人面犬
少年は、その頃流行していたある噂話が、震え上がるほど恐ろしかった。
人面犬だ。
通学路の空き地に出るらしい。胴体は犬で、人の顔面を持った妖怪。くわえてクラスの噂には、こんなおまけが付いていた。人面犬は、出会った人間の未来の出来事を、一つだけ告げるという。
それはいつか叶う夢だという者もいた。何か悪いことだと主張する者もいた。いずれにせよ、少年は取り合わなかった。勘弁してほしいと思った。彼は臆病だった。それなのに家へ帰るためには、どうしてもその空き地を通らなければならないのだ。
遠回りする道は、あるにはある。だが、帰りが少しでも遅くなると、学習塾の時間に間に合わない。それはまずい。少年は、いささか熱心すぎるとも言える教育方針の親のもとで、養われていた。
ともかく、空き地の横は通らなくてはならない。少年は恐ろしくて仕方がなかった。どうか僕の前には現れないでくれ。しかし、祈りは通じなかった。
ある時ついに、空き地に犬の姿を認めたのだ。
犬は奥の方を向いて、地面に頭をこすりつけるようにしていた。お尻はこちらに向いている。どうやら、食事中らしい。カラスの死骸のようなものが、犬の陰で見え隠れしていた。
まだこちらに気付いていない。唾を飲み込む。そっと通り過ぎれば大丈夫――。少年はそろりと足を進めようとした。だが敏いことに、犬は少年の方を振り返った。
人の顔をしていた。
なぜか、遠くてもはっきりと分かった。そこだけが拡大されたかのように、少年の網膜に、そのおぞましい姿は焼き付いた。毛深い頭部の中央、普通の犬なら、飛び出した鼻などがあるはずの部位が、まるごと人の顔に置き換わっていた。
少年は今にも恐怖で気を失いそうであった。しかし倒れなかったのは、驚きが勝ったからか。
数秒遅れて自分が見たモノの意味を理解した少年は、今度こそ脱兎のごとく駆けだした。その後を追うように、人面犬の声が、少年の耳朶を震わせた。途中、犬が追いかけていないか、何度も振り返りながら、少年は家路を遁走した。無事、家へたどり着くことはできたが、塾に遅れたため、彼は折檻を受ける羽目になった。
さて、この恐ろしい経験の中で、少年と同じ顔をした犬が叫んでいたこととは――。
『あと三年! あと三年!』