02
コツコツ、コツコツ。
「……あら?」
ガーベルの妻、マヤは物音に気付いた。
勘違いかしらと思ったが、ベッドから起き上がると外套を羽織り戸口に向かった。
コツコツ、コツコツ。
「ゴホゴホッ」
(勘違いじゃない!
あの聞き覚えのあるノックの音は……)
「あなたっ……!?」
「あっ奥さん、こんばんわ」
「ザンジさん」
「ご依頼の件ですが、薬草が手に入りました」
「主人は……?」
「奥さんの病気は半分の量で完治出来ると思うので、後は売れば当面の生活も出来ると思います」
「主人はいるんですか!?」
「……会われますか?」
「そこにいるんですね!」
マヤはザンジを半ば無視して強引に半開きだったドアを押し開ける。
「あなた……」
そこにはガーベルが申し訳なさそうに立っていた。
マヤが送り出したそのままの恰好で。
目は落ち窪み、服は破れ、脇腹の傷からの出血はもう乾いて黒ずんでいる。
「ザンジ君、いけないよ。
やはり薬草も半分もらってくれ」
「いえ、そういう訳には……」
「主人はなんて言ってるんです?」
マヤには夫であるガーベルの言葉は聞こえない。
なぜなら、通常声とは肺の空気が押し出される時に声帯を震わせて出す音であるから。
「パパ?」
ガーベルの幼い娘が物音に気付いて起きてしまったようだ。
「ニーナ……」
「パパなの!?」
「ザンジ君!もう無理だ!!
私は!私を……!!」
「パパ!」
ガーベルの娘が背を向けた父親に抱き着く。
「あなた……」
マヤもガーベルに抱き着くと、ガーベルは向き直り二人を抱きしめた。
「旦那……」
「うん、そうだね」
ガーベルが二人を優しく撫でる。
その腕はボロボロと崩れていく。
後には砂の山と装備だけが残されていた。
「メッサー」
「ほいよ、おっさん良い奴だったなー。
しっかし毎回実入り少ないよな。
今回もギリギリじゃね?」
二人でガーベルの鎧や片手剣を拾い集め帰ろうとした。
「えっ!?なんでパパの持ってっちゃうの!?」
「ニーナ駄目よ……」
「だってママ!」
「この人とママは約束したの!だからお願いニーナ……!!」
ニーナを抱きかかえてどうにか静かにさせているマヤ。
そうでもしないと、ザンジに飛びかかって行きそうだ。
「旦那、どうすんの?」
「……」
「あっ!」
ニーナが大切に持っていたガーベルの片手剣を力ずくで奪い取る。
「はー、申し訳ないけどこっちも商売なんでね、お嬢ちゃん。
パパをしっかりとここまで送り届けたでしょ?
それで俺の仕事は終わり。
お金をもらう番。
この鎧とか高く売れそうなんで、もらっていきますね。
その草は要らないからあげるよ」
「わぁあああああああ!!」
ニーナが大声を上げて泣き始めた。
「嬢ちゃん、すまねぇな」
マヤが何度も頭を下げて家へ娘を連れて入っていった。
ザンジ達も家に帰る。
ダンジョン、繁華街、住宅街、そこを抜けて街はずれの場所。
墓場。
「旦那お疲れ、あんま気を落とすなよ」
「ああ、メッサーもありがとう」
「いいっていいって。
そんじゃ俺も寝るから、また起こしてよ」
「おやすみ」
若い両手剣の剣士メッサーは、石造りの墓所へ入ると石棺に横たわる。
魔力が満ちているダンジョン内はともかく、地上では正直立ってるだけでもきつい。
ザンジからの魔力供給が無いと一瞬で気絶、意識が肉体から離れてしまう。
墓場は例外でわずかながら魔力が漂っている。安心して、眠れる……。
そこには死体があった。
ガーベルのようにボロボロの服ではないが、フードからのぞく顔は明らかに生者のそれでは無く、呼吸も脈拍も無い。
「……」
ザンジは墓守の自分の家に入り、机の上にあったカードに魔力を走らせる。
人の名前が書かれたそのカードはしばらく魔力を吸うと、ボンヤリと明るく光を発し始め、次にその光は人の形になる。
若い女性の姿が現れ、表情は無い。
「トレーネ……君は一体何処にいるんだ……」
墓守のザンジ。
死体を漁り、歩かせ働かせて上前をはねる。
ロクデナシのザンジ。