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「大変申し訳ありませんでした!」
ミーナと名乗った少女が頭を下げている。
メッサーは少し焦げている。
「ミーナ、勘弁してくれよー」
「は、はい……若様……」
「ん?
メッサーの声がもしかして聞こえてるの?」
「そうだな、旦那は信用出来るし。
ミーナ見せてやれよ」
「あ、はい」
外套のフードをかぶってあまり外観がわからなかった女性だが、フードをとるとその頭と耳が外気に出た。
肌は褐色、長い銀髪からは尖った耳が顔を出している。
「へー、ダークエルフ?
珍しいね、知り合いなの?」
「そう思うだろ?
こいつ取り換えっ子なんだよ」
「メッサー様にお仕えしている執事の娘になります」
時々違う人種が生まれる。現代では先祖の遺伝子が強く出たというだけで『取り換えっ子』という認識は正しくない事がわかっている。
メッサーの子供の頃からの知り合いで、その容姿から孤立しがちだったのを、よく面倒を見ていたらしい。
しかし、そんなメッサーが悪い死霊術士に遺体を使役されていると聞き、それならいっそ燃やして自由に……と暴走したとの事だった。
「俺は自分の意思でここにいるんだよ」
「はっ……この目で見てよくわかりました」
エルフは精霊と会話すると言う風によく言われるが、霊的な物もよく見えるみたいだ。
起き上がったメッサーが操られていない事をすぐに悟った。
「俺の術式は単純だからね、なんならミーナさんがメッサーに一度直接触れて魔力を流しておいたら、回路が繋がって魔力も供給出来るようになるよ」
「おおっ、それはいいですね!」
ザンジの術式は単純であるがよく考えたもので、本人の自由意志を残してあるから単純に魔力を流しても行動を制限出来ない。
やろうとすれば意思を持った魔力で体を全て満たし、なおかつ数か月はその状態に置かなければいけないし、洗脳状態になったとしても、ザンジの魔力に触れればまた正気に戻る。
ミーナはその魔力の流れを見て、不自然さが無い事を見抜いたのであった。
「俺は家になんか帰らないからな!」
「そうですか……ではこうしましょう!
私も迷宮にお供します!!」
「ちょっとちょっと!!」
「あ、旦那こいつ俺より歳上だから」
「そんな事言ってるんじゃ……って……
ええっ!?」
ミーナは小柄な女性かと思っていたが、正直十代も前半に思えるような容姿をしていた。
「多分、三十超えてるよこいつ」
「絶対付いて行きますからね!!」
「はぁ……」
「どうですか!?」
「お、おう……」
目の前に上半身が炭と化した敵が、数歩歩いてから倒れ込んだ。
あれほど前回苦労した黒いリザードマンの群れを、ミーナは一撃で倒した。
試しにという事でザンジはミーナと共にダンジョンに潜った。
ミーナがメッサーの魔力も供給出来るという事で、ザンジの仕事が減った。
前回湿地で掘り出したファビアンという男をスカウトに成功して連れているが、正直何もする事が無かった。
「おお……こんなに楽に進めるなんて……」
「一体今までの努力は……」
魔石拾い隊と化したザンジ一行は、なんとそれからダンジョンの二十八階層までクリアしてしまった。
ミーナは異常に強く、なんと驚く事に普段は王宮付きの魔術騎士として働いていると言う事だった。
それを行方知れずだったメッサーの行方がわかったと聞いて、職を辞して飛んで駆け付けたのだ。
「早く終わらせて実家に帰っちゃいましょう」
「ちょっ、旦那~!」
「俺は別にかまわないよ」
「そんな~」
「いやー、これであっしの借金もすぐに返せそうです」
「お、よかったですねー」
新しく加わったファビアンは生まれたばかりの娘がいた。
しかし、起き上がると数年が経っており、残された妻子は借金漬けで娘は娼館で下働きに出されていた。
もう少しで客も取らされる歳だ。
歩合制なので、全体の儲けが出ればファビアンにも回ってくると言うわけである。
「そうだなー。
次の二十九階層も今までと比べてそんなに強い敵は出ないはずなんだけど、とりあえずちょっと降りてみて無理せず帰ろうか?」
「じゃあ、せめてあっしが扉を開けますよ。
給料分は働かないと」
「頼むよ気を付けてー」
階層は階段を降りると小部屋があり、その前に大きな扉がある造りになっていた。
「開けますよ」
次の瞬間、熱気が頬を刺した。
「あっ」
丸い熱の塊がファビアンに触ったかと思うと、ファビアンは蒸発してしまった。
「おっさん……」
「ファビアン……」
そこには立ったままのファビアンの足首だけが残っていた。
「おっ、ソロモン。
次からは消すな、知った顔だ」
扉を開けると、そこには先代の死人。
大太刀使い『ダイテツ』と大魔術師の『ソロモン』が待ち構えていた。