世の中には殺されて当然の者がいる。そんな考えに確信を持つようになったのは、あの日からだった。

 もう、二十年ほど前のことになる。

 それまでは、陸堂は死刑という制度にさえ疑問を持っていた。表立って死刑反対と唱えるほどではなかったが…。

 中学二年生の夏休みが終るまで残り一週間だった。黒い雲が急に空を侵食し、耳の奥まで響くような雨音が辺りを埋めた。

 一時間ほどで雨は上がり、雲の隙間から差し込む光は夕方の気配を含んでいた。

 陸堂はビーチサンダルを履いて、自転車を引っ張り出していた。チェーンに油を差し、ブレーキレバーの稼動部にも油を差した。タイヤには空気を入れて、その硬さを指先で確かめた。それが終ると、自転車に乗りたい衝動が湧いてきた。

(晩ご飯まで、まだ一時間以上あるな)

 陸堂はサドルに跨った。

 川沿いの道に出た。人通りの少ない田舎の道である。

二十メートルほど離れている対岸の道に歩いている同級生の姿を見つけた。時々、陸堂が授業中に視線を奪われている女生徒だった。

 陸堂は声をかけようとしたが、気恥ずかしさが、それを止めた。自転車を土手に生えた樹の後ろに移動させ、良く茂った葉の間から、女生徒を目で追った。

 雑音が耳の中に入り込んできた。必要以上に排気音を撒き散らしながら、一台の車が走っていた。十年近く前に発売されたセダンを独特な色に塗り直し、サスペンションを歪なものに変貌させていた。

 陸堂の中に、不吉な予感が膨らみ、心の中を満たした。

 セダンからクラクションが発せられ、助手席側のドアが開いた。車から降り立った若い男は、痩せていて、長身だがかなりの猫背だった。ポケットに両手を突っ込んで走り出し、女生徒の前に回りこんで止まった。

 女生徒は怯えて、硬直したように痩せた男を見上げて立っていた。

 痩せた男が何か女生徒に向って言っているようだった。

 女生徒は首を何度も振り、若い男の横をすり抜けようとした。

 その瞬間だった。痩せた男が、女生徒の側頭部に回し蹴りを放った。

 女生徒は体勢を崩し、たたらを踏むように川に近づいた。

川と道路との間にはガードレールがあった。それを越えると垂直のコンクリートの護岸があり、三メートルほど下の川底には僅かな水だけが流れていた。

 陸堂は向こう岸の女生徒を受け止めようとするかのように両手を伸ばしたが、二十メートル向うに届くはずもなく、目の前の雑草を揺らしただけであった。

 女生徒はガードレールに足を取られる形になり、頭から川底に落ちていった。

 水飛沫と共に、鈍い衝突音が広がった。

 痩せた男は川底をガードレール越しに覗き込むと、ゲラゲラと笑い始めた。

 セダンの運転席から、小太りの男が飛び出してきて、川底を覗き込むと、痩せた男の肩を押すようにして、車に乗り込ませた。

 エンジン音が急に大きくなり、セダンのタイヤが軋み音を上げて走り出した。

 陸堂は体中に微かな震えを感じながら、目の前の雑草を掻き分けて前に進んだ。そして、川底を覗き込んだ。

「あっ!」

 声を発したことに自分でも気付かなかった。何かをしなくてはならないという衝動が体中に充満し、陸堂は走り出した。女生徒が落ちたところまで辿り着くと、ガードレールに左手を掛け、右手をできるだけ大きく川底に向って伸ばした。

