episode1 ファルスとエレナ
作者の別作『タキオン・リベリオン~歴史に刻まれる王国反乱物語~』は毎日投稿しており、現在episode211(投稿時)です。ギャグ多めのこちらと違い、王道の熱い物語になっております。是非一度見ていただけると嬉しいです。
◇ 鏡の国 マドナルカの街 ◇【王国歴1049年種月(四月)5日】
「うーん、エッチだ…やっぱり腰のラインは女のエロスを際立てる…」
昼下がり。広場のベンチに大きく腰掛けて道行く女性を顎を撫でながら眺める男性が一人。
無造作に伸ばされた茶髪に、少し垂れ気味の同色の瞳。
彫りが深く、整えれば周りの目を十分に引く程整った顔立ちをしているが、やる気の感じられない表情に、清潔感の感じられないズボラな服装のせいで全てを台無しにしている。
彼の名はファルス。
自分で自分をおじさんと言うのはいいが、他人からおじさんと呼ばれるのは抵抗のあるお年頃。三十四歳。
「あー…ムラムラするねぇ…」
そして、【鏡の国】が誇る三大魔術師の一人。
国立魔術学院を首席で卒業した正真正銘の『天才』であり、己の性欲を魔力に変換する固有魔術を開発した変態おじさん。
人呼んで『性欲』の大魔術師ファルス。周りの体裁を気にするも、働いたら負けという信念の元に動く現在無職。
「あ、あの!」
「んー?おじさん、道行く女性の腰のラインを見るのに忙しいから道を聞くなら他を当たってくれないかなぁ」
「いえ、私はエレナと言います!大魔術師であるファルス様とお見受けしてお願いします、私を弟子にしてください!!」
「困ったなぁ」
道行く女性の腰のラインを見てニヤニヤしていたファルスの元に、一人の少女が話しかける。
ファルスはその少女に悟られないよう、視線は少女の顔に残したまま少女を観察する。
腰まで伸びた銀髪に、水鏡のような大きな金色の瞳。魔術師御用達の対魔術軽減が付与された麻色のローブを羽織り、軽装だが胸当てに、腕には籠手を身につけている。
(魔獣との戦闘を想定した装備、戦闘経験はありだが、戦争経験は無し…ってとこかなぁ…重心の傾き具合出みる感じ、右のお尻のあたりに短剣を装備してる…冒険者にありがちな装備だねぇ…)
「お嬢さん、お母さんはどこ?ご両親の承諾は取ったのかな?」
「私!これでも!十九歳です!!」
「あ、そうなの。ビックリだねぇ」
この世界の成人基準は十五歳。【鏡の国】では十八歳と定められている。
一見、中等部、下手したら初等部と間違われそうなほど童顔で低身長の少女の見た目と年齢のギャップにファルスも思わず驚く。
「でも、おじさんの弟子になるならもう少し上げないと無理かなぁ」
「実力ですか?私はこれでもファルス様と同じで国立魔術学院を首席で卒業しました!火、水、風、氷、回復系の属性魔術なら上級まで使えます!」
「胸のサイズの話なんだけどなぁ」
「は?」
「おじさん、大きな胸が好きなんだよ。お嬢さんは見たところB…も無いな。Aってところかなぁ。おじさんの弟子になるならEくらいは欲しいかなぁ…」
「だ、だ、誰がAカップの城壁ですか!これでも私はDはあるんですから!着痩せするんです!!って、何言わせるんですか!!変態! 」
「おじさん、自爆だと思うんだけど…あと、変態って言われてもおじさん興奮するだけだから逆効果だよ?」
料理人が喜びそうなほど真っ平らな胸を張り、顔を真っ赤にして怒るエレナ。
ファルスは全く気にしていない様子どころか、若干興奮気味だ。
「それにねぇ…おじさん、お嬢さんの期待に応えられるような事できないと思うよ?」
「大丈夫です!」
「何が大丈夫なんだか…まあいいや、今日は冒険者組合の方から依頼があったから着いてくるといいよ」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあちょっと待ってくれるかな?おじさん、今、前屈みじゃないと歩けないんだ…」
「……」
ベンチに座り、自らの股間を抑えて前かがみになるおっさんと、おっさんを冷ややかな目で見つめる少女の奇妙な師弟が誕生したりしなかったりした瞬間だ。
