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母を殺した経緯  作者: ?
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一月七日

 1月7日


 昨日の言葉が僕の本性です。

 僕はただの殺人鬼です。人間じゃありません。自分の保身のことばかり考えています。人間じゃありません。


 無断欠勤になっているからでしょうか、母の携帯電話がしょっちゅうなります。

 その度に恐くなって震えます。

 母の携帯は電源をきって机に置きました。

 バイブレーションの音で目が覚めます。

 僕の携帯はなってません。

 母の携帯電話を見に行きます。

 なってません。

 僕は安心して眠ります。

 しかし、またバイブレーションの音がして目が覚めます。

 母の携帯を見に行きます。

 なってません。

 なんども、繰り返します。

 僕は気が狂いそうになったので母の携帯をドライバーで殴って壊しました。

 壊れた携帯は屋根裏に捨てました。

 これで大丈夫だろうか。

 もう二度とあの音を聞かぬよう願いましたが、やはり駄目でした。


 僕は眠るたびに母の携帯の音を聞いて目が覚めます。

 だから、僕はほとんど眠りません。だだ、夜は何もしない暗闇が恐ろしいので携帯をいじっています。文章を書いてると落ち着きます。でも、たまに書けば書くほど恐怖が


 誰か声を聞かせてください。文字ではなく声を。僕はそろそろおかしくなってしまいそうです。


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい


 昨日の続きを書かせてください。

 なんで、書くのでしょうか。分かりません。でも、書き終わったときに分かるような気がするのです。


 一通りのいざこざの後。

 結局、父は家を出ました。

 でも、夜中になんども電話がかかってきました。

 電話口の父はいつも泥酔していて、「ごめんな、父さんもう死ぬから。もう迷惑かけないから、もう死ぬから」と言います。

 僕も母も、何もその言葉を本気で信じるわけではないけど、やはり不安で。

 父がまた母に依存してはいけないからという理由で、そういう時は僕一人だけ父に会いに行きました。


 疲れました。疲れていました、その時は。

 どうして、こんな親の揉め事に付き合わなきゃならないのだろうとよく考えました。僕一人だけ使われて、僕一人だけ疲れて。関係ないのに傷ついて。重圧をかけられて


 だけど、どう考えても、この頃の僕の母への恨みは筋違いなものでした。

 僕は「自分だけ自分だけ」と大層な理由をつけ、母を恨みましたが、その恨みは結局ただの汚さだったのです。


 僕が父の所に行った日。

 そういう日は僕が夜中の三時に帰っても、四時に帰っても、母は起きていました。目の下に大きな影を作って、ひどく疲れたような顔して

「大丈夫だったよ」と言って始めて、母は安心して眠れるようでした。

 本当に疲れていたのは僕ではなく母でした。母は怯えていたのです。僕が父の所にいる間、独りでずっと。

 そして、僕はそのことを知りながらなお、「自分だけ、自分だけ」と戯言を吐いていたのです。

 きっと僕はただ家族の幸せより、自分だけの自由が欲しかっただけなのでしょう。

 その自己中心的な考えを、自分にも隠し、我が身だけ綺麗でいたかっただけなのでしょう。

 僕は自分の醜さから目を背けるために、自分を正当化したいがために母を恨んだのです。

 吐き気がします。自分の汚さに。

 でも、逃げ切れなくなったのはあの日からです。言い訳しようのない醜さをたたき付けられたのは。


 夜中咽が渇いてに水を飲みに起きた時、真っ暗なリビングに座って動かない母を見た。

 よく見えなかったけど、何十分も母はそのままで、声を出すこともなく、無言で、ずっと何も無い真っ暗なキッチンを見つめていた。

 僕は恐ろしくなった。

 気づかれないようそっと部屋に戻った。

 その時始めて、気付いた。

 母も父と同じように病んでいるということ。


 そうか、母は父を愛していたんだ。

 その人に裏切られ、別れ。

 そしてそのせいで父は死ぬかもしれない

 自分のせいで父は死ぬかもしれない

 おかしくなって当然だった。

 母は僕に気付かれぬよう、密に病んでいた。

 でも、それでも、僕の心から「どうしてコイツらのために僕が苦しまなきゃいけない」という思いが消えなかった。

 否定しようとしたけど気付けば僕はその考え囚われイラついていた。

 そして、やっと自分が汚いやつだと、知った。今までの自分は恵まれていたから汚れに気づかなかっただけなんだと、知った。

 本当はどうしようもなく汚いやつなんだと知った。


 その頃から友人と話すのが辛くなった。

 自分の喋る言葉が、全部偽善の塊、彼等の前にいる自分が全部偽物のような感じがして、僕は友人から少しずつ距離を置くようになった。

 でも、そんな僕を追いかけてくる友人は一人もいなかった。

 僕には、そんな価値ないのだろう。


 気付いた。

 手頃だから、話しやすいから一緒にいただけであって、誰も僕が好きだから付き合ってくれていた訳じゃない。

 僕には面白さも、格好よさも、お金も、優しさもない。人にあげられるものなんて何も無い。

 誰とも喧嘩しないかわりに、誰とも本音の付き合いなんか出来てなかったんだ。本当は誰からも必要とされていなかったんだ。かけがえのない存在ではなかったんだ。変わりは何だってよかったんだ。

 僕は連絡先を変えて誰にも教えなかった。

 誰からも連絡が来なくなるのを実感するのが怖かったから。

 そして、それに誰も気づいていないのだろう。現実に。


 風、風風風風かぜかぜかぜかぜかぜかぜかぜ

 かぜ


 なんで、まだ生きてるんだろ。

 これから、先何があるというんだろ。

 テレビに映ったら、皆僕のこと蔑むでしょうね。

 先生も友人も

 あの子も

 そう思うと辛い。

 そうなるぐらいなら一思いに死にたい。

 死ねよ。死ねよ

 死ねよ

 やめろ

 やめろ

 もう、何もない

 恐い

 死にたくない

 死にたくない

 もう、何もない

 何がある

 もう



 夜に馴れてしまった。

 目の真ん中に黒い点がある。傷だろうか。今までは気付かなかった。目の真ん中に黒い点がある。

 家の裏の駐車場から車の音がする。こんな時間なのに、まだ車を使う人がいる。

 僕は僕であることを忘れていた。何も起こらない部屋で、真っ暗なものを見て、ただ昔の事を考えていたら、いつの間にか自分の事を忘れていた

 でも、ふと気付いた。そして、自分のしたことも思い出した。

 思い出す前に寝かせてくれればよかったのに。そのまま、意識が消えてしまえばよかったのに。

 眠れぬときはどうしていますか?

 眠れるときはどうですか。

 眠らなくても朝は来ますか

 本当はずっとこのまま暗闇なのではないですか?

 眠れずにずっと頭に絡み付く言葉に苦しめられなければいけないのではないですか?

 どうやって泣いていました?

 どうやって眠ります?

 どうやっていますか。どうして、何も知らずに出来るのですか?出来たのですか?

 無意識のものを意識しだすと恐ろしいです。無意識のものが出来なくなります。どうやって眠るのですか?

 死んだらどこに行きますか?無ですか?地獄ですか?それとも、このままですか?

 僕はこのままであることが一番恐いです。地獄は、いつまでも終われない時間なのではないですか。ここはどこですか。僕が生きていたこと誰か知ってますか?僕がしてきたことは本当ですか。夜はあけますか?それとも、ずっとこのままですか?ここはどこですか?誰かいますか?誰かいますか


 風が嫌だ


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