09
「おはよう、ザンジ」
朝起きたら母が優しく起こしてくれる。
ああ、これは夢だな。
何度も見た夢。
父はその当時、狂人とも天才とも言われていたが、おそらくその両方であったと思う。
母は早くに死んでいた。
母は死人であった。
父は天才で、その溢れる魔力で母を常時生前と変わらぬ姿に保ち動かせ続けていた。
「今日は絶対私も一緒に行くんだから!!」
可愛い幼馴染のトレーネがもう我が家に来ている。
「ふふっ、ソロモンがトレーネを死んでも守るって言っているぞ」
父が笑いながら言う。
「父さん、ソロモンはもう死んでるし、第一話せないんじゃないの?」
「いや、ソロモンは結構おしゃべりなんだぞ」
父はよく冗談も言う。
今日は上機嫌であった。ダンジョンの最終階層と思われる場所に挑むのである。
普段は息子の自分を連れて行かないのであるが、長年挑んだ迷宮をついに攻略するとあって記念に連れて行ってくれるそうなのだ。
大太刀使いの『ダイテツ』、大魔術師の『ソロモン』その他たくさんの死人やパーティーメンバーによって二十九階層までの安全は確保してあった。
後は三十階層の扉を開けて中に入るだけである。
それを聞きつけて幼馴染のトレーネもやってきた。
「おばさま、今日はよろしく頼みますね」
無論、トレーネに母の声が聞こえる事は無くて、母はにこりと微笑むと、俺の背中を少し押すようにしてトレーネの前に立たせた。
「なに、ザンジ?あなたが私を守ってくれるとでも言いたいわけ?」
「僕だってもう十二歳だ。トレーネくらい絶対に連れて帰ってやるよ」
「ふ~ん」
この時の自分を俺は殴ってやりたい。
三十階層、父のパーティーはただ一人の敵に壊滅させられた。
気付けば俺は父に抱えられ、母やトレーネを置いて逃げ帰っていた。
父はダンジョンを出たら砕けて消えた。
どうやら自分を死人に変えてでも連れ出してくれたらしい。
(嫌な夢だ……。)
ザンジは最悪の気分で目覚めた。
カードに魔力を通すと、若く変わらぬ姿のトレーネが現れ、やはり何処も指ささない。
「トレーネ、君は何処にいるんだ……」
その言葉と裏腹に、ザンジはトレーネが何処にいるのか実は知っていた。
階層は深過ぎるとカードの分霊は指をささない。
逆に言うと十階層も行けば他と同様の現象を起こすだろう。
ザンジはトレーネが同じようになったのだと信じたくないのだ。
トレーネはダンジョン最深部に、死体となって今もなお自分を待っているのだと。
「約束したんだ、帰してやるって……。
どんな手を使ってでもやってやるさ……」
「ちょっといいかしら?ザンジって方のお家はここで合っていますか?」
「えっ?あーはいそうですけど」
その日の午後から来客があった。
小柄な女性で、年齢も若いのではないだろうか。
「メッサー様の依頼の件でうかがったのですが……」
「なるほど、こちらです」
石棺のある墓所まで案内すると、女性はメッサーを覗き込んだ。
火よ
陽よ
燃えよ
赤く
赤く……
「ん?何して……ちょっとちょっと!?
メッサー起きて起きて!」
突然炎の詠唱を始めた女性に驚き、メッサーを起き上がらせる。
「おお、旦那おは……おわぁああ燃えてるううううう!?」
一瞬遅れてしまい、メッサーが火柱に巻き込まれてしまった。