☆
◇ 鏡の国 天狐森 ◇【王国歴1049年種月(四月)5日】
この森はその名の通り、超級魔獣である天狐が統べる森。多くの危険な魔獣が跋扈していることで有名で、冒険者でも近づくことを恐るほどの危険区域だ。
ファルス達が先程までいたマドナルカの街は、【天狐森】から近く、度々生存競争に負けた魔獣が森の浅いところに顔を出す。もしも街の中にでも入ったら大騒ぎなんてどころじゃない。
故に冒険者組合は、実力は確かなファルスに頼のみ、度々駆除を依頼している。
「ファルス様は冒険者組合の方に登録しているんですか?」
「いんや、組合長とは古い仲でね。たまに緊急性の高い危険な依頼を高額で請け負うんだよ」
「組合長から頼りにされるなんて流石ですね…!」
「頼りにねぇ…」
エレナの物言いに妙に引っかかった言い方をして復唱するファルス。
エレナは小首を傾げて不思議がるが、ファルスが歩くペースを上げたので話は中断され、後を追う。
未開拓地の開拓及び、【魔蟻塚】などの危険区域の魔獣の討伐、過去の宝が眠る【遺跡】の攻略などを主に仕事する者のことを冒険者と呼ぶ。
他にも民間人からの依頼を受けたり、時には貴族や国からの大きな依頼を受けたりする国や民間人の何でも屋だ。
それらの冒険者を纏めあげるのが『冒険者組合』。
「お嬢さんは、銀か…」
「中堅ぐらいですが、この年で銀等級は異例な事なんですよ?それに私は、まだ昇級試験を受けてないだけで、金等級くらいの実力は持っています!」
「なるほどねぇ…」
冒険者には、組合へと貢献具合や実力に合わせて等級が与えられる。
屑、銅、銀、金、白銀、白金の順に等級が上がっていく。
マドナルカの街の冒険者で最高等級は金が二人。
エレナの言うことが本当ならマドナルカの街でも屈指の実力者ということになる。
「お嬢ちゃん、そこ危ないよ」
「え?」
「上、見てみな。多分今までで見たことないくらいすんごいの見れるから」
「なんです?急に暗くなったの何か関…!?」
ファルスは子供のような笑顔を浮かべて上空を指さす。
ファルスの指さす方向を見たエレナ。上空を飛ぶある生物を見てエレナは目を見開いて驚く。
翼を合わせれば体長約七メートル。太陽光に反射して銀色に輝く体躯は、勇ましく、そして見るものに畏怖の念を植え付ける。
獰猛な牙、鋭い鉤爪、刺々しい尾、まさしくその体全てが生命の生存競争に生き残るために作り上げられたかのようだ。
「【飛竜】…」
「見るのは初めてかい?確かにここらじゃ上級魔獣なんてのは中々お目にかかれないからねぇ」
魔獣には冒険者と同じく階級が存在する。
低級、中級、上級、最上級、超級の順に強くなっていく。低級一匹ならば剣に少し心得のある子供でも勝てるが、中級になると戦いの心得が無ければ簡単に蹂躙され、上級ともなれば人一人の限界とも言われている強さだ。
「まあでも、おじさんにとって上級魔獣なんてのは朝飯前だから安心して」
「それはまさか…魔術書!?それにその数…!」
「よく知っているね。流石は国立魔術学園の首席なだけはある」
は腰の大きなポーチから二冊の本を取り出し、右手と左手に構えるファルスの両手を見て驚き、そしてポーチの中にぎっしりと詰められた魔術書を見て更に驚きの声を上げるエレナ。
魔術書とは簡単に言えば魔術を使う際の媒介。補助具だ。
魔術書を使えば簡単に誰でも高威力の魔術を使うことが出来るが、かなり高価だ。
「いくよ…」
ファルスの体から可視できるほど濃厚な魔力が吹き出す。
その圧倒的な魔力量と、ファルスの纏う気迫に固唾を飲むエレナ。
これから国で三本の指に入る大魔術師の魔術を生で見られることにエレナは興奮を隠せないでいた。
「まず…【 照り付ける太陽 眩しいね 君の肌を焦がすその日差し 大丈夫? 僕が君のパラソルになってあげるよ 】…そして!【 今日は風が強いね あっ 見てない 見てないよ! エッチな風さん 】二つの魔術を融合!【 思い出の青春 】」
「……は?」
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