血だまりの少女
今日はね、このN市立総合病院に出る幽霊の話。ともきっちにも関係のある話よ……え? この呼び方ダメ? かわいいと思ったのになー。
ええ、おほん。
昔、と言っても、平成になったばかりの頃だから、今から20年くらい前ね。ここの小児科は、今と違う病棟にあった。今私たちがいる南病棟じゃなくて、北病棟だったの。移転したのね。
それには、ある悲惨な事故が絡んでいた。
まだ病棟が北側にあった頃。一人の入院患者が検査を受けることになった。まだ年端もいかない女の子だった。長くて黒い髪が目を惹く、可愛らしい子だったそうよ。うん、ちょうど、このくらいの長さの……(黒田さんは意味ありげな笑みを浮かべて、長い黒髪を撫でた)。
女の子もそれが自慢だった。で、誕生日プレゼントにもらったっていうヘアピンを、すごく大事にしていたの。治療の副作用で、髪を失う運命にあったというのにね。周りの人間も、その様子を辛そうに見ていた。
ある日、女の子は検査を受けることになった。智紀なら知っているかもしれないね。MRI。簡単に説明すると、というかお姉さんが詳しい原理を知らないだけなんだけど、すっごい大きいドーナツ型の磁石の、輪っかの中に患者の身体を通して、内部の画像を撮影するんだ。
ん? コイル? 核磁気共鳴? ああ、分かった、分かったから。智紀が詳しいのは、重々承知いたしましたー。
でもそれなら、話の流れも読めちゃったかな? 女の子は、やっちゃいけないことをしたんだ。
MRIを撮る時、金属を持ち込んではいけないの。磁石はとても強力で、ものすごい勢いで金属を引きつけてしまうから。だからアクセサリーや眼鏡など、そういったものは外さないといけない。機械にぶつかったら壊れちゃうからね。
でも、それだけで済んだら、まだまし。もし、指輪やピアス、ネックレスなんかを付けたままだったら……? 想像するだに恐ろしいね。
女の子の場合は、髪留めだった。不安だったんだ。薄暗い部屋にある、巨大な音を発する機械。その中でたった一人、閉じ込められる。彼女はお守りが欲しかっただけかも知れない。なんにせよ、女の子は嘘を付いた。隠し事をした。
ヘアピンをしたまま、検査を受けたのよ。気付かれないように、長い髪に隠れた、うなじの部分に留めることで。
最初に悲劇に気付いたのは技師だった。そりゃそうよね。ものすごい轟音と、何かが飛び散る音。検査を中断し、部屋に飛び込んだ。金属製の髪留めは、ぐちゃぐちゃになって機械に張り付いていた。赤黒い切片と、幾筋かの黒髪を挟み込んで。
台の上には、血だまりの中に横たわる、少女の変わり果てた姿があった。
それからよ。病院でおかしなことが起こるようになったのは。
検査室では度々、MRI検査を受ける子供が、ヘアピンを付けているなんてことがあったの。事件があったばかりだから、結果的には未然に防げたんだけど、関係者は不思議に思った。チェックはしたはずなのに。子供に訊いてみると、『部屋の中で、女の子にもらった』――。
病棟でも怪現象が続いた。我が子の病室から楽しげな話し声が聞こえる。友達を見つけたのかな、と思って親がベッドを覗くと、自分の子供が一人で笑っていた。
別の入院患者が洗面台に行くと、真っ赤な血がいっぱいに溜まっていた。そこには、女の子の顔が浮かび上がっていた。
血だまりの少女の噂が町中でも囁かれるようになった頃、病棟の移転が決まった。新しい病棟に移って以来、ピタリとおかしな出来事は止んだそうよ。