友子と亮
「うー!読み応えあったー!」
長谷川友子は、読んでいた小説をパンッと閉じて背伸びをした。
彼女が読んでいたのは笹倉亮子の作品で『鳳心演技』と言うシリーズ本の第4巻を読み返していたのだ。
鳳心演技は、現在12巻出版されていて老若男女に愛される小説なのだ。
戦争ラブコメディなのだが、これまで愛されるのは作者である笹倉亮子の人柄の良さが大きい。
それは、返事である。
いや、正確には返信なのだが、笹倉ファンならそれを返事と呼んでいた。
ファンレターをメールで送ると、一時間もしない内に返事が届くのだ。
それも丁寧な文章と優しい言い回しなども有るのだが、出された人の事を覚えているかの様に返事をくれるのだ。
その膨大なはずのやり取りも、人気を支える一つとなっていた。
「さて、ネットを見るかー。」
スマートフォンを取ると、一つのサイトを開いた。
それは『亮子の部屋』と言うファンサイトである。
ここの管理者は、同じ学校の生徒で同級生の男の子高瀬亮である。同じ笹倉亮子のファンであり、どれだけのファンかを言い争う内にサイトを立ち上げて、そこで言い争いを続けていた。
学校内だと、勘違いされるからの防止策である。
ーやっぱり、4巻は何度読み返しても感動する!
と打つ。
ーアホか!12巻を読み返せ!何でリチュウ死ぬんだよー!
ーそれは泣ける。
ー感動なら7巻も良い。
ー同感。
ーまた泣いてくる。
亮は至って普通の男の子だ。
そんな亮と何故か話が合うのか分からないが、どの子より感覚が似ていて安心出来るのが良いのだ。
亮がサイトを立ち上げてくれたお陰で、会わなくても言い合えるのだ。
「新刊は二月後だし、暇だなー。」
暑い日差しが、部屋の中を照らす。
「やっぱ、次の5巻だな。」
と鼻息を荒くしたのだが、
「友子!買い物に行って!」
家の権力者で、逆らえない存在の母親からの命令が下る。
「とほほほほー。」
「友子!」
「はーい!」
2度目に呼ばれた時に返事をして行けばセーフ。遅れるとフライパンの刑が待っている。子供虐待と言いたいのだが、絶妙な加減でたん瘤程度が出来るほどなので事件とはならない。
診断に行っても、叩かれた程度の傷しか言われないからだ。
よって、フライパン使いの母親に逆らうのは得策では無い。
台所に行くと、母親は料理をしていた。
「なーに?」
「玉子と料理酒。後はお父さんのお酒。頼んだわよ。」
「うわー、重いヤツだ。」
「アイスも付ける。」
「お母さん、好き!」
「私のも買うのよ?」
「分かってるって!いつの?」
「いつのも。」
「じゃ、行ってきまーす!」
友子は財布を取ると、玄関から飛び出した。
「あ!あちー!」
全力で近くのスーパーに行く。
汗は出るのだが、帰ってシャワーを浴びてからのアイスが最高なのだ。
その為の我慢なら、恥を捨てても惜しくなど無い。何せ、鳳心演技2巻のルエフの言葉にも在るのだ。
『暑い時のアイスは最高!』と。
作者の笹倉亮子でさえしてしまうのだから、ファンなら当然だ。
全力と言うより、暑さにフラフラしながらたどり着く。
「い、生き返るー!」
スーパーの中に入れば、冷房が効いている。
暑い中の一服として涼しんだ後に、買い物を遂行する。
玉子と料理酒、お父さんの日本酒は適当に安いやつで。メインのアイスは慎重に選ばないとならない。
母親はいちご氷で簡単なのだが、自分のとなると考えなくてはならない。
暑い中でも溶けにくい物で、最新作の物は?と探すのだが、新作などあるはずもない。既に食べた事があるからだ。
「無いかー。うーん、コーラはあったからみぞれにするか。」
ルエフの一番好きなアイスが、みぞれにコーラである。
だから、どの店にもアイスの横にコーラボトルが置かれているのだ。
そして、みぞれはどの店でも一番人気である。
「みぞれ、みぞれ♪」
友子は嬉しそうに取ったのだが、それを周りから暖かい目で見られていることが分かると、慌ててレジに並んだ。
レジが終わると、家に走って帰る。
そんな日常を過ごしていた。
あのメールが入るまでは。
友子はお風呂から出て、みぞれを少し食べてからコーラを入れた。シュワシュワと炭酸が踊り、落ち着いた処をズズズッーと飲む。
「かー!うまい!」
「お父さんの真似何かして、はしたない!」
「えー、美味しいのに。」
「もう!」
母親の小言は、何時もの事だ。そう思っていた矢先に、メールの受信音がなる。
「ん?誰だ。」
スマートフォンを取ると、高瀬の名前と速報の文字が目に入った。
「速報?発売日か?んーと。」
画面を開いて、メーラーを立ち上げてから内容を読みだした。
「亮子先生のお父さん?名前が判明!龍一!」
亮子も手を上げて歓喜の声を上げた。
笹倉亮子(17才)のお父さんの名前が判明のニュースが、ネット及び民放各社を騒がせる事となっていた。
