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『性欲』の大魔術師  作者: いちにょん
第一章 聖女の涙編
7/9

episode7 だからこそ

誤字脱字報告、ブックマーク、感想、レビュー、文章ストーリー評価等いただけると幸いです。

◇ 鏡の国 アルドマカの街 時計塔 ???の部屋 ◇【王国歴1049年草月(五月)29日】


「あの………誰…ですか?」


 ファルスが壁を突き破った先にいたのはベッドの上にちょこんと座り、不安そうにこちらを見つめる少女だった。

 少し痩せこけた少女の顔から少しずつ全体を見渡すファルス。


「っ……」


 その瞬間、息を飲んだ。

 少女の格好は麻袋を縫い合わせたかのような貧相な服。奴隷や貧民街の人々が身につけるようなものだ。

 だが、ファルスが驚いたのはそこではない。

 少女の服に大量の乾いた血が付着していたからだ。

 少女に目立った外傷は無い。


(返り血…?だとしても、あの服に何十人の血が染み込んでいるんだ…)


 これでも戦争経験のあるファルス。少女の服に付着しているものが、血か、血じゃないかの判断くらいは付く。

 壁を壊したことで空気が換気されているが、ほんのりと鉄臭い香りと、消化器官が傷ついた時に感じるツンとした腐敗臭が鼻に触る。


(間違いない、ここで誰か大きな傷を負っているねぇ……内蔵に届く致命傷。十中八九死んでるだろう)


 もし少女がそれを行ったとしたら非常に不味い。

 幸いと言うべきか、この部屋の近くには他に人がいないことは分かっている。

 だが、ファルスはノリと勢いで壁を壊したため、あと五分もしないうちに教会関係者がここに来るだろう。

 ファルスには五分もあれば、簡単に逃げることは出来る自信があった。

 しかし、少女がこの臭いを作り出した犯人だとするなら、ファルスは今すぐ全速力でエレナを抱えて紐なしバンジージャンプをしなければならない。


「いやぁ、おじさん達は迷子でねぇ…お嬢さん、ここから出る方法知らないかな?」


 ファルスはひょうきんに、大袈裟に明るく笑顔を作って少女の質問に答える。


「ひっ……」


 だが少女は自分の身を抱え、怯えるように近くにあった朱殷(しゅあん)色に染まったシーツで体を隠す。


「ファルスさん、あの子、酷く人を怖がっています。まるで虐待を受けた子供のようです」


 エレナが小さくファルスに聞こえるように呟く。


 少女の髪は同じく血で汚れているが、元は白髪だろうか、年頃なら手入れをしてもおかしくないだろうが、酷く乱れている。

 黒色の瞳は虚空を見つめるかのように光が無い。


(時計塔は教会が管理している…魔素病による魔人化を防ぐために隔離してあると考えても、あまりに扱いが酷いねぇ。これじゃあ、バレた瞬間に信用も信頼も何もかも失う…酷だが、魔素病患者たった一人に背負うリスクじゃあない。だとしたら…リスクを背負う何かがあるってことかい…?聖女といい、この子いい、思ったよりも根が深そうだねぇ………)


 体は痩せこけ、血色も悪い。

 状況からして少女が何かしら人を傷つけているのは確かだろうが、ファルスには少女が誰かを傷つけるほどの力や能力があるとは思えなかった。


 ファルスは大きな勘違いをしていた。

 

 ファルスは紛うことなき実力者だ。

 この国で一番を争うほどの魔術師。

 多くの凡人が見ることの出来ない天才の世界で生き、その高みから世界を見てきた。

 三十数年の豊富な経験からファルスの目は養われ、確かな状況判断能力を備えている。

 だが、ファルスは世界で見れば飛び抜けて強い訳では無い。

 鏡の国から出たことの無いファルスは自分以上の『異常』を知らない。この国で最も『異端』な存在は自分であることを自覚していない。

 故にと言うべきか。

 ファルスの判断はファルスの中の『常識』に留まってしまう。

 常識外れなこの状況を自分の常識の範疇に収めてしまう。



 だからこそファルスには少女の衣服に染み込んだ血が少女のものだということが分からない。



 だからこそファルスはこの部屋で起きている全ての事が少女自身の『力』によって引き起こされるものだということが分からない。



 だからこそファルスは街に住む人々の異常行動の原因が少女だということが分からない。



 だからこそファルスは目の前の少女が噂の聖女本人だということが分からない。



「ファルスさん、教会の護衛が来てます」

「時間切れだねぇ…顔を見られる訳にはいかないからね、急いで逃げるよ」

「悪役の台詞ですね」

「教会の時計塔をノリと勢いで壊して侵入した時点でおじさんとエレナちゃんは悪さ」

「巻き込まないでください、そもそも貴方は誰ですか、知らないおじさん」

「知らない人の振りが早すぎる!?」


 ファルスはエレナの腰を抱き寄せ、脇に抱えると自ら開けた穴から飛び降りるために脱出を試みる。


「知らないおじさん、飛び降りるのはいいですけどどうやって着地するんですか?」

「あの子が襲ってきてもいいよに密かに詠唱してたから問題なく着地できるから安心してエレナちゃん。なぁに、紐なしバンジージャンプよりは安全さ」

「よりはって、ある程度は危険ってことですよね?」

「はははっ」


 エレナの問いかけに笑って誤魔化すファルス。

 エレナは必死に逃げ出そうと手足をバタバタと動かすも、ファルスにしっかりと抱えられているため、逃げることはできない。


「あっ…………」


 穴から飛び降りようとするファルス達に無意識に手を伸ばす少女。

 届くことのない願い()だとしても、思わず伸ばしてしまった手を少女は慌てて自分の胸に引き寄せ、ギュッと握りしめる。

 少女の黒色の瞳が僅かに波打ち、悲しみが頬を伝う。


 ファルスが振り返ることは無い。

 振り返るなんてことは有り得ない。

 それは少女自身が一番分かっている。

 淡い希望を抱くだけ無駄だと。


「 おじさんが必ず助けるから 」


 ファルスには少女が何者なのか、この街で何が起きているのかなんて分からない。


 だが、そんなファルスにも分かることが一つだけあった。


 少女が流した涙を見てファルスが分からないはずがない。


 (ファルス)だからこそ……





 ───────だからこそ少女が助けを求めていることだけは分かった。






唐突のシリアス展開。

しばらくはシリアスが続くと思うのでお付き合いください。

あくまで本作はギャグメインの小説です。このままずっとシリアスが続くことはありません。

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