 もちろん届くはずもなかったが、そうせずにはいられなかった。

 そこへ買物袋を自転車の前籠に入れた中年の女性が通りかかった。何気なく自転車を止め、陸堂が手を伸ばしている先に視線を向けた。

 中年の女性は小さな悲鳴を上げ、陸堂に向って怒鳴るように訊いた。

「落ちたの?」

 陸堂は驚いた目で中年の女性に顔を向け、弾かれたように頷いた。

 中年の女性は携帯電話を取り出し、救急車を呼んだ。

 しばらくして救急車のサイレンが聞こえてきた。

その時には、陸堂は少し離れたところにある水門まで走り、水門の梯子を伝って河原まで下りていた。女生徒が倒れている場所まで石の転がる河原を走っていると、苔の生えた石で左足を滑らせてしまった。勢い良く転がり、右膝を人の頭ほどある石に酷く打ちつけてしまった。

「くっ…」

 呻き声を上げて、陸堂は草の中に倒れ込んだ。痛みで目の前が暗くなった。両手で右膝を強く押さえつけた。

 しばらくして、ようやく痛みが少し引き、どうにか立ち上がった。

 夕方の温かい陽射しが消え、辺りは急激に影が濃くなり始めていた。

 女生徒の体は担架に乗せられ、救急隊員たちによって救急車の方へと運ばれていこうとしている。

 陸堂は救急車に向って三歩歩いたところで、足を止めた。自分の右膝を見つめ、デニムに血が染み出ているのを確認すると、元来た方へと歩き出した。

 痛む足を庇いながら、どうにか河原から道まで上り、自転車を置いたところまで戻ってきた。自転車のサドルに跨ろうとした時、声をかけられた。

「君、少しいいかな?」

 振り返ると、制服を着た警官が二人も立っていて、見下ろしてくる表情は硬かった。

 陸堂は自分の思考が止まるのを感じていた。

「はい…」

 二人の警官に挟まれるように歩いて行くと、パトカーが見えてきた。その脇には一人の警官と救急車を呼んでくれた中年の女性がこちらを見ていた。

「その子が、女の子が川に落ちているのを教えてくれました」

 陸堂の右側にいた若い警官が、陸堂と中年の女性を交互に見た。

「この子が女の子を突き落としたところは見ていないのですか?」

 陸堂は警官の言葉に驚いて、目を見開いた。

「ぼ、僕は青柳さんを突き落としたりしてない!」

 陸堂は自分の声の大きさに驚いて、さらに目を見開いた。それから、警官に見たことを話した。

二人の男が車に乗っていたこと。女生徒に声をかけたこと。痩せた男が女生徒を蹴ったこと。女生徒がガードレールを越えて、川に落ちたこと。

 陸堂は警官から家の電話番号や住所を聞かれるままに答えた。

 翌日、陸堂は警察から電話があるかもしれないと思って、家から一歩も出ることなく過した。電話がかかってきた時に家にいないと、自分が犯人であると思われてしまうような気がしたからであった。

 ニュース番組では、女生徒が川に転落し病院に運ばれたが、すでに死亡したことが報じられていた。何者かに突き落とされた疑いがあるとして、情報提供を警察が求めているとも伝えていた。

 そして、事件が解決することなく、二年が過ぎた。

 陸堂は高校一年生になり、空手部に入部していた。二年前の事件が格闘技を身に付けるという選択をしたことに影響していたことは間違いない。

 その年の夏は暑かった。八月の上旬は、全国各地でその土地の過去最高気温を更新し、熱中症で救急搬送された人の数も過去最高を更新した。それでも、八月も残り数日となった頃には、暑さが和らいできていた。

 陸堂は部活からの帰り道、ある男に視線を止めた。何かが記憶の奥から引っ張り出されそうになっていた。

 足を止めて男の横顔を凝視していると、頭の奥にあった顔と視線の先にある顔が重なった。

「あいつは…青柳佳澄を殺した奴だ」

 正確に言うと、青柳佳澄を殺した痩せた男の方ではなくて、同じ車に乗っていた小太りの男の方だった。

 ちょうど小太りの男は車を降りたところで、スーパーマーケットに入っていった。車は二年前に乗っていたセダンではなくて、黒いワンボックスだった。

 後を追って、陸堂も店内へと足を踏み入れた。

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