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これ、あげる

 

 怪談を語り終えた黒田さんは、余韻に浸るように目を閉じた。どこか涼しげですらある彼女とは対照的に、僕は汗だくだった。冷や汗たらたらだった。


 うーん。思わずうならされる。今日は正統派の怪談という感じで、気合いが入っていた。頑張ってデイルームに来て正解だったな。病室で二人きりだったら、どんな脅かし方をされたか、知れたもんじゃない。


「怖かった? ねえ怖かった?」


 僕が黙っているのに気をよくしたのか、やけに嬉しそうに聞いてくる黒田さん。ちょっとしゃくだったので、言い返してみる。


「べ、別に。だいたい、MRI中に髪留めを付けていたくらいで死ぬもんか。せいぜい火傷するくらいだよ」


「ちぇー、つまんないの」


 しかも、ここは南病棟だから、気にする必要はないのだ。曰くがあるのは北病棟なんだし。うん、きっとそうだ。


 そう自分に言い聞かせ、なんとか気分を持ち直してきたところで、黒田さんは、


「ああでも、この話、南病棟と北病棟が入れ替わっているパターンもあってね。実際、この病院も歴史が古いから、病棟の移転も度々あったりして……」


 もうやだこの人! 鬼畜だ!


「――それで、手術の日取りはもう決まっているんですか?」


 人面瘡を巡る奇妙な約束をしてから今日で3日目。3つの怪談話を聞いた。そういえば僕は、黒田さんがいつ手術を受けるのか、まだ聞いていない。


「うん。明日手術なんだ」


 こっちが驚いてしまうほど何の気負いもなく、黒田さんは言った。


「午後からなの。だから、午前中に最後の話をしてあげる。もちろん、人面瘡もお披露目よ」


 黒田さんはにっこりと笑顔を浮かべた。だけど、僕は複雑な気分になる。人面瘡は、見たい。だけど一方で、恐ろしいという気持ちもある。


 昨日のアレは何だったんだろうか。包帯が、微かに動いた気がしたのは……。


「おねえちゃん!」


 急に声がしてびっくりした。見ると、5歳くらいの幼い女の子が近くに立っていた。両手を後ろ手に回して、なにやらモジモジしている。


 病院に出る少女の霊。先ほどの話もあって、僕は一瞬鳥肌が立った。だけど、どこかで見覚えのある子のような……。


「え、私?」


 どことなく嬉しそうな黒田さん。女の子は、おずおずと手を差し出してきた。


「これ、あげる」


 手のひらには、ヘアピンが乗っていた。よく見ると、飾りの花は折り紙だ。この子の手作りかもしれない。


「わあ、嬉しい。ありがとう」


 黒田さんは女の子の髪をわしゃわしゃと撫で回した。この人はよく人の髪を触るけど、あれか、フェチなのか。女の子はというと、まんざらでもないようにはにかんでいる。


 その表情を見て思い出した。一昨日、リーさんと話していた女の子だ。人面犬の話の後、彼女はこちらを窺いながら、今みたいにはにかんでいた。


「おともだち!」


 女の子は最後にそう言って、トタトタと走り去っていった。黒田さんは相好をふにゃふにゃと崩して手を振っている。しかし、いったいどうして黒田さんなんだ。どういうきっかけで知り合った。


 ……もしかして僕だけじゃなく、いろんな子に声をかけているのだろうか?


「智紀くーん、何か誤解してない? 嫉妬の色が見えるよ」


「馬鹿なこと言わないでください」






 黒田さんと別れた後、僕はトイレに駆け込んだ。用を済ませて立ち上がった時、僕は危うく悲鳴を上げそうになった。


 便器の真っ赤な水面の中で、少女の顔が揺れている――。


 反射的に強く目をつぶって、ゆっくり5秒数えてから、再び目を開けた。女の子の顔は消えている。大丈夫。幽霊なんて、居るはずがない。


 気を取り直したのも束の間、僕は、入院着の裾に何かが引っかかっているのを見つけた。


 ヘアピンだった。心臓が止まるかと思った。


 はは。あはは……。


 まったく、黒田さんってば! 冗談がきついよ。せっかくあの子がくれたのに、ダメじゃないか、こんな悪戯したら! ははは……。


 ヘアピンは、明日返してあげるにしよう。うん、そうしよう。


 僕は涙目になりながら、病室へと戻った。






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