デイルーム
「あと三年!」
奇妙な約束を交わした翌日の、午後。
南病棟7階デイルームに、黒田さんの声が響き渡った。はしゃいでいた子供たちや、その保護者たちの視線が、一斉に向けられる。恥ずかしい。黒田さんはあまり気にしていないようだったけど。
今僕たちが居るこの空間は、デイルームという。病棟の一角に設けられた、いわば休憩所だ。昨日黒田さんが声をかけてきたのも、この場所である。
木製の机や椅子が数台ずつ(僕たちはその一つに座っている)。壁際にはソファーも置かれている。備え付けの小さなテレビは、時間を潰すのにちょうどいいワイドショーを垂れ流しているし、大きな窓からは、見晴らしのいい景色を楽しむこともできる。それから、幼い子供たちによる、はしゃぎ声のBGM。
ここは小児科病棟なので、壁には可愛らしいキャラクターや、動物たちの絵のペイントが施されている。病棟全体でも言えることだが、幼すぎる雰囲気は、僕としては落ち着かない。13歳はこの中では年上の方なのだ。
で、もっと年上の黒田さんはというと。
「あれ、あまり怖くなかったかな」
僕の反応が不満なようだった。
「怖いというか、ちょっと理解が追いつきません」
確かに、人面犬が自分の顔をしていたらと想像すると怖いが、叫んでいた内容が気になる。どうして「三年」なんだろう。三年後に何が起こるんだ。それが邪魔をしていまいち余韻に浸れない。
「分かってないね、少年は。訳が分からない怖さってあるのよ」
黒田さんは人差し指を立てながら、自慢げに言った。そんなものなのかなあ……。というか、そういう呼び方で、怪談と現実をリンクさせるのはやめて欲しい。まるで、僕がこれから経験するみたいじゃないか――。
「721ヘヤの、クロダサン!」
その時、片言の、だけど快活な声が、デイルームを震わせた。黒田さんが返事をする。
「ああ、もうそんな時間ね」
声の主は、看護師のリーさん。シンガポールから研修に来ているんだったかな。よく僕のお世話をしてくれる、気持ちのいい人だ。黒田さんも担当になっているのかな。721号室というと、確か個室部屋だった気がする。
「そうか」
昨日の疑問の一部が氷解した。どうして黒田さんは、僕の名前を知っていたのか。
答えは簡単。こんな風に、長く入院していれば、名前を知るチャンスなんて幾らでもあるのだ。個室の入り口にはネームプレートもあるのだし。
僕たちは、リーさんのところまで歩いて行った。松葉杖の扱いにも、だいぶ慣れてきた。これくらいなら平気だ。
「リーさん、『部屋』じゃなくて、721『号室』って言うと自然だよ」
「ありがと、クロダサン。ゴーシツ」
言いながら、彼女は体温計をポケットから取り出すと、差し出してきた。日に何度かある検温の時間らしい。黒田さんは近くの椅子に座ると、受け取った体温計を、無造作に、浴衣のような入院着の襟元から突っ込んだ。雪のように白い肌と、淡い色の下着の紐が僕の目を刺激する。なんだか気まずくて、リーさんに顔を向けた。
だけど、彼女は他に用事があったのか、すでに離れたところに居た。小さな女の子のそばにしゃがんで、何か話をしている。女の子は、なぜかこちらの様子を窺いながら、恥ずかしそうにはにかんでいる。
「幼児に用事、ってね」
黒田さんがしたり顔で囁きかけてきたのを僕が黙殺して、それで1日目はお開きとなった。