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紅蓮の鬼は望まない  作者: ナナシ
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第1話 萬屋ヒビキ


ーーー惨めだ。



賑やかな大通り。ある店では色とりどりのガラス細工が陽の光を乱反射させて神秘的に輝いており、またある店では磨かれた宝石の原石…さらにはそれを加工して作った芸術的な装飾品や雑貨が並んでいる。

店先で客を呼び込む人々は皆朗らかで、街全体が活気で溢れてるようだ。

だというのに、そんななかを不恰好に腰を曲げ、俯いたまま踵をすり減らして歩く男がいた。大きな布を頭に巻いて、背中に【萬】の文字を背負いながら歩く男の名は柱間ヒビキ。身一つでなんでも屋をしている。


「ねえそこの兄ちゃん、ちょいと頼まれごとをされてくれないかね?」


ガラス屋の主人と思われる女性に声をかけられる。ヒビキは眩しそうに俯いていた顔を上げて応えた。


「まいど。構わねえっすよ」


「ありがとう。あたしゃそこの店の者なんだけども、旦那が弁当を忘れたまま仕事に行っちまいやがったもんで」


そういう女の手には、少し大きめの四角い包みが握られていた。

愚痴垂れたような話し方をしているが、その手つきは絹を撫でるように繊細で、まだ見ぬ旦那への愛情を感じる。


「あたしも店番があるからここを離れるわけにはいかねえんでね。この弁当をヒノカミ山にいるタスケって男に渡して欲しいんだよ」


「…っす」


「悪いね。代金はこれで足りるかい?」


女は弁当の包みと一緒に、銀貨を3枚ヒビキの手に掴ませた。ヒビキは貰った銀貨を手の上で軽く転がし、3枚のうち1枚を女に返す。


「2枚で十分っす」


そう言うとすぐに踵を返して歩き出した。

視界が女の顔から地面に戻ってほっとする。

"人"と話すときは、どうしても緊張してしまうのだ。


(ヒノカミ山なら1つ峠を越えた先か。まあ、歩いても昼時には余裕で間に合うだろう。ついでにあの人の顔も見に行くか……)


「ちょいと待ちな!」


女の強い声に引き止められて足を止めた。


「な、んすか」


突然のことに動揺してしまう。

体を捻って目だけを女に向けると、どうやら女はヒビキの頭に巻かれた布を睨んでいるようだった。

その視線にぎくりとして、思わず身を引いてしまう。


(なんだ…?まさか、バレたのか?いや、不自然な動作はなかったはず…でもそれなら一体……)


心臓が走って脳みそを冷やす。

ヒビキはなるべく何事もないように全体を振り返らせて女の方を見た。視線を少し下げて女の首を見下ろす。細い首だ。握れば熟れた茄子のように簡単にへし折れてしまうだろう。

もしも"自分の正体"がバレてしまっているならば、この女が周りに知らせる前にその首を潰さなければならない。


警戒して、女の一挙一動に気を向ける。

すると、女がその口をゆっくりと開いた。



ーーーごくり。



「背筋を伸ばしな!」


「え、あっはい」


溌剌とした声に突然殴られて背筋がビシッと伸びる。

呆気にとられ女を見るが、わけがわからない。なに?なんだ?なにがあった?混乱は増すばかりだ。

戸惑い続けるヒビキをそのままにして女は鯉が滝を上る勢いで続ける。


「そう!その状態でキープ!客商売ってのは初めの印象が大事なんだから、うつむいて話すのはやめた方がいいね。なんか暗いんだよ、雰囲気が。声も小さいし、そんなんじゃ客に舐められっちまうよ。もしかしてあんたまだ商売始めて日が浅いのかい?だとしても客にはそんなこと関係ないからね。それと頭に巻いてる布…似合っちゃいるけどせっかくの男前が隠れちまってるじゃないか。顔が見えない相手ってのは信頼されにくいからね。この商売で食っていくってなら外した方がいいんじゃないかい?」