それを友子は知らなかったのだが、
「えっ?うそ!ヤバッ。」
それよりも次の文章に目に驚いていたのだ。
ー多分、先生のお父さんって、俺知ってるかもよ。
友子は、何度もメールを読み返すのだった。
(2)
「高瀬ー!」
「ばっ!馬鹿、声が大きい!」
高瀬亮は大きな動作で友子の言葉を遮るが、友子は気にしてはいない。
「本当に知ってるの!」
「ああーもー。多分ね。」
「多分かよー。」
「調査を始めた所だからな。」
小高い公園の隅に座る二人。
高瀬はスマートフォンを手にすると、指を動かした。
「父親の名前は、笹倉龍一。今は襟大の凖講師で勤務してるらしい。8年前に家族で渡米して2年前に帰国。家族はいたはずなのに一緒には帰ってないらしい。」
「おー、さすが玖未子おばさん情報。」
「聞き出すのに、俺の労働も忘れるなよ?」
「ゴクロー、ゴクロー。で、家族って?」
「益代さんと女の子が1人。」
「お、その子が亮子先生だね。」
「ちっ。ご名答。笹倉亮子、年は17才らしいよ。」
「一個先輩!で、何でらしいよ?」
「8年前は明るくて良く喋る旦那だったんだけど、帰って来てからは暗くて喋らないだって。」
「おばさんでも?」
「お袋でもお手上げだって。」
「うわー。手強い。」
おどけた調子だが、態度はスマートフォンを見ていた。
「大学に聞き込みなんだけど。」
「頼んだよ、高瀬隊員!」
「お前なー。ま、良いけど。」
ニヤニヤしている高瀬の顔を見て、何があるのか気になった。
「何かあるの?」
「襟大だぞ!」
「その、えり大って?」
「襟裳工業大学だよ。」
「工業大学?」
「俺の希望大学だよ。」
「ふーん。」
「何だよ!良いよ、もう流さない!」
高瀬は怒って、公園を出た。
「あー、泣いたかな?ま、良い情報なら流してくれるっしょ。」
友子はスマートフォンをポケットに直すと、
「高瀬とネットのレースだね。帰って、確認しないと。」
友子は家路についた。
が、その前に言い訳の物を買わなくては!と思い出した。
慌てる様にしてコンビニに行き先を変更した。
(3)
翌朝になり、遅めのご飯を食べながら話題となったニュースを眺めていた。
アナウンサーが、亮子の父親の職業で盛り上がるのだが、本人らしき人が名乗り出る事がなかった事で終わる。
他のチャンネルも色んな憶測が出されていたが、結局は特定するまでには至らない。
(ふーん。やっぱり何処も特定は無理なようね。)
加えたお箸を上下にしながら、コマーシャルを眺めていた。
「あら、友子まだ居たの?」
「ん。」
「部活は休みなの?」
「忘れてた!何時?」
「10時前よ。」
「あわわわ!お風呂!いや、服を着替えて行かなくちゃ!」
急いで、制服に着替えて外に出る。
「友子!お弁当は?」
「途中で買う!行ってきます!」
部活と言っても文芸部であり、遅れても叱られる事は無い。
しかし、亮子先生の新たな話題を共有できる事が出来るのだ。もしかしたら、高瀬よりも有益な情報が入るかもと思ったのだ。
それは建前で、仲良しグループに遅れるとややこしい事になる。
女子のグループは、難しい。上下関係を作られ、その日のグループの長が変わる。一番したの者が、急に上になる事もある。
そんなこんな煩わしさに翻弄されるより、情報収集の為に早く着かないといけない。
グループの真ん中ポジションが、一番良いのだ。
昼はコンビニに買い出しに行ったとしても、何とかなるよね?と考えての登校となった。
「おっはよー!」
ガラッと扉を開いたのだが、
「あれ、何処かに行ったのかな?」
何時もの部室になのだが、誰も居ないのだ。
「ラインに何か入っているかな?」
スマートフォンを取り出して、ラインを開いた。
グループラインに入っていたのは、父親の所在が判明したとあり、どうやら各教室に戻っていることが分かった。
「なんだ、部活は無しになったんだ。」
もちろん、ニュース速報も開いて詳細を読むのだが、判明したのがソフト会社の社員だ。海外に赴任しており、その子も亮子だと判明したのだ。
「なんだ、高瀬の間違いじゃん。」
外れた高瀬に、罰ゲームを課してやろうと考えていた。
1人きりの部室は、静かでのんびりとしていた。
キーンコーンカーンコーン
『下校の時間です。校舎に残っている生徒は、速やかに帰りましょう。』
下校の放送が流れて、友子は目覚めた。
「あー!良く寝た・・・・って何時!」
握ったスマートフォンを確認する。
「うわー。こんな事なら家で宿題したら良かったわ。」
残念と思いながら、別なメールも確認した。
「ん?高瀬?」
確認したメールを見て、更に驚いた。
「お父さんが見つかった?」
ネットのニュースと高瀬の情報。
どちらを信じるかはまだ分からないが、亮子先生の周りが久々に騒がしくなったと確信した。