さすがに1つの店を切り盛りしている女主人だけあってヒビキの接客にむず痒さを感じていたのだろう。驚くべき商売魂だ。親切心100パーセント。

どういうわけか、この女は商売人の先輩としてヒビキに助言してくれたらしい。


「はは…どうも…気を付けます」


(このお節介め…)


焦らせやがってこのありがた迷惑、と心の中で悪態を吐く。


「いやぁ急に悪かったね。お節介焼きなんだこの国の連中は」


「……………。い、いやぁ、そんな」


わははと大口で笑う女に悪意はないようで、なんだか拍子抜けしてしまった。


ヒビキはそれじゃあ、と言って今度こそ出発する。

もう引き止められることはなかった。



ーーーーーー

ーーー


しばらく歩いていると、人気もない砂利道に出た。店が乱立していた大通りと違って、ここは火を避けるものもないので、ジワジワと暑い日差しがヒビキを焼いてくる。あまりの暑さに砂利をすり潰しながら歩く。

吹き出す汗がバンダナに染みて脳みそを蒸す不快感にふと、先程の女の言葉を思い出した。


暗いだのなんだのと随分好き勝手言われた気がするが、的を獲すぎて怒る気にもなれない。


「俺だって、こんな奴になりたくなかったさ」


思わず拗ねるような口調になってしまった。


そうさ、俺は怒っちゃいない。

ただ、湧き出る蒸気を掴むような虚しさを感じて惨めな気持ちになるだけだ。



「でも、しょうがないだろ、だって俺は、


ーーー鬼なんだから」



自分の額を布越しにそっと撫でる。

そこには、人間ならあるはずのない二つの突起がついていた。2センチ程の大きさしかないものの、それは紛れもなく【角】と呼ばれるものであり、人型でそれを有するものはこの世では【鬼】しかない。


かつては無かったはずのその異物を押し潰す。無駄な行為だとわかってるが故にもどかしい。惨めだ。ナイフの刃を当てても切れないのだこの角は。


胸からこみ上げるドロドロとしたものをなんとか押さえ込んで、預かった弁当のある鞄を大事に抱え直す。


(暑さにやられていつもより気が滅入っちまってるんだ。体も震えちまって…情けねぇ)


あまりの震えに世界が縦にブレる。

足元の小石もパチパチと跳び上がってヒビキの脛にぶつかった。



「いや、これは地鳴りか!」


ゴゴゴゴと唸るような音と共に段々と揺れが強くなる。まるで地面が下から殴りつけてくるみたいな揺れに、四つん這いになって耐えるしかなかった。




「ーーーぁーーー、れかーーっ!!」


「っ…なんだ?」


どこからか声が聞こえた…と思うのと同時に、目の前で大きな爆発が起こった。



ドガァアアアアアアアアアアンンン!!!!



一瞬、茶色くて大きなものが茂みから飛び出たと思ったら、ヒビキの目の前を横切って猛スピードで駆けていく。

それはどうやら体調5メートルはある巨大な猪のようで、爆発と思ったものは猪の爆走によって起こった衝撃波だったらしい。

近くの山から下りて来たのであろう。猪の通った道はことごとく破壊されてしまっている。


「というか、あの猪…背に人を乗せてなかったか?」


ヒビキの目は、一瞬だったが確かに、猪の背にしがみついている人の姿を捉えていた。

そういえば、僅かに聞こえたあの声は、悲鳴のような声だったのではなかったか。






「ぅぅうおおおおおおおおおおおお!!!!待て猪この野郎おおおおおおおお!!!」



なんだか面倒ごとに巻き込まれてしまったと思う。だからと言って無視はできないのだけれど。

まあ、ツイていないのは昔からだ。


草履が脱げないように足の指に力を込める。

多少見栄えが悪くなるだろうが弁当は昼までには間に合うだろうと、ヒビキは全力疾走で猪の後を追いかけた。


容赦なく揺れる弁当に、汁物が入っていないことを願うばかりである